第97話◆妖精達の祭り

「守護者様、ようこそいらっしゃいました」


 と恭しく礼をするのは、燕尾服を着た白猫の姿の妖精だ。背の高さは、俺の膝くらいまでしかなく、めちゃくちゃ可愛い。というかおとぎ話の世界の一コマのようだ。


 三姉妹達に案内されて、森の妖精達のお祭り会場の入り口らしき場所へとやって来た。植物がアーチ状になっている入口には扉が付いており、その周辺には燕尾服姿の猫の妖精が何匹か見えた。門番兼受付係みたいなものなのだろうか。


「今日はお客さん連れて来たわよ。私達の友達のグランとアベルよ」

 ヴェルがその燕尾服の猫の妖精に、俺達を紹介してくれた。

「お土産を彼に渡してあげてくださいな」

 ウルに促されて、俺はフルーツタルトを、アベルは高そうなワインを渡した。

 やばい、アベルの持って来た物に比べてすごく安っぽいぞ。

「これはこれは、人間の料理にお酒ですか。参加費は有り難く頂戴いたします。ささ、中にお入りください」

「それじゃあ、行きますよぉ」

 燕尾服の猫の妖精が扉を開けてくれて、三姉妹達に手を引かれながら俺達は妖精のお祭り会場へと入った。



「うわ、これはすごい」

 扉から中に入って、目の前に広がった光景にアベルが感嘆の声を漏らした。

「妖精だらけだ」

 森の木々に囲まれた広場は、様々な姿の妖精でごった返していた。

 広場の中央には、植物で作られた大きな祭壇のような物があり、たくさんの食べ物や酒が並べられている。

 その周辺に特に妖精達が密集しており、楽器を演奏したり踊ったり歌ったりしている妖精もいる。その様子を見ながら料理や酒をつついている妖精達もおり、その中にひときわ大きな白いシャモアの姿も見えた。

 広場の周囲には、妖精達の露店のような物もあって、まさにお祭りといった感じだ。


 人間の町で生活をしていると、あまり妖精の姿を見る事はない。ただ、近くにいるかもしれないと言った感じで、痕跡が残っていたり、気配が感じられたりするくらいだ。

 妖精の大きさ姿形は様々である。人間に友好的な者からそうでない者まで、性質は個体によって違う。

 彼らの感性は独特で、人間のそれとは大きくかけ離れており、善悪の感覚はほとんどないと言われている。彼らは自分たちが楽しいと思う行動をするのだ。その楽しいの価値観も人間と全く違う事が多いので、人間にとっては益も害もある存在だ。

 妖精達はあまり人間の前に姿を現さないというか、おそらく彼らの価値観で人間の前に姿を現す必要がないので、人間の領域で妖精を見かける事が稀なのだと思っている。

 俺の前世の国の伝承に出て来る、妖怪とか物の怪といった存在に近いのかもしれない。


「やっぱりラトったら昼間っからお酒飲んでる」

「相変わらず食い意地が張ってますわね」

「最近丸くなってきましたねぇ」

 幼女達に言われ放題のラトが、こちらの視線に気付いて立ち上がりこちらへとやって来た。


「何だ、来たのか。まぁ、楽しんで行くといい」

「うわ、喋った!」

 シャモア姿のままのラトが普通に喋った。というか、ラトがかなり酒臭い。三姉妹の言うように飲んだくれている最中だったのだろう。

「それがどうかしたか?」

「いや、その姿でも喋れたんだなって。シャモアの姿でうちに来てた時は全く喋らなかったから、シャモアの時は喋らないものかと思ってた」

「ああ、当時は素性を明かしてなかったし、そのタイミングがなかなかなかったからな」

 まぁ、言われてみたらそうだな。

「ん? アベルも三姉妹に加護をもらったようだな。まぁいい、こちらへくるといい」

 そう言ってラトが、祭壇近くで飲み食いしている妖精達の方へと俺達を導いた。


「これはこれは守護者様方、ようこそいらっしゃいました。そちらはお客人かな。楽しんでいってくだされ」

 ラトに連れて行かれた先で、先端が折れた赤い三角帽子をかぶった茶色と白のずんぐりしたネズミの妖精が俺達を迎えてくれた。ネズミと言っても結構でっかくて、俺の腰くらいまでの大きさがある。ネズミというかでっかいハムスターみたいだ。かわいい、めっちゃモフりたい。


