第123話◆南の森

「かれこれ十五年以上冒険者をやっているが、ケルピーの背中に乗るのは初めてだな」

「ケルピー使役すると、末代まで呪われるって聞いたことあるけど、大丈夫なの!?」

「え? ケルピーさんそれマジ!?」

「ブフフン?」

 ケルピー達に乗せてもらって、川沿いを南の森の付近まで送ってもらい、陸地に降ろしてもらったところで、アベルが不吉な事を言った。

 俺が乗っていたケルピーさんは、不思議そうな顔をして頭をぶるんぶるんした。

 たぶん、このケルピー達は話せばわかる馬だと思うんだよなぁ。

 でも呪われるのは嫌だし、お礼にお肉あげておこう。

 距離も長かったし、ちょっと奮発してニーズヘッグのお肉だ。


「ありがとなー、帰りはアベルの転移魔法で帰るから大丈夫だよ。気を付けて帰ってくれな?」

「ヒヒンッ」

 お肉を渡すと、ケルピー達はお肉をペロリと平らげて、ザブンと川の中へと消えて行った。


「相変わらず、グランは動物と会ぅわあああぁっ!」

 アベルが喋りかけたところで、川の中からトドメを刺されたばかりだと思われるワニが、ポイっと俺の横に放り投げられた。

 川の中から俺達を送ってくれたケルピー達が、ドヤ顔で一度こちらを見て、住処の森の方へと帰って行った。

「ありがとー!!」

 その背中を見送りながらお礼と言って手を振っておいた。

 前回もロック鳥の肉あげたらお礼くれたし、義理堅い馬だ。

 しかし、ワニは料理したことないな。ちゃんと料理できるだろうか。


「しかし、相変わらずこの森は強い魔物の気配が多いな」

 打ち上げられたワニの死体を収納スキルで回収している横で、ドリーがこれから向かう森の方を睨んでいる。

 ドリーの言う通り、視線の先の森からは威圧感にも似た重たい雰囲気が感じられた。

 俺達がいるのは見通しの良い川岸で、この周囲には魔物の気配は少ない。

 引き返すならここだぞ、と言った感じので場所だ。


 レイヴンの話では、コーヘー少年は傷を負った状態で南の方向へ向かっていると言う事だ。

 レイヴン曰く、自分の縄張り内なら遠見のスキルで、状況を見る事ができるらしい。

 そういえば、ラトもそれっぽいスキル持ってそうだったしなぁ。これが主クラスの者の能力か。


 俺達が追いつく前にコーヘー君は、南の森に入るだろうとレイヴンが言っていた。

 レイヴン達の縄張りの森と南の森の間には川が流れている。俺達がケルピーに乗って来た川だ。南の森に行くにはこの川を渡らなければならない。

 俺達は比較的川幅が狭く渡りやすい辺りに降ろしてもらった。

 コーヘー君が川を渡ったと思われる場所だ。


 この川がある為、南の森の強力な魔物は、レイヴン達の森に侵入してくる事はあまりないそうだ。

 そして、この森を越えた南には山岳地帯があり、それを越えれば別の国である。


 シランドルで指名手配されているので、どこかで情報を得て、別の国を目指しているのかもしれないな。

 西のユーラティアとは、南部は大河で、北部は高い山脈によって隔てられているので、正規のルート以外の入国は厳しい。

 指名手配されている身で、正規のルートで国境を越えようとすると、そこで捕まってしまう。

 南方面なら陸続きで、なおかつ温暖な地方なので、これから寒さの厳しくなる地方より、暖かい国へと脱出しようと考えたのかもしれない。



「ここから国境越えを目指しているのなら、無謀だな。」

 森の方を見ながらドリーが言った。

 森の遥か向こうには、高い山々が連なっているのが見える。


「この森に来るの初めてなんだけど、ここって確か亜竜種の多い森だっけ?」

「そうだな。そのせいで素材目当てで来る冒険者が多いが、魔物が強すぎて諦める者も多い。俺も以前来た事あるが、思ったより効率が悪くて諦めたな」

 ドリーが諦めるってどんだけ強い魔物がいるんだよ。

 しかし、亜竜種とは言え竜の仲間の魔物の素材となると、高価な素材だし、竜系の肉はだいたい美味い。

 引き籠って素材集めたい。

「グラン? 欲にまみれた顔になってるけど大丈夫?」

「そ、そんな事はないんじゃないかな!? 竜系の魔物肉はだいたい美味いなって思ってただけだよ」

「グランかアベルがいれば稼げるかもなぁ。この森での狩りの効率が悪い理由は、獲物が大きすぎて持ち帰れる量に限りがあることだからな。あと肉食系が多すぎて、獲物はさっさと回収しないと横取りされちまう」

 あー、なるほど。大容量の収納系のスキルか魔法、もしくはマジックバッグ使えないと稼げないやつか。

 普通のマジックバッグだと荷馬車五台分入ればいい方だしなぁ。大型の魔物だと一匹か二匹で容量オーバーしそうだな。

 あれ? でもアベルの空間魔法で解決するから、やっぱ俺いらない子じゃん。

「俺は回収は出来るけど解体はできないからなぁ。ギルドで解体頼むと、でっかい魔物だと手数料高いしね。やっぱ、グラン重要だね」

「うむ、回収と解体の問題で、思ったより稼げなかったんだよな」

 よかった、俺の仕事があった。

 って、今日は素材集めじゃない。コーヘー君の追跡が目的だ。



 川幅が狭く、ガンダルヴァ達の縄張りの森側が高い崖に、南の森側が低い位置の河原になっているこの場所は、落下に耐えれる方法があるなら北から南に川を渡るには丁度いい場所だ。

