第83話◆罪と罰

 ちょっと強めに威圧すると、小番頭のおっさんは腰を抜かして尻もちをついた。


「全部、グランとこ行っちゃったみたいだね。さすがグラン大人気すぎ」

 不審者三人に水をぶっかけ、破落戸二人を張り倒して、さぁこれから小番頭のおっさん絞めるかと思ってたとこで、暗闇からアベルとドリーが姿を現した。

「他のとこ行ってる様子はあったか?」

「ポラール商会の店舗と会長さんちと、なんちゃらビッチ商会の取引先の商店はバーソルト商会の面子が見張ってる。さっきまで俺とドリーが、なんちゃらビッチ商会の方を見張ってたけど、このおじさん達が出た後は特に動きが無かったよ」

「そうかい、助かったよ」

「次は容赦しないと言ったが、放火未遂と来たか……放火の現行犯はその場で処されても仕方ないな」

 ドリーが三人の男を見下ろしている。あんま威圧すると色々漏らしそうだからほどほどにしてあげて欲しい。

「……と言いたいところだが、おいグラン、これはお前が言いだした事だから、お前が責任持って後始末しろ」

「ああ、わかってるよ。それじゃ、アベルお願い」



 深夜の路上で騒ぐのは近所迷惑なので、アベルの転移魔法で迷惑にならない場所へと移動して、お話し合いの開始だ。

 移動先はどこかの建物の中で簡素なソファーとテーブルが置かれていた。アベルとドリーはそこに腰を掛け、静観の態勢だ。後でわかったことだが、移動先はオルタ・クルイローにある辺境伯家所有の建物だったらしい。


 そこで、彼らとゆっくり話すことになった。


 水をぶっかけられて頭が冷え、場所も変わって冷静になったのか、三人は自分たちがやろうとした事を自覚して、ガタガタと震えて許しを乞い始めた。

 気づくの遅いつーの。

 もう一度言う。この国の法律では、人が中に居る家屋への放火は火あぶりである。つまり死刑だ。


 おっさん達がガタガタと震えて話にならないので、温かいフルーツティーを淹れてあげて、口が滑らかになるキューブ型の飴をあげたので、これであとはスムーズにお話し合いが出来るはずだ。

 尚、キューブ型のポーションについては、後でアベルには問い詰められたし、ドリーにはゲンコツを貰う事になった。





 小番頭のおっさんの話によると、俺達がいたレストランから商会に帰った後、会頭と副会頭と話し合いをしたらしい。


 会頭的には俺を利権ごと抱え込んで、俺が受け取るはずの取引先からの利益を商会で吸い上げるつもりだったようだ。ついでに、王都での俺の素行を調べたようで、他に商業ギルドに登録しているレシピの権利も欲しがってたようだ。

 フォルトビッチ商会は今までも強引な手口で、職人や商会に不利な契約を結ばせて、利益を吸い上げていたらしい。

 だが今回それは失敗して、俺が契約しているバーソルト商会の後ろに付いているオルタ辺境伯が出てきた為、これ以上の横やりは無理と判断して手を引くしかなくなった。

 そして、バーソルト商会がフォルトビッチ商会とは金輪際関わりを持たない――つまり、完全なる取引の拒否をした事により、俺からレシピの利権を奪ったとしても、フォルトビッチ商会はバーソルト商会とは取引は出来ないことが確定している。


 小番頭のおっさんは今回の失敗と損失の責任で解雇を言い渡され、更に犯罪行為の罪を全部押し付けられ自首を促されてパニックになった。そこで、会頭はこう言ったそうだ。


『例のレシピがフリーになればうちも販売に乗り出せて損失を取り戻す事も可能だ。証人がいなければいくらでも逃げ道はある、そうすれば解雇は取り消して、商会で匿う事もできる』


 今さら俺をどうこうしたところで、すでに市場も貴族への手回しもバーソルト商会が終わらせている状態で、フォルトビッチ商会が入り込んで成功するかは微妙なところだし、証人を消したところで更に罪の上塗りになるだけなのは、ちょっと考えればわかる事だ。

