第94話◆黒いスライム

 料理の鉄則――横着をしてはいけない。


 コーヒー豆があるので、コーヒーを使ったデザートを作ろうとしたんだ。

 コーヒーを使ったデザートと言えば、コーヒーゼリー!!


 水だけを与えて育てたスライムのスライムゼリーから作ったスライムパウダーを、砂糖と一緒にコーヒーに入れて混ぜて、冷蔵庫で固めればいいのだが、そこでちょっと楽ができないかと思った俺が悪かった。

 水だけで育てたスライムに、コーヒー豆与えたら、コーヒー味のスライムゼリーが出来ないかなって思ったんだ。


 その結果、そりゃーもう翼が生えそうなくらいの、強烈なカフェインの塊のような真っ黒なスライムが爆誕してしまった。


 出来ちゃった物を捨てるのは勿体ないので、飴状にしたら眠気醒ましに使えるかな、なんて思って飴にしてしまった。

 出来上がったコーヒースライムゼリーを、そのままの濃度で飴にしたみたら、眠気は飛んだけど夜寝れなくなった。眠気醒ましの効果だけなら、以前作った覚醒作用のあるスタミナポーションより、効果が高い物ができてしまった。


 覚醒作用のあるスタミナ系のポーションは、アベルがどっかのブラック職場に売り込んだらしく、時々アベル経由で注文がくる。あれは体力回復効果付いてたけど、今回のはただひたすら眠気が醒めるだけだった。


 このコーヒースライム飴はそのままの濃さだと、効果が強すぎるみたいだから少し薄めた方がよさそうだ。カフェインは摂取しすぎると、中毒性もあるしね。半日くらいで効果が切れるようにすればいいかな。というか、眠くならないって、ある意味身体強化に近いな。

 鑑定しても副作用らしい副作用は見えないけど、寝ようと思った時に寝れない可能性がある事自体が副作用と言えなくもないな。

 飴だからこの程度の効果で済んでるけど、触媒系の素材を入れてもっと効果を引き出したら、何日も寝れなくなりそうだ。寝れなくなる効果があるだけで、体力が回復するわけでもなく、むしろ消耗するので、ぶっちゃけ体によろしくない。

 うーん、アベルに相談してみよ。






「まぁた、グランが妙な物作ってる。目が冴える飴? もうこれ、キューブ型覚醒ポーションでいいんじゃないかな?」

 アベルがスライムコーヒー飴を摘みながら言った。しっかり鑑定してるのだろう、決して口に入れようとしない。

「触媒とかは入れてないからただの飴だよ。ポーションにしたらもっとえぐい効果になると思う」

「へぇ。つまり何日も眠れなくなるって事? 拷問用にちょうどいいね。そっち方面で需要ありそうだ」

 いやいやいやいや、お貴族様怖すぎでしょ。人間寝ないと死んじゃうからね?

「飴の方はもう少し薄めて効果下げたら、コストも抑えれるし、もうちょっと頑張りたい時とかに使うのにはいいかなぁ。ポーションは俺は何ともいえないな。でも、材料になるコーヒー豆がどれだけ確保できるかわからないし、あんまり量産できないと思うよ」

「アルジネの街のお店で買って来たんだっけ? コーヒーって言う飲み物になる黒い豆だよね? 確かにユーラティアの周辺で見た事ない豆だね」

「でしょ? どこで手に入るか聞いてみればよかった」

「じゃあ、聞きに行けばいいじゃん」

「え?」












「いらっしゃいま……ファッ!?」

 お店に入ると前回と同じように、金髪のお嬢さんが噛んだ。


 とういうわけで、先日訪れた喫茶店「リーパ・フルーミニス」に、アベルと一緒にやってきた。

 そして、俺が初めて来た時と同じく、店主のお嬢さんはいらっしゃいませで噛んでいた。

 まぁ、アベルみたいなキラキラのイケメンが現れたら、びっくりして噛むのもおかしくないな。


「失礼しました。いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」

「店主さんとお話ししたいし、カウンターでいいよね?」

「ヘァ!?」

 アベルがコテンと首を傾げて尋ねるもんだから、店主のお嬢さんがイケメンオーラの直撃を食らって戸惑ってるじゃないか。

 コイツほんと、自分の顔面偏差値自覚しろ。じゃなければ、紙袋でも被ってろ。


 コーヒー豆について聞く前に、とりあえず注文だ。折角来たのだからコーヒーも飲みたい。

 俺は前回と同じくシンプルなブラックコーヒー。アベルは苦いのが苦手で、甘い物が好きだと伝えてお任せにした。それで出て来たのは、生クリームがたっぷり乗って、更にその上にキャラメルソースが掛かっているカフェラテだった。チョコチップまで散らしてあってとてもゴージャスだ。


