第111話◆猫に効くアレ

 この世界は"ゲームの世界"とは違う。


 ダンジョンという特殊な場所もあるが、ダンジョン以外では、魔物は無限に湧いてこない。

 そして、魔物は"悪"ではない。魔物だって生態系の一部だ。

 そんなこと、この世界に生きているなら常識である。この世界で生きていれば。




「付き合わなくても良かったのに」

 カリクスまで来たが、目的だった大きなサイズの魔ガラスを買えなかった。そのままオーバロへ向かうルートに戻っても良かったのだが、折角なのでもう一日滞在する事にした。

 特産の乳製品をもうちょっと堪能しておきたいし、ついでにこの周辺の魔物の素材も気になる。

 そして、一日だけとは言え、増えすぎた低級の魔物の討伐を手伝っておこうと思ったのだ。


 食物連鎖の上位の魔物の個体が減ったせいで、天敵のいなくなった弱い魔物が増えているのは、時間が経って捕食者の数が回復すれば元のバランスに戻るだろう。

 しかし、増えてしまった低ランクの魔物に、町の人達は現在進行形で困っている。ちょっとだけでも協力しておこうかなと思った。早く魔ガラスの生産が元に戻って欲しいからな。


 そんなわけで、カリクスにもう一日滞在する事にして、今日はカリクスの冒険者ギルドの依頼を受けることにした。

 ほとんどがDランク以下の魔物の討伐依頼のなのだが、とにかく数が多い。もはや魔物毎の種類分けなしに、討伐した魔物のランクと数に応じて報酬が出るようになっている。

 ランクの低い仕事だし、俺一人でこなして来るつもりが、アベルとドリーもついて来た。

 Dランク相当の依頼に、Aランクの冒険者二人って過剰戦力すぎるだろ!!


「町に居ても、どうせ暇だしねぇ」

「依頼が溢れているなら、ランクに関係なくやるのも、冒険者の仕事だ」

 Aランクの二人はのほほんとしながら、魔物を倒しているが、オーバーキルすぎて俺の出る幕がない。

 仕方ないので、いつものようにせっせと素材を拾っている。


 カリクスの周辺には羚羊系の魔物が多い。

 羚羊系の魔物の角は調合素材になるのでいくらあってもいい。肉もけっこうおいしいし、燻製にも向いている。そして、羚羊系の魔物の皮は、手袋やブーツ、防寒具としても人気がある。

 つまり、素材として無駄になる部位が少ないのだ。なんだかんだでいい稼ぎになりそうだ。

 肉もたくさん取れるから、時々皮だけ剥いで、ワンダーラプターに肉を食べさせているので、ワンダーラプター達もご機嫌だ。


 町に近い辺りは、カリクスの住人達が魔物を狩っているようなので、俺達は町から少し離れた場所まで来ている。

 たまに、サンドウルフの若い個体も見かけるので、それらを見た時は魔物の死体は回収せず残しておくと、彼らの餌になる。

 これなら、狩に慣れてない若い個体も、食事にありつける。


 サンドウルフは、乾燥した地域に住む大きな牙を持つ狼の魔物で、草食性の魔物を餌にしている肉食の魔物だ。大型でなかなか怖い顔をしているが、知能が高い為、あまり人間の生活エリアには近づかず、町から離れた場所で暮らしている魔物だ。

 集団で狩りをする習性のある彼らは、縄張りを荒らしたり、家族を攻撃しない限り、人間に積極的に襲い掛かって来る事はない。

 群れを形成する彼らだが、ここまで遭遇したサンドウルフの群れは、殆どが十匹足らずの小さな群れだった。



 サンドウルフを見かけた場所から更にワンダーラプターを走らせ、町からかなり離れた場所まで来ていた。

 所々にゴツゴツとした岩場が目に付くようになり、町の周辺とは違う魔物と遭遇する事が多くなったが、相変わらず、大型の魔物はあまり見かけない。

 この辺りも草食の魔物が多いのか、下草や樹木がかなり食い荒らされている。

 乾燥した気候のこの地域は、高い樹木は少なく低木が中心で、森林のような場所はない。草も丈が低い物ばかりなので、草食の生き物により食べ尽くされた場所は地面が見えている。思ったよりも深刻な状況なのかもしれない。



