第89話◆遠方より来るもの
俺が住んでいるソートレル子爵領は、ユーラティア王国の東部に位置し、ユーラティア王国の王都よりも隣国のシランドル王国の方が近い。
シランドルとの国境の地、オルタ辺境伯領はシランドルとの交易が盛んで、シランドルの物が多く流通しており、食文化もシランドルの影響が強い地域だ。
そのオルタ辺境伯領と隣接しているソートレル子爵領にも、シランドルからの輸入品が多く入って来る。そして、そのほとんどはソートレル子爵領の領都ソーリスに集まる。
ここ最近、マニキュアの件でソーリスに行く事が多かった俺が、ソーリスで見つけて来た物――木製の蒸し器。"せいろ"とも言うアレであれだ。
ユーラティア王国にも蒸し料理があるが、それは隣国シランドル王国から伝わって来た物で、蒸し料理の歴史はシランドルの方が長い。王都よりシランドル王国に近いソーリスでは、蒸し料理は定番の料理で、蒸し器を取り扱っている店も他の地域に比べて多い。
というわけで、蒸し料理だ!!
秋も深まり、朝晩は気温が下がるようになって、ほかほかのあの蒸し料理がおいしい季節だ。
まずは具を包む為の生地を作る。小麦粉、塩、砂糖に、リンゴをひたすら食べさせたスライムのスライムゼリーを乾燥させて粉にした物――ドライイーストもどきを少しだけ、そこにぬるま湯を加えてひたすら捏ねて生地を作る。ひたすら捏ねながら、耳たぶくらいの硬さになるように、ぬるま湯を足しながら調整する。
硬さが程よくなったら丸めてボウルの中に入れて、上から濡れた布をかぶせて発酵するまで暫く放置。
湯を入れた桶に板で蓋をして、その上に生地の入ったボウルを置いておいた。これなら涼しい季節でも、ちゃんと発酵してくれるはずだ。
生地の発酵を待つ間に具の準備だ。
塩を振ってよく練ったグレートボアの挽肉と小さく刻んだタケノコ。タケノコの季節じゃないけど、収納の中にあってよかった。竹は俺が住んでいるユーラティア王国にはあんま生えてないんだよね。これは以前シランドル王国に行った時に見つけて買って来たやつだ。ホント収納スキルさまさま。
味付けは、醤油とショウガと塩と、ミリンっぽい酒ことイッヒ酒、それに貝から作られたアンバーランバーというソース、ちょっとだけカタクリ粉を入れて、挽肉とタケノコに加えてよく混ぜあわせる。ゴマ油が無いのが残念だ。
どうでもいいけど、この世界にもカタクリという植物は存在する。その根がカタクリ粉になる。
カタクリがあると言う事は、その名の由来となる栗もこの世界に存在する。
しかし、この世界の栗は前世の栗よりデカイ。つまりカタクリの根もデカイ。いっぱいカタクリ粉が作れてうれしいなぁ。
ちなみに栗がでかいという事は、切れ目を入れていない栗を火の中に放り込むと、前世の栗よりも強烈に爆発する。品種によっては人の頭くらいあるので、ニトロラゴラもびっくりな勢いで爆発する。今世では火中の栗を拾うなんて行動は洒落にならない。というか、絶対に火の中に栗をそのまま入れてはいけない、いいね?
まぁ、それは置いといて、具の準備が出来上がる頃には、先程捏ねた生地の発酵も終わっているはずだ。
ボウルの上の布を取って、中の生地が先程より倍くらいの大きさに膨らんでいるので発酵は無事完了だ。生地を軽く押してガス抜きをしたら、手のひらに乗るくらいのサイズに分けて丸めていく。丸め終わったら少々放置、十分くらいかな?
暫く放置した後は、丸めた生地を平べったく伸ばして、その上に具を載せて巾着状に包み込んで上を摘んで閉じたら完成!
