第107話◆いざ、国境へ

「食料よーし! 物資もよーし! 作り置きの料理はラトにも渡した! 倉庫にアイスと保存食も詰め込んだ! スライムの世話はラト達にお願いした! 危険なスライムは無害にしておいた! 畑はフローラちゃんにお願いした! モール達にもちゃんと伝えた! 装備も更新した! キルシェもたまに様子見に来てくれるって言ってたし、よし完璧!!」

 やる事の一覧を書いた紙を見ながら、忘れてる事はないかしっかりと確認した。


「コメ探し旅行のしおり――何これ?」

 俺が手に持っている紙を見て、アベルが首を傾げる。

「忘れ物ないかチェック表?」

「何でそんな事してるの? 何年冒険者やってたのってか、必要な物なんてほとんど収納スキルの中入ってるでしょ? というか忘れ物しても、転移魔法で戻ってくればいいでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど、久しぶりの遠出だし? 気分的な物?」

 アベルにド正論をぶつけられたが、久しぶりに遠くまで旅をすることになったので、少々浮かれ気味だっただけだ。



 そう、今日は、俺達が東の隣国シランドル王国の東の端、港町オーバロまで米を求めて旅に出る日だ。

 シランドルの西部には何度も行ったが、ユーラティア王国から遠い東部へ行くのは初めてで、ちょっと、いや、かなり浮かれている。


 ちなみにパッセロ商店には、とりあえず二月分のポーションをまとめて渡しておいた。

 予定ではひと月ほどの予定だが、如何せん距離が遠い。帰りはアベル大明神様の転移魔法で帰って来れるとしても、行きの道中で何があるかわからないので、多めに渡しておいた。

 まぁ、帰ってこようと思えばアベルさえいればすぐ戻って来れるので、わりと気楽な旅である。


 とは言え、長期間家を空ける事になりそうなので、畑やスライムの世話はラト達やキルシェに頼んである。町からちょっと距離はあるけど、キルシェも時々家の掃除やスライムの世話に来てくれることになった。

 あの馬車ならここら辺に出る魔物なら多分平気だしね。あとキルシェの収納スキルはいつの間にか成長してて、相変わらず丸太も入ってるみたいだし心強いな!

 入ってるのは、丸太だけなのだろうか。


「じゃあ、留守番頼んだよ」

 見送りに来てくれたラトと幼女達に手を振った。

「うむ、任せておけ」

「人間にとってのひと月やふた月、わたくし達にとっては瞬きする間みたいなものですわ」

「お土産まってるわね。私達森から出た事ないから、外の世界の物には興味あるわ」

「お留守番は任せてくださいですぅ。フローラちゃんと畑のお世話するのですぅ」

 アベルにフォーリンラブなフローラちゃんが、門に巻き付いてゆらゆらと揺れているのが見える。

 手を振ると葉っぱを揺らして応えてくれた。そしてアベルを見てモジモジしてる。

「ほら、アベルもフローラちゃんに行って来ますしてあげないと」

「グランちょっとフローラちゃん贔屓すぎない?」

 などと反論しながらも、アベルはフローラちゃんに軽く手を振る。

 あー、フローラちゃん、めっちゃモジモジしてる。見た目はめっちゃ植物だけど、行動は相変わらず。

 そのフローラちゃんが巻き付いている門のてっぺんには、黒いでっかいフクロウがとまっている。わざわざ森から見送りに来てくれたようだ。

「毛玉ちゃん! ちょっと留守にするけどまた帰ってくるからな!」

「ホッホーッ!」

 大きくなってもやっぱり毛玉ちゃんは可愛い。


「それじゃ、よろしく」

「ああ、まずはオルタ辺境伯領の国境の町まで行くよ」

「頼んだ」


 見送ってくれたラト達に手を振ると、直後に景色が変わった。









 オルタ・ポルタ――オルタ辺境伯領の東の端に位置する、ユーラティア王国とシランドル王国の国境の町だ。


 シランドル王国には、俺もアベルも以前何度か冒険者として訪れたことがあるので、アベルの転移魔法で一気にシランドル国内には入れるのだが、関所を通らずに入国してしまうと、出入国の記録がない為、何かあった時に非常にめんどくさい。


 転移魔法の使い手がほとんどいないとは言え、ゼロではない。

 転移魔法が使える者が、ホイホイと他国に入国出来てしまうのは非常にまずい。故に、他国との出入りはかなり厳しく記録されるようになっている。

 バレたら冒険者ランクをかなり下げられるし、罰則も厳しい。そして、バレた時はかなり長期間拘束される。もちろん拘束中は、転移魔法の使い手には魔封じの魔道具が装着される。

 めんどくさがりで自由人のアベルですら、他国と行き来する時はちゃんと関所を通る。


 ホントはアウトなんだけど、一度シランドルに入国した後は、こっそりアベルの転移魔法で自宅まで帰っても、バレなければ大丈夫だ。バレなければ。たまにおうちでご飯食べに帰るくらいセーフだろ? だってお家のベッド恋しくなるもん。

 アベル曰く、シランドル王国に正規に入った証明がないのはまずいけど、ユーラティア王国に戻って来たのが正規ルートじゃなくても、それは何とでもなるらしい。それってお貴族様パワーだよね? お貴族様すごっ! こわっ!



