第95話◆花の怪
「そういえば、グランが最近、俺の部屋に飾ってくれてる花綺麗だよね。王都で見かけない花ばかりだし、香りもいいし、花の挿してある器も植物を加工した物みたいだけど、手が込んでてセンスもいいよね」
「え? 何それ? 俺はしらないよ。アベルの部屋に入った事ないし」
「え?」
ある朝の朝食の席で、アベルにそんな事を言われたが、俺はそんな事してないし、なんで俺が男の部屋に花なんて飾る必要があるんだよ。
「え? じゃあ、誰が飾ってくれたの? 毎日新しい花に代わってるから、グランにしてはマメだなって思ってたんだけど?」
まるで俺がマメじゃないような言い方だな。まぁ、実際マメな性格じゃないからな。
じゃあ誰がアベルの部屋に花なんて飾ったのか? しかも日替わりで。
ラトを見ると、首を横に振られた。だよねー。
じゃあ三姉妹の誰かか?
「わたくしではありませんわ」
「私も違うわよ」
「私も違いますよぉ」
ええ……、じゃあ誰が。
「どういうこと?」
アベルが目を細めて俺を見た。
「知らない」
本当に心当たりがない。
それにこの敷地にはアベルが侵入者避けの結界を張っているので、今ここに居る者以外は入って来れない。その上、柵にはフローラちゃんがいて、侵入者がいればフローラちゃんが対処してくれるはずだ。
もし入って来れるとしたら、それはフローラちゃんを躱して、なおかつアベルの結界を破れるくらいの力の持ち主だ。
そんな奴に侵入されたら、俺は対処できねーぞ!!
アベルの話だと毎日花が新しくなっているようだし、つまり毎日アベルの部屋に侵入して花を取り換えてるのだ。
俺も家を空ける事はあるが、一日家にいる日もある。侵入者なんて全く気付かなかったぞ?
「じゃあ、誰も俺の部屋に花を飾ってないって言うの?」
アベルを除いた全員で頷いた。
「ええ……」
流石のアベルも困惑気味だ。
「とりあえずその花見せてもらっていいか?」
「うん……」
アベルの部屋に行くとベッドの横のチェストの上に、何かの植物の茎をくり抜いて作ったような器に、ピンクやオレンジ色の可愛らしい花が飾ってあった。花も可愛らしいが、容器も植物の蔦のような模様が彫り込まれてて可愛い。
「これはヘリオスゾーラタって花だ」
「うん、俺の鑑定でもそう見える」
「確か、リラックス効果がちょっとだけある花だな」
うちの周辺でも自生しているのを良く見かける花だが、いったい誰が置いたのか。アベルと共に首を捻る。
「永遠の思い出」
ヴェルがポツリと呟いた。
「花言葉ですわ」
「昔の恋人との思い出の花とかですかぁ」
「ないよ! 女性にはモテる方だけど、特定の誰かとそういう仲になることはないよ!」
さらっと悔しい事を、言ってのけられた気がする。これだからモテる男は。
「知らないうちに、どこかで誤解されたとか?」
アベルならすごくありそう、というかストーカーが二桁くらいいてもおかしくない顔してるよな。
「いやいやいやいや、仮にいたとしても、普通に考えて、俺の部屋に入って来れるわけないでしょ?」
「まぁ、そうだよなぁ」
「他にどんな花が飾られてたか覚えてますの?」
「うん、一応鑑定はしてるからね。昨日は赤と白のアラネアリリウム?だったかな」
「悲しい思い出」
「また会う日を楽しみにしています、という意味もありますねぇ」
幼女達の口から不穏な花言葉が飛び出して来る。
「やっぱりどこかで女性に勘違いされることしたんじゃ……」
「ちょっと、やめてよね! 全く心当たりないよ!」
「アラネアリリウムなら、情熱とか貴方だけを思うと言う意味もあるぞ」
ラトも花言葉詳しいのか。どちらにせよ意味深な花言葉である。
「他には何があったか覚えてるか?」
「えーと、ウルリリー?」
「恋するつらさ、貴方を想うと胸が痛い」
やはりヴェルから不穏な花言葉が飛び出してきた。
「や、花言葉より、どうして俺の部屋に毎日花が飾られてるのか、誰が飾ったのかの方が重要だよ!!」
「確かにそうだな、誰かに侵入されているのなら、アベルだけの問題じゃないし」
本当に侵入者がいるのなら、安全面で非常にまずい。
「うむ、そうだな。私も侵入者避けの結界を張っておこう」
最近、幼女達がうちにいる時間長いからな、正体不明の侵入者は番人様的にも心配だろう。うちの防犯水準がどんどん上がっていくな。
そして、その日の夕方。
「花が新しくなってるんだけどおおおお!?」
「あー、これはグルキュエリヤだな。すごくいい香りだからワインに漬けておくと、すごくいい香りのワインができあがるんだよな」
「そのワインは気になるけど、どうしてまた花が新しくなってるの!?」
「それはわからないな」
花が気になったアベルは今日は出掛けず、昼ごはんの時以外ずっと部屋に籠っていたのだが、おやつを食べにリビングに現れて、その後のこれである。
アベルが部屋を開けたのは一時間足らずだ。
「初恋」
「陶酔って意味もありますわ」
「気高いって意味もありますねぇ」
今回はわりと普通な気もしないでもない。
「いやいや、そうじゃなくて! ラトの結界役に立ってないじゃん?」
「む? 役に立ってないのはアベルの結界も同じだろう」
アベルとラトが睨み合い始めたので間に入った。
