第113話◆月の見える森で

 その夜、アベルとドリーが寝た後、こっそりと宿を抜け出して、町の近くの森へとやって来た。


 クックーへ行く途中に、一泊する為に立ち寄っただけの町なので、あまり長居する予定ではなかった。その為、近くに森があるのが見えていても、そこに行く予定はなかったのだが、ちょっと気になってしまい、寝れなくなったので夜中一人でふらりとやって来てしまった。

 折角だから、暖かい地方限定の薬草とか、採っておきたいじゃん? ちょっとだけ。ちょっと入口の辺りを物色したら帰るつもりだよ。


 シランドルの南部の方に、コーヘー君は来ていないようで、大きな街道を外れてルートを南に逸れると、出て来る魔物の数が減った。減ったというか普通になった。

 というわけで、この辺りは普通に肉食性の魔物が闊歩している。






「うおおおおおおおおおおお!!」

 夜の森に、ちょっとだけと薬草を物色する為に踏み込んだ俺は、調子に乗ってつい奥の辺りまで踏み込んで、猿のような魔物の群れに追い掛け回されている。

 君ら絶対雑食だよね!? めっちゃ肉喰う顔してるよね!? 俺はそんな肉付き良くないよ!!


 数匹ならいいけど、めっちゃ数が多い。まともに相手しているとキリがない数だ。

 そして、無駄に知能が高い。色んな物が飛んでくる。当たると結構痛い。時々木の実とか果物が飛んでくるのは、有難くキャッチしてるけど、排泄物系はやめてくれ!!


 こういう集団で生活している系で知能の高い魔物は、一匹殺すと仲間の仇とばかりに執拗に狙われるようになるので、反撃は最小限にして振り切って逃げるに限る。

 とは言え、こんな集団を引きつれたまま、町の方に帰るわけにもいかず、森の中を逃げ回っている。


「くらえ! ホホエミノダケボンバー!!」

 木の上を飛び移りながら追撃をしてい来る猿の群れをめがけて、ホホエミノダケを投げつける。猿の群れのいる木に、ホホエミノダケが当たって胞子を撒き散らし、それを吸い込んだ猿達は追撃から外れていく。


「ウッキ~ッ!!」

 何個目かのホホエミノダケを投げつけた時、ひときわ大きい猿がそれをキャッチして投げ返してきた。

「うおおおおおおおお!! 無駄に知能高いこのクソ猿がああああああ!!!」

 投げ返されたホホエミノダケを躱して、知能の高い猿の集団から逃げ切るべく、更に森の奥に逃げる事になった。





 漸く猿の集団から逃げ切った頃には、かなり森の奥深くまで来てしまっていた。

「どこだよ、ここ」

 探索スキルがあれば戻れるが、あの猿達の縄張りに入らないようにしなければ、また追い掛け回される事になる。

 今日は満月なので、明るい夜だったのは幸いだ。大きな月が天頂から夜の森を照らしている。

 とりあえず一休みして、町に戻るかー。


 周りの気配に注意しながら木の根元に腰を下ろし、収納の中からハチミツレモン水を取り出してゴクゴクと飲み干した。長時間、森の中を走り回ったせいで、汗もかいたし、喉も乾いた。水分を補給しないと、魔物より脱水症状にやられてしまう。


「その、甘酸っぱい香りのする飲み物を、私にも分けてもらえないか?」

「ふおっ!?」

 周囲の気配には注意していたのだが、全く気配を感じていないのに頭上から突然声がして、変な声を上げてしまった。

「驚かしてしまったようだ、すまない。その、飲み物の香りに誘われてつい」

 声の方を見上げると、頭が鷲のような鳥頭で背中に大きな翼のある男が、木の上に座ってこちらを見下ろしていた。


 どなた!? 鳥系の獣人かな? というか、似たような展開が昔にもあったよな!?

 まぁいいや、敵意なさそうだし、飲み物で穏便にすむならいくらでも渡そう。

「いいよ、あげるから降りて来いよ」


 ザザザザザザザザザザザッ!!


「はぁっ!?」

 鳥頭の男が十人くらい木の上から降りて来た。こんなにいたのに、全く気付かなかったのかよ!! 俺、冒険者失格じゃね!? というか、カップ足りるのか!?


「ちょっと待ってくれ。さすがに全員分はないから、今から作るよ」

「なんと!? すぐ作れる物なのか?」

「ああ、簡単だ。材料さえあれば混ぜるだけだからな」

 収納からピッチャーを取り出して、ハチミツに塩を一つまみ、レモンを絞った後、水の魔石で水を入れてよくかき混ぜて完成。

 木製のカップに氷の魔石で作った氷を入れて、出来上がったハチミツレモン水を注いで、鳥の獣人達に渡した。


「おお、これは美味い。蜂の蜜と塩とレモンと水と氷だな。これなら我々にも作れるな」

 鳥の獣人達はハチミツレモン水を気に入ってくれたようだ。


「なんだい、アンタ達こんな所で宴会かい?」

 突然女性の声が聞こえて来たので、そちらを振り向いた。


 わかる。こんな森の奥に普通の女性がいるわけない。


「おお、ラミアの。良いところに、ヒトの子に飲み物を分けて貰っていたところだ」

 ラミア――それはとても綺麗な女性ばかりの種族だ。綺麗な女性ばかりだが下半身は蛇だ。

 目の前にはそのラミアのお姉さんがいる。とっても巨乳だけど、必要最低限しか隠してなくて、目のやり場に困る。目のやり場に困りすぎて、チラチラ見てしまう。

 前世の分だけ精神年齢は高いけど、一応今は思春期卒業したばっかりの、健全な十八歳の男子だからね!!