上手く包めば、綺麗なひだが出来るのだが、初めてのチャレンジだったので、ちょっと不格好になってしまった。こういう時こそ仕事して欲しいよ、器用貧乏さん。
全部包み終わったら、セイロで蒸して完成!!
白くてふっくらした蒸し饅頭こと肉まんの完成だ! グレートボアの肉だからボアまんかな?
一つずつポーの葉っぱの上に載せて、収納スキルの中にしまっておく。これでいつでも出来立てのボアまんが食べれる。
「いらっしゃいませー、ってグランさん!」
「やぁ、グラン君、いらっしゃい」
出来立てのボアまんを収納に突っ込んで、俺が向かったのはパッセロ商店だ。
「やぁ、キルシェ。パッセロさんはもうお店に出ても平気なのかい?」
店を訪れるとキルシェとパッセロさんが、カウンターで店番をしていた。
「おかげさまで、グラン君には随分世話になったね。何とお礼を言っていいのやら」
「いやいや、気づいたのはアベルだしな。俺は何もしてないな」
「でも、グランさんのポーションのおかげで、とーちゃんの毒は解毒出来たって、アベルさんが言ってましたよ」
パッセロさんは毒が抜けて、すっかり顔色も良くなっているので、もう大丈夫そうだな。
「それより、今日は差し入れを持って来たんだ、家族で食べてくれ。それと新作の固形ポーション。固形ポーションはまだお試し段階だから、使ってみて感想聞かせて欲しいんだ。それから前に言ってた、衝撃吸収効果が付与してあるクッションの中身も作って来たよ」
収納からボアまんを取り出して、いつも差し入れの時に使っている、料理保存用のオカモチの中に入れて、キルシェに渡した。
そして、瓶に詰めたキューブ型の固形ポーション試作品と衝撃吸収効果を付与してあるポラーチョの繊維をカウンターの上に並べた。
「わ、この料理は何ですか?」
「ワイルドボアの挽肉が詰まっている蒸し料理の、ボアまんだよ。すごく熱いから気を付けて食べてくれ」
「グラン君いつもありがとう。この飴みたいなのが、キューブ型ポーションの試作品かい?」
「ああ。大きさが口の中に入る程度のサイズだから、小さくてちょっと効果が安定しなくて、まだまだ改良しないと実用は無理かな。飴みたいに口の中でゆっくり溶かしても効果は出るし、嚙み砕けば従来のポーションと同じですぐに効果が出る。とりあえず疲労回復系のポーションだから、疲れた時に試して感想聞かせてほしいな。後、従来のポーションと違って専用の入れ物がないから、劣化が早い問題が残ってるんだ。停滞を付与した紙で包めば長持ちするだろうから、付与にいい紙があったら教えてほしい」
思い付きでキューブ状の固形ポーションを作ってみたのだが、効果面も保存面もまだまだ問題だらけで、冒険者が使うにはまだまだ改良が必要な状態だ。
とりあえず、纏めてポーション用の瓶に詰めて保存しとけば劣化はしないし、冒険者ほど高い効果を必要としない人なら使えなくもない効果なので、パッセロ商店の皆さまにお試ししてもらう事にした。
試作品は今のところ、前世であった疲れた時に飲む栄養剤みたいな物だ。
「それなら食品保存用の紙がいいな。ポーションだと半年くらい停滞の効果が持てばいいかな。これ以上持たせるとなると紙の値段も高くなるから、コスト面での問題がでてきそうだ。長期間保存しておくのは今まで通り瓶で、すぐに使うのはキューブにしてしまえば用途で使い分けができる」
「なるほど、そうしよう。じゃあ、半年くらいの停滞が付与できそうな紙があったら仕入れておいて欲しい」
確かに用途で使い分ければ、住み分けできそうだな。
冒険者のようにポーションの消費ペースが速ければキューブの方がかさばらないし、使い終わった瓶を持って帰って来なくてもいい。瓶代って意外と馬鹿にならないから、使い終わったら買い取ってもらうのが普通だ。俺は収納スキルがあるからいいけど、収納スキルがないと空瓶は結構かさばるし、ポーションを咄嗟に使って、鞄に瓶を戻すのは手数が増えて隙にも繋がる。紙ならかさばらないし、ダンジョン内ならその場に捨てても、ダンジョンが分解してくれる。