「まぁ、落ち着け。俺も今日一日家に居たからな。俺も全く侵入者の気配気付かなかったしな。もしかしたら外から来てるのではないのかもしれないな」
「ええ? 家の中に居るって事?」
「もしくは、俺の知らない隠し部屋が、この家にはあるのかもしれない」
「うむ、元から結界の内側に居たのなら、私の結界の意味もないな」
「だろ? ちょっと探してみるか。アベルとラトは家と倉庫を探してみてくれ。俺は敷地の中を見回って来るよ」
「わかった。手分けして探してみよう」
アベル達を家の中に残して、俺は敷地の中をグルリと一通り見て回った。
門から外に出た道のわきにはヘリオスゾーラタが咲いていた。
畑の近くには害虫除けにアラネアリリウムが植えてある。
柵に沿って森の方へ歩くと、ウルリリーの花が柵の根元に寄り添うように生えている。
そして森の近くまで行くと、甘い香りが風に乗って漂って来た。香りの方向へ行くと、風で散った黄色い小さな花弁が夕日を浴びて、地面を金色に染め上げていた。
ちょうど今の時期が満開のグルキュエリアの木が、むせるほどの甘い香りを発していた。
「やあ、フローラちゃん」
声を掛けるとフローラちゃんはいつものようにゆらゆらと揺れた。
「アベルには内緒にしておくよ」
ヘリオスゾーラ、アラネアリリウム、ウルリリー、グルキュエリア、全て家の周りにある、今の時期の花だ。
誰も気づかない侵入者、反応しない結界、誰もアベルの部屋に花は飾ってないと言ったが、その場に一人?いなかった者がいた。
とは言え気づいたのは、グルキュエリアの花を見た時だけど。
声を掛けるとフローラちゃんは、ゆらゆらと揺れて反応した……いやこれはモジモジしているのかもしれない。
「キンモクセイはいい香りだな。ああ、こっちではグルキュエリアって言うんだったな」
アベルは人間以外にもモテるようだ。アベルも罪な奴だな。
「まぁ、アベルは花好きみたいだし、これからも飾ってやればいいんじゃないかな? 飾ってた花は最近アベルが忙しそうだったから、リラックス効果のある花が中心だろ? 俺は男の部屋に花飾るほどマメな性格じゃないしな。花が飾ってあること自体はアベルも喜んでたし、フローラちゃんってばれないように適当にごまかしとけばいいかい?」
尋ねるとフローラちゃんはいつものようにゆらゆらと揺れて返事をしてくれた。
花言葉についてはよくわからないけど、深く聞かないでおこう。俺は繊細な乙女心のわかる男だからな。
「外は一人で寂しかったら、家の中に来てもいいんだぞ?」
今度はさっきとは違う方向にゆらゆらと揺れる。やっぱ植物だから外の方がいいのか。
「外でいいのか。でも、寒い季節になったらいつでも屋内に来ていいからな。そうだ、温室作るか! それなら年中色んな花植えれるな?」
そう言うとフローラちゃんは嬉しそうにゆらゆらと揺れた。
そうだよなぁ、温室あると暖かい地方の薬草も育てられそうだな。温室かー、そんなに大規模にしなくても、ガラスがいっぱい必要になるな。さすがに温室作れるくらいガラスの在庫はない。
シランドルにガラスの産地あったよな? 米のついでにガラスも買って来るかな。
フローラちゃんと一緒におやつを食べながらお話しした後、家に戻るとアベル達はまだ隠し部屋を探していた。
「グラン、外はどうだった?」
「ああ、見つけたよ。アベルの部屋に花を飾ってた犯人。近所に住んでる妖精さんだったよ」
「ええ……?」
「妖精?」
俺の答えにラトも不思議そうな顔をしているが、すぐに察したらしい。
「そ、よくあるじゃん妖精のいたずら。アレの一種だよ。妖精さんがアベルの事を、気に入ったんだって。だから毎日花を届けてくれてるだけだよ」
だいたい本当の事しか言ってない。
ちなみに妖精のいたずらは本当にある。時々人間の周りに現れていたずらをしたり、気まぐれで助けてくれたり、贈り物をくれたりする。
身の回りで、全く覚えのない出来事が知らぬ間に起こったら、それは妖精の仕業かもしれない。そんな時はお菓子をお裾分けすると、妖精が恩返しをしてくれる事もある。
「ええ、妖精なんていたら気付きそうだけど……っていうかグラン、変な妖精とか餌付けしてないよね!?」
「してないしてない」
あらぬ疑いを掛けられてしまった。俺を何だと思ってるんだ。
「まぁ、妖精ならいいかー。いたずらされても困るから、何かお礼のお菓子でも置いとこうかな」
「うん、それがいいと思うよ」
少し腑に落ちない表情で頭を掻きながら、アベルが自分の部屋へと戻って行った。
「ホントに妖精だったの?」
ヴェルが怪訝そうな顔で首を傾げている。
「うん、お花が大好きな妖精さんだよ」
「へー、アベルなんて妖精に好かれる要素、皆無なのにね」
さりげなくヴェルが酷い事いってる。確かにあの胡散臭さは、妖精に好かれるタイプではないな。
「物好きな妖精さんもいるのですねぇ」
「きっとアベルみたいな腹黒妖精ですわ」
幼女達地味にひどいな。
流石にラトも苦笑いをしている。
アベルは妖精に好かれる要素はなさそうだけど、女の子には種族関係なくモテるのはよくわかった。こっそり応援しておこう。
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