第117話◆恋の怪鳥
アベルと二手に分かれて、左右から挟むようにピンクの鳥へと近づいた。
近くまで来ると、木の陰からトサカしか見えなかった鳥の姿の全てを、目視する事ができた。
前世の記憶にある、ダチョウという首の長い鳥のような姿をしているが、その色はピンク、紫、黄色と実に目が痛い。
そしてデカイ。木々の上から、トサカがはみ出して見えるくらいデカイ。首が非常に長く足からトサカの先まで入れると、十メートル弱くらいの高さがある。
ダチョウのような体型だが、ビラビラとド派手なトサカと尾羽が生えている。
ピンクをベースにした目の痛くなるような色合いと、無駄にゴージャスな見た目に、顔はなんだかすごく人を馬鹿にしたような変顔で、何だかすごくオカマ臭いオーラが出ている。あんな奴相手に"恋"を冠する魅了なんて絶対に喰らいたくないと思わせる風貌だ。
あんな変鳥相手に、甘酸っぱい恋の病を患ったアベルとドリーには、ちょっとだけ同情する。これは間違いなく、ブラックヒストリー級の屈辱だな。
生温い眼差しでアベルを見ると、何かを察したのかものすごく嫌そうな顔をして睨まれた。
怒られる前にこのクソ鳥を始末してしまおう。
この距離なら弓で狙うのがいいだろうと、収納から弓を取り出したところで、いきなり俺の乗っている木が揺れた。
「ちょっ!? ドリー!?」
耳栓をしているせいで、周囲の気配を把握しきれておらず、すぐ下にドリーが来ている事に、全く気付かなかった。
下ではドリーが木に手をかけて、俺が足場にしている木を引き抜こうとしている。
ドリーさんホントゴリラ。いや、熊だった。
弓を収納に戻して、別の木に飛び移ると、それまで俺が足場にしていた木が、ドリーによって引き抜かれた。
そして、その木を俺の方に向かって振るって来た。慌てて他の木に飛び移るが、ドリーは手にした木を振り回して、他の木をなぎ倒しながら追いかけてくる。
時々ビリビリと空気が揺れる感じがするのは、耳栓をしていて聞こえないが、おそらくあのド派手な鳥が鳴いているのだろう。
あの鳥を仕留めれば、ドリーを止める事はできそうだが、振り回される木による攻撃を避けるのに精一杯で、鳥に攻撃する余裕がない。
鳥はアベルに任せよう。
俺がドリーに追われている事にきづいたアベルが、状況を察して鳥の方に向かって魔法を放つ様子を見せた。
直後、鳥の口が大きく開いて、空気がビリビリと揺れた。
音は聞こえないが、鳥が鳴いたのだろう。
空気の揺れが収まると、俺を狙っていたドリーがアベルの方に向き直り、アベルに向かって手にしていた木を投げた。
アベルの表情が強張った後、アベルは魔法を中断して転移魔法で、飛んできた丸太を躱した。何か文句を言うように口が動いているのが見えるが、あいにく何も聞こえない。おそらく、ドリーに対して悪態をついているのだろう。
ドリーの手から木が消えて一安心だと思ったのも束の間。今度は先程なぎ倒した木を持ち上げ、それを抱えて俺の方へと向き直った。
もうやだ、このゴリラ熊。
ドリーの持つ木がこちらに振られる前に別の木に逃げる。さっきまで俺がいた木がバキバキと音を立ててなぎ倒された。自然破壊よくない。
先にドリーを何とかするべきか。
チラリとアベルを見ると、アベルが自分の方を指差した後、ドリーを指差した。
答えるように、俺は自分を指差した後、鳥の方を指差した。
アベルが頷いたので、正解だったのだろう。
俺とドリーでは、何をやってもドリーの方が完全に上手なので、非常に相性が悪い。
一方、アベルとドリーなら、遠距離攻撃を主とするアベルの方が圧倒的に有利だ。
有利だが、ドリーの強さはアベルと同等かそれ以上だ。冒険者としての経験を加味すると、ドリーの方が一枚上手だと俺は思っている。
しかし、魅了にかかっているドリーなら、いつもより大雑把な動きが多いはずだし、メイン武器の大剣は俺が取りあげたので、アベルがドリーを何とかしてくれると信じている。
アベルがドリーを拘束するように、ドリーの足場から土の鎖を作ったのを合図に、俺もドピンク鳥に向かって動き始めた。
巨大鳥に近づくと、鳥が大きな口を開け空気が震えた。耳栓をしていなかったら、きっとクッソ煩い鳴き声が聞こえたはずだ。
チラリとドリーとアベルの方を見ると、ドリーが土の鎖を粉砕してこちらに木を投げようとしているのを、アベルが風魔法で木を細かく切り刻んでいるのが見えた。
アベルがドリーの足止めをしているのなら安心だ。
しかし長引かせるのは危険だ。ドリーの売りはタフさと、何でも筋肉で解決する強引な戦闘スタイルだ。アベル自身はひ弱なので、一発でも喰らえば致命傷になりかねない。
さっさと決着をつけるべく、先日カラスの妖精に貰ったミスリル製のロングソードを、収納から取り出した。
ミスリルはそのままだと、強度も切れ味もアダマンタイトに劣る。
しかし魔力と相性の良いミスリルは、付与と合わせる事により、その性能はアダマンタイトを凌ぐようになる。
ミスリル製のロングソードなんて貰った日には、ワックワクで火力特化しまくりの付与するよね。
さぁ、試し切りの時間だ。
スラリと、鞘からロングソードを抜いて、木の上を飛び移りながらドピンク鳥へと迫る。
空気が震える度に、鳥が鳴いているのがわかるが、あいにくとドリーはアベルが足止めをしている。
おそらくあの鳴き声が、魅了した相手への大まかな命令なのだろう。
俺がロングソードを手に、ドピンク鳥に迫ると、ドリーがアベルに足止めされている事に気付いたのが、クルリと反転して逃げ始めた。
逃がさねーぞ、このクソ鳥が!!
