第104話◆温かい物が恋しくなる季節

 ニーズヘッグの肉は何だかんだで結構な量あるのだが、そのまま食べるには少し癖があるので、練り物にする事にした。というか、粉々にしたり、切り落としたりで、肉の形がバラバラで使いにくいんだ。肉というか魚の身に近いので、練り物にするのにちょうどいい。

 そして、妖精に貰った食材の中に山芋もあった。


 ニーズヘッグの肉を包丁で叩いてミンチにして、氷水に暫く漬けた後しっかり水分を取って、すり鉢でひたすらすり潰す。卵の白身にイッヒ酒、砂糖を加えて更にすり潰す。そこに擦り下ろした山芋を加えて更に更にすり潰す。心を無にしてとにかくすり潰す。

 くっそ、めんどくさい。ミキサーで楽したい。

 滑らかになるまですり潰したら、今度は裏ごしをする作業。これを三回くらい繰り返して、きめの細かいペースト状になったら、中に空気を含ませるように、ふわっと丸めて茹でたら、ニーズヘッグのはんぺんの完成。


 はんぺんの次はちくわ。これもニーズヘッグの肉をひたすら擦り潰して、滑らかになったら裏ごす。

 それを鉄の棒に巻き付けて、外に出て炭火でジワジワと焼けば、ニーズヘッグのちくわの完成。



「いい匂いするけど、何焼いてるの?」

 庭でレンガを並べて、炭火でちくわを焼いていたら、アベルがやってきた。

「ニーズヘッグの肉焼いてるところだよ」

「ホントだ鑑定したらニーズヘッグのすり身だ。筒みたいで面白い料理だね。焼いてこのまま食べるの?」

「うーん、それでもいいけど。アベルならこういうのが、好きなんじゃないかな?」

 焼き上がって、鉄の棒を抜いてあるちくわの一本の、真ん中の空洞にチーズを差し込んでアベルに渡した。

「んんっ!? 何これ、延々食べれそうな味だね。チーズがなくても普通にいけそう。少し塩味があるから、すごくお酒欲しくなるね」

「だろ? 食べ始めたら止まらなくなる」

 アベルが食べてるのを見たら、自分も食べたくなって一本つまみ食い。

「ねぇ、これたくさん作ってよ。ていうかニーズヘッグの肉、こんなに美味しいなら、来年はバラバラにしないで肉もちゃんと回収しよう」

 予想通りアベルはちくわが気に入ったようだ。そして、食い物が絡むとやたらやる気を出すのは、いつもの事だ。来年って一年先の話じゃないか。というか、来年もやっぱアレやる気なのか。


「ニーズヘッグの肉じゃなくても、白身の魚でも作れるから、ニーズヘッグの肉が無くなったらそっちで作るかー、って、おいアベル、あんまつまみ食いすんな! 夕飯の具が無くなる!!」

 せっせとちくわを焼いていると、アベルがつまみ食いを始めおった。止まらなくなるのはわかるけど、夕飯の具が減る!! 追加作るのも手間が掛かるから、つまみ食い禁止!!




 はんぺんとちくわ以外にも、ニーズヘッグのすり身を平べったくして、油で揚げた物も用意した。

 ニーズヘッグ以外の食材も用意した。

 ブラックバッファローのスジ肉を小さめに切って串に刺した物、ゆで卵、パタイモ。ロック鳥の肉は挽肉にして、醤油で味を付けてよく練って丸めて串に刺して、表面を炭火でパリッとするまで焼いた。ついでだからロールキャベツも作った。


 そして、ララパラゴラというマンドレイクの亜種の魔物の根っこ。前世の記憶にある大根にそっくりだ。たぶん大根。

 元は植物系の魔物だけど、味はほとんど大根。マンドレイクの亜種なので、地面から抜く時にちょっと絶叫するけど、俺の中ではだいたい大根だ。


 コンニャクが無いのが非常に残念だ。米を探しに行ったついでに、見つからないかなぁ。それに、イッヒという餅っぽい植物があるのに、豆腐がないので餅巾が作れないのも残念だ。




 というわけで、今夜はおでんパーティだああああああああ!!!