 そんなわけでやって来たのが、俺の住むユーラティア王国の東の端の町、オルタ・ポルタだ。

 ユーラティア王国と隣国のシランドル王国の国境となっているのは、大陸北部の山脈から南部の海へと流れ込む大河である。

 川幅は前世に住んでいた国の感覚だと、これもう海峡だろ!? っていうくらい広い。

 そしてこの川に架かっている、どうやって建てたんだっていうくらいの立派なアーチ型の橋が、隣国のシランドルへ渡る手段である。


 ちなみにこの橋、架けられた当時のすごい聖女様の加護で、これまで魔物や嵐で壊れた事はないらしい。

 聖女様すげー! まさにファンタジーである。


 もちろん川の中には魔物がいる、そして二つの国を繋ぐのは、この辺りだとこの橋だけだ。つまり隣国に行くには、この橋を渡るか船で行くしかない。

 橋があるので、わざわざ魔物のいる川を船で渡る事などないし、川を泳いで渡るなど、魔物の餌志願者くらいだ。


 他にも橋の架かっている町や、船でシランドルと行き来できる町はあるが、オルタ・ポルタほど安全に隣国に渡れる場所はない。

 聖女様の加護すごい。


 この大河の源流は高い山脈で、その山脈経由でもシランドルへ入れるが、正規のルートではない為道もほとんどなく、上位の魔物だらけなので、山脈経由でシランドルへ入るのは自殺志願者と言われてもおかしくない行為だ。


 つまり、隣接している国ではあるが、国境を越えられる場所はすくない。

 そんな地形なので、ユーラティア王国とシランドル王国の間では長年戦争などは起こっておらず、とても平和である。

 平和大事。

 うっかり、戦争などしてこの立派な橋を壊すような事があれば、復旧にどれほどの時間と金がかかるのか想像できない。

 ホント、この立派な橋どうやって作ったんだろうね。



 そんなわけで、俺達はオルタ・ポルタの町に来ている。

 陸路で行けばピエモンからだと一週間はかかる距離だが、アベルの転移魔法でピョーンしたから一瞬だった。

 転移魔法すごすぎ! マジチート!! 羨まっ!!!


「さっさと手続きしてシランドル入っちゃお。その後は、以前行った事ある町までは転移魔法かな? 王都にも転移できるけど、オーバロ行くなら王都経由する方が遠くなりそう」

「そこからはどうする? 適当にギルドで護衛の仕事受けて、馬車乗っけてもらう?」

 オーバロ方面行きの護衛の仕事が有れば、乗合代を浮かせる事ができるので、普段は護衛の仕事は避ける方だが、こういう時なら護衛もありだ。


「うーん、護衛の仕事だとグランのご飯食べられないでしょ」

「まぁ、そうだけど、そこまでして食べたい?」

「食べたいに決まってる。野宿になると携帯食とか悲惨だし、護衛中にグランの料理出すと、他の人もホイホイ寄って来るでしょ。どうせ長距離の移動だから馬を買っちゃおう」


 長距離を移動する者の為に、街道沿いの町では馬を売買している店がある。借りたら返さないといけないし、借りる時には保証金がかかるので、一度馬を購入して必要無くなったら売る方が楽なのだ。

 自宅を持たない冒険者は、自分の馬を持つことが難しいが、依頼で馬が必要となる時がある。そういう場合には馬屋から馬を購入するのが一般的だ。

 また、馬以外にも飼いならす事の可能な、騎乗用の魔物を取り扱っている店もある。


「まぁ、それでもいいかー。護衛する相手と相性いいともいえないしなぁ」

「だよねー、俺も護衛の仕事嫌いだしー」

 アベルは俺よりフリーダムな性格だから、護衛の仕事は向いてないというか、やろうとしない。

「じゃあ、シランドル入って馬を買っていくか」

「うん、そうしよ。さっさと出国手続きして、シランドル側にはいっちゃお」




 アベルと共に窓口で出国の手続きをしていると、窓口の中が急に騒がしくなった。


「いよぉ、そろそろ来る頃だと思ってたぜ」


 窓口のカウンターの奥から聞き覚えのある声がしたのでそちらを見ると、熊のような大男がニヤニヤと笑いならこちらを見ていた。


 ちょっと!? 辺境伯の弟なんかが現場に現れると、現場の人達混乱するでしょ!?


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