第116話◆その熊、凶暴につき
ドリーの大剣の一撃を、アダマンタイト製のショートソードで受け止めたはいいが、そのまま鍔迫り合いの状態で力比べになり、身体強化を最大まで発動しているにも関わらず、ゴリゴリと押されている。
こんなゴリラ、じゃない熊に力比べで勝てるわけないだろ!!
大型のAランクの魔物すら両断するようなドリーの剣が、目の前に迫って来る。
頑丈さ重視のアダマンタイト製の剣でなければ、剣ごと叩き斬られていただろう。
何とか受け止めているが、もうそろそろ限界だ。
両手で握っていた剣から左手を放すと更に押され、顔に自分の剣が触れそうになる。
だがそれより先に、ドリーの剣を左手で掴んだ。
「没収」
ドリーの大剣を収納スキルで奪い取った。
これで、とてつもなく物騒な得物は消えて一安心だ。
突然、手にしていた大剣が消えてバランスを崩したドリーの横に回り込み、脇腹を狙ってニーズヘッグのグローブで電撃を入れようと手を伸ばした。
しかし、手が届くより早くドリーに胸倉を掴まれて、持ち上げられた。
これはマズイ!
そう思った直後に、ブオンという空気を切る感覚と共に、勢いよく投げ飛ばされて、背中から木にぶつかった。
「いってぇ」
冒険者になったばかりの頃、ドリーに稽古をつけて貰った時によく投げ飛ばされたものだ。
あの頃は俺が子供だったのもあって手加減はされていたが、今回は全く手加減なしで息ができなくなりそうなほど痛い。
何とか起き上がると、ドリーがのしのしとこちらに近づいてきている。
逃げようと思えば逃げる事は出来るけど、あっちでアベルが倒れているから、ドリーがアベルの方に攻撃するような事になるとまずい。
やっぱ、どうにか隙を突いて、ドリーに解呪ポーションぶっかけるしかないか。
しかし、ドリーと俺とでは、ほぼすべての身体能力がドリーの方が上である。
俺もドリーも肉弾戦を得意とする、脳筋だ。ドリーは魔力が少ないので、攻撃魔法を使って来る事は殆どない。ドリーと戦うという事は、単純な殴り合いになるという事だ。
その単純な殴り合いが、同じ脳筋としての能力差により、俺にとって圧倒的に不利なのだ。AランクとBランクの差は大きい。
たが、操られているのなら、そうでない時より動きは大雑把になるはずだ。その時にできる隙を狙っていくしかない。
それにドリーならアベルより頑丈だから、少々強い攻撃してもいいよな?
とりあえず、俺の方に向かってくるドリーを、倒れているアベルから遠い位置へと誘導する。
移動しながら、収納に入っている水を、地面に水溜まりが出来る程度に水を垂れ流しつつ移動している。
ドリーが水溜まりに足を踏み入れたのを確認すると、俺は水溜まりの上に手を突いて、グローブの電撃を発動した。
グローブ自体には雷耐性も施してあるので、俺自身に感電の心配はない。
「ぐおおおおおおおおおおお!!!」
バチバチという音と共に、ドリーが声を上げて倒れた。
結構強めの電撃効果を発動させたので、頑丈なドリーでもこれは効いたはずだ。解呪ポーションをかけた後ヒーリングポーションもかけておこう。
ポーションを使う為、ドリーに近づいた。
「ギョエエエエエエエエエエエエエッ!! ピギャアアアアアアアッ!! ギョッギョッギョッギョッ!!」
また、あの煩い鳥の鳴き声が聞こえてきた。
煩い鳥の鳴き声に気を取られたが、すぐに注意をドリーの方に戻し、収納から解呪用のポーションを取り出した。
倒れているドリーに近づいて、ポーションをかけようとした時、突然足を掴まれてそのまま地面に倒された。
「くそっ! タフすぎだろ!」
俺の足を掴んだのはもちろんドリーだ。その目は相変わらず赤く染まっている。
地面に仰向けに倒れた俺の上にドリーが馬乗りになり、俺の首に手を掛けた。
そして、倒れた拍子にポーションを落としてしまった。
ドリーの腕を掴んでもう一度電撃を流そうとするが、それより早く、俺の首に掛かっているドリーの手に力が込められた。
「ぐっ……」