「最近私達がお世話になってる、グランとアベルですぅ」

「グランは森のすぐ傍に住んでいるのよ」

「グランの作る料理も、アベルの持って来るお菓子もとても美味しいですのよ」

 三姉妹達が俺達を紹介してくれたので、俺とアベルも自己紹介をした。

「森の傍に住んでいるグランだ、よろしく」

「グランの家に滞在してるアベルだよ」

「僕その家知ってるよ! 冷たいお菓子の置いてあるお家だよね」

 そう言って話に入って来たのは、手のひらに乗るほどの小さな男の子の妖精。背中にはトンボの羽のような透明な羽が四枚生えていて、いかにも"妖精!"といった感じだ。

 アイスの存在を知っているという事は……。

「冷たいお菓子はアイスクリームって言うんだ、美味しかったかい?」

「うん! ちょっとだけ貰ったよ!」

「今日はアイスクリームも持って来たから、召し上がれ」

 収納からアイスを取り出して小皿に取り分けて、小さな妖精さんの前に出してやった。

「わあああああああ! ありがとう!」


 妖精サイズのスプーンがないから大丈夫かなって思ったけど、そのまま手で食べてしまうようだ。

 その様子を見た他の小さな妖精がわちゃわちゃと集まって来たので、せがまれるがままにアイスを取り分けて並べていった。途中でめんどくさくなって、アイスの容器ごとドーンと出したら、妖精が団子状態になってしまった。


 そして、アイスを完食した妖精が次々と俺の方へ寄って来た。

「あいすくりーむおいしかったよー」

「ありがとー」

「お礼だよー」

 と、次々に妖精達から、木の実やら綺麗な石やら見た事ない花やらを、貰ってしまった。

「こちらこそありがとう」


「さすがグランですわ。気まぐれな妖精達をあっさり餌付けしてしまいましたわ」

「グランの家まで妖精達が遊びに来そうね」

「これが天然たらしってやつですねぇ」

「もう、見慣れた光景すぎて突っ込む気にもならないよ」

 妖精がかわいかったのだから仕方ない。


「それより、妖精達の料理も食べてみるといい」

 ラトに勧められたので、妖精達の料理を頂いてみる事にした。

「だったら、リュネ酒を持って来たからみんなで飲んじゃおう」

「それなら、俺も実家からチーズを持って来たよ」

 アベルの実家から持って来たチーズって、また超高級品なのでは……ていうかお兄さんのお酒のツマミを、勝手に持ち出して来たのでは。


 妖精達の料理は木の実やフルーツもあったが、どうやって作ったのかわからない宝石のような物もあって、見た目もすごく楽しめた。

 そして、妖精達に勧められたお酒はとても美味しかったが、めちゃくちゃ強かった。これはラトが酒臭くなるのもわかる。

 今世の体は年齢のわりに酒を飲める方なので、少々強い酒でも飲めるが、これは量を飲むとやばそうだ。前世の俺だと一杯飲んだらダウンしてそうな強さだ。


 妖精達に酒と料理を振舞われつつ、俺とアベルも持って来た料理やお酒を出して、お互いの物を交換しながら妖精達の宴を楽しんで時間が過ぎていった。

 すぐ近くで妖精達が思い思いに歌ったり、踊ったりしている幻想的な光景は、まさにファンタジーといった感じで、ここ最近の忙しさと疲れを忘れさせてくれた。




「ピェッ!」

「まだ食えるか?」

「ビェッ! ビエッ!」

 妖精達が祭壇の前ではしゃいでるいる様子を見ながら、のんびりと酒を飲みつつ食べ物を摘んでいると、胡坐をかいて座る俺の足の上に、黒い毛玉のような鳥の妖精が乗って来た。持って来ていたパウンドケーキを千切って食べさせてみたら、そのままずっと俺の膝の上に居座って、パウンドケーキをおねだりしてくる。かわいい。