 キルシェとアリシアも呼びたかったのだが、彼女達は鑑定スキルを持っているので、食材からニーズヘッグの存在がバレてしまうとまずい気がして、今回は呼ぶのを諦めた。

 代わりに、後日何かスイーツを差し入れに行こう。




 土鍋なんて物はないのででっかい鉄の鍋で作って、そのままテーブルの上にドーンと鍋を置いて、蓋を取った。

 今世、俺が住んでいる国では、一つの鍋から料理を取り分けながら食べる習慣はない。


「うわ、鍋でっかい。スープ? ……とはちょっと違うのかな? この筒みたいなのは、昼に焼いてたやつだよね」

「む、色々入っているな。この白いふわふわっぽいのも、ニーズヘッグの肉なのか?」

 鍋の中に、これでもかというくらい入っている具に、アベルとラトが興味津々だ。

「それも、ニーズヘッグの肉だよ。鍋の中の好きな具を、トングで取皿に取って食べてくれ。スープが欲しかったら、こっちのお玉を使って掬ってくれ」


 俺は普段から箸を使っているが、アベルやラト達は基本的にフォークとナイフだ。おでんのような料理は、フォークとナイフでは摘まみにくそうだから、取り分けるようにトングを用意してある。


「熱いから、ちびっ子達のは俺が取り分けてやるから、取って欲しい具を言ってくれ」

「ちびっこって失礼ね! 私はこの白いのと、卵とお肉が欲しいわ。こっちの茶色い平べったいのは何?」

「それはニーズヘッグの肉をすり潰して、平べったくした油で揚げた物だ」

「じゃあ、それも!」

「何かと思ったらこれはララパラゴラですわね……。妙な食材ですわね」

 鍋の中のララパラゴラの輪切りを、ウルがしげしげと見ている。妙なって言うな、妙なって。鑑定したら食べられるって書いてあったし、味見したらだいたい大根だった。

「ララパラゴラは、スープがしみ込んでて案外うまいぞ」

「そ、そうなのですか……、では、ララパラゴラを頂いてみましょう。それと、わたくしもこの白いのを頂きますわ。それから卵とお芋をくださいな」

「私も白いのが欲しいですぅ。あと、ロールキャベツとお肉と、この筒みたいなのが欲しいですぅ」

 幼女達ははんぺんが気になるようだ。と思ったら、アベルとラトの取り皿にもはんぺんが既に取られていた。

 俺はやっぱ卵とだいこ……いや、ララパラゴラからだな。それからブラックバッファローのスジ肉。コンニャクが無いのがやはり残念だ。


 全員がおでんの具を取り終わったら、いただきますだ。

「ん、たしかにララパラゴラは美味いな。辛いイメージがあったが、これは全く辛みがないな。これは、いくらでも食べられそうだ」

「この白いのもニーズヘッグの肉なんだよね? なんかものすごいふわふわ。食感はデザートっぽいのに、味はさっきの筒のやつに近いかな。不思議ぃー。スープはショウユだよね? グランちでご飯食べるようになって、何でもショウユ味でいい気がしてきた」

 前世でもいたよな、何でも醤油かけるマン。あ、俺もだわ。


「あら、ホント。ララパラゴラが美味しいですわ」

「えー? ホントー? ララパラゴラなのにー? 私も次はララパラゴラにしよ」

 ウルの反応が良かったので、ヴェルもララパラゴラに興味を示した。マンドレイクの仲間だから、生きてる頃の挙動がアレだからな。でも、料理すると美味しくいただける。

「ブラックバッファローのお肉も美味しいですよぉ。でも、これはどこのお肉なのですかぁ? いつも食べてるお肉と全然食感がちがいますぅ」

「それは、ブラックバッファローのスジ肉だよ。比較的食べやすい、おなかの辺りの肉にくっついてる、膜みたいな部位だ。ちょっと臭みがあって硬くて癖があるんだけど、下処理しっかりして煮込むと、すごく美味しくなるんだ」

