第93話◆おうちへかえろう
「大丈夫かい?」
「ありがとうございます、助かりました。でも、グランさんがどうしてここに?」
ポーションを飲んで、毒と麻痺から回復した冒険者――ロベルト君が顔を上げた。
ロベルト君も男の子も、地下水路に流された時に出来たと思われる擦り傷だらけだったので、ヒーリングポーションを渡した。擦り傷なら試作品のキューブ型のポーションで治るかな。子供なら飴みたいな方が食べやすいよね。
「たまたまアルジネに来てて、冒険者ギルドに寄ったら、水路に人が流されたって聞いてね。他に人がいなかったから俺が来ただけだよ。まさかロベルト君だとは思わなかったけど。ともあれ、二人とも無事でよかったな。立てるかい?」
片手で子供を抱えたまま、座り込んでいるロベルト君に手を差し伸べた。
まさか子供と一緒に流されたのがロベルト君だとは思いもよらなかった。冒険者になる事を勧めたのは俺だが、本当に冒険者になったんだなぁ。
それにしても俺が勧めた冒険者で、カプリス・ウォールに突っ込んで死ぬような事があると、とても後味が悪いので間に合って良かった。
「ロベルト君、浄化の魔法使える?」
「使えますけど、魔力が少なくて、さっき乾燥の魔法を使ってもう魔力がほとんど残ってないです」
「なるほど。じゃあマナポーションあげるから、魔力回復して服に付いてるカプリス・ウォールのゼリー綺麗にしちゃいな。ついでに俺とこの子にも浄化掛けて欲しい」
試作品のキューブ型のポーションを取り出して、ロベルト君に差し出した。試作品で効果は低いが、魔力が少ないのなら問題ないだろう。
「そういう事でしたら……うっ」
「大丈夫だよ、ただの固形のマナポーションだから。毒は入ってないよ」
固形のポーションを見てロベルト君の顔が引きつっていた。あの自白ポーション、トラウマになったのだろうか。
「は、はい。ではいただきます、ありがとうございます。グランさんは浄化使えないんですか?」
「ああ、俺は魔法全般使えないよ」
「ええ!? 魔法使えないのに牛持ち上げたり、スライム一瞬で倒したりするんだ」
牛って何だと思ったが、いつぞやのブラックバッファローか。
「魔力はあるからスキルは使えるからな。まぁ不便な事もあるけど、なんとか冒険者やってるよ」
「そうでしたか。あ、浄化かけますね」
「ありがとう助かるよ。いやー、浄化魔法使えないのはホント不便なんだよね」
魔法を使えない不便には慣れているが、この地下水路みたいなあまりきれいではない場所がとても辛い。濡れるのは防水や乾燥で対応できるが、汚れは落ちない。つまり臭い。
ほとんどの人が生活魔法くらいなら使えるこの世界で、生活魔法すら使えない俺は、こういった場所で汚れるととても辛い。パーティーを組んでいる時は、いつもメンバーにお願いして浄化してもらってた。みんな自分で浄化してるのに、俺だけ汚くて臭いのは辛い。浄化の魔道具はあるけど、魔法の方が効果が大きい。
そんなわけで、こういった場所ではいつも他人の浄化に頼っている。
「ロベルト君、浄化の魔法でまた魔力無くなったら、マナポーションあげるから使っていいよ。試作品だから、代金の代わりに後で感想聞かせてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
ロベルト君は魔力が少ないようなので、試作品の固形マナポーションを何個か渡しておいた。固形だから使いまくってもトイレ行きたくならないからね。液体のポーションは、飲みすぎるとトイレに行きたくなるので、微妙に困る時がある。
「寒くないかい? お腹はすいてない?」
抱えている子供に聞いてみた。ロベルト君が乾燥の魔法を掛けたようで、今は濡れてはないけど、この季節の水に浸かった後だから体温は下がったままだと思われる。
「ちょっと寒い」
「そうか。ロベルト君は?」
「ちょっと寒いです。それになんか急に空腹感が」
魔法というか魔力を使うとお腹がすく。ロベルト君は乾燥や浄化の魔法を使ったので、元の魔力が少ないから余計に空腹を感じるだろう。
「町に戻るのは、地下水路の中を抜けないといけないから、出発前に少し休憩しておこう」
子供や冒険者になって間もないロベルト君には、薄暗くて魔物のいる地下水路は精神的にも体力的にもきついだろう。休める時に休んでおく方がいい。
二人とも体が冷えている様なので、温かいお茶の入った水筒とカップを取り出して、お茶を注いで二人に渡した。ついでに先日つくったボアまんが収納に残っているので、マジックバッグから取り出す振りをしながら、収納から取り出してロベルト君と子供に渡した。
「ありがとうございます。時間経過なしのマジックバッグですか?」
「ああ。めんどくさい奴に絡まれたくないから内緒にしといて欲しい」
「はい、もちろんです」
自分も水に浸かって少し体が冷えているので、ボアまんをお茶で流し込んでおく。
持って来てて良かったボアまん。体が冷えている時の中華まんは最高。
「熱いから気を付けて食べるんだぞ?」
「うん!」
温かい物を口にして少し落ち着いたのか、男の子の表情はだんだん明るくなってきた。
「ロベルト君も今のうちに体力回復しとけよ。水路から出るまでの道のりはロベルト君に戦ってもらうから」
「え?」
「ほとんどスライムだから大丈夫だよ。スライムでも小さい魔石は出るから小金稼げるしな。俺がここに来たのはアルジネの冒険者ギルドからの救助依頼だ。その費用は後で救助された人に請求されるから、帰り道に金になる物回収しといた方がいいぞ」
