第108話◆旅は道連れ?

「なんでドリーがここにいるのさ」


 ドリーの姿を確認するや、アベルが不機嫌そうに言った。

「いやー、アベルが近いうちにシランドルに行くって話を聞いてなぁ。ちょうど暇だし、俺も同行しようかなと、ここで待ってたわけよ」

「兄上か!! 兄上の差し金だな!?」

「なんだ、わかってんなら話がはえーじゃねぇか。まっ、そういう事だからよろしく」

 ニカッと笑うドリーとは反対に、アベルは苦虫を嚙みつぶしたような顔である。

「ドリーはパーティーの方は大丈夫なのか? って、アベルを引き抜いてシランドル行こうとしてる俺の言う事じゃないけど」


 アベルは元々ドリーのパーティーのアタッカーだ。そのアベルとシランドルへ行くので、その間アベルはドリーのパーティーに参加できなくなる。アベルはドリーのパーティーの主砲なので、申し訳ないと思いつつ、やっぱり米が欲しかった。


「まぁ、最近アレの件でちょっとバタバタしてただろ? その間に他のパーティーの奴らは里帰りしたり、他の長期依頼に行ったりして、暫くパーティは休止中だから気にすんな」

 あー、そういえばあの商会の件ではドリーにも世話になったしなぁ。


 そんな話をしながら、出国手続きの窓口の職員さん達を見ると、なんだか遠い目をしている。

 そりゃ、一般の職員さんばっかりの現場に、領主の弟が来て居座ってたら、仕事するにも緊張するわな。速やかにこの熊を引き取って立ち去るのがよさそうだ。


「わかったよ、じゃあ出国手続きが済み次第シランドルに入ろう」

「了解。東の端まで行くんだっけか? 向こうでは護衛しながら移動か?」

「いや、馬で移動かな?」

「お、じゃあ道中はグランの飯だな? よろしく」

「お、おう」

「もー、グランはそうやってすぐ餌をあげるからー」

 アベルは不満そうだが、ドリーがいるとアベルの暴走止めてくれるしな。アベルは何だかんだでドリーの言う事は八割くらい聞くし、アベルの手綱を握ってくれる人がいるのは俺も安心だ。






 シランドルに入ってからは途中まではアベルの転移魔法で移動だ。街道は北ルートと南ルートがあるのだが、これから気温が下がる季節なので、南ルートで行く予定だ。

 南ルートだとピエモンよりかなり南になるので、すでに晩秋に差し掛かっているピエモン周辺より、暖かい地域を進む事になる。


 俺が住んでいるソートレル子爵領の辺りは、前世で俺が住んでいた国と同じような季節の移り変わりだが、これから通る辺りは亜熱帯と熱帯の中間くらいの地域なので、冬でも比較的暖かい。そこから、更に南に行くと熱帯雨林も広がっている。

 そして暖かい地域の食材と言えば、香辛料!! そしてリリーさんに教えて貰った、コーヒー豆の産地もある!!


 ユーラティア王国は東西に横長なので国内の気候は北部以外はほぼどこも似たようなものだが、シランドル王国はユーラティア王国に比べ南北に幅がある。その為北と南でかなり気候が違う。故にシランドル王国の南部にはユーラティア王国では手に入らない素材がたくさんあるのだ。

 遠い場所に行くのは、そう言った普段手に入らない素材を、集める楽しみもある。






 シランドルに入った後、アベルの転移魔法で途中の町まで一気に移動した。

 その町で馬を買ってオーバロまで行く予定だったのだが、最近街道沿いに中型の魔物が頻繁に出るらしく、遠距離の移動は馬よりも、魔物との遭遇に怯えない騎乗用の魔物を勧められた。


 そこで俺達が選んだのは"ワンダーラプター"という二足歩行の小型の亜竜種の魔物だ。

 ワンダーラプターは二足歩行故、強靭な後ろ足を持つが、前足は退化して小さく、鉤爪の付いた小さな翼のような形をしている。

 気性が荒く、気も強いので少々の魔物に怯む事はない。気性は荒いが、餌をくれる人と、自分より明らかに格上の相手には逆らわず、知能もそこそこ高い。尻尾を入れると全長は三メートル以上あり、その強さはDランクの魔物相当である。


