第118話◆甘酸っぱい恋の病

「スノウ? 何でこんな所に?」

 昨日のラミアのおねーさんの名前はスノウだと聞いている。雪とは無縁のクソ暑い場所なのに、雪っぽい名前で不思議。


「ああ、この辺りはアタシの縄張りなんだよ。アタシの縄張りで、バカ鳥が騒いでるから様子を見に来たのさ。で、坊やは何でこんな所にいるんだい? 見たところ、仲間の子が怪我してるみたいだけど」

「ああ、多分スノウの言う鳥だと思うけど、ドピンクの鳥に仲間が魅了されて、同士討ちになったから村に戻って休ませようとしたところだ」

「ええ? あの鳥に魅了されたって事は、この子達は恋の実を食べたのかい?」

 スノウが驚きと呆れの混ざった表情をした。そして"恋の実"という何とも不穏な名前が聞こえた。


「恋の実って何だ?」

「人間達は、コーヒーって言ってるんだっけね? そのコーヒーの木の原種の木を、アタシ達はコフェアの木って言ってるんだけど、そのコフェアに時々なる実の事だよ」

 アベルとドリーがつまみ食いしてたアレか!?

「ええ? 鑑定では変な効果ないように見えたけど?」

「コフェアの実は普通は種が二つ入ってるんだ。だけど時々種が一つだけのやつがあってね、それが恋の実さ。それを食べると、コットリッチっていう鳥の魅了に、問答無用でかかっちまうんだ。恋の実なんて、コフェアの木のてっぺんの方にたまに生るだけなのにねぇ。どうして二人もそんな実を食べちまったんだ」


 木の上に登ったり、転移魔法でつまみ食いしたからだな。

 たまにしか無いという事は、最初に鑑定したのは普通の実で、後から食べたのに恋の実が混ざってたんだろうなぁ。思わず頭を抱えそうになった。

 というか、金輪際つまみ食い、拾い食い禁止だな。


「俺達は、そのコフェアの実を採りに来たんだ。どうせなら上の方が綺麗な物が多そうだなって、上の方の実を採ってたんだ。まさかそんな実が混じってるなんて」

「この辺に来る人間達は、下の方の実しか採らないからねぇ。上の方はコットリッチや飛んで来た鳥が食ってるのさ」

 地元の人は下の方の実しか採らないのなら、恋の実の存在には気づかないよなぁ。

 コフェアの木の近くに、煩くて雷を使うデカイ鳥がいる、くらいの認識だったのかもしれない。


「それで、コットリッチ以外が恋の実を食べると、コットリッチはその実を食べた奴に魅了を使って恋の奴隷にしようとするのさ。だけど、コットリッチ一羽につき奴隷一匹しか操れないから、複数の対象がいた場合は奴隷を使って他の奴は始末するんだ。奴は純愛派だからね、恋は一対一なのさ。普段は空を飛んでる鳥が、コフェアの実を食べてコットリッチに魅了されるくらいだよ」

 なるほど、だからアベルが操られてる時は、ドリーは魅了にかかっていなかったのか。

 いやいや、それより魅了を使って奴隷にしようとしてる時点で純愛もくそもないだろ。というか対象が複数だと、他は始末するとか物騒すぎるだろ。


 アベルが先に魅了されたのは偶然なのか、アベルの方がたくさんコフェアの実を食べていたからなのか……もしかして、鳥の好みのタイプだったのだろうか。いや、考えるのは止そう。

 というか、上の方の実をわざわざつまみ食いしなかったら、あんなクソみたいな魅了にかからなかったんだな。


「なるほど、教えてくれてありがとう。それに縄張りを騒がしくしてしまってすまない。村に戻って仲間を休ませる事にするよ」

 ドピンク鳥ことコットリッチを大暴れさせ、ドリーは木を抜くわなぎ倒すわ、アベルは雷落すわで、スノウの縄張りを荒らしてしまったようなので、速やかに立ち去る事にする。

 それにアベルとドリーを、早くベッドで休ませたいしな。

「それならアタシ達の住処に来な。昨日の酒のお礼だ、アンタの仲間を手当してやるよ。こうみえて、アタシは回復魔法も得意なんだ」

「そういう事なら、お言葉に甘えようかな」 

 アベルもドリーも重傷なので、俺一人で村に連れて帰って、面倒を見るのは大変だし、道中魔物に遭遇しないとも限らない。

 ここは、素直にスノウの言葉に甘える事にした。









 スノウに連れて行かれたのは、ラミア達の集落だった。

 めっちゃ綺麗なおねーさんばっかりなんだけど!? 天国かここは!! ラミアってみんな美人で巨乳の種族なのか!? 綺麗なおねーさんばっかりで、下半身が蛇だとかどうでもよくなってくるな!!

