第三章
第106話◆旅立ちの前の晩餐
クミン、コリアンダー、カルダモン、ターメリック、オールスパイスをそれぞれ一ずつ。
そこにコリアンダーとクミンをもう一程追加。そして、アッピという赤いトウガラシを乾燥させて粉にした物を、他のスパイスの半分くらい。辛くしたいのならさらにアッピを増やす。
アッピは前世のカイエンペッパーにかなり近い。というか、だいたいカイエンペッパーだな。
俺流の覚えやすいカレーのスパイスの割合だ。だいたいこれでカレーっぽくなるはず。
小さじなら四~六皿くらい。うちは人数が多いし、残ったカレーで色々作りたいので大さじだ。
というわけでカレーを作るぞおおおおおおおお!!
ついに米の在庫が少なくってきたので、オーバロまで米探しに行く準備を少しずつしていた。それもそろそろ完了して、もうすぐにでも旅に出る事ができる状態だ。
そして旅に出る前に、残っている米を全部使い切ってしまおうと、カレーを作る事にした。
スパイスは、ラトがどっからともなく持って来てくれる食材の中に混ざっていた物を、ちまちまと加工して、漸くカレーが作れる状態になった。
俺が住んでいるユーラティア王国ではスパイス類の値段が高い。そう思うとスパイスを大量に使うカレーはとても贅沢品だ。
余談だが、コリアンダーは初心者でも育てやすいと、前世の知識にちょろっと残ってたので畑の片隅に植えてみたら、予想以上に大増殖してしまった。コリアンダーは前世では、パクチーとも呼ばれていた。
大増殖してしまったこのパクチーをサラダに混ぜたところ、何となく予想はしてたが、アベルの苦手な部類の葉っぱで、無事アベルの嫌いな野菜リストに追加されてしまった。
スパイスを用意している横では、パッセロ商店で購入して来た寸胴鍋で、肉とタマネギとニンジンとキノコ類をコトコトと煮込んでいる。肉は何にするか散々迷って、グリーンドレイクの肉になった。グリーンドレイクは牛肉を更に濃厚にしたような味だから、カレーにはきっと合うはずだ。
前世では"カレールー"という便利な物があったけど、今世ではまだカレーの類の料理を見た事がないし、この国ではスパイスは高級品なので、カレールーなんてものは無い。
だから、カレーを作ろうと思ったらスパイスからになってしまうのだ。知ってて良かったカレーのスパイス比率。
なお俺がやるカレーの作り方は、ルーを使ったカレーに近い作り方だ。具を煮込んでいるものとは別に、カレーの素を作って、最後に混ぜ合わせる。
タマネギをみじん切りにして塩と胡椒を振るい、弱火でじっくり飴色になるまで炒める。タマネギが多いと甘みが強くなるので、好みはあれど、多すぎてはいけない。
タマネギが飴色になったら、水煮にしたトマトとすりおろしたニンニクとショウガ、赤ワインを加えてコトコトと水分が無くなるまで煮詰める。
煮詰め終わったら、先日タルバの協力で作ったミキサーにかけてペースト状にして、先程のスパイスを加える。あー、すごく懐かしい匂いがするー。
それを二つに分けて片方にはアッピを追加して少し辛めに、もう片方はハチミツとすり下ろしリンゴを加えて甘めに。
好みがわかれそうなので、辛めと甘めの両方用意する事にしたのだ。
最後に寸胴鍋の方で煮ていた具も二つに分けて、それぞれにカレーの素を入れたら軽く煮込んで一晩寝かせておく。
すぐ食べてもいいけど、カレーってやっぱ翌日の方が美味しく感じるんだ。
翌日、夕飯前に最後の仕上げだ。
ジャガイモにそっくりな芋ことパタイモは、大き目に切って皮ごと軽く湯がいてそのまま素揚げに。メラッサというだいたいナスビな野菜も大き目に切ってこちらも素揚げに。野菜はとりあえず素揚げにするとだいたい美味しいんだよ!!
シシトウガラシっぽい野菜とかアスパラっぽい野菜とか全部素揚げにしてやった。俺が何でも素揚げにしちゃうマンだ!!
