第92話◆死角に潜むもの

 冒険者ギルドのカウンター周辺が騒がしい時はだいたい、カウンター周辺で冒険者同士の揉め事が起こっているか、何か不測の事態が起こって職員達が対応に追われている時だ。

 昼過ぎの普通なら閑散とした時間帯で、ギルドのロビーに冒険者は殆どない。慌ただしく動いてるのはギルドの職員達だ。

 予期せぬトラブルでもあったのだろうか。

 とりあえず、預けている馬を引き取る手続きをしないといけないのでカウンターへ向かった。



 手続きの為に冒険者カードを提示すると、受付嬢が俺のカードを確認した後、こちらを見上げた。何だか嫌な予感がする。

「Bランクの冒険者さんですか!? 緊急の救助依頼なのですが、お時間あるなら力を貸してほしいのです」

 やっぱりー!!

「とりあえず内容を聞かせてくれ、内容次第だ」

 俺はこれからピエモンに戻らないといけないので、あまり時間のかかる依頼は受けたくない。しかし緊急の救助依頼なら、人命に関わる依頼だと思われるのでスルーし辛い。

「町の中の水路に子供が落下して、近くで水路の清掃作業をしていたFランクの冒険者が助けようとしたようですが、一緒に流されてしまい、清掃の為に柵を外していた箇所から地下水路に落ちてしまったとの事です。ちょうど冒険者の皆さんが出払ってる時間で、地下水路に行けるランクの人がいないんですよ」

 確かにこの時間は依頼に出ている者はまだ戻ってこない時間だ。そして子供が水路に流されたのなら、肌寒いこの時期だ、時間が生存率に関わるし、地下水路ならネズミやスライムの巣窟になっている可能性が高い。一緒に流されたのがFランクの冒険者なら、あまり戦力には期待できないのかもしれない。


「依頼主は誰になるんだ? 流された時間は? あと水路の魔物は?」

 冒険者は慈善事業ではないので、こういった突発事故の依頼でも、依頼主をはっきりさせておかなければ後で揉める元になる。

「報告が今来たところなので、人命優先で冒険者ギルドからの依頼になります。現在子供の身元を調べているので、ご家族への連絡はこれからですが、この後ご家族からの依頼に切り替わると思います。時間は三十分も経ってないと思います。地下水路はネズミとスライム、それから虫系の魔物もいてDランク相当です。ただスライム系が多く生息しているので、狭い通路での探索に慣れてる方でないと二次被害の危険があります」

 なるほど、狭い場所にスライム系が多いとなると、閉所に慣れてない冒険者や兵士で無理に救助に向かわないほうがいいな。

 スライムは小さいうちはあまり脅威はないが、成長して巨大化したスライムは人間やそれ以上の大きさの生き物も捕食する。スライムの数が多ければ合体して巨大化する事もあるので、たかがスライムと侮ると命取りになる。


「わかった、地下水路は冒険者と子供が流された場所から入ればいいのか?」

「そちらから入ると水の中を進む事になります。他の場所からもはいれますのでそちらの方が安全かと思います」

「うーん、地下水路って規模はどのくらいだ? 中が複雑なら別ルートから入ると見つけるのに時間がかかる」

 水の中を進むのは嫌ではあるが、探索スキルがあったとしても、通路が複雑なら、救助対象者の元に辿り着くまで時間がかかる。時間があまり経ってないのなら、可能なら同じルートを追いかけた方が痕跡を見つけて追跡しやすい。子供と一緒なら進むペースも遅いはずなので、痕跡を辿れば追いつけるはずだ。

「水路は結構広くて通路も入り組んでますね。最下層まで行くと外部の川とも繋がってますので、水棲の魔物もいる可能性があります」

「水路の地図があったら貸してくれ。あと流された地点までの案内も頼む」

「わかりました。すぐ地図を用意して、現場まで案内します」

 早くピエモンに帰りたいが、子供を見捨ててまで早く帰りたいわけでもない。パパっと依頼の書類にサインをして、ギルドの職員に案内され地下水路の入口へと向かった。




 