この手の救助依頼は、人命優先で冒険者ギルドが依頼主になる事が多いが、その際の費用は後で救助された者に請求される事になる。
今回の場合、ロベルト君は子供を助けようとした側だが、一緒に流されてしまったので、ロベルト君も救助対象扱いだ。もちろん最初に流された子供の保護者にも請求が行くので、今回の費用は子供の保護者とロベルト君で負担する事になるはずだ。
助けようとして上手く行かなくて、自分も要救助者になって救助費用請求されるとなると、今後同じような場面に遭遇した時助けずに見捨てる選択を取ってしまいたくなるかもしれない。
それは決して間違った選択ではない。自分の力量を越える事に手を出さないのは、冒険者としては当たり前の選択だからだ。冒険者という職業は死に近い。だからこそ無理な事からは逃げるという事を否定してはいけない。
だけど今回、結果として一緒に流されてしまったが、子供を助けようとしたロベルト君の行動は決して無駄な事ではなかった。彼が一緒に流されたからこそ、この男の子は無事だったのだろう。
ロベルト君はちょっと死にかけてたけど、俺が間に合ったから結果よしということで。ホント間に合って良かったな。
冒険者の道を勧めたのは俺だし、今のロベルト君は嫌いではない。だから、先輩冒険者としてちょっとだけ手伝いたくなった。
「食べ終わったら、帰ろうかー。俺は後ろで、応援してるからロベルト君がんばって」
「は、はい。お手柔らかにお願いします」
「やった! だいぶん貯まった!」
「こっちも、取れたよー」
帰り道、ロベルト君と助けた男の子キリくんが、せっせとスライムを倒すのを後ろから見守っていた。時々出て来る大きなネズミや虫の魔物も、初めのうちは苦戦していたが、今は慣れてきたようで難なく倒せるようになっていた。
最初はロベルト君だけが戦っていたのだが、途中からキリ君が興味を示し始めたので、小型のナイフを渡して使い方と、スライムの倒し方を教えたら、サクサクとスライムを倒し始めてお兄さんびっくりだよ。
この子もしかして、なんかのギフト持ちなんじゃないの……。
一方ロベルト君は、あまり肉弾戦が得意じゃないようなので、生活魔法の着火魔法が使えるなら、それでスライムを燃やすようにと言ってみたら、剣でスライムを倒すよりそっちの方が良かったようだ。人によって向き不向きはあるもんだ。
最初のうちは魔力が少なくてヒィヒィ言ってたけど、試作品や失敗作のキューブ型ポーションで魔力を回復させつつ頑張って、魔力にも余裕が出てきたようだ。やっぱ魔力量上げるなら、魔力使い切るのが早いよね。
めちゃくちゃいっぱいキューブ型ポーションを使ったロベルト君には、後日副作用がなかったか確認してみよう。鑑定に出ない副作用がある事もあるからな。今回もまたロベルト君がとてもよいテスターだった。
というわけで、せっせと二人で水路の魔物を倒して、今回の救助費用に事足りそうなくらいの量の魔石が溜まっていた。
「あんまのんびりしてると、キリ君の家族もアルジネのギルドの人も心配するからそろそろ帰ろうか」
「うん! 楽しかった! お兄ちゃんありがとう、俺も大きくなったら冒険者なる!」
すっかりスライム狩りにハマったキリ少年は、目をキラキラさせていた。
「そっか、でも冒険者は危険が付き物だからな、よぉく考えて決めるんだぞ」
「うん!」
「僕もグランさんのおかげで一人でもスライムくらいは倒せるようになったので、これでEランクくらいにはなれるかも。ありがとうございました」
「おう、ロベルト君はあんま無理すんな。命大事にな。それと、早めに冒険者ギルドの戦闘系の初心者講習受けろ」
「は、はい!」
二人を冒険者ギルドまで送り届けた頃にはもう、薄暗くなり始めていた。すっかり日が落ちるのが早くなった。
夕飯の準備してないけど、きっとアベルもラト達も冷蔵庫勝手に漁って作り置きの物食べてるだろう。アベルはひたすらアイス食べてそうだけど。
馬を引き取って、ピエモンに帰ろうとしたらロベルト君とキリ君が見送りに来てくれた。
「お兄ちゃんまたね!」
「おう、あんまお袋さんに心配かけんなよ」
「うん!」
笑顔のキリ少年の横で、キリ少年のお母さんが深く頭を下げた。
「グランさんありがとうございました」
「おう、ロベルト君もがんばってな、あと次会った時に今日のポーションの副作用なかったか教えてくれ」
「ええ、副作用あるんですか? 鑑定では副作用なさそうに見えましたが」
「鑑定に出ない副作用ある時もあるからな。あんだけたくさん使ったんだ、もしなんかあったら次に会った時教えてくれ」
「は、はい」
「じゃあ、またな」
馬に乗って手を振ってアルジネを後にした。
予想以上に長居してしまったが、それでも満足のいく一日だった。
コーヒー美味しかったし、豆も買えた。
ロベルト君はこのまま立ち直ってくれるといいな。
あと、キリ君。初めて刃物握ってスライムと戦ったと言ってたけど、びっくりするくらい刃物の扱いの上達が速かった。十歳と言っていたから、あのまま成長したら末恐ろしいな。
ちなみにキリ君に貸していたナイフは、ホルダーと一緒に彼にあげた。俺がむかーし使ってた奴で、今はもう使ってなかったやつだしね。
でも、冒険者になるまでは一人でスライム狩りに行ったり、人にナイフを向けたりしてはいけないと念を押しといた。
俺がナイフの使い方を教えたせいで、家族に心配かけるような事があったら申し訳ないからね。
後にこのキリ君が、刀剣系のギフト持ちの冒険者として活躍するようになるのは、また別のお話。
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