そして、お米はターメリックとバターを入れて炊いて、ターメリックライスに。
ターメリックライスをドーム状にして器に載せ、その横に素揚げにした野菜を盛って、最後にカレーをかけて完成。
とりあえず、俺とアベルとラトは若干辛めで、三姉妹の方は甘めの味付けにしてある。
「うわ、すごい匂いだね。何だろう香辛料の匂い? こんなに香辛料の香りの強い料理なんて、グランにしては珍しいね」
カレーライスをテーブルに並べると、アベルがすぐにカレーの香りに反応した。
アベルの言う通り、俺が料理に香辛料をたくさん使うのは稀だ。
「ふむ、これはなかなか香りの強い料理だな」
「でも何だかお腹が空いてきますわ」
「これが昨日からグランが作ってたやつ?」
「おコメが黄色で、お野菜も色とりどりで綺麗ですねぇ」
ラトと三姉妹もカレーライスに興味を示してくれている。
「これは"カレーライス"という料理だ。上に掛かっているのがカレーだ。カレーとお米を一緒にスプーンですくって食べてくれ。あと服の上にこぼすと、色が付いてなかなか落ちないから、ナプキンを襟元に掛けた方がいいかもしれない。特にそこの白い四人」
ラトと三姉妹はどちらも白い服なのでカレーが飛び散ると大変なことになりそうだ。
「浄化の魔法で綺麗にするから大丈夫よ」
しれっとヴェルに言われれしまった。
ですよねー!! カレーの汚れが魔法で簡単に落とせる世界すごいな!! 俺は使えないけどな!!
「そんな事よりはやく食べよ。かれーらいすだっけ? 初めて聞く料理だね。ていうかニンジンみえるけど」
「大丈夫! カレーの味が濃いからニンジンも気にならないはずだ」
前世でもニンジン苦手でもカレーなら平気って人、結構いた気がする。アベルはカレー好きそうな気がするんだけどなぁ。
「く……、最近ニンジンだいぶ克服したけど、苦手な物は苦手なんだよね。グランを信じて食べてみるけど」
アベルが相変わらずニンジンに警戒を示しているけど、とりあえずいただきますだ。
「あっ、辛い。香辛料の味と匂いすごい。あー、でもこれどんどん食べられるし、確かに香辛料の味と香りが強いから、ニンジンの青臭さあんまり気にならないね。というかニンジンが甘く感じる」
お、アベルが普通にニンジン食べてる。
「メラッサもあんまり得意じゃないけど、これならいけそう」
どんだけ苦手な野菜があるんだよ。
「確かにこれは香辛料の味と香りがすごいな。そして食べてると暑くなってくる」
あー、香辛料だらけだからな。発汗作用もすごい。
「コレ、かれーらいすって言うの? 私これ好き!」
「私も好きですぅ。いろんな味と香りが混ざってるのに、それが一つの味と香りになってて不思議ですねぇ」
「香辛料がたくさんはいってるみたいですけど、すごく食べやすいですわ。わたくしもかれーらいす好きですわ」
うんうん、子供はカレー好きだもんね。いや、三姉妹は子供じゃないけど。
三姉妹のカレーは、辛さ控えめで更にリンゴとハチミツを入れて、フルーティさが強くなっている。
同じカレーでも、アベルやラトに出したのは少し辛めにしてある。前世でいう中辛くらいだ。
「アベル達に出したのと、三姉妹に出したのはちょっと味が違うから、気になるなら食べ比べてみてくれ。おかわりはいっぱい作ってあるよ」
「うん、じゃあこれ食べ終わったらおかわりしようかな」
「でも。こっちのはちょっと辛めだから、辛いの苦手なら先にちょっとだけ試したほうがいいかもな」
「わたし、辛いの好きですよぉ」
クルは辛い物好きなのかー意外だ。
「私は辛いのは苦手かも」
「わたくしも辛いのはちょっと苦手ですね」
ウルとヴェルは辛い物は苦手らしい。
食べ比べをした結果、ラトとクルが中辛、アベルとウルとヴェルは甘口に落ち着いた。
クルが辛い方が好きなも意外だったか、アベルが甘い方が好きなのも意外だ。いや、アベルは元々甘党だから、そう思うと甘口の方が好みなのも納得か。
クルに至ってはもっと辛くてもいけると言っていたので、これは時々いるめちゃめちゃ辛い物が好きなタイプなのか!?