 子供とFランクの冒険者が流されたという水路は、成人の男性でもスッポリ入る幅で、水路の先には清掃の為に柵が外された地下水路へ繋がるトンネルが見えた。水量は俺の膝上くらいまでだが、水路は綺麗に舗装されている為、流れる水にはかなり勢いがある。足元はかなり滑りやすくなっており、小さな子供がこの中に落ちればそのまま流されてしまうだろう。そしてこの状況で流れる子供を受け止めようとした大人が、一緒に流されてもおかしくはない状況だ。


 あまり水量が多くはない水路とは言え、気温が低くなり始めたこの時期に水路に落下して、魔物のいる地下水路まで流されたとなると、最悪の事態も考えられる。

 必ず助けるとは言いきれないのが辛い。とりあえず一刻も早く、子供と子供を助けようとしたという冒険者を見つけなければならない。

 水耐性のある外套を被って身体強化スキルを発動しながら、水路から地下水路へ繋がるトンネルへと入った。


 トンネルは成人男性が入れるくらいの大きさで、入った直後に水路は急な角度で傾斜しており、水は勢いよく下へと流れていた。

 子供を抱えた状態でここまで流されると、体勢を立て直せても流れに逆らって上に戻るのは厳しそうだ。Fランクの冒険者ということは、駆け出しの冒険者か、低ランクの依頼専門の冒険者だった可能性が高い。魔法やスキルがあってもそれを使って脱出できなくて、そのまま流されたのだろう。


 トンネル内の水路の斜面を下って地下水路に降りて、今降りて来た方向を振り返ってみた。

 このぬるぬるとした足元の急な斜面を、子供を抱えて下から登るのはかなり厳しそうだ。

 地下水路に降りてからは、水の流れは緩やかになっていたが、他の水路から合流してくる水があるので、水量は結構多い。

 周囲には人の姿は見えない。流れは緩やかになっているので、流されたのではなく、どこかで水路の壁際にある通路に上がったと思われる。

 濡れた状態で通路に上がったのならどこかに痕跡があるはずだ。水路から壁際の通路へと上がり、周囲の様子を観察した。


 冒険者は依頼中に水の中に入る事も多い。装備には防水と乾燥の付与をしてあるが、水から出た直後はびっしょりと濡れてて気持ち悪いし、今の季節だとかなり寒く感じる。俺の装備でこれなので、子供が着ているような衣服や、町の中の依頼をするような冒険者の装備では、時間が経つほど体温を奪われて命に関わってくるので急がねばならない。

 一緒に流された冒険者が生活魔法のレベルの魔法が使えるなら、濡れた衣服と体を乾かす事が出来るので生存率は上がるだろう。



 俺がいる場所からわずかに下流に行った辺りに、通路が水浸しになっている場所があった。その周辺に生えているコケが剝がれているので、おそらくここで水の中から通路へと上がったのだろう。

 濡れた足跡が残っていないので、おそらく乾燥の魔法を使ったと思われる。生存の痕跡を見つけてホッとした。

 濡れた足跡はないが、通路の泥やコケの上に真新しい大人の物と思われる靴の跡と、その横に子供の靴の跡があった。その足跡をたどれば二人を見つける事が出来そうだ。

 念の為、気配察知スキルで人とそれ以外の生き物の気配を探る。そう遠くない場所に人の気配を感じた。無事のようで良かった。

 スライムやネズミのような小さな気配も感じるが、小さい上に数も多いので全部把握するのは無理だ。それよりも、スライムやネズミよりもやや大きな気配もあるので、そっちは少し気を付けた方がいいかもしれない。外部の川と繋がっているのなら、水棲の魔物が地下水路に入り込んでいてもおかしくない。