「何コレすごい」

 アベルがスプーンで生クリームを崩しながら、少しずつコーヒーを味わっている。

「クリームが凄く甘いから、コーヒーの苦みがアクセントになって、飲み物というかデザートみたい。それに、上に掛かっている甘いソースがちょっと香ばしくて、口の中に風味が残るのがすごくいい」

 うちで俺がコーヒーを淹れた時も、ミルクと砂糖をたっぷり入れていたアベルは、生クリームたっぷりのカフェラテがすっかり気に入ったようだ。


「気に入っていただけましたか?」

「うん、これはまた来たくなるね。ところで、このコーヒーって飲み物はユーラティア王国の飲み物じゃないよね?」

 甘い物が好きなアベルだ、これはお世辞じゃなくて本当にまた来るつもりなんだろうな。

「ええ、コーヒー豆が温暖な地域が原産なので、元はそちらの飲み物ですね」

「へぇ、どこの国の飲み物なの?」

「一番近いところだとシランドル王国の南部ですかね。豆には色々種類があって、産地で味が違うんですよ」

 あー、それは前世と一緒なのか。という事は……

「という事は、シランドル南部以外の産地の豆も取り扱ってるって事?」

 俺が聞きたい事をアベルがサクサクと聞いてくれる。

「はい。実家の伝手で取り寄せてもらってるんですよ」

「へぇ、アルジネってあまり物流の便が良くないのに、遠くの国の物をこんなにたくさん仕入れれるって、実家は大手の商会さんか何か?」

 俺が不思議に思っていた事をアベルが遠慮なしに聞いていく。さすがアベル。

「ええ、実家がキャラバン隊を持ってまして、遠方の国の物も頼めば持って帰って来て貰えるのです」

 なるほどキャラバン。国を跨いで移動するキャラバン隊なら、遠方の物を纏めて持ち込んで来れるのも納得できる。

「なるほどー。じゃあお願いしたらこのコーヒー豆ちょっと多めに売ってもらえたりできる?」

「量にもよりますね。うちもそんなにたくさん仕入れてるわけでもないので、でも産地なら教える事ができますよ」

「ホント? それ聞いちゃっていいの? 仕入れルート独占したりしなくていいの?」

「趣味でやってるお店ですので、コーヒーが広まるのは大歓迎なので」

 そう言って店主のお嬢さんはニッコリと微笑んだ。





「仕入れ先はだいたいこちらになりますね」

「ありがとう。シランドル以外は海の向こうかー」

 店主――リリーさんに渡された仕入先のメモを見ながら、アベルが難しい顔をしている。

 海の向こうは俺も行った事がないな。だって言葉通じないと困るし。


「たくさんじゃなければお分けできますよ」

「そうだねぇ。あんまりたくさんあっても、グランが変な物つくるか貯め込むだけだしね」

 変な物って失敬だな。それに素材を貯めるのは、楽しいから仕方ない。

「変な物とは……」

 ほらー、アベルのせいで、俺が変な物作る人だと思われるじゃないかー。

「そんな事より、シランドルの南の方にコーヒー豆あるなら、オーバロ行く時にちょっと寄り道してもいいな」

「あー、そうだね。ちょうど寒い季節だし暖かい所行くのもいいね。決定! コーヒー豆も探しにいこ」

「お二人で……旅行ですか……? オーバロってシランドルの東の端ですよね? そんな遠くまで……公式が……はぅっ!」

 リリーさんが突然胸を押さえて、くるりと後ろを向いた。何か呟いていたが最後の方はよく聞き取れなかった。

「だ、大丈夫かい? どっか具合悪いのか?」

 びっくりして思わず声を掛けた。

「い、いえ。ちょっと動悸が……発作みたいなものなのですぐに治ります」

「無理しないで休んたほうがいいんじゃないか?」

 すぐに治ると言っているが、ちょっと目が潤んで顔が赤くなっている。発作みたいなものというと、持病か何かだろうか?

「お見苦しい所をお見せいたしました、申し訳ありません」

「いや、発作は大丈夫かい?」

「はい、もう大丈夫です」

 顔色は悪くないようだが、いきなり発作は心配になる。





 リリーさんの発作も落ち着いたようなので、のんびりとコーヒーを楽しみながら、雑談をしているうちに、そろそろ家に帰らないといけない時間になった。

「今日もごちそうさまでした。また来るよ」

「グランがハマるのもよくわかるよ。コーヒーもデザートも美味しかったよ」

 アベルはメニューのスイーツ系が気になったらしく、かたっぱしから頼んでいた。

「だろ? またアベルと一緒に来るよ」

「は、はい!! またぜひご一緒にいらしてください!!」

 発作から立ち直ってすっかり元気になったリリーさんに見送られて店を出た後、一度町の外まで移動してアベルの転移魔法で家へと帰った。



 コーヒー豆の産地も教えて貰えたし、米を探しに行く時に一緒に買って帰ろう。南国ならこちらにない素材も多そうだし、ついでに色々見て回るのもいいかなぁ。


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