満足いくまでカレーを食べた後は、重大なお知らせタイムだ。
「あー、ここで悲しいお知らせがあります」
「え? 何!? また何かやらかしたの!?」
失敬なイケメンめ。
「ちげーよ! こないだも言ったけど、残り少なかった米を、今日で全部使い切っちゃいました!!」
「もう残り少ないって言ってたもんね」
「それは困ったな。せっかくかれーらいすを、また食べたいと思っていたのに」
「おコメがないってことは、カーマクシオンのおにぎりも作れなくなりますわね」
「そんな、私もかれーらいすもっと食べたかったのに」
「ツナマヨおにぎり、また食べたかったですぅ」
すっかりお米を気に入っている、我が家の食いしん坊達はとても残念そうである。俺もすごく残念だ。
「ところでクルの言っている"つなまよおにぎり"って何?」
「私もその"つなまよおにぎり"とやらは記憶にないな」
「え? あっ! しまったぁ!!」
ツナマヨおにぎりはお昼にたまに三姉妹に出すだけで、ラトとアベルには出した事なかったな。これはマズイやつでは……。
「バカクル! ツナマヨおにぎりは私達だけの秘密でしょ!」
「もう手遅れですわ」
「ごめんなさぁい」
クルがうっかり口を滑らせたせいで、ツナマヨおにぎりの存在がアベルとラトにばれてしまった。
いや、隠してたわけじゃないけど、たまたま三姉妹だけの時しか作ってなかったんだよな。
「つなまよおにぎりってどんな料理なの?」
やばい、アベルの目からハイライトが消えている。
「えぇと、魚のオイル煮をマヨネーズで和えて、お米の中に入れて三角形に握った料理かな」
三角じゃなくても別にいいけど、お結びと言えば三角だな!! 俵型も捨てがたいけどツナマヨは三角かな?
「魚のオイル煮とマヨネーズとコメの組み合わせなんて、絶対美味しいやつじゃん」
「うん、そうだな」
「よっし! コメを探しに行くよ! 俺はほぼ準備終わってるからすぐ行ける!」
うお!? アベルが急にやる気出した!? 食に対する執着心すげええ!!
「俺もだいたい終わってるかな。ポーションも作り貯めしたし、ご飯もおやつもストック増やしてるよ」
ポーションを纏めてパッセロ商店に持って行ったら、いつでも出発できるかなぁ。
「それともオーバロまで俺だけで行って、その後で転移で迎えに来ようか?」
「それはさすがに申し訳ない。それに、道中の町で何か見つかるかもしれないし、俺も一緒にいくよ。ラト達に留守任せていい?」
先日、ラトが留守番を任されてくれると言っていたので、米を探しに行く時はお願いしようと思っていた。
「我々は森から離れられないからな。留守番は任せておくがいい」
「わたくし、スライムのお世話やってみたいですわ」
「泥棒が入らないか見張っておいてあげるわよ」
「畑なら任せてくださいですぅ」
守護者様達が心強い。
「それなら、暫く家を空けても大丈夫そうだな。留守番のお礼はどうしよう」
「礼ならいつも食事の世話になっているから気にする事はない。敢えて言えば、コメを使った料理とコメの酒だな」
「やったー! またおコメ食べれるー!」
「わたくしは、遠くの国のお話も聞かせてほしいですわ」
「おコメの種持って帰って来て下さいぃ」
あー、クルの言う通り種籾あったら持ち帰りたいな。
他にもシランドル固有の植物持ち帰って植えてみたいけど、幼女の加護がある畑で植えると、増えすぎて森の方に種が散らかって、勝手に増え始めたらやばいかな。持ち帰るなら、自生しにくい物選ぼう。
「まだ確実に米がみつかるかわからないからな? 期待しすぎるなよ?」
「見つかるまで探せば、見つかるよ」
アベル、その理論は闇が深すぎるからやめてくれ。
そんなわけで、ついに米探しの旅に出る事になった。
なお、今日いっぱい作って余ったカレーは、カレーコロッケとカレーパンにして、パッセロ商店の皆さまや、ピエモンの冒険者ギルドの皆さまにお裾分けして、残りは米探しの旅のお弁当になった。
配った先全て、カレーを気に入ってくれたよ。さすがカレー!!
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