第112話◆まさかこんな場所で!?

「ねぇ、どうする? ドリーいたら転移魔法で家帰れないよ」

「あー……、ドリーそういうとこ厳しいからなぁ。まぁ辺境伯様の関係者って知って納得したけど」


 ドリーがシャワーを浴びに行っている隙に、泊っている宿の部屋でアベルとコソコソと話している。

 男三人なので、宿は同じ部屋に泊る為、なかなかアベルと二人で会話をする時間がない。


 俺達が米探しの旅に出て、一週間が過ぎていた。


 カリクスで魔ガラスを買いそびれた後は、再び大きな街道に戻り、そこから東へと少し進み、次の寄り道の為に南へと向かっている。

 次の目的地は、リリーさんに教えてもらった、コーヒー豆の産地だ。

 今はその道中の宿屋にいる。

 宿屋到着後、あまりの暑さと湿度に、飯より先に汗と汚れを流してスッキリする事にして、今はその順番待ち中だった。


 週に一回くらいは、アベルの転移魔法で家に帰るつもりが、ドリーが同行する事になった為、それができそうにない。

 ドリーが一緒に来るとなった時点で、転移魔法で家に戻るのは厳しいかなぁと思ってたけど、やっぱり無理そうだな。

 俺達の思惑がバレているのか、宿がことごとく三人部屋である。


 ドリーは法に関する事には厳しい。

 以前にもドリーとアベルと一緒に国外へ行った事があったが、その時も、一時的だとしてもアベルの転移魔法で、国境を越えてユーラティアに戻る事は、ドリーに禁止されていた。

 法律上禁止されてるから、ドリーが言う事は正しいんだけどな。


 ラト達には週一くらいで、様子見に戻ると言ってあるので、戻らないと心配するかもしれないし、食事の事もあるし、おうちのベッドで寝たい。あとスライムちゃん達も気になるし、毛玉ちゃんもモフりたい。

 というか、道中に魔物が多すぎて、狩った魔物を収納に突っ込みまくってるので、一度整理したい。容量に余裕はあるけど、何か気になるじゃん?


「ドリー買収できないかな」

「無理でしょ、逆に怒られそう」

「ですよねー? ドリーの弱点とか、好物とか何か知らないのかよ」

「ドリーの弱点? ドリーのお姉様達がめちゃくちゃ怖い。あそこの家系の女性はみんな怖い」

 アベルが怖いって言うなんてどんだけだよ。

「その弱点は今使えないだろー。もっとこう、ダイレクトにグゥの音も出ないようなやつはないのかよー」

「お前ら、何こそこそ話してるんだ」

 シャワー室のドアが開いて、半裸のドリーがシャワーから戻って来た。

「うわ、ドリー戻るのはやっ!」

「んー? 大した話してないよー?」

「そうか? 弱点がどうのとか聞こえたが?」

 やべー、もしかして結構前から聞かれてた?

「お前らがコソコソしてる時は、だいたい碌でもない事を企んでる時だからな」

 く……、これは家に戻るの無理そうだなぁ。冒険者ギルドからキルシェ宛てに手紙だして、伝言頼むかー。


「それにしても、やっぱシランドルの南の方は暑いな。何でまたこんなとこに来たんだ? 目的地はオーバロだろ?」

 ドリーが半裸のまま、タオルで頭をガシガシと拭きなら言った。

「コーヒーっていう飲み物の元になる、コーヒー豆がシランドルの南の方にあるって聞いて、ついでだから行こうかなって」

「コーヒー? 聞いた事ない飲み物だな」

「暖かい地域の飲み物だからな。今までほとんど入って来て無かったんだと思う」


 リリーさんに教えて貰ったコーヒーの産地は、ユーラティアからオーバロへ続く街道から、かなり南へと逸れた位置にある。

 俺達が向かっているのは、シランドルのコーヒーの産地の一つ、クックーという山間の村である。一年を通して温暖な地域の為、ユーラティア王国では晩秋にあたるこの時期でも、俺達が今いる辺りは夏のような暑さだ。

 そして、雨の多い時期のせいで湿度も高く、かなり蒸し暑い。


 俺達が目指しているのは山間部だが、ここより更に南に行けば大きな熱帯雨林がある。その辺りは、とても強力な魔物が多く棲んでいるという話だ。

 実はちょっと興味あるけど、今回の目的は米だから、あまり寄り道をしすぎるわけにはいけない。


 クックーの村のある山の麓の辺りは、密林というほどではないが、熱帯性の植物の森が広がっていた。

 俺達が今いるのは、クックーのある山の麓の町だ。今日はここに一泊して、明日森を抜けて山を登って、クックーの村まで行く予定だ。


 クックーの村は、オーバロ行きの街道から、思ったより離れた場所だった。クックーでコーヒー豆を買ったら、アベルの転移魔法で街道沿いの町まで戻る予定だ。

 ホント、アベルがいてよかった。後でご機嫌取りに、甘いものをいっぱい渡しておこう。




 風呂でスッキリした後は、宿のレストランで食事だ。

 大きな街道からは外れた場所にある町だが、高ランクの狩場が近い為、滞在する冒険者が多いようで、冒険者向けの宿屋の多い町だった。

 俺達が泊っているのも、そんな冒険者向けの宿の一つで、パーティ向けの少し高めで小綺麗な宿だ。

 宿はちょっと高くても綺麗なとこを選ばないと、ひどい目に遭うこともあるしね。

 治安的な意味もあるが、ベッドにダニとかノミがいるとか、部屋が臭いとかは嫌だ。


 