「へぇ、こんなところに人間の坊やかい? いいね、アタシも一杯貰おうか。でもアタシはジュースよりお酒の方がいいね」

 何だ、ここは飲み屋かなんかか? そして、俺はその飲み屋の大将か何か!?

 そんな事と思ったとしても、この人数と事構えたくないし、適当に何か出して町に帰ろう。


 収納から、ミキサーを取り出してその中に氷の魔石で氷をいれた。妖精に貰ったお酒とハチミツ、それにレモンを絞ってミキサーのスイッチをオン。出来上がった物をワイングラスに入れて、その上に収納から取り出したチェリーを載せて、ラミアのお姉さんに出した。

 甘くてフルーティなシャーベット状のお酒だ。湿度も気温も高い夜には丁度いいはずだ。


「へぇ、妖精の酒かい? 珍しい物を持ってるんだね。いいね、強い酒は好きだよ」

「貰ってばかりではいられないな。人間の、我らの酒を飲んでいくが良い」

 そう言って、鳥の獣人のリーダーっぽい男が、ヒョウタンのような物を出して来た。

「いや、俺はこのあと町まで帰らないといけないから、酒は飲めないよ」

 酒を飲んだ状態で、この森の中を移動するのは危険すぎる。さっきの猿の集団に、また出くわさないとも限らないし。

「む? そういう事なら、人間の町までの知り合いの馬に送らせよう」

 知り合いの馬? なんだかもう、それ絶対に普通の馬じゃないよね? ケンタウルスとか出て来そうだな。

「人間の町なら、川を下ればすぐだからね。アンタも飲みな」

 あー、これもう飲まないといけない流れか。

「じゃあ、ちょっとだけ」

「うむうむ、今宵の出会いに乾杯しようぞ」

 鳥の獣人達が、乾杯とばかりにハチミツレモン水入りのコップを掲げた。









「なんと! お主、西のと友だったのか!? どうりで見知った加護の気配がするわけだ。それで彼奴は元気にしておるか?」

「ラトならめちゃくちゃ元気だぞ。こないだも妖精の祭りで、酔いつぶれるほど飲んでたしな」

「ほほ、奴らしいの」


 結局、鳥の獣人達とラミアのお姉さんの酒盛りに巻き込まれてしまった。

 そして、鳥の獣人の長――レイヴンとラトが古い友人だと発覚して、驚いている。

 レイヴンはこの森に住む、獣人達の長らしい。ラトと古い友人という事は、相当な年齢だと思われる。

 そしてラト同様、俺に全く気配を感じさせないほどの人物だ。もしかしたら、ラトみたいな森の番人的な存在なのかもしれない。


「して、何故このような遠くまで来たのだ?」

「ああ、シランドルの東の端まで行く途中に、この辺りが産地の作物を買いに来たんだ。そのついでにちょっと森を散策したら、猿の集団に追い回されて、ここまで来てしまったんだ」

「あー、あやつらか。奴らは縄張り意識が強いからの。帰りは馬に乗って、川から帰るがよい」

「おう、助かる。というか、そろそろ帰らないといけないな」

 つい、話は弾んで長居してしまったが、明日は登山が待っているので、あまり遅くなると辛くなる。

「そうか、残念だな。また、遊びに来るとよい。西のにもよろしく伝えといてくれ」

「ああ、またこっちに来た時は寄る事にするよ」

 どうせまた、コーヒー豆を買いにきそうだしな。折角知り合ったのだし、その時また顔を出すのも悪くないな。

「そうだ、色々馳走になった礼だ、持って行くがよい」

「何だい、もう帰るのかい? じゃあ、アタシからも礼をするよ。また遊びに来な」

「ああ、ありがとう」

 お礼と言って、レイヴン達から香辛料やら薬草やらを貰ってしまった。

 ちょっと、飲み物出しただけなのに、貰いすぎのような気がする量だ。




 そして、レイヴンに紹介された馬は、ケンタウルスじゃなくてケルピーだった。

 ケルピーとは下半身が魚の白馬である。地域によっては人食い馬と恐れられている、Aランクの魔物だ。


 ケルピーさん、町の近くまで快く送ってくれたよ。馬なのにすごく肉食獣の牙してたよ。

 うっかり背後から襲われたら怖いから、別れ際にロック鳥のお肉いっぱい渡したら、超ご機嫌になって、でっかいウナギのような黒くてながーい魚をその場で捕まえて来て渡されたよ。


 ここでも何だかもらい過ぎてる感。

 しかし、これはウナギっぽい? 何だか雷を出して来そうだけど、もしかして電気ウナギ系!?

 醤油が補充できたら、蒲焼きにしてみよう。

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