 アベルもラトも三姉妹達も、おでんが気に入ってくれたようで、思い思いに具を取って食べている。山ほど作ったから、いっぱい食べても大丈夫だ。


 それにしても、おでんを食べるとやはり、前世の記憶にあるニホン酒を熱燗で欲しくなる。

 日本酒に似ているササ酒はあるけど、ちょうどいい容器がないから熱燗ができない。いや、あるな。

 ササ酒も残り少なくなってきたから、もう全部飲んじゃっていいかなぁ。米ももう少ししか残ってないし。

 そろそろ、米探しの旅に行かないといけないな。


「ちょっと、酒を用意してくるよ」

 そう言って席を立った。

「お酒なら、ワインもあるし、妖精に貰ったお酒もあるでしょ?」

「いや、今日の料理に合う酒だな」

「ほぉ、そんな物があるのか」

 酒好きのラトが、期待に満ちた目をしている。

「量は、あんまりないけどな。ちょっと用意してくるよ」





 キッチンに来た俺は、ササ酒を燗する為に鍋でお湯を沸かし始めた。

 温めても大丈夫で、強い酒を飲むのに程よいサイズの容器――ポーション用の瓶!!

 見た目は最悪だけど、ちょうどいいな!? 形もなんとなく、前世の記憶にある徳利に似て……いないけど、カップで温めるよりはいいだろう。


 というわけで、ポーション用の瓶の首のあたりまでササ酒を入れて、蓋を外したまま湯煎で温めてやった。

 ササ酒も、前世の記憶にあるニホン酒同様、熱すると香りがかなり強くなった。

 酒が温まってくると、膨張して酒が瓶の口までせり上がってくる。俺はやや熱めくらいが好きなので、酒が表面張力でギリギリ零れないくらいなったら火を止めて、そのまま食堂のテーブルまで運んだ。



「グラン何やってるの? それポーションの瓶だよね? うわ、めっちゃ零れそう」

「この、零れそうなのがいいんだよ。ちょうどいい容器がなかったからポーションの瓶で我慢してくれ」

 テーブルに零れないように、下に受け皿を敷いて、その上にササ酒の入ったポーションの瓶を置いた。

「温かい酒か。そろそろ夜は寒いから、温かい酒が美味い季節だな。それにしても、かなり香りが強いな。匂いだけで酒を飲んでる気分になる」

「だろ? ホントは小さいカップで飲むのがいいんだけど、ちょうどいいサイズのカップがないから、もうそのままポーションの瓶で行ってくれ」

 米探しについでに、ササ酒用の食器も手に入れたいなぁ。いや、陶器なら頑張れば作れるか!? タルバに相談したらいけないだろうか。

 


「ふむ、酒精の強さは程々だが、温めて香りと味が強くなっているせいか、少しの量でも飲みごたえあるな」

「辛口なのに後味に甘味があるのいいね。ササ酒ってコメの酒だよね、今日の料理にすごくよく合う。少し寒くなってきたからちょうどいいね」

「あんまり量がないから、今までは料理にばっかり使ってたんだ。米もそろそろ無くなりそうだし、近いうちに米を探しに行きたいなって。ついでにササ酒や醤油も補充したいな」

 チラッ! チラッ!

「そうだねー。マニキュアの件もほぼバーソルト商会に丸投げ出来る体制になったし、ちょっと遠出しても大丈夫そうだよね」

「パッセロさんとこに納品するポーションとかミサンガは、纏めて作っておけばいいかなぁ。ラト達のご飯も纏めて作っておくか」

「ん? どこか出かけるのか?」

「米の在庫もほとんどないし、米がありそうな場所までちょっと行ってこようかなって。帰りはアベルの転移魔法で帰ってこれるし、一ヵ月くらい?」

「そうだねー、余裕みてそのくらいかな」

「なるほど、一ヵ月なら一瞬だな。そのくらいなら、我々が留守番をしておこう」

 番人様と守護者様に留守番してもらえるとか頼もしい。

「じゃあ、準備が整ったらシランドル行きだね」

「ああ、色々と作っておく物も多そうだし、少し時間がかかるな」

「うん、俺も暫く国から離れるなら、身辺の整理しないとな」

 アベルはお貴族様だから、何だかんだで柵おおそうだな。


 やっと家でのんびりできるかなと思ったけど、次は米探しの旅か。

 米は重要だから仕方ないな! 米以外にも醤油や酒や、あわよくば味噌、コンニャク、豆腐、前世の記憶になる懐かしい食材見つけて来たい。


 懐かしい食材見つけ出した後は、ゆっくりスローライフを満喫するんだ。


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