第96話◆アルテューマの森の正体
先日アルジネの街でロベルト君と思わぬ再会をしたが、あの後からアルジネに行った時に会ったり、冒険者ギルド経由で手紙を送ってくれたりと、お友達付き合いをするようになった。
ちなみに、先日の地下水路騒動で、大量のキューブ型マナポーションを摂取した彼は、暫くの間ニキビに悩まされる事になったそうな。キューブ状に固める為に、糖分の入ったスライムゼリーを使ったのが、マズかったのかなぁ。
リリーさんのお店にも時々行っている。アベルが、生クリームたっぷりのコーヒーを気に入ったらしく、頻繁に連れて行かれる。
そのおかげでリリーさんとすっかり仲良くなってしまった。
リリーさんから、シランドルの特産品情報もいっぱいもらったし、本格的に冬になる前に米探しに行きたいな。
今はちょうど実りの秋だからなのか、最近のラトの手土産はキノコや木の実系、秋が旬の果物が多い。
時々、危険なキノコが混ざってるのはちょっと勘弁してほしい。最近はよくホホエミノダケが混ざっている。使い道もないのでどんどん収納の中に貯まっていくのだけどどうしよう。
その中でもイチジクがやたらいっぱいあった。イチジクはすごく好きなのだが、そのまま食べるにはちょっと量が多すぎた。
というわけで今日は朝食後から、イチジクをいっぱい使ったフルーツタルトを作っている。今日食べる分と、パッセロ商店とモールへの差し入れと、小腹が空いた時のおやつ用と非常食用を作って、それでも余る分はジャムにしたり、料理しながら生ハムで包んでつまみ食いしたりしていた。
タルトはイチジクの他にもリンゴやブドウも載せてある。
「何かすごくいい匂いするけど何作ってるの~?」
フォルトビッチの騒動でずっと忙しかったせいか、ここのところアベルは家でのんびりしている事が多い。今日も出掛けないで、朝食の後からずっとリビングで、クルと古い言語の話をしていた。
タルトの生地を焼いたのでバターの良い香りが漂って、アベルはそれにつられて台所を覗きにきたようだ。
「今日のおやつだよ。ラトがたくさん秋の食材くれたからな。秋のフルーツタルトだよ、あと栗とかキノコとかもあるから、栗はでかいからモンブ……いや栗のケーキにしてみようかな、キノコは今晩炊き込みご飯にしようかなぁ」
「ぬ? 鹿野郎の手土産か。なんか悔しいな、俺も昼からは肉取りに行こうかなぁ」
そこ、対抗心燃やすとこなのか。ていうか肉はまだいっぱいあるんだけど。
「いい匂いがしますわ、今日のおやつは何ですの?」
「さっき朝ごはん食べたばっかりなのに、何だかお腹の減る匂いね」
「アベルと一緒にお勉強をしたので、頭を使うとお腹が減るのですぅ」
三姉妹までやって来てしまった。
「ちょうどタルトが出来たところだから、軽くおやつタイムにするかー」
「じゃあ、フルーツタルトに合いそうなお茶は俺が用意するよ」
うちには安い紅茶とバーブティーとか薬草茶しかないからな、アベルが出して来る紅茶は美味しくてありがたい。値段気にしたらダメな気がするけど。
「最近忙しかったから、自宅でだらだらして甘い物を食べるのもいいね」
さらっと"自宅"って言ってるけど、ここは俺んちだ。
リビングのテーブルを囲んで、五人でティータイムだ。ラトは、朝食の後すぐどこかへ出かけてしまったので、ここにはいない。
「ラトはお出かけ中だから、おやつを食べれないのかわいそうですねぇ」
「この時期だから森の民の豊穣祭行ってるんでしょ」
ん? 森の民の豊穣祭?
「どうせ今年も、昼間っから飲んだくれてそうですわ」
森で何かやってるんだろうか?
「豊穣祭ってなんだい?」
気になっていた事をアベルが三姉妹に尋ねた。
「森に住む妖精たちのお祭りみたいなものよ」
「秋の実りの多い時期に、妖精たちが集まってお祭り騒ぎしているだけですわ」
「森に入れる者なら、お土産を持って行けば誰でも参加できますよぉ」
誰でも参加できるだと!?