鳴き声を上げながら逃げているのか、空気がずっとビリビリ言っている。
身体強化を最大で発動して、逃げる鳥の方へ向かって飛び、ギリギリでその背に着地した。
ここまで来たら、後は振り落とされないように、後ろから首を斬り落として終わりだ。
走るドピンク鳥の背中に左手でしがみつきながら、右手でロングソードを振り上げた。
その時、今までとは違う感じで空気が揺れた。
耳栓をしているので、鳴き声は全く聞こえない。ただおそらく、今までとは違う鳴き声だったに違いない。
何かが来る!?
そんな予感がした直後、ドピンク鳥の体からバチバチと音がして、その体を覆うように雷が発生した。
その雷に、鳥にしがみついている俺も巻き込まれた。
「残念だったな」
雷が鎮まると同時に、俺はロングソードをドピンク鳥の首に掛けた。
そして、そのまま剣を引くと、ポロリと鳥の首が落ちた。
流石攻撃特化の付与をしたミスリル製のソードだ。よく斬れる。
首を失ったドピンク鳥は、数歩走った後ズシンと地面に倒れた。
「ニーズヘッグ素材の防具にしてて正解だったな」
非常に高い雷耐性を持つニーズヘッグの鱗を使った装備を付けてたおかげで、ドピンク鳥の雷攻撃はちょっとビリビリしただけだった。
前の装備のままだと、うっかり感電死コースだったかもしれない。ニーズヘッグちゃんありがとう。
鳥の死体を回収しようとした時、アベルとドリーのいる方に雷が落ちるのが見えた。
あれ、アベルの雷だよな? ドリー大丈夫か!?
「アベル! ドリー!」
アベル達のいた所に戻ると、ドリーが地面に倒れて、アベルは苦しそうに脇腹を抑えて木にもたれて座り、肩で息をしていた。そのアベルの目の前に、黒焦げになった木が転がっていた。
あの黒焦げの木、ドリーが振り回してた木か。倒れているドリーの装備もかなり焦げてこんがりしている。ドリー大丈夫なのか!?
「あの熊、手加減なしで大木ぶつけて来るとか、ホッント最悪」
「大丈夫か? エクストラポーション飲めるか?」
「最後に一発貰って、多分あばら骨までいってるから、体に負担はかかるけど時間魔法で治す。ポーションはドリーに使って。手加減はしたから命には関わらないはず。じゃあ後よろしく」
「わかった」
倒れているドリーにヒーリングエクストラポーションをかけ、用心の為に解呪ポーションも掛けておく。
あのドピンクのクソ鳥は倒したけど、魅了の効果が残ってたらやばい。
ドリーは、アベルの雷魔法を食らってかなりダメージを受けたようだ。これは傷が回復しても、体力は相当削られてそうだなぁ。
アベルもポーションではなく時間魔法で治すと言う事は、相当な重傷だと思われる。
時間魔法での傷の回復は、人体の時間を巻き戻す為、かけられる側の体にかなりの負担がかかる。
俺もひどい傷を負った時に、何度かアベルの時間魔法で治してもらった事があるが、掛けられた後の疲労感と、体の時間を巻き戻す時の気持ち悪さは半端ない。
それでも、ポーションや回復魔法で追いつかない程の傷だと、時間魔法で治すほうが確実だ。
アベルは回復魔法を使う事ができるが、あまり得意でない。故に普段は、軽傷ならポーション、重傷なら時間魔法で傷を回復している。
アベルの方を振り返ると、傷を癒してそのまま気を失ってしまったようだ。
エクストラポーションを使ったが、ドリーも重傷だったようで、目を覚まさない。
Aランク同士が戦えばこうなるのは仕方ない。アベルでこれだから、俺だとドリーに瞬殺されてただろう。
改めて魅了の恐ろしさを思い知った。
とりあえず、この二人をクックーの村まで運んで休ませなければいけない。
指笛を吹いて、遊ばせていたワンダーラプターを呼び戻した。
「こいつら、落とさないように村まで運んでくれな」
ラプター達におやつのお肉をあげる。
「グェッ! グェッ!」
任せろとばかりに鳴くワンダーラプターの鼻先を撫でて、まずはアベルをワンダーラプターの上に乗せた。
そしてドリー。身体強化を使っても重てぇ、そしてでけぇ。
気を失ったままの二人を何とかワンダーラプターに乗せて、その場を離れようとした時。
「何だい、騒がしいと思ったら、昨日の坊やじゃないか」
聞き覚えのある声がして、振り返ると昨夜のラミアのおねーさんがいた。
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