「この辺り来るのは初めてだから、どんな料理が出て来るか楽しみだねぇ。あ、グラン見てコーヒーだって。メニューにコーヒーあるよ」

「ホントだ。さすが生産地の手前だな。でもコーヒー以外は、何だかよくわからない物が多いな」


 宿のレストランでメニュー表を広げて、目を通していると、コーヒーの文字が見えた、

 コーヒー以外は知らない料理だらけだったので、とりあえず俺とアベルはコーヒーとお勧め定食を頼む事にした。


「お前らが探してるコーヒーってこれか? 俺も頼んでみよう。以前来た時はコーヒーなんて飲み物は無かったと思うが」

「ドリーはこの辺りには、来た事あるんだっけ? この辺りの料理ってどんなの?」

 ドリーは無難そうな、焼肉系を頼んでいた。

「んー、癖の強いスパイスがたくさん使われてて、味が濃いというか辛めだな」

「えー、辛すぎたらどうしよう。グラン、辛いの好きだよね?」

「辛過ぎなければ平気だな」

 シランドルの南の方は、香辛料の産地でもあるので、何となくスパイシーな料理が多そうなイメージだったけど、ドリーの話だとやはりそのようだ。

 ドリーが無難そうな焼肉を頼んでいたという事は、結構辛いとかクセがあるとかなのかなぁ。



 料理が出て来る前に先にコーヒーが届いた。暑い地域なので、アイスコーヒーだ。

「グランの淹れるコーヒーも、アルジネで飲んだコーヒーも温かいのだったけど、こっちは冷たいのなんだね」

「暑い地方だからなー。お、これは、もしかしてコーヒーの花のハチミツじゃないか」

 アイスコーヒーについて出て来たのが、シロップではなくコーヒーの花のハチミツだった。すごい、前世だと結構高級品だったはずなのに、こんなとこで味わう事ができるとは。アイスコーヒーの中に迷わずハチミツを入れた。

「これがコーヒーという飲み物か」

 アベルもドリーもハチミツを入れてコーヒーを飲み始めた。

「温かいのと比べて、冷たいと苦みよりも爽やかさの方が強くて、ちょっとハチミツ入れただけでも飲めちゃう」

 苦い物があまり得意ではないアベルも、アイスコーヒーならちょっと甘味があれば平気らしい。

「んん、これはいいな。この苦みは癖になる」

 ドリーもコーヒーを気に入ったようだ。ユーラーティアに戻ったら、リリーさんのお店に一緒に行ってみるのもいいな。



 アイスコーヒーに遅れて、頼んでいた料理も出て来た。

「あれ? グランこれって」

「マジかよ……」

 初めて来る地方の料理がよくわからず、適当に日替わりランチを頼んだ俺とアベルは、出て来た料理を見て揃って目を見開いた。

「どうした? お前ら"リュ"を見るのは初めてか? リュはここら辺の料理によく使われる穀物だ。俺はどうもこの、つぶつぶの集合体が苦手でな、この辺りに来た時はいつも肉とパンを頼んでいるんだ」

 そう言ってるドリーの前には焼肉と一緒に、薄くて平べったいパンが並んでいた。


「これってコメ?」

 アベルの前には、褐色に調理されたリュと呼ばれる米のような物の上に、挽肉とカラフルな野菜がたっぷり載っており、その上に更にでっかい半熟の目玉焼きも載っていた。

「コメだけど、ちょっと違うな」

 俺の方に出て来たのは、黄色く染まったリュの上に。ドーンとでっかい鶏肉が乗っていた。小さいトマトとかアスパラのような野菜が添えられていて、上にはトマトベースのスパイシーな香りのするソースが掛かっていた。

「コメに比べて長細い?」

「うん。米だけど長い種類の米だな。俺が探してるのとはちょっと違う。調理方法も違う物だな」

 出て来たのは、俺が知っている米より長い形をした米だった。前世ではインディカ米と呼ばれていた物に近い。こちらではリュと呼ばれているらしい。


「ん? リュを知ってるのか? お前らの探してるコメと言うのはリュの事だったのか?」

「コメは、前にアベルが食材ダンジョンで見つけて持って帰って来た物でさ、リュに似てるけどちょっと違うな」

 このリュという穀物が、俺の知っているインディカ米に似ている物なら、俺が探している米とはちょっと違う。

 とりあえず、一口食べてみる。

 米ほど粘り気がなく、パラパラとした感じだ。味付けもスパイシーで濃い目の味付けだ。おそらくこのリュという穀物は、インディカ米に近い物なのだろう。


「コメよりちょっと粘り気の無い感じかなぁ。コメみたいに色が白くないのは、スパイスの色かなぁ。リュその物にもしっかり味が付いてる」

「そうだな。おそらくリュその物は、ちょっと癖のある香りなんじゃないかな。それで香りの強いスパイスで味付けされてるんだと思う」

「なるほど。ユーラティアだと香辛料高いから、スパイスで味付けが必要な食材を取り扱う店は、あまりないからね。どうりで見た事ない食材だと思った」

「スパイスの産地ならではの料理だ。明日出発前にスパイスとリュを買っておこう」


 ユーラティア王国では、香辛料はあまり栽培されておらず、ほとんどが輸入に頼っている。その為、香辛料の類は、庶民にはちょっと手が出しづらい値段だ。

 その香辛料の輸入元が、シランドルの南部である。年中通して暖かいシランドルの南部は、香辛料の宝庫だ。

 以前、胡椒の産地には行った事があったが、こちらの方にくるのは初めてなので、色々と知らない香辛料もありそうだ。

 明日の出発前に市場行きだなー。何があるか楽しみだ。


 南の方にある熱帯雨林には行かないつもりだったけど、やっぱり気になってきたな。

 

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