 川沿いを北側から南側に下って来た場合、ここが一番最初にある川を越えやすい場所らしい。そして、ここからは南の森もその向こうの山脈も見る事ができる。

 少年の移動ルートから予測して、もし川を渡るとしたらだいたいこの辺りじゃないかと、レイヴンが教えてくれた地点だ。


 人がほとんど来ないこの辺り、足跡が残っていればわかりやすい。高いところから飛び降りたなら、どこかに痕跡があるはずだ。

 広い森の中、気配察知スキルがあっても限界がある。無暗に下がるより、まず痕跡を見つけてそこから探す方が確実だ。


「痕跡は俺とアベルで探すから、グランは察知スキルで周囲の様子を探れ」

「ええ、こんな広い森で魔物の多いとこ無理だろ」

「グランの察知スキルならいけそ」

 いや、無理だろ。ラトの時もレイヴンの時もすぐには居ることに気づかなかったのに。


 察知のスキルは、周囲の生物や魔力を帯びた物の存在を感じる事の出来る索敵用のスキルだ。スキルが上がるほど、その範囲は広くなり、小さな気配も拾う事が出来るようになる。

 近くの物ほどより詳細に、距離が離れれば小さな物は見落としやすくなる。そして、範囲内に対象物が多いほど精密さは下がっていく。

 生物や植物の多い密林などでは、かなり使いにくい。

 そして、気配を消すスキルを使用している者も見落としやすい。それが自分より格上の相手なら、かなり至近距離でも見落とす事がある。

 ラトやレイヴンがまさにそれだ。

 昔から一人でフラフラと狩りに出かける事の多い俺は、パーティーで行動する事の多いアベルやドリーよりは察知スキルは高いかもしれないが、野外の広い場所では限界がある。


 やれるだけやってみるかと、森の方へ向き周囲の気配を探る事に集中した。

 すぐ近くの、魔力の塊と威圧感の塊はアベルとドリーなのでスルー、森の奥方へと意識を向けていく。

 砂粒のように小さい魔力は、生えている植物や小動物だろう。さらに奥の方まで索敵範囲を広げると、中くらいの気配がゴロゴロしている。

 この距離から結構強く魔力を感じるのでCランクあるいはBランク以上だろう。その更に奥からは強い気配を複数感じた。

 かなり広範囲に索敵範囲を広げているが、はっきりと気配を感じるので相当強力な魔物が闊歩しているのだろう。

 しかし、俺が探しているのは魔物ではなく人間だ。

 コーヘー君はかなり強いと予想しているが、レイヴンと戦って負傷しているなら、弱っていると考えられる。

 これだけ強い気配の中で、人間サイズの弱った気配を察知するのは難しい。

 戦闘行為など何か強い力を使っていたら見つけられそうなのだが。


 少しずつ森の奥へと索敵範囲を広げていると、魔力を放出したようなチカッっとした感覚があった。

 その近くには大型の魔物のような気配と、強い魔力を感じる小型の気配がある。小さい方は少し弱っているのか、魔力が揺らいでいる。離れすぎているせいで、詳細まではわからない。

 大型の生物が何かを捕食しようとして、小型の方が抵抗しているような感じだ。

 次の瞬間、大きな魔力を感じて、大型の魔物の気配がいっきに弱まった。


 これか!?

 しかし、ここからかなり離れている上に、その気配の周囲には他にも大型の魔物の気配がする。

 そして、その大型の気配はその魔力を感じた方へと向いている感じだ。


 この気配がコーヘー君だとしたら、彼の存在にAランク相当かそれ以上の魔物が気づいて、そちらへ向かっている事になる。彼の力量がどれほどのものかはわからないが、かなり危険な状況だ。


「ドリー! アベル! 確信は持てないが、森の奥の方で戦闘が行われてる。大型の魔物と相手は小型だが強い魔力がある」

 川沿いから森の間でコーヘー君の痕跡を探しているドリーとアベルに声をかけた。

「こっちも、子供の足跡があったよ。あそこから森に入ってる」

 アベルが森の獣道らしき箇所を指差した。

「わかった。一応向かってみよう。だがヒーラーがいねぇから、あんま奥までは行くのは無理だ」

「了解!」


 ドリーの言う通り、俺達のパーティーには回復魔法を得意とするヒーラーのポジションがいない。

 強力な敵と戦う際は負傷する事も多い為、高ランクの敵が多い場所に行く時はヒーラーは必須だ。

 アベルは回復魔法はあまり得意ではないので、あまり頼れない。


「グラン。わかってると思うが、この危険な森で相手が敵対行動を取った場合、こちらの安全を優先するぞ」

「危険だと判断したら、子供だとしても見捨てて離脱するよ」

「ああ、わかっている」


 コーヘー君がどういう人物で、どういう考えで行動しているかはわからない。

 果たして対話ができる人物かもわからない。

 どちらにせよ、コーヘー君を見つけなければ始まらない。



 無駄な戦闘を避ける為、隠密スキルで気配を消しながら森へと入った。

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