第115話◆恐怖の空間魔法
発射された氷の矢を避けて、俺とドリーは茂みの中へと飛び込んだ。そのまま木の陰に隠れて隠密スキルで気配を消す。
「ありゃ、何かに操られてるぞ。目の色を見ただろ?」
「ああ、でもアベルは精神攻撃に耐性ある装備付けてるだろ?」
アベルは普段から精神操作系の攻撃には細心の注意を払っており、精神攻撃に対する防御はガチガチに固めていたはずだ。
しかしアベルの様子は、ドリーの言う通り、魅了や幻惑系の魔法で操られている者のそれだ。
「操られてるのは事実だ。はやいとこどうにかしないと、マジでヤバイぞ」
「ああ、転移系の魔法の攻撃を喰らったら、冗談抜きで即死だ」
アベルの転移系の空間魔法は、俺が知っているだけでも、三種類ある。
あらかじめ記録した場所に転移できる、遠距離移動系のテレポート。
目視範囲に転移する、近距離移動系のワープ。
そして、目視範囲にある対象物を手元に転移させる、スナッチ系。
このスナッチ系の魔法が非常にやっかいだ。
ランドタートルやニーズヘッグと戦った時に、何度もお世話になったあの魔法だ。
危険な状況の時に、アベルの元に引き寄せられたアレがスナッチ系の魔法だ。
手元に引き寄せる以外にも、技術は必要だが近い範囲内になら、対象物を自由に移動させる事も出来ると、以前アベルから聞いた事がある。
嫌いな野菜を、他人の皿に放り込んで来るのもこれだ。まさに、レア魔法とその技術の無駄遣いである。
目視範囲にある物を手元に移動させる事ができるこの魔法、援護として使われる時は非常に助かる。
この魔法はアベルがはっきりと位置を把握している物なら、何でもアベルの手元に引き寄せてしまう。つまり、目視した状態で位置さえ把握していれば、体の一部ですらスナッチで転移させられてしまうという、なんとも恐ろしい攻撃になる魔法だ。
空間魔法の使い手は非常に少ない為、それによる攻撃への対処方法を知らなければ、何が起こったか理解する間もなく、一方的に蹂躙されてしまう。
知っていても対処するのは難しいので、攻撃に使用されると恐ろしい事には変わりない。
ある程度の魔法に対する耐性と身体的な強度が有れば、スナッチで体の一部を持って行かれる事はない。それでも無理やり体の一部を移動させようと引っ張られる際の、物理的ダメージはある。内臓なんか引っ張られたら大ダメージになる。
これを回避する為には、アベルに正確な位置を把握されないようにするか、スナッチが発動する瞬間に大きく位置をずらさなければならない。
空間魔法を同時に複数使用するのは難易度が高いと、アベルが以前言っていたので、正気ではない今のアベルなら、複数の空間魔法を組み合わせたえげつない攻撃はして来ないはずだ。
単純な力押しな攻撃しかして来ないと思うが、その力押しの攻撃も恐ろしい。
「アベルを気絶させて止めるのが一番手っ取り早いな」
「行けるようなら解呪系のポーションを使う」
精神操作系の魔法なら、解呪系のポーションで解除できるはずだ。
「ビエエエエエエエエエッ!! クキョキョキョキョキョッ!! クックエエエエエエエッ!!」
また、あの煩い鳥の声が聞こえて来た。
「くそ! あのド派手の鳥の鳴き声は、妙に響くな。頭が痛くなるな。まぁいい、行くぞ!」
ドリーが軽く頭を振って、動き出した。俺はドリーとは逆方向からアベルの死角に回り込んだ、
あのクソ煩い鳥の声、もしかすると何かしらの魔力を帯びていて、デバフ効果があるのかもしれない。
魔力に対する抵抗は、その者の魔力の量に影響される。
俺は魔法は使えなくても魔力は多いので、魔法に対する抵抗力は高い。ドリーは魔法は多少使えるものの、魔力はあまり多くないので、魔法に対する抵抗力は低い。バケモノ魔力のアベルは、もちろん魔法に対する抵抗力はめちゃくちゃ高い。
そんなアベルが、精神操作系の魔法にかかるのは、正直信じがたい出来事だ。
鳴き声が止むと同時に、アベルが片手を上げるのが見えた。
俺もドリーも隠密スキルを使っているので、アベルは今、俺達の正確な場所を把握してないはずだ。
となると、来るのは周囲型の範囲攻撃だ。木の多い場所なので、火魔法は勘弁してほしい、山の中なので地震系もやめて欲しい。
範囲魔法をぶっぱされる前に、どうにかアベルを止めたい。
俺とドリーはアベルを左右から挟むような形で、隠密スキルを使って木の陰に潜んでいる。
いかにアベルが無詠唱を得意とする魔導士でも、広範囲魔法を使うにはスキができる。その隙を狙えば、アベル本体を攻撃するのは難しくない。
アベルは魔力に関してはバケモノ染みているが、本人の身体能力はさほど高くない。と言っても、俺やドリーのような脳筋と比べての話だが。
アベル自身はそこまで打たれ強くないので、物理で殴る事が出来れば、意識を奪う事は出来る。
って、ドリー木からはみ出してる!! めっちゃ見えてる!! 自分の体のサイズに合った木の陰に隠れて!?