 時々ウトウトして、ハッ!と目を覚ますとパウンドケーキを強請ってくる。もこもこふわふわの毛玉のような鳥ですごくかわいい。

 撫でているとまたウトウトとし始める。なんかの鳥の雛っぽいから、まだ子供の妖精なのかもしれない。


「すっかり餌付けしてるわね」

 ヴェルに呆れられているが仕方がない。くりくりとした目で見られるとつい。

「そやつが人間に懐くとは珍しいのぉ」

 俺の膝の上でウトウトとしている黒い毛玉の妖精を見ながら、ハムスターのような妖精が言った。

「そうなのか? 膝の上に居座っちまってるけど」

「そやつは、随分昔に森に捨てられて死んだ人間の赤子の魂と、巣から落ちて死にかけていたフクロウの魔物の雛が、同化して誕生した者なのじゃよ」

 雛かと思ったら俺より年上の可能性が出て来た。

「元は人間だってことか?」

「そうじゃな。どういうわけか、フクロウの魔物の雛と同化して、妖精になったようじゃの。おそらく、どっちもこの世に未練があったのかもしれんな」

「へー、随分昔って事は、雛みたいな姿でも俺よりずっと年上なんだな」

「わしらの感覚でも随分昔のことじゃからな、人間の感覚だと更に長い時間じゃろうな」

 思ったよりずっと年上だった。

「こやつはのぉ、生まれてすぐ人間の親に捨てられたせいで、ひどく人間の事を恨んでおったのじゃが不思議なもんじゃのぉ」

「ええ?」

 人間を恨んでいるというわりに俺の膝の上でスヤスヤ寝ている。


 貧しい農村などでは、生まれた子供を育てられず捨てる事は、今でもある話だ。

 俺の実家もあまり裕福ではなく、兄弟も多かったので、捨てられるまではいかなくても生活は厳しく、子供は労働力だった。だから俺が、冒険者になる為に家を出ると言っても、誰も引き留める事はなかった。

 更に貧しい農村で飢饉などに襲われれば、弱者は真っ先に切り捨てられてもおかしくない。

 こうして俺の膝の上で寝てしまっているという事は、やっぱり親が恋しいのだろうか。膝の上で、ウトウトしている綿毛のようなふわふわの毛玉を、優しく撫でた。


「恨みすぎて、その赤子を捨てた親の住む村を呪って疫病を流行らせて、自分の親の一族根絶やしにするほどじゃったのにのぉ。不思議なもんよのぉ」

 ハムスターの妖精が目を細めながらそんな話をしてくれたけど、こわっ!

 でも、生まれてすぐに意味も分からず森に捨てられて死んだら、無念過ぎて恨むのも当たり前だよなぁ。巣から落ちてしまったフクロウの魔物の子供も、きっと生きたかったんだろうなぁ。

 そんな事を想いながら毛玉を撫でていると、ウトウトした毛玉が目を覚ましてバッチリと目があった。

「妖精になってでもこの世に残れてよかったな、生きていれば楽しい事もあるし、美味しい物も食べれるからな。これから楽しい事いっぱいあるといいな」

 そう言って毛玉のクチバシの下を人差し指で掻くと、クルクルと喉を鳴らして目を細めた。

「うんうん、パウンドケーキは気に入ったか? うんうん、また食べたくなったらいつでもうちに来ていいぞ」

「ビャッ!」

 毛玉が何を言っているのかはよくわからないけど、懐いてくれてるから悪い気はしないな。


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