「うわぁ、グランが好きそうなやつだ。って、すごく行きたそうな顔になってるよ」
「え? そんな顔に出てた?」
「うん、すごく。でも妖精のお祭りでしょ? 妖精っていたずら好きだけど大丈夫なの?」
確かにアベルの言う通り、妖精はいたずら好き――正確には楽しい事が好きなのだ。それがたまたま人間が驚くことだったり、困る事だったりすることがあるので、妖精はいたずら好きという認識がされている。
「多分大丈夫じゃないの? でも彼らの感性は私達もよくわからない時あるからね。 まぁ、いたずらで死ぬような事はないんじゃないかしら?」
ヴェルが言ってる事が地味に物騒である。
「行ってみますかぁ?」
「グランの作った料理なら妖精も喜んで迎えてくれると思いますわ」
そう言われると行きたくなる。
「お土産は何でもいいのかい?」
「妖精が好きそうな物なら何でも大丈夫よ。無難なところなら人間のお菓子とかお酒とかね」
「わかった、ちょっと用意してくるよ」
食べていたタルトを一気に平らげて、お茶を飲み干してそのままアベルが転移魔法でどこかへ飛んで行った。というか、行くつもりなんだ。
「じゃあ、アベルが帰って来るまでに俺も何か用意しておこうか」
「さっきのタルトでも大丈夫だと思いますわ」
「そうか。でもついでだからすぐ作れそうな物も追加で用意しておこう」
パウンドケーキなら三十分もあればできるからな。ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキでも作っておこう。
そんなわけで、三姉妹達と妖精達のお祭りに行く事になった。
「グランにはすでに、ラトが森の奥に入る為の加護をあげてましたねぇ」
「ええ、以前食い意地に負けて加護を与えてましたね」
「じゃあ、アベルには私達が森に入る為の加護をあげればいいじゃない」
そんなホイホイあげていいの!?
「それはありがたいな、じゃあこれはお礼ね。王都の有名なお菓子屋さんのチョコレートだよ」
おそらく王都まで手土産を用意する為に行って来たと思われるアベルが、三姉妹達を高そうなチョコレートで餌付けしている。
「ふふん、アベルはよくわかっているわね」
「アベルにも加護あげちゃいますよぉ」
「ええ、こんな美味しいチョコレート貰ったのなら仕方ありませんわ」
幼女達チョロすぎでは!?
アベルは幼女達に加護を貰って、俺はすでにラトがくれた加護があるらしいので、手土産を持って幼女達の案内で森へと向かった。
「そういえば、この森に入ったことないんだよねぇ」
そういやそうだ。アベルはうちにすっかり住みついてしまってるけど、森に行ってる様子なかったな。
「アベルは今まで加護が無かったから、入ってもそんなに奥まで行けなかったんじゃない?」
「森の奥に行こうとすると入口付近に戻されるって話を、キルシェ達から聞いたことあるな」
「ですですぅ。加護がないと森の奥には入れない結界があるのですぅ」
「その結界って無理やり破れたりしないの?」
アベルが物騒な事を言っている。
「うーん、私達やラトより強い存在とか、結界を抜けれるような特殊なギフトやスキルの持ち主だったら、結界を壊したり、すり抜けたりできるかもしれませんわね」
「へぇ……」
アベルの返事が不穏だ。
「頼むから試さないでくれよ」
「はは、そんな事するわけないじゃないか」
いや、その胡散臭い笑顔、絶対試そうとしただろう。
「こっちよ、ここから近道できるわ」
ヴェルがそう言って指差したのは、家のすぐ裏にあるグルキュエリアの木。
満開の小さな黄色い花の放つ、むせ返るほどの甘い香りが辺りを包んでいた。あー、アベルに白ワイン買ってきてもらって、グルキュエリアの花のワイン漬け作らなきゃ。
って、ここ家の真裏じゃん!? こんなとこに森の奥へ行くショートカットがあってもいいのか!?
「それじゃ、開けるわよー」
ヴェルがグルキュエリアの木に触れると、木の幹がブワっと膨らんで口を開けるように、ぽっかりと大きな穴が現れた。
「じゃあ行きますわよ!」
「はぐれないように手をつなぎますよぉ」
俺はクルに、アベルはウルに手を引かれて、その穴へと入った。
穴を抜けると森の中だった。
ただ、家の近所に比べてずっと魔力が濃い。まるでダンジョンの奥のエリアのような魔力の濃さだ。
アルテューマの森がとてつもなく大きい事は知っているが、実際どれくらいなのかまではよくわかってない。ここは、どの辺りなのだろうか。
「これは……ダンジョンじゃないか。森の姿をしているけどダンジョンでしょ? 空間魔法で仕切られているなら、条件を満たさない者が入れないのも、森から魔物が外に溢れ出して来ないのも納得できる」
アベルが周囲を見渡しながら言った。
「ええ、アルテューマの森はダンジョンでもありますが、自然の森でもありますわ」
「自然と魔力が共存し、森とダンジョンが融合した地よ」
「アルテューマの森へようこそですぅ」
ええ、ダンジョンだったの? 正確には森とダンジョンが融合しているのか。そんなことなんてあるのか。
つまり、この森の守護者と番人の幼女達とラトが、アルテューマの森というダンジョンの主という事!?
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