あまりの力で、一瞬で意識が刈り取られそうになる。
意識が飛びそうになった瞬間、目の前からドリーが消えた。
「何? どういうこと? ドリーは何で魅了状態なの? ていうか、俺何で倒れてたの? 頭も体も痛いしどういうこと?」
「ぁー……、アベル、助かった」
ゲホゲホとせき込みながら起き上がると、いつもの金色の目をしたアベルが、眉を寄せて険しい顔をして立っていた。
その少し離れた場所でドリーが、土で出来た鎖で地面に張り付けられて、藻掻いていた。
「アベル、とりあえずドリーの魅了状態解除するから、そのまま拘束しといてくれ」
「うん……ってうわっ! この熊馬鹿力すぎるでしょ!?」
「マジかよ」
先程落としたポーションを回収してドリーに使う前に、ドリーが土の鎖を引きちぎって立ち上がった。
アベルがすぐに俺の方に転移をして来て、俺のフードを掴んでコーヒーの木の上に転移した。
「精神防御装備付けてるのに、何でドリーは魅了なんかに掛かってるの? 俺も記憶飛んでるんだけどまさか……」
「うん、アベルも操られてた」
「うっわ、まじで? 精神防御系は、ガチガチに固めてるはずなのにどうして」
魅了や幻惑などの精神操作系の攻撃は、パーティー全滅の引き金にもなりかねない危険な攻撃だ。故に、冒険者なら必ずと言っていいほど対策をしている。
高ランクで収入の良い冒険者なら、装備に金をかける事ができるので、かなりランクの高い精神防御効果のある装備を付けている。
もちろん俺もアベルもドリーも、高い精神防御効果のある装備を複数付けている。
それなのに、アベルもドリーも何者かの魅了にかかり、操られた。
つまり、どこかに俺達の装備の効果を凌ぐ、または装備の効果を貫通する精神攻撃をして来る敵がいると言うことだ。
今はアベルは正気に戻っているが、また魅了にかからないとは言えない。そして、俺もいつ魅了されるかわからない。
自分の意思とは関係なく、味方を攻撃してしまう魅了や幻惑系の攻撃は恐ろしい。
「どうにかドリーを回収して撤退しよう」
「そうだね。俺やドリーでも防げない魅了攻撃はやばい」
「ビエエエエエエエエエエエッ!! クギャアアアアアアアアアッ!! ビャッッビャッビャッビャッ!!」
また、煩い鳥が鳴き始めた。
「煩い鳥だね。あのピンクのトサカが見える奴か」
「っぽい、さっきからクソ煩……うっわ」
木の隙間からチラチラ見える、ピンクのとさかの鳥に気を取られていると、木が大きく揺れた。
下を見ると、ドリーが俺達のいる木に体当たりしている。
「ドリー、ホント脳みそまで筋肉」
アベルが俺のフードを掴んで、別の木の上に転移する。フードを掴むのは首が締まるからやめろ。
「グラン、あの鳥だ。あの鳥が魅了使ってるみたいだ。魅了というか"甘酸っぱい恋の病"っていう、魅了系っぽいユニークスキル持ってる」
音読するのが恥ずかしいスキル名だな。
「ドリーがあの鳴き声で頭痛くなるとか言ってたし、あの鳴き声に何かしらの魔力が乗ってそうだな」
「うん。俺もさっきあの声の後くらいから記憶がない」
そういえば、ドリーが魅了される直前にも、あの鳴き声を聞いたな。
「アベル、あの鳥の声は平気なのか?」
「うん、今は何ともない。一度魅了されたら、その後は効かない系なのかも。グランは?」
「俺も平気だな。魔力は感じるが、煩い程度だ」
「暴れるドリー取り押さえるのと、あのピンクの鳥倒すのどっちが楽かなぁ。魅了が無ければ、明らかに鳥の方が楽そうだけど」
「熊と鳥なら鳥の方が楽そうだな。あの声が魅了の原因なら耳栓しとくか」
マンドレイク系の魔物対策に持ち歩いてる、遮音効果の付与された耳栓を収納から取り出した。
「だよねー。じゃあ俺も耳栓つけるから、後はなんかあったら合図で」
「了解」
耳栓を嵌めて、木の上に飛び移りながら、ピンクの鳥の方へと移動を始めた。
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