ポーションを普段使わないけど、もしもの時の為に常備している人なら長期保存が利く従来の瓶入りのポーションでいいし、住み分ければどちらも需要がある。
となるとやはり、固形ポーションの効果を従来のポーションに近づけるのが課題だな。
「わかった。では次回仕入れておくよ。それでこっちが衝撃吸収効果のあるクッションの中身かい?」
「こないだ言ってたやつですね。 中身のサイズに合わせて早速カバー作ってみますね」
前にキルシェと話してた、馬車に乗る時に使う衝撃吸収効果付きのクッションだ。
「ピエモンは街道沿いの町だから、街道を通る人が宿泊で立ち寄る事も多いし、この衝撃吸収効果付きのクッションは売れそうだね。中身はポラーチョの実の繊維か、これなら家の軒先で栽培もできるから、人気が出るようだったらたくさん作る事も可能だね」
パッセロさんが、どんどん意見を出してくれるので、参考になるし何より楽しい。やっぱ物つくりは一人でやるより、誰かとアイデア出しながらやる方がいいな。
「ところでグラン君。私も娘たちにも君には大変お世話になったから、そのお礼と言っては何だが、先日仕入れ先で珍しいものを見つけて買って来たんだ。良かったら貰ってくれないかい?」
そう言ってパッセロさんが、カウンターの奥から何やら箱を取り出してきた。
「これは?」
「なんでも南国の飲み物を淹れる為の道具で、こっちがその飲み物の素になる豆らしい」
豆という事はまさか!!
パッセロさんが箱から取り出した物は、すごく見覚えのある物で、豆の方はとても懐かしい香りがした。
「コーヒー豆とコーヒーミルとサイフォン!?」
「おお、知っているのかい?」
「ちょっとだけだが知っている」
コーヒー豆は、俺が冒険者として行った事ある場所では、見つける事が出来なかった。しかし、今世でもコーヒー豆はあったようだ。
以前ポポの花でコーヒーもどきは作った事はあるが、あれはコーヒーっぽい薬草茶だったしな。味もコーヒーというより濃くて苦いお茶に近い
しかもコーヒー豆だけではなく、サイフォンまで! まさか、ドリップ式よりサイフォン式の方を先に目にするとは思わなかった。
「元は南国の飲み物らしいが、最近仕入れで行った町で、このコーヒーという飲み物を出す店が噂になっていると聞いて、立ち寄ってみたんだ。そのお店でコーヒーを淹れる為の道具一式と豆も売っていたからつい買ってきてしまったのだよ。二組買って来たからグラン君もどうだい? 馬車も修理してくれたみたいだし、お代はいらないから貰ってくれないかい?」
「そういう事ならありがたく貰うよ、ありがとうございます」
「折角だから一杯飲んでいくかい? 娘達もかみさんも苦いと言ってあまり反応が良くなかったんだ。私はこの苦みが好きなんだがねぇ」
「とーちゃんの買って来たコーヒーって言う飲み物、苦すぎて僕は苦手かなぁ」
確かにコーヒーの苦みは、若い子は慣れないかもしれないな。
「じゃあ一杯頂こうかな。コーヒーはミルクと砂糖を入れると、苦いのが苦手な人でも飲みやすくなると思うよ」
「なるほど、キルシェはミルクと砂糖入れて飲んでみるかい? それと、グラン君の持って来たボアまんと一緒に頂こうか」
「グランさんが美味しいって言うなら、ミルクと砂糖入れて飲んでみようかな。ボアまんって言うのもたのしみだな」
ボアまん――肉まんとコーヒーという組み合わせは食い合わせとしては微妙かもしれないが、前世で、寒い時期の仕事前にそんな食い合わせもしてたことあるな、と思い出して懐かしくなった。
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