 だが、失敗続きで解雇の上に自首を促された小番頭のおっさんはその話を鵜呑みにして、会食帰りの俺を尾行して俺の宿泊先を突き止めた。


 商会へと戻り、商会が抱え込んでいる用心棒こと、キルシェを誘拐しようとした破落戸達を連れてオルロ邸に向かおうとしたところに、再び会頭が現れて言ったそうだ。

『倉庫にある帳簿につけてない火薬を始末しといてくれ』

 で、破落戸達と一緒にその火薬を持ってオルロ邸に来て、俺に水をぶっかけられることになったわけだ。


 あの狸が何かして来るとしたら、証人となる商業ギルドのカードを貸した商人さんの口封じか、腹いせに販売窓口のポラール商会関係者、そして元凶である俺だと予想していた。ロベルト君も大事な証人だけどピエモンに居るので、すぐにどうこうはないと思い今回はスルーだ。

 


 というか胸糞悪い狸だな。

 狸の口車に乗せられて、馬鹿正直に火薬持ってやってきたおっさんも許しがたいが、はっきりとした指示ではなく示唆するだけ、おっさんが自分の意思で行動するように誘導する手口に、それ以上の怒りを覚える。

 おっさんの証言であの狸が本命なのははっきりしたが、これと言った明確な指示を出していないのが性質が悪い。

 隙を残しておけば何かしらして来ると予想していたが、思ったよりも用心深い。

 今までもこうしてはっきりとした指示を出さず、本人の意思で動くように誘導していたのだろう。


 狸的には成功しようが失敗しようがどっちでも良かった、いや、むしろほぼ失敗すると思っていただろう。

 成功すればそれでよし、失敗して捕まれば家屋放火で死罪、未遂でも火薬なんて使おうとしたなら鉱山送り確定で、どっちも口封じにもなる。

 放火現場を警邏の兵に見つかり抵抗もしくは逃亡をしようとするなら、その場で処される可能性だってある。俺はこちらが本命だったのではないかと思っている。その場で処されれば、全てが有耶無耶になってしまう。

 ドリーは会頭に次は容赦しないと言った。次に何かやらかせば厳重な処罰、もしくは内容によってはその場で始末されてもおかしくないという事だ。

 そしてこのおっさん、解雇を言い渡されたと言っているので、書類上はすでにフォルトビッチ商会とは無関係という事だ。


 おっさんは命令されたのではなく、誘導されてその選択をして、自ら行動をしてしまったのだ。

 会頭は命令してないので、おっさんが勝手にやったと言い張れる。噓を見抜ける魔道具や契約魔法を使ったところで、実際に命令していないので、魔道具や契約魔法は反応しない。

 追いつめておいて、間違った逃げ道に誘導する


 自分の手を汚さないそのやり方は実に胸糞悪い。


「グラン殺気でてるぞ」

「グランが殺気出しまくってるから、フォルなんとか商会のおじさん泡吹いて気絶しちゃったよ」

 ドリーとアベルに言われて小番頭のおっさんを見ると、泡を吹いて倒れていた。

「あー、これ俺のせいじゃなくて、多分使った自白剤の副作用かな? オレンジティーと一緒に飲ませたし、通常より効果高くなる分副作用もひどくなるからな」

「お前のせいじゃねーか!」

 ドリーのくそ痛いゲンコツが降って来た。




「で、こいつらどうするの?」

「まぁ、普通に考えたら未遂とは言え、火薬を使った放火だから鉱山労働だろうね」

「ヒッ! 俺達は金で雇われただけなんだ! フォルトビッチ商会にハメられて出来た借金があって断れなかったんだ」

「逆らうと借金だけが残って、借金奴隷行きだったんだ」


 アベルとドリーの会話を聞いた破落戸達が口々に半泣きで訴えている。おっさんはまだ気絶したままである。

 断れなくても越えたらダメな一線超えた時点で、アウトだろう。と思うのだが、狸の出方を見る為に誘導したのは俺だ。

 そして、この世界は社会的弱者に優しくない。

 借金の額が多ければ借金奴隷として奴隷商に売られ、借金を返し切るまで奴隷として生きなければならない。奴隷の賃金なんてたかが知れているので、借金奴隷として売られるという事は、事実上の生涯奴隷宣告である。

