第114話◆コーヒーバブルの村

 翌朝、早くに麓の町を出発してクックーの村に向かった。


 俺が夜こっそり宿を抜け出して、近所の狩場に行くのは以前もよくやっていた事だったので、アベルとドリーには気付かれてはいたが、その事については特に触れられなかった。ただ、朝起きた時にアベルに臭いと言われて、浄化魔法でめちゃくちゃ消毒された。

 帰って来て、ちゃんとシャワー浴びたけど、装備が汚れていたのかもしれない。俺自身は臭くないと思いたい。

 きっと、あの知能の高い猿どもに、色々投げつけられたのが原因だ。汚そうな物は避けたつもりだったんだけどな。

 鳥の獣人とかラミアの酒盛りに付き合わされたのは、まぁ言わなくてもいいかなぁ。話ややこしくなるとめんどくさいし。








「コーヒーの実だぁ? あるっちゃあるけんど、今年の新しいんだっちゃらこれから収穫じゃきに」

「ということは、今はあんまりないってことかな?」

「だにぃ。去年の古いのだっちゃらあるけんど、それでよかと?」

「じゃあ、とりあえずそれ売って貰おうかな。今年のはいつ頃になったら出荷されるんだ?」

「そうだにぃ、後半月くらいしっちょったら、できちょるとよ」


 麓の町から半日かけて登山して、リリーさんに教えてもらったコーヒーの産地のクックーの村に来たのだが、ちょうど収穫の最中で新しい豆の出荷はもう少し先らしい。

 俺が話している相手は、コーヒー豆の加工工場の直販所のおじさんだ。


 クックーの村は、山間部にある小さな農村だと聞いていたのだが、山の斜面を利用したコーヒーの木の畑が広い範囲で広がっており、村には収穫したコーヒー豆を加工する為の大きな工場があった。

 工場の建物はまだ新しく、ここ数年のうちに建てられたものだと思われる。

 そして、広大な畑と大きな工場がある為に、村と言うわりには人も多く活気がある。


「こんな山の奥なのに、畑も整ってるし大きな工場もあって、人も多くて賑わってるなんて予想外だね」

「どこかの貴族か、大手の商会の手が入っているのかもしれないな」

 アベルとドリーが興味深そうに、村の様子を見ている。

「んだぁ、五年か前に隣の国のお貴族様っちゅう娘っこさ来て、コーヒーの実さ欲しいちゅうて、畑さ広げて工場まで建てってたと」

 そのお貴族様ってリリーさんでは……。どう見てもお金持ちのお嬢様だったし。


 元々この辺りでは、コーヒーの実を料理や薬にしたり、種を炒った物を粉にして煮出して飲んだりしたりしていたらしい。その頃は、コーヒーを原料とした薬や、他の農作物を栽培している貧しい農村だったと言う。

 五年くらい前に突然村にやって来た、隣国の貴族の令嬢だという女性が、この村のコーヒーに興味を持ち、コーヒー豆の生産の拡大を持ち掛けて出資したらしい。

 元は小規模な栽培と、山に自生している天然のコーヒーの木だけからの収穫だったのが、今ではコーヒーの木の畑が広がり、加工する為の工場まで出来て労働者が集まるようになり、クックーの村はコーヒーバブル状態らしい。


 クックーの村で作られたコーヒー豆は、その貴族女性の協力により近隣の町に出荷されるようになり、徐々にシランドルに広がっているそうだ。

 コーヒー豆以外にも、コーヒーの花が咲く季節しか採れないコーヒーの花のハチミツや、コーヒー豆を使ったリキュール酒、コーヒー味の菓子など、加工品も多く取り扱っていた。


 この村のコーヒー産業に出資したと言う貴族女性がリリーさんか、その関係者の気がしてならない。それにしても、五年前ってリリーさんいくつだ? 俺と同じかちょっと上くらいな感じだったけど、五年前っていったらまだ子供の頃だよなぁ。いや、女性の年齢を考えるのはよしておこう。別人かもしれないしな。



 直販所でコーヒー豆と、コーヒーの花のハチミツ、それからコーヒー豆を使ったリキュール酒を購入。今回はあまり買えなかったので、加工が終わる時期にまた来る事にした。

 その時は、アベルを買収して連れて来て貰うつもりだ。


 コーヒー豆を買ったらすぐ帰るつもりだったのだが、直販所のおじさんが、山の上の方へ行けば栽培している物とは違う、コーヒーの木の原種があると教えてくれたので、ちょっと興味が湧いて寄り道をする事に。