 値段は馬よりも高いが、馬より体力があり足も速く、弱い魔物なら蹴散らしてくれる優秀な騎乗用の魔物だ。肉食なのでちょっと餌代はかかるが、肉なら収納の中にいっぱいあるので問題ない。

 ちなみに、餌をやらないと飼い主を餌にしようとする事もあるので、餌のやり忘れには気を付けなければいけない。




「さっきの町で、街道に中型の魔物も出るって言ってたけど、確かにこれはちょっと魔物の数が多いね」

「ああ、E、Dランクばかりだが、この数は異常だな。これでは、町の行き来にも支障がありそうだな」

 ワンダーラプターを走らせながら、アベルとドリーが話している。

 彼らの言う通り、整備された街道沿いだと言うのに妙に魔物が多い。以前、シランドルに来た時はこんな事はなかった記憶がある。

「魔物がいっぱいいて喜ぶのは、素材集めの大好きなグランくらいでしょ」

「素材がいっぱい手に入るのは嬉しいけど、流石にここまで頻繁に出て来るとめんどくさいな。ランクも低いから、そこまで良い素材でもないし」

「しかし、何だってこんなに魔物が多いんだ? この辺りにダンジョンがあるって話は聞いた事ないから、スタンピードの前兆ではないと思うが」

「スタンピードの前兆なら、冒険者ギルドとか国が動いてるでしょ」

「次の町に着いたら、冒険者ギルドに寄って情報収集するかなぁ」

 そんな話をしながら進んでいる間にも、飛び出して来た魔物を何匹かワンダーラプターの上から、槍で突き殺した。

 俺の場合、槍は騎乗中じゃないと使う事が滅多にないので、地味に槍のスキル上がってそうで嬉しい。

 それにしても、何故こんなに魔物が多いのだろうか。変なトラブルに巻き込まれなければいいけど。




 あまりにも魔物との遭遇が多く、足の速いワンダーラプターで移動しているというのに、次の町に到着するまで思ったより時間がかかってしまった。

 街道沿いのあまり大きくない町だが、魔物が多いせいか警備の兵士の数が多く、装備も中ランク以上の魔物向けの装備だ。途中、人や馬車ともすれ違ったが、皆、物々しい武装をしていた。それくらい魔物との遭遇が多いという事なのだろう。


 宿を先に決め、ワンダーラプターを預けた後、冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドに貼り出されている依頼を見れば、その町の周辺の魔物状況を、何となく知ることが出来る。

「あれだけ魔物がいるのに、依頼のほとんどがCランク以下の討伐だね」

「むしろ、高ランクの討伐依頼が不自然なほどないな。この辺りは、町から離れれば、Bランクの魔物も生息している地域のはずだが」

「そういえば、道中魔物は多かったけど、ほとんどDランク以下だったな」


 三人で依頼の貼り出されている掲示板を物色しながら話している。

 貼り出されている依頼は多いものの、ほとんどがDランク以下の魔物の討伐で、高ランクの依頼は、町間の移動の護衛ばかりである。

 不自然なほど、高ランクの魔物の討伐依頼がないのだ。


「何だこの依頼?」

 ドリーが一枚の依頼用紙を指差した。


「Aランクの依頼だね。ん、Bランク以上の肉食性の魔物の捕獲、種類は問わず。何これ?」

 ドリーが指差して依頼を見て、アベルが首を傾げた。

「報酬はめちゃくちゃいいけど、Bランク以上の肉食性の魔物の捕獲依頼なんて穏やかじゃないな。あれ? シランドルの地理はよくわからないけど、これ地域の指定がめちゃくちゃ遠くないか? しかも番だと更に報酬上乗せか。それによく見たら領主からの依頼だ、何だこれ」


 ドリーが見つけた依頼は、謎だらけの依頼だった。

 Bランクの肉食性の魔物の捕獲という難易度の高い依頼に、指定される地域はこの町からかなり離れた場所で、そこからの輸送も依頼に含まれている。そんな依頼だから、報酬もめちゃくちゃ高い。