 この国では奴隷は合法で、公の機関が行う奴隷の取引なら売られる先も比較的まともだが、やはり奴隷は奴隷である。もちろん非合法の奴隷商だっている。そっちに売られてしまえば、悲惨な未来しかない。

 その借金が奴らの言う通り、フォルトビッチ商会にハメられて出来た物だとしたら。


 あー! もう! 腹が立つ!!


 置いてあった火薬入りの箱を、分解スキルで分解して無害な物に変えた。


「やっぱそうするのか」

「これでただの放火未遂だよなぁ?」

 俺の行動をある程度予想してたようなドリーに聞き返す。

「グランが証拠品分解しちまったからそうなるな」

「ただの放火未遂だとどんくらいの刑だ?」

「うーん……ソーリスの事件だからソーリスに出入り禁止で開拓村送りくらいか?」

「なるほど、開拓村に行けば、こいつらはもうフォルトビッチ商会に、関わらなくていいってことだよなぁ」

「グランもドリーも甘すぎじゃない?」

 アベルが不満そうな顔するが、こいつらを誘導した奴は自分の手を汚さずのうのうと生活して、こいつらだけ実質死刑の刑罰を受ける事になるのは、俺の中にモヤモヤした物が残りそうだった。

 それにあの狸の尻尾掴みたさに、わざと時間を与えたのは俺の案だ。こんな事しないでさっさと証拠叩きつけて、このおっさん達だけでも拘束しておけば、ここまでの罪は犯さずに済んでた。


 俺だってめっちゃ腹は立ってる、腹は立ってるけど、もっと裁きの場に引きずり出してやりたい奴がいる。だけど、そいつは自分に火の粉が掛からない場所で甘い汁だけ吸っている。

 本当に腹が立つ。


「開拓村も開拓村で相当厳しいとこだけどな。冬なんか凍死者出るぞ」

「鉱山よりは生存率高いんじゃないかな」

 やられた事は腹が立つが、全て回避してこちらは無傷だし、最後は俺がそう仕向けた事もあるので、実質上の死刑宣告は後味が悪い。


 だけど、せいぜい厳しい環境で反省して欲しいところだ。開拓村なら真面目に刑期終れば、そのまま住民にもなれるし、開拓の進行具合では報奨金も出た気がする。つまり、辺境で厳しい生活になるが更生するチャンスがあるのだ。

 自分でも温い選択をしたと思う。


「ああ、でもお前らちょっと一発ずつ殴らせろ」

「え?」

「へ?」

 俺が言った言葉を理解する前の破落戸達を、力いっぱいぶん殴った。

 思わず身体強化までちょっぴり乗せてしまったので、二人とも壁まで吹っ飛んでそのまま気を失ってしまった。


「無関係のキルシェを誘拐しようとした分だ」

「こいつら誘拐未遂もあったな……、こいつら叩けば他にも色々出て来そうだな? ま、ソーリスの事だし後はソーリスの役人に任せるか」

 放火未遂と誘拐未遂、他にも今までやってきた分が明るみになれば、破落戸君達の刑期は上乗せされるかもしれないな。まぁ、鉱山送りよりはいいんじゃないかな? やらかしの数しだいではやっぱり鉱山労働か犯罪奴隷になりそうだけど。小番頭のおっさんも、俺の件以外にも色々やってそうだし、それもバレたら上乗せされるだろうな。

