第110話◆ガラスの里

 シランドルの内陸部のやや北寄りには、東西に険しい山脈が続いており、ユーラティアからシランドルの東の端のオーバロまで行くには、この山脈を避け、北側か南側のルートを進む事になる。

 この季節、北側のルートはすでに雪に埋もれる季節なので、暖かい南側のルートでオーバロを目指している。

 大きな街道沿いに進むと、かなり南側へと迂回する事になるのだが、この街道が経由する場所の近くには、魔ガラスの産地がある。


 魔ガラスとは、魔力と非常に相性のいいガラスで、ポーション用の容器や魔物の飼育用の水槽、魔道具などに使われる、付与が可能なガラスである。

 この魔ガラスというやつ、原料は鉱石ではなく、ゴール・ヌィという名前の植物である。

 植物がガラスの原料になるってめちゃくちゃファンタジーだと思うじゃん? ガラスっぽい花とか想像するじゃん? 残念、イモなんだよなぁ、コレが。


 ゴール・ヌィという植物の根の部分が、ガラスの原料となる。

 ぱっと見、タロ芋のようなイモなのだが、皮を剥くと中身がちょっと濁ったガラスのようなものなのだ。これを精錬した物が魔ガラスとなる。

 このゴール・ヌィという植物は温暖な地域の植物の為、シランドルの南部はゴール・ヌィの栽培が盛んで、魔ガラスの生産地として有名である。

 俺が住んでいるユーラティア王国でもゴール・ヌィは栽培されているが、シランドルに比べ気温が低いので、規模はシランドルほどではない。






 というわけで、オーバロへの道中、街道から少し北へと逸れ、この魔ガラスの産地の一つのカリクスという小さな町に立ち寄った。

 カリクスの周辺は一年を通して気温が高く乾燥した気候で、背の低く乾燥に強い植物が中心の草原地帯である。

 この辺りは雨量が少ない為、穀物の栽培には向かず、代わりに乾燥に強く温暖な気候で育つ、ゴール・ヌィを中心とした農業が盛んな地域だ。

 そして、ゴール・ヌィの栽培以外にも放牧も行われており、ヤギや牛の乳製品の産地でもある。



「ええ? 大きいサイズの魔ガラスがない?」

 カリクスに到着後、宿を決めてワンダーラプター達を預けた後、俺達はガラス屋に来ていた。

 一人でのんびり買い物するつもりが、何故かアベルとドリーもついて来た。


「わざわざ遠くから来てくれたのに、すまないねぇ。最近、町の周辺まで魔物が増えて、男手がそっちに取られちまって、収穫が追いついてなくてねぇ。おかげで、需要の多いポーションの瓶の出荷で手一杯で、細工品や大判のガラスが品薄なんだよ」

 そう言って困り顔になっているのは、ガラス屋の店員の女性。

「そういえば、ここに来るまでも魔物が多かったな」

 道中の街の冒険者ギルドで見かけた、妙な依頼と手配書を思い出した。

 何となく原因は予想できるが、かなり広範囲で生態系に影響が出てしまっているらしい。


「草原に住んでいる大型の肉食の魔物の数が減ったみたいでねぇ。今年は小型の草食の魔物が、町の周辺まで来て草を食べちまって、放牧にも影響出るから、男達のほとんどが毎日魔物の駆除に追われてるんだよ」

 なんとなく、予想をしていた話だった。

 あの指名手配されている少年が、この辺りでも大型の肉食の魔物を多数狩っているのだろう。


 大型の肉食の魔物は人間にとって危険な存在だ。だが、それと同時に食物連鎖の上位に立ち、他の弱い魔物を捕食している。

 人間にとって危険だからと言って、大型の肉食の魔物を減らしすぎると、今度は天敵がいなくなった弱い魔物が増え始める。

 たとえそれが草食で、直接人間に危害を加えるような魔物ではなくとも、それとは別の形で人の生活に悪影響が出ることになる。

 店員さんが言っているように、増えすぎた草食の魔物が、自分達の住処だけでは食料が足らず、餌を求めて人里の近辺にまで出没するようになる。


 しかし残念だな。せっかくここまで来たのに魔ガラスが手に入らないなんて。フローラちゃんの温室計画が進められないじゃないか。

 他の魔ガラスの産地まで行っても、同じ事かもしれないし、困ったな。







「思ったより深刻そうだねぇ」

「大型の肉食の魔物だけを狩る子供か」

 ガラスの在庫がないのはどうしようもないので、冒険者ギルドに立ち寄った後、適当な飲み屋に入って食事をしながら、アベルとドリーが真面目な顔をしている。


 カリクスの町は乳製品が特産の町だけあって、チーズを使ったメニューが多い。料理はとても美味しい。だが、シランドルに入ってからの状況を考えると、あまり浮かれるような気分にはならない。