「グラン、あそこ洞穴があるよ」

 アベルが指を差した先の岩場に、ぽっかりと大きな穴がある。

「何かいるな、かなり大きな気配がする」

 ドリーの言う通り洞穴の中から、大きな魔物の気配がするのだが。

「弱っている感じがするな。ちょっと行ってみる」

 感じる生命力はかなり弱っている。気になって、洞穴の方へと向かった。

「危険な魔物だったらどうするのさ」

「うーん、やばそうならすぐに出て来るから、アベルとドリーは外で待っていてくれ」

 アベルが渋るがやはり気になるし、助けた方がいい状況なら助けたい。

 この気配の感じからして、おそらく大型の肉食の魔物だろう。危険だが仕方ない。


「いや、俺達も行こう」

「いざとなったら、俺が魔法で眠らせるよ」

 と、ドリーもアベルも付いて来る気満々だ。

「いや、アベルもドリーも動物に嫌われるタイプだろ? あまり刺激したくないし俺だけで行くから、ちょっと離れた場所で待機していてくれ」

 アベルは何でか知らないけど、動物に嫌われる傾向がある。あんなに可愛い毛玉ちゃんにも威嚇されてたし。

 ドリーはドリーで立ってるだけでも威圧感すごいので、動物が怯える。

 中にいるのは手負いの魔物の可能性があるので、あまり刺激したくない。

 俺? この二人に比べたら、動物には好かれる方だと思うんだ。

「確かに動物にはあまり好かれるほうじゃないけど」

「ぐぬぬ、そう言われると反論できないな……」


 納得してなさそうな二人を置いて、洞穴の中へ入っていく。

 奥からは大きな魔物の気配とは別に、小さな気配が二つ。奥に行くにつれ、血の匂いが強くなってきた。

 奥に潜む魔物も俺の気配に気づいたのか、ピリピリとした殺気が感じられる。


 洞穴を奥まで行くと、巨大な魔物が蹲っているのが見えた。

 黒い縞模様の入った巨大な白い虎の魔物。口からは大きな牙がはみ出ている。


 サンダータイガー。


 その魔物と目が合った直後、魔力が動く気配がしたので、咄嗟に手でガードした。

 バチンッ!

 ガードした手にぶつかって雷が弾けた。


 少しだけ手が痺れただけで済んだのは、サンダータイガーが弱っているのと、ニーズヘッグの鱗を使った手袋を付けていたからだろう。

 妖精の祭りで手に入れたニーズヘッグの鱗で、防具を強化しておいたのが幸いした。

 最初の攻撃は防いだが、サンダータイガーは牙を剥き出しにして、こちらを威嚇している。


 蹲っているのでよく見えないが、洞穴の中に充満する血の匂いの主は、おそらくこのサンダータイガーだろう。

 威嚇はして来るが動こうとはしない。感じられる魔力からは、かなり弱っている様な印象を受ける。

 治して襲ってこないのなら、治して立ち去りたいが、その保証はない。変に刺激して襲い掛かられると倒さないと、こちらが危なくなる。


 うーん、サンダータイガーにも効くかなぁ。

 収納の中から、とある木の枝を取り出した。

 取り出した瞬間、サンダータイガーの耳はピクリとしたのが見えた。これは効き目があるやつか!?


 魔タタビ――ネコ科の魔物が大好きな植物である。


 体力回復系のポーションや、痛み止めの薬の材料になるので、収納の中にストックしていた。

 効けばいいなぁくらいの感覚で、魔タタビの枝をサンダータイガーの方へと投げた。

 サンダータイガーは、俺が投げた魔タタビに一瞬気を取られたが、すぐに俺の方に注意を戻した。


 これは効いているのかな?