 どうせ、アベルの転移魔法で街道沿いの町まで戻るしいいよね? アベルに甘い物差し入れて、機嫌を取っておこう。

 そして、山の奥の方にはコーヒーの実を好んで食べる鳥がいるらしく、結構強いとの話だがその鳥の肉が何とも美味しいらしい。そんなん、釣られるしかない。Aランク冒険者二人いるし、何とかなるだろう。






 村からワンダーラプターを走らせて、山の上の方へと向かった。ワンダーラプターなら、足場の悪い場所でも走る事が出来るのがいい。

 コーヒーの木の原種らしき木を探して、結構奥の方まで来てしまった。

 村の近くには野生のコーヒーの木はあったのだが、村で栽培されているコーヒーの木とあまり変わらない感じだったので、どうせならと山の上の方まで来てみた。

 そして、漸くコーヒーの木の原種と思しき木を見つけた。



「でけぇー」

 クックーの村で栽培されていたコーヒーの木は、人間の身長より少し高いくらいだったが、ゆうに十メートルを超えるコーヒーの木を見つけた。そしてその枝には、コーヒーの実こと赤いコーヒーチェリーがたわわに実っていた。


 あのカフェインの塊の様なスライムを作るのなら、無理に焙煎したコーヒー豆じゃなくて、コーヒーの実をそのまま与えてもいいんじゃないかなぁって思うんだ。だったら、自力で採って帰った方が安上がりだよな。

 もし、焙煎した豆じゃないとだめなのなら、自分で煎ればいいし、スライムに与えるなら素人焙煎で美味しくなくても問題ないよな。

 それに、コーヒーの実自体がポーションの材料にもなるはずだ。


 上の方の実の方が綺麗だし、頑張って木登りして採って来ちゃうぞおおお。

 コーヒーの実を採っている間、ワンダーラプター達は自由時間だ。その辺で遊ばせとけば、弱い魔物が近づいて来たら、勝手に狩って美味しく頂いて処理してくれる。ワンダーラプター賢い!!


 ワンダーラプターを放して木に登り始めると、アベルが転移魔法でコーヒーの実を手元に転移させて集め始めた。

 ずるい。

「暇だし手伝うよ」

 ありがたいけど、何だか悔しい。

「おう、俺も手伝うから、後でコーヒーを淹れてくれ」

 ドリーも隣のコーヒーの木に登り始めた。

「ん、これ、そのまま食べても甘くて美味しいね。実の部分の量が少ないのが残念だけど」

 木の下でアベルがパクパクとつまみ食いしている。

 アベルが食べてるって事は鑑定済みだよな? 変な効果ないか確認して食べてるよな?

 昔は野生の木の実を使っていたと聞いているが、この世界の野生の植物は何があるかわからない。


「ほー、このままでも食べれるのか」

 隣の木でコーヒーの実を集めていたドリーも、採ったばかりの実を浄化の魔法で綺麗にしてつまみ食いを始めた。

 こいつら浄化の魔法が使えるからって、つまみ食いしやがって。俺は浄化の魔法が使えないので、つまみ食いをしないでそのまま収納にポイだ。

 木の上だからあんま汚れてないし、ちょっとくらいなら服で拭いてつまみ食いしてもいいかな。鑑定結果も特に毒性ないし、一個くらいなら……。

 コーヒーの実を口に入れようとしたその時。


「ギョエエエエエエエエエエエエ!!!ビエエエエエエエエエエエ!!!クケケケケケケケケケッ!!」


 ものすごく煩い鳴き声が聞こえて来た。

 木の上から鳴き声の聞こえて来た方向を見ると、木の隙間からチラチラと、目が痛くなるようなピンク色の鳥のとさかのような物が見えた。


「アレが、直販所のおっちゃんの言ってた、美味しい鳥かな? それにしてもくそうるせぇ」

「確かに煩いな。こっちに向かって来てるようだし、やっちまうか」

 俺とドリーがコーヒーの木から降りようとしたその時――。


 ヒュッ!!


 突然周囲の空気が冷たくなって、氷の矢が俺とドリーに飛んできた。

「なっ!?」

「おい、アベルどうした!」

 飛んできた氷の矢をギリギリで躱して、木の上から地面に飛び降りて、氷の矢を飛ばした主――アベルの方を見た。


 恐ろしいまでの魔力の冷気を纏ったアベルの周りに、無数の氷の矢が浮いていた。

 そして、アベルの金色の瞳が血のような赤い色に光っていた。


「まずい! グラン、いったん離れるぞ!」

「あ、ああ」

 ドリーに促され、アベルと距離を取ろうとした瞬間、アベルの周りに浮かんでいた氷の矢が一斉に俺とドリーに向かって発射された。



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