 町の地下なので、大型な魔物は入ってこないように対策はされているので強力な魔物はいないはずだが、こういったトンネル状でスライムが多い場所では気を付けないといけない魔物がいる。閉所の探索に慣れてない冒険者の、死因の上位となる魔物。おそらく、この水路にもいるだろう。

 スライムが多く棲息しているトンネル状の場所では、どんなに急いでいても、曲がり角を壁に沿って最短で曲がってはいけない。曲がる時は、曲がった先の安全を確認しなければならない。いや、直線の通路でも、薄暗い時はよく目を凝らしてみないとその魔物に捕まってしまう事になる。

 あまり動かない上に、強さ自体はただのスライム並のその魔物は、察知系のスキルでも気付きにくく非常に厄介だ。


 探している人の気配がもう目の前という場所まで近づいた時、甲高い子供の悲鳴が聞こえて来た。ちょうど曲がり角の先のあたりだ。地形的に俺が懸念していた魔物かもしれない。

 急いで悲鳴がした方向へと向かう。だが、あわてて角を曲がると俺も危ない。

 収納から小型の軽い槍を取り出して、悲鳴の聞こえた角の手前で一度足を止め、角の外側から曲がった。

 その先には俺が予想していた光景があった。


 角を曲がるとすぐに、成人男性の靴の裏が目に飛び込んで来た。

 その先には、通路をびっちりと塞ぐように、透明な巨大なスライムが詰まっていた。そこに、冒険者らしき男が頭から突っ込み、今まさに巨大スライムに取り込まれようとしていた。

 そして足元では、その様子に恐怖で腰を抜かした十歳くらいの男の子が、ガクガクと震えていた。

 カプリス・ウォール――巨大で透明な、スライムの亜種の魔物だ。透明な体で、細いトンネル状の通路を塞ぎ獲物を待ち伏せる、罠のような魔物だ。巨大なスライムのようだが、微妙に知能があるようで、このようなうっかり突っ込んでしまうような場所で待ち伏せをするという、なかなか小賢しい魔物だ。

 スライムだと侮る事なかれ。こいつのゼリー状の体には強い麻痺効果と毒があり、麻痺と毒に耐性のある装備を付けてないと、触れると麻痺してしまい、体内に取り込まれ溶かされてしまう。溶かされる、つまり捕食されるという事だ。

 もちろん毒もあるので、あわよく脱出しても、解毒手段がなければ毒に苦しめられる事になる。

 閉所の探索に慣れない冒険者がよく捕まる魔物だ。冒険者ギルドの初心者向け講習で絶対に習うのだが、カプリス・ウォールの犠牲になる駆け出し冒険者は多い。


 振りかぶって手に持っていた槍を、カプリス・ウォールのコアである魔石めがけて投げた。

 魔石は壊れてしまうが、取り込まれている人を助けるには魔石を壊すのが手っ取り早い。

 カプリス・ウォールは火に弱いので、人が取り込まれてない状態なら燃やしてしまえばいいのだが、人が捕まってる時に燃やすと一緒に人も火傷を負う事になる。


 俺が投げた槍は、カプリス・ウォールのコアを貫き、通路を塞いでいたカプリス・ウォールは溶けるように床に崩れ落ちた。

 カプリス・ウォールが崩れると、捕まっていた冒険者は解放され床へと投げ出された。スライムゼリーまみれで毒と麻痺をもらった状態のようだが、ピクピクと動いているので生きているようだ。

 とりあえず、目の前の魔物は倒したので、床でへたりこんでいる子供に俺が着ていた外套を被せて抱き上げた。

「もう、大丈夫だぞ。母さんが待ってるとこまで帰ろうな」

 落ち着かせるように子供の頭を撫でた後、床にうつ伏せで倒れている冒険者の男に声を掛けた。

「おーい、生きてるかー? ポーションは飲めるかい?」

 男に解毒と麻痺解除のポーションを飲ませようと、子供を抱えたまま片手で男を仰向けにすると、その男の顔はとても見覚えがあった。



「ロベルト君!?」


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