第124話◆古の魔物達

 ズシンズシンと音を立てて、目の前を四足歩行の巨大な魔物が通り過ぎて行く様子を、シダ植物の陰で見送った。

 その魔物の背中には、剣の先端のような形をした尖った板状の背びれのような物が、ずらりとならんでいる。

 この魔物に似てる生物を、前世で子供の頃に図鑑で見た事ある。

 確かステゴサウルスとかそんな名前だった。


 先程からこうやって、隠密スキルで気配を消して物陰に隠れて、大型の魔物を何度もやり過ごしている。

 そして目にする魔物の中には、その姿に見覚えのあるものもいた。

 前世では恐竜と言われて、俺が生きていた時代より遥か昔に滅んでしまって、化石が僅かに残るだけだった生き物達。

 前世では、化石から復元された想像図しか見た事なかったが、それに似た生き物達が目の前を闊歩している。


 やべぇ、超ワクワクする。めっちゃ恐竜だよ!! 恐竜がいるよ!! かっこえええええ!!

 場違いだと思いつつもめちゃくちゃワクワクしながら、目の前を通り過ぎて行くステゴサウルスのような魔物を見送っていた。


「グラン? すごくニヤニヤして楽しそうだけど、どうしたの?」

 アベルが怪訝そうな顔でこちらを見ている。どうやら、ワックワクしてたのが顔に出ていたらしい。

「素材の事でも考えてたのか? 亜竜種は素材としても有能だし、肉も美味いからな。アイツは反応がめちゃくちゃ鈍いから、尻尾の先の方なら切っても多分気づかれないぞ」

「え? マジで?」

 ちょっとだけ尻尾貰ってもいいかな!? って思うけど、すぐ近くにこちらに向かって来ている別の魔物の気配がしているので我慢だ。

「っと、次が来るぞ。見つからないようにしろ」


 ドリーがそう言った直後、今度は二足歩行の恐竜……じゃなくて亜竜が、ステゴサウルスっぽい魔物の後を追うように現れた。

 強靭な後ろ足に小さな前足。鋭い歯の並んだ大きな頭部。褐色の体にくすんだ黒っぽい縞模様がある。見るからに肉食の恐竜といった魔物だ。


 ティラノサウルスか!? いや俺の中でティラノはもっとでっかいし、ステゴサウルスとは時代がちがうよな? ステゴサウルスと言えばやっぱアロサウルスか!?

 よっし! 俺の中で、今日から君はアロサウルスだ!!


 おお! アロサウルスがステゴサウルスに襲い掛かったぞ! お!? 戦い始めた!!

 すげぇ!! ド迫力!!


「今のうちに行くぞ。あの二足歩行の奴は視野が狭いから、気配を消して後ろを通れば気づかれない。あっちの背中に板がついてる奴は、草食性だからこっちから触らない限り襲ってこない」

「グラン? 何かすごく目がキラキラしてるけど、素材はまた今度だよ。次から転移で来れるからね?」

「お、おう、わかってる」

 目の前の光景についワクワクして、本来の目的を忘れるところだった。




「こっちであってるか?」

「ああ、今はどこかに潜んでいるのか、気配がしないけど、さっき感じたのはこっちの方向だな」

 アロサウルス対ステゴサウルスの対決会場を離れ、周囲の地形をある程度把握できる探索スキルと、気配察知のスキルを併用しながら、コーヘー君らしき気配がした方へと向かっている。


 それにしても、この森は強力な魔物が多い。ドリーが、ヒーラーなしで奥まで行くのは無理と言うのもわかる。

 大型の一撃が強力な肉食性の魔物もヤバいが、中型の素早い肉食性の魔物がヤバい。

 動きが素早いので、攻撃を避けきれない時もある。中型と言っても人間より大きな魔物だ。油断すれば重傷だ。

 そんな上位の魔物だらけの中、無駄な戦闘を避けながらコソコソを進んでいると、こちらが狩られる側の気分だ。


 こんな強力な魔物が森から溢れ出たら、と思うととても恐ろしいが、この森はガンダルヴァ達の森方面から流れて来た川が二つに分かれていて、その川に挟まれて孤立しているような地形で、南側には高い山脈もあるので、魔物達はこの森に隔離されている感じになっているのだろう。

 それに、人間なんて小さな生き物を餌にするより、この森の大型の魔物を餌にする方が、効率良さそうだしな。


「さっき人間っぽい気配を感じた辺りに近づいて来たけど、気配を殺して潜んでるなら見つけにくいな。というか強い魔物が多くて、探しにくいな。正確に把握するならアベルの空間魔法でトレースした方がいいかも」