 そもそも、Bランクの肉食性の魔物なんて、討伐依頼はあっても、遠方から捕まえて運んで来いってなんて意味が解らない。

 何かの実験でもしてるのだろうか? 実験に使うにしても、種類の指定がないのが不思議だ。


「何だかものすごく怪しい依頼だね」

 アベルの言う通り、関わるとトラブルに巻き込まれそうな依頼だ。ものすごく胡散臭いオーラが出ている。

 面倒事には関わりたくないので、依頼の貼り紙見たらさっさと立ち去ろう。

 Aランクの冒険者が二人いるパーティーなんて、めんどくさい依頼を押し付けられてもおかしくない。


「ん? あれは……」

「グラン、どうした?」

 ふと、隣の掲示板を見た俺の目に留まったのは、あるお尋ね者の張り紙だった。



【名前:コーヘー 発見次第捕縛/生死問わず】



 そう記された手配書には、どこか懐かしさを感じる顔立ちの黒髪の子供の似顔絵が描かれていた。

 

「それは、お尋ね者の貼り紙? 子供なのに生死は問わずなのも珍しいね」

 犯罪者の捕縛関連の依頼は生死を問わない物が多いが、対象が子供の場合捕縛より保護という扱いにされる事が一般的で、事故でも起こらない限りだいたいの場合、生きて捕える事が多い。アベルの言う通り、子供相手に生死不問の捕縛は珍しい。


 幼い子供が犯罪に手を染める事になるのは、本人が原因ではなく、本人を取り巻く環境が原因の事が多いからだ。その為、対象の年齢が低い場合、捕縛ではなく保護として扱われる事が多い。

 稀に、年齢に見合わない残虐性のある者や、強力なスキルやギフト持ちで安全に捕まえる事が難しい場合は、相手が子供でもやむなしな方法が取られる事がある。


 そして目の前にある貼り紙には、幼さの残る少年の似顔絵と共に、生死を問わない捕縛が記されていた。

 今の俺の感覚だと十を過ぎたくらいの顔立ちの子供に見える似顔絵。しかし、その顔立ちは、前世の俺の住んでいた国の住人の顔立ちによく似ていた。

 その感覚だと十五歳前後だろうか。いや童顔な者なら二十近いかもしれないな。

 そして「コーヘー」という名前。ユーラティア王国やシランドル王国ではあまり聞かない響きの名前である。


「コウヘイ」

 ポツリと呟いた言葉にドリーが反応して、お尋ね者の子供が描かれた貼り紙を覗き込んだ。

「どうしたグラン、そのお尋ね者が気になるのか? 罪状は二級の魔物討伐法違反で生死不問か、こんな子供がなぁ」

 魔物討伐法とは、その名の通り魔物討伐に関する法律だ。二級という事は子供が犯す罪にしては、かなり重い部類に入る。


 魔物には危険な肉食性の種も多く、人間を襲い捕食するものも少なくない。

 かといって、肉食性の魔物を殺し過ぎてしまうと、生態系に影響が出てしまう。魔物も食物連鎖の一部なのである。

 故に、必要以上に魔物を狩り過ぎないように法律があり、魔物の討伐は国や領主、冒険者ギルドや狩猟ギルドが主だって行っている。

 もちろん、それらに所属していなくても、自衛の為や食料として魔物を狩るのは問題ない。


 そして、魔物を狩りすぎて生態系を乱さない為の法律が"討伐法"である。

 しかしこの法律が適用される事はほとんどない。生態系を乱すほど魔物を狩る事の出来る実力者は、ほとんどの場合冒険者となるか、それなりの機関に所属しているからだ。

 冒険者でそんなに大量の魔物が狩りたければ、無限に魔物が湧いて来るダンジョンへ行く方が圧倒的に効率がいい。故に、この法律が適用されるような事はほとんどない。

 その二級となればかなりの重罪で、相当な数の魔物を殺した、もしくは個体数の少ない魔物を乱獲したとかなのだろう。


 こんな子供がねぇ……。

 どうにも引っかかるものがあるが、ここは外国だし俺達は通りすがりの旅人だ。そして米を探さなければいけないし、香辛料もいっぱい欲しい。

 気にはなるが、見なかったことにしよう。





 街道まで出没するほどに増えた低級の魔物、不自然なほど無い上級の魔物の討伐依頼、領主からのBランク以上の魔物の捕獲依頼。

 そして、魔物討伐法違反でお尋ね者になっているコーヘーという黒髪の子供。



 なんだかすごく嫌な予感がするぞ!


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