 収納から更に追加で魔タタビの枝を二本取り出して、サンダータイガーの方へと投げた。

 ピクピクとサンダータイガーの耳が動いて、チラチラと俺が投げた魔タタビを気にしている。

 もうちょっと投げたら、いけるか!? いや、あまりやり過ぎるのはよくないな? 魔タタビはこれで最後にして、これでダメなら他の方法にしよう。

 そう思って次の魔タタビの枝を取り出そうとした時、サンダータイガーのお腹の辺りがごそごそと動いて、何かが飛び出して来た。


 モコモコでコロコロした体型の、小さなサンダータイガーが二匹、大きなサンダータイガーの下から出て来て、まっしぐらに魔タタビに飛びついて行った。

 大きな気配の他に、小さな気配が二つあったので、子連れなのは予想していたが、これは……可愛すぎる!!


 しかし、子供にサンダータイガーに、魔タタビは効きすぎるのではないかと心配になった時にはすでに、子供のサンタータイガーがふにゃふにゃと蕩けるように、地面でごろごろしていた。

 大きなサンダータイガーが、魔タタビを前足で子供達の前からどけようとして、俺から注意が逸れた。


 今だ!!

 俺は収納からヒーリングエクストラポーションを取り出して、サンダータイガーの所まで素早く近寄って、それをサンダータイガーの体にぶちまけた。

 エクストラポーションは、ハイポーションより更に効果が高い。欠損を治すほどの効果はないが、かなり深い傷でも治せる。

 結構いい値段なのだが、高ランクの魔物と戦う事も考えて、用心で何本かは常に持ち歩いている。

 それを、傷ついたサンダータイガーにかけて、すぐに距離を取った。

 近づいた時、チラリと傷口が見えたが、深くて大きな傷が脇腹から背中にかけてあった。おそらく、大型の鋭い刃物による傷だ。


 今は生きているが、あの傷の具合だと近いうちに力尽きていただろう。子供もまだ大きくないので、自立して狩りができるほどでもなさそうだ。

 とりあえず、エクストラポーションで傷口は、塞がったはずだ。痛みは残っているだろうが、魔タタビには鎮痛効果がある。

 これだけ大型の魔物なら、傷が塞がればこのまま回復するだろう。


 この傷をいつ受けたのかはわからないが、この様子では傷を受けてからは、狩りができてないだろう。

 そう思い、先程狩った羚羊系の魔物を、三匹ほど収納から出して地面に置いて、その場を後にした。

 このまま、回復してたら、元気に魔物を狩ってくれるだろう。二匹の子供も、食べ盛りだろうしな。

 一匹助けたとこで焼け石に水かもしれないが、何もしないよりはいい。まぁ、自己満足だけど。


 あと、子供のサンダータイガー可愛かった。あの、モコモココロコロのデカイ猫、持って帰りたい。

 野生の魔物を、むやみに持って帰ったらダメなのはわかってるから、持って帰らないけど、ちょっとモフりたかった。親の目が怖かったからできなかったけど、モフりたかった。






「あ、戻って来た。餌付け成功?」

「餌付けはしてねーよ。結構重傷っぽくて、何も食べてなさそうだったから、傷治したついでに肉を置いて来たけど」

「それ餌付けしてるやつだよ」

 アベルはそう言うが、親のサンダータイガーは最後まで警戒を解かなかったから、餌付けはしてない。

「ところで、何がいたんだ?」

「サンダータイガーの親子。子供は無傷っぽかったけど、親は剣で斬られたような大きな傷があったから、エクストラポーションぶっかけてきた」

「サンダータイガーか。奴ら賢いからなぁ。餌が豊富な地域なら、わざわざ人間を襲うような魔物でもないな。しかし賢い分、傷つけた人間に、復讐に行く可能性もありそうだな」

「その時は俺らにはもうどうしようもないな。子持ちだったから、大人しく子育てして家族で暮らしててくれることを願おう」


 サンダータイガーは知能が高く、親兄弟への愛情が深い。

 凶暴な肉食の魔物の類ではあるが、人間に手をだすとしっぺ返しをくらうという事を理解している。故に、食料としてもあまりうま味のない人間をすすんで襲う事はない。

 しかし、賢く記憶力もいいので、自分や自分の家族を傷つけた者には容赦をしない。


 彼らがこの後、傷つけた人間に再会することなく、平和に暮らせることを願うしかない。

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