 いや、決してラミア達に魅了されてるわけではない。ちゃんと魅了対策の装備付けてるし。これは男として正常な反応だ。

 でも、どのお姉さんもギリギリしか隠れてない際どい衣服で、ちょっと目のやり場に困る。

 チラチラ見てるのは、スケベ心ではなく目のやり場に困っているだけなんだ!!



「傷は全部治して、体力の回復する薬も使ったから、後は放っておいても大丈夫だよ。薬が効いて朝までぐっすりしたら、目が覚めた時には元気になってるはずだよ」

 案内されたスノウの家で、アベルとドリーを床に寝かせた後は、スノウが回復魔法をかけて特製のポーションを使ってくれた。

 おかげで二人とも随分顔色が良くなっているので、とりあえず安心した。

 アベル達の手当をして貰っていたら、すっかり夕方になってしまい、二人とも暫く目を覚まさないようなので、今夜はスノウの家に泊めてもらうことになった。


「ありがとう助かったよ」

「いいってことだよ。アタシ達もこんな山の中で暮らしてると退屈だからね」

 スノウの言葉を裏付けるように、家の外から何人かのラミアがこちらを窺っていた。


 ラミア達の集落は、暖かい地方らしい高床式で、開放感のある木造の建物ばかりだ。

 スノウの家もそれに違わず、木造の建物に大きな窓がある。その窓から、中を覗くラミアのおねーさん達がチラチラと見える。

 目が合うとサッと隠れるのが、なんだか可愛い。そして暫くしたら、またそーっと中を覗いている。きっと俺より年上だと思うけど、なんか可愛い。


「折角だから何かお礼をさせてくれ。スノウ達の縄張りを騒がしてしまった詫びもしたいし」

「律儀な男だねぇ。そういう事なら、また酒でも貰おうかね」

「わかった。ついでに台所を使わせて貰えたら、つまみも作るよ」

「それはありがたいね。台所は好きに使っていいよ」


 スノウのおかげで、アベルとドリーは明日には回復するみたいだし、お礼に張り切って美味い物作るぞー!!





 スノウの家の台所を借りる事ができたので、早速つまみを作る事にした。

 好き嫌いはあまりないらしいが、お酒が進みそうな物がいいと言われた。

 お酒がメインならガッツリした物より、摘まみながら食べれる軽めの物を色々作るのがいいよな。


「あんまり料理は得意じゃなくてねぇ。手入れしてない台所だけど好きに使っとくれ」

 スノウがそう言った台所は、レンガで作った囲いの上に、金属の棒が等間隔で数本嵌めてあるだけの、シンプルなキッチンだった。火力は火の魔石のようだ。


 まずは火を使わない簡単な物から。

 先日立ち寄ったカリクスの町で買っておいたチーズの一つを、収納から取り出した。

 柔らかいクリーム状のチーズだ。

 そして、いつぞのフルーツ生春巻きパーティーで大活躍した、イッヒの果肉で作ったイッヒペーパー。サイズは小さめの奴を取り出して、シュッシュッと霧吹きで水を吹いて戻す。

 これの上にレタスとパクチーをちょっと、それにチーズを載せて、その上にスモークサーモンを一切れ、胡椒をちょっとだけ振る。あとは、左右を折ってくるくると巻けば完成。女性でも一口でいける、チーズ生春巻きだ。

 好みがありそうなので、パクチー抜きも作っておこう。


 そして、俺の大好きなイチジクの生ハム巻。その名の通り、イチジクの実を一口サイズに切って、生ハムで巻いただけだ。シンプルだが、それだけでも美味いんだ。


 そう言えばラトに貰ったキノコがいっぱいあったな。これはアヒージョにしてしまおう。エリア油という香りの良い植物性の油に、刻んだニンニクを入れ、それに輪切りにした赤唐辛子、食べやすい形に切ったキノコを追加。ちょっとだけベーコンを加えて、塩と胡椒を少々。後は弱火でじんわり煮込むだけ。