 立ち寄ったカリクスの冒険者ギルドで、指名手配されているコーヘーという少年について、詳しく聞いてみた。

 彼の姿が目撃されるようになったのは、約三ヵ月ほど前。最初の目撃証言はシランドル王国の北西部の山岳地帯の小さな山村。

 どこからともなくフラリと現れた黒髪の少年が、山に住む大型の魔物から村の子供を助けた事に始まる。


 大型の魔物の多いその地域は、常に肉食の魔物による人的被害に悩まされていたが、少年が周辺の大型の魔物を狩り、村人たちはその少年に非常に感謝したらしい。その後、少年はすぐどこかへと旅立って行ったという。

 ちなみに現在その村は、増えたグレートボアによる、農作物への被害に悩まされてるそうだ。


 それから少年の目撃情報は、北西部から街道に沿って南下、この辺りでも魔物に悩まされる町や村で、魔物の討伐を行っている。

 しかし、冒険者ギルドには所属せず、住人の話を聞いては魔物の討伐へ向かい、その後その魔物の素材を買い取ってもらったり、町の代表者から報酬を受け取っていたようだ。

 冒険者ギルドを通すと手数料もかかるので、時々こうして魔物を狩れる実力者と直接取引する事もある。手数料がかからないのでお得な気もするが、トラブルも起こりやすいし、そうなった時の後始末も自分の身に降りかかるので、手数料がかかっても冒険者ギルドを通す方が安心だと俺は思っている。


 南の街道に入った辺りから、少年がランクの高い魔物を中心に、大量の魔物を倒す現場を目撃されるようになり、その後南の街道沿いを東に移動し始めた辺りで指名手配されている。それ以後は目撃情報が減るが、どうやら上位の魔物を狩りながら東へ向かっているようだ。


 指名手配されて以来、冒険者や兵士が捕縛にあたったらしいが、かなりの実力者のようでことごとく失敗し、死者はないものの重傷者が出ているそうだ。

 今のところCからBランク相当の実力という話だが、大型の魔物を一人で討伐し、兵士や冒険者を何人も返り討ちにしているのなら、Aランク相当の可能性もある。

 そう言った経緯で、現在は生死問わずの手配となっているという事だ。 



「でもなんで、子供がそんなことしてるんだろうねぇ。冒険者登録してないのは、年齢で弾かれたのだとしても、指名手配されちゃったら大型の魔物をたくさん狩っても、換金できなきゃ意味ないしねぇ」

 チーズがたっぷり載ったチキンステーキをつつきながらアベルが首を捻る。

「金を稼ぐ事が目的じゃないのかもしれないなぁ」

 あの、コーヘーという少年は何か目的があって大型の魔物だけを狩っているのだろうか?

「あー、グランみたいにひたすら素材貯めて喜ぶ、変人タイプって事?」

 俺が変人みたいな言い方やめろ。

「ちげーよ。まぁ、その可能性もあるかもしれないけど、それでも指名手配されるまで魔物を狩るのは、デメリットの方が大きいし、なんか別の目的あるのかなって」

「儲け以外の何かの目的があってランクの高い魔物――いや、強い魔物を狩っているということか」

 ドリーの言う通り、コーヘーという少年は、金や素材以外の目的があって、強い魔物を中心に狩っているような気がする。


 儲け以外で強い魔物を狩る理由。コウヘイという名前。思い過ごしならいいのだが、その名前の響きには思う所がある。

 "俺"がこの世界にいると言う事は、俺以外にも俺と"同郷"の者がいてもおかしくない。いや、過去にそう言った者がいた痕跡は、そこかしこに残っている。



 今はシランドル国内を東に向かっている様だが、万が一ユーラティアの方に進路を変えて、アルテューマの森に近づくような事があると、他人事ではなくなる。


 留守番を任せているラト達の顔が思い浮かんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る