 トレースとは、範囲は狭いがかなり正確に範囲内の生物や植物の情報を把握できる空間魔法だ。

 空間魔法で囲んだ範囲内を魔力で満たし、その魔力が空間魔法の範囲内の存在する物に接触する事により、周囲の様子を把握する魔法だ。

 空間魔法で囲った範囲内に物理的に存在する物を、確実に発見する事はできる優秀な索敵魔法だが、魔力に敏感な生物を刺激してしまうのが欠点だ。


「いや、ここら辺の魔物は生き物の気配に敏感だから、付近の魔物が纏めてリンクしそうだからやめた方がいいな」

 リンクとは、こちらの存在に気付いた魔物に連鎖するように、他の魔物も次々にこちらに気付いてしまう現象だ。強力な魔物でそれが起こると、非常に危険である。

 アベルは格下の狩場で、トレースの魔法を使い故意に魔物をリンクさせて楽しむ傾向があるので、非常にたちが悪い。昔、よくそれに巻き込まれてたし、後でアベルと一緒にドリーに怒られてた。俺は巻き込まれただけなのに、何故か俺も一緒に説教されてた。解せぬ。



「ん? すごく大きな気配が少し離れた所にある。息をひそめているのは大型の肉食の魔物のようだな」

 ここから少し南へ進んだ辺りだ。

 大型の魔物が息をひそめていると言う事は、何かを狙っている可能性がある。その周囲の気配を念入りに探ってみる。

「あ、みつけた。これはおそらく人の気配だ。あまり大きくない、かなり消耗している。潜んでる大型の魔物はその人間に気付いてる」

 大型の魔物の付近に人間と思われる気配を感じた。

 小柄で消耗している。人数は一人だけだ。急がないとまずい気がする。


「あんまり急いで移動すると、好戦的な魔物がついて来そうだけどどうする?」

 アベルの言う通り、急いで移動すると肉食系の魔物が、俺達を獲物として認識して追って来そうだ。

「んんっ。確かに大きな気配が潜んでるな。A+かS-くらいありそうだな。人間の気配はちょっと俺には拾えないな。人間とその魔物はすぐ接触しそうな感じか?」

 ドリーも大型の魔物の気配には気付いたようだ。

「んー、まだちょっと距離があるけど、魔物が動き出したらすぐだな」

「わかった。では、気配を出来るだけ殺して急ごう。多少魔物がついて来るのは仕方ない。アベルは何かあった時、すぐに転移魔法で脱出できるようにしておいてくれ。グラン、人間の気配の方へ誘導を頼む」

「了解」




 人の気配を感じる方へと、隠密スキルを使いながら走る。

 隠密スキルは認知され難くなるスキルであって、完全に認知されなくなるわけではない。そして高ランクの魔物には見破られやすい。

 音を出したり、目の前で姿を見られたりするとバレてしまうし、大きな魔力操作をしてもバレる。

 そして、植物が密集する森林の中の移動は、いくら注意しても音は出る。


 バキバキバキバキーーーッ!!


「おっと、すまない」

 ドリーさああああああああああん!!


 体の大きなドリーがちょいちょい木を引っかけてバキバキ言わせている。その度に出て来た魔物を大剣で真っ二つにしている。

 出てきている魔物はAランクに近い魔物の気がするが、ドリーがほぼ一撃で屠っているので、俺もアベルも特に何もしていない。

 というか、少し呆れている。素材は美味しい。


 どうせそこらじゅうで音させて魔物に気付かれて、なぎ倒して進んでるなら、もうコソコソするのやめて、全部なぎ倒して行けばいいんじゃないかな?

 ドリーは体格が良すぎるせいもあって、昔からコソコソした行動が苦手だ。昨日も、木からはみ出して、魅了状態のアベルに見つかってたしな。


「もう、めんどくさいから、全部なぎ倒していけばいいんじゃない?」

 アベルが諦めた。

「その方が早そうだな!!」

 ほんとこいつらゴリラ。


「あ、動き出した」

 息を潜めていた大型の魔物が動き出す気配を捕えた。

 俺達のいる場所からもうそんなに遠くない。

 もしかして、ドリーがバキバキ言わせまくってるからこっちに気付いたか?

 いや、こっちじゃない方へ動いてるな。


 その先には、人の気配がある。

 その気配の持ち主の魔力が動くのがわかった。どうやら、大型の魔物の存在に気付いたようだ。

「戦闘が始まりそうだ」

「ああ、俺も掴めた。そう遠くないな、急ごう」




 目指す方向の先で魔力が弾けるのを感じて、戦闘が始まった事を理解した。

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