 あー、ニンニクのいい匂いで腹が減るううううう。


 ちょっとつまみ食いをしようとして、視線を感じて窓の方を見ると、窓の外からラミアのおねーさん達が、こそこそと覗いてるのが見えた。

 目が合うとさっと窓の外に頭をひっこめたけど、ちょっとだけ髪の毛が見えてる。


「食べる?」

「ひゃん!?」

 窓まで行って声をかけると、窓の外に張り付くように隠れていたラミアのおねーさんが、小さな悲鳴を上げた。

 窓の外には、ラミアのおねーさん達が五人ほど潜んでいた。

「すぐ作れるから食べていいよ」

 イチジクの生ハム巻を皿ごと差し出すと、ラミアのおねーさん達の顔がパアアと明るくなった。

「ありがと」 

「食べ終わったら、お皿はその辺においといてくれ」

「これ、お友達が起きたら使ってあげて。怪我が痛くなくなる」

 そう言って、ラミアのおねーさんが小さな木の実を二つくれた。

「ありがとう、助かるよ」

 貰った木の実は、上位の調合素材にもなる物で、鎮痛効果に優れている物だった。

 回復魔法やポーションで傷は治っても、傷ついた箇所の痛みは暫く残るから、とてもありがたい。


「お兄さんも怪我してるでしょ?」

「ああ、わかる? でも大したことないから大丈夫だよ」

 ドリーにぶん投げられた時に、背中を打ったのがちょっと痛いだけで大したことはない。後でポーションを飲んで寝て起きたら治ってるはずだ。

「首にも痣が出来てるよ」

 木の実をくれたのとは違うおねーさんが、俺の方に向かって指をチョイチョイと振った。

「あー、ありがとう」

 おねーさんは回復魔法をかけてくれたようだ。首の痣は、ドリーに首を絞められた時のものだろう。

「うん。美味しかった食べ物のお礼。お兄さんにも痛み止めの木の実あげる」

 さっきの木の実をもう一個貰ってしまった。ラミアのおねーさん優しい。そして美女に優しくされると思わず、デレデレとしてしまう。

 旅の道中で食べようと思って焼いて来ていたアップルパイを、スッとおねーさん達に差し出した。

 おねーさん達が、アップルパイをキャッキャッと分け合ってるのを見て、ほっこりした気分になって料理を再開した。


 ラミアのおねーさん達に渡してしまったので、もう一度イチジクの生ハム巻を作って、次のメニューへ。

 お酒と言ったらやっぱ揚げ物だよなぁ!! 収納から揚げ物用の鍋と油を取り出して、ここからは揚げ物のターン。


 ユーラティアの北部で作られている、外はパリッと中はトローリとしているチーズを取り出して、一口サイズに切って溶き卵を付けてパン粉をまぶしてフライに。

 ロック鳥の軟骨を醤油を使わない塩味だけの唐揚げに。

 そういえば、アルジネで買った魚の中に、白身の魚があったな。これもフライにしちゃおう。

 ソースはタルタルソースでいいかな。


 ちょっと揚げ物だらけになったので、さっぱりした物を追加しよう。

 以前アベルに貰った赤身の魚を使ったカルパッチョだ。

 うーん、生食は嫌がられるかなぁ。嫌がられたら俺が食べよう。



 結構いっぱい作っちゃったな。

 でも、お酒飲みながら摘まんでたら、ドンドンいけちゃう系ばっかりだしな。


 さて、後は酒の準備をしたら準備完了だ。

 




 料理の準備が終わると、窓際に置いてあった皿を回収した。一緒に小さな袋に入ったコーヒーの種が置かれていた。アップルパイのお礼かな?


【コ・ピン】

レアリティ:S-

品質:上

効果:魅了

調合に用いる

怪鳥コットリッチの排泄物から採取した未消化の恋の実の種。

強い魅了効果を持ち、惚れ薬の材料になる。


 鑑定してみたら、何だかすごく不穏な結果が見えるのだが。

 採取先は……、うん、前世でも高級コーヒーでそういうのあったよね。

 恋の実って事は、コフェアの実でも種が一つの方だよな。すごく稀少な素材な気がするけど、これを俺にどうしろ言うんだ。

 というか惚れ薬の作り方なんて知らねーよ!!

 世に出してはいけない物の気がするので、そっと収納の中にしまっておこう。


 というか、あのピンク鳥のいた辺りを散策すれば、未消化のコフェアの種が拾えるのか。

 恋の実じゃなくて、普通のコフェアの種の方はちょっと気になるけど、一人でこっそり拾いに行かないと、アベルとドリーに変人どころか狂人扱いされてしまいそう。

って、ご飯前に考えるような事じゃないな。


 さぁ、料理の準備は出来た。ちょうど晩酌にいい時間だ。スノウの口に合うといいな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る