木の陰からドリーの体がチラチラと見える。そして体が大きいせいで、周囲の茂みに触れてしまいガサガサと音がしている。それ、隠密スキル使っててもバレそうなんだけど?
案の定、アベルがその音に気付いてドリーの方を向いた。
やっぱバレてるうううう!!
いや、これはドリーの作戦かもしれない。昔からドリーは隠れるのが苦手だったけど、これは自らが囮になって、アベルの気を引く作戦かもしれない。
そのお陰で、アベルの注意はドリーに向いて、俺には背中を向けている。今なら背後から意識を刈り取れる。
アベルが、ドリーの方に向いて魔法を放とうとする瞬間、俺は木の陰から飛び出してアベルの首を狙って手刀を入れようと木の陰から飛び出した。
グルン。
突然、振り向いたアベルと目が合った。
まずい。
咄嗟に横に飛んでアベルの視界から外れた。そのすぐ横の空間がグワンと歪んだ感じがした。
こえぇ。
今の空間魔法だよね? スナッチだよね? 頭の横通り過ぎて行ったけど、どこ狙ったの!?
少しヒヤリとしたが、アベルの注意が俺の方に向いた隙に、木の陰から飛び出したドリーが、アベルの鳩尾を狙って拳を繰り出した。
ドンッ!
と鈍い音がして、グラリと揺れたのはドリーの体だった。
そしてドリーは、背中から後ろの茂みの中へと倒れた。
これも、空間魔法だ。
ドリーの攻撃が当たる瞬間、アベルが空間を歪めて、ドリーの攻撃はドリー自身に当たったのだ。
アベルが得意とする戦法の一つで、空間を歪めることによって、自分に向けられた攻撃をそのまま敵に返すという、なんともチートな防御を兼ねた攻撃である。ホンマ、チート魔導士自重しろ。
しかし、ドリーが反撃を食らっているその間に、俺はアベルの腕をすでに掴んでいた。
「悪いな」
掴んだ手に魔力を流して、グローブに付与した電撃効果を発動させた。
バチン!
火花が散って、アベルがその場に崩れ落ちるように倒れた。
ニーズヘッグの電撃グローブさん、こんな所で役に立つとは思わなかった。スタンガンと言うかスタングローブさんありがとう。
収納から素早く解呪用のポーションを取り出して、アベルにぶっかけた。
これで、正気戻ると思うけど、戻らなかったらどうしよう。
「おーい、ドリー大丈夫かー?」
アベル相手に手加減したパンチだったはずなので大丈夫だとは思うが、攻撃を反射されて茂みの中で倒れているドリーの方へ、様子を見にいった。
「キョッキョッキョッキョエエエエエッ!! ビギャアアアアアアアアッ!! カッカッカッカッ!!」
またあの煩い鳥が鳴いている。
直後、全身に鳥肌が立つほどの殺気が、目の前から発せられた。
とっさに腰に下げている剣を抜き、最大まで身体強化スキルを発動して、なんとか見えた攻撃をギリギリで受け止めた。
「マジかよ、勘弁してくれ」
目の前には大剣を俺に振り下ろしたドリーが、その体重と大剣の重みで、攻撃を受け止めた俺を押し潰そうとしていた。
その目は、先程のアベルと同様に真っ赤に染まっていた。
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