 まぁ、暫く厳しい開拓村で自分と向き合って生き延びるといいさ。




 そんな感じでゆっくりお話を聞かせてもらった後は、アベルにソーリスまで連れて帰って来て貰った。

 あのおっさんと破落戸達は、ドリーが引き摺って行った。おそらくソーリスの治安部に連れて行ったんだろう。辺境伯の弟に犯罪者を三人ほど持ち込まれて、それに対応するソーリスの兵士さんに手を合わせておいた。




 ソーリスに戻り、アベルとドリーと別れたあと俺はフォルトビッチ商会の会頭の自宅へと向かった。

 昨日からソーリスに来てたからね。なんかあった時の為に一応調べておいてよかったよ。

 結局、裁きの場に突き出せるような証拠も証言も掴めなかったけど、小番頭のおっさんのおかげでアンタの悪意ははっきりしたからな。

 正攻法で裁きの場に引っ張り出せなかったから、それは俺の負けを認めるよ。

 そうだな、じゃあ俺もアンタと同じように、アンタが自主的に動くように誘導する事にするよ。

 話し合いで解決しない道を選んだのはてめぇだ。



 防犯用の魔道具が設置されているのを、片っ端から分解して回り、探索スキルで会頭の寝室を探した。どうせ一番大きな部屋だろう? ダンジョンや洞窟の構造を調べる時によく使う探索スキルなら、建物の内部を探るのも難しくない。

 庭で建物の壁に手を付いて探索スキルを使っていると、放し飼いにされていた大きな番犬が何匹か来たけど、ちょっと威嚇したら降参ポーズして可愛かったよ。仰向けでごろんごろんする大型犬可愛い。

 この程度のセキュリティなら、侵入するのは簡単だ。分解スキルで会頭の部屋らしき部屋の窓の鍵を壊し、静かに侵入して眠っている狸みたいなおっさんを発見。

 隠密スキルを発動して、ベッドの横のチェストの引き出しに湿ったニトロラゴラを突っ込んで撤退。チェストの上には水差しが置いてあったので、朝水差しを使えばその振動で自然乾燥したニトロラゴラがポーンってなるんじゃないかな?


 なぁ? 寝てる間に自宅に爆発物仕掛けられるって、なかなか恐怖だろ?


 よく覚えとくといい。俺はいつでもお前の部屋に行く事が出来る。





 お前が罪を償いたくなるまで、会いに行くことにするよ。











「おう、おはよう」

 翌朝。オルロ宅で朝食を頂いていると、早朝の配送からオルロが戻って来た。


「おはようございます!」

「おはよう、朝早くからご苦労様」

「グラン、昨夜は遅かったんだなぁ。ゆっくり馬車の話がしたかったのに残念だ」

 席に着きながらオルロが言った。ホント、どこぞの変なおっさん達のせいで帰って来るの遅くなったからな、残念過ぎる。

「すまない、昨日は久しぶりの友人も来ててすっかり遅くなってしまった」

 歪曲はしているが、嘘はついてない。

「あ、そうそう。今朝フォルトビッチ商会の会頭の家で、爆発があったらしいぜ」

「へぇ」

「なんでも、会頭の寝室でニトロラゴラが爆発したとか。何でそんな危ない物を自宅に置いてたんだか」

「ひぇぇー、ニトロラゴラってちょっとの衝撃で爆発する魔物の素材ですよね。その人無事だったんですか?」

「ああ、重傷だが命には別条ないらしい。まぁ普段悪どい事ばっかりしてるから、天罰でも当たったんだろ」

 まぁ、あのサイズのニトロラゴラの爆風なら冒険者基準だとちょっと痛いくらいだ。吹き飛んだ家具の破片が当たったら、もうちょっと痛いかもしれない。


「そういえばグランは次いつソーリスに来るんだ?」

「んー、マニキュアの事もあるから、また来週くらいに顔出すよ」

 俺は今日でピエモンに戻る予定だが、バーソルト商会のメンバーはもう少しの間販売応援に残るらしい。

 俺も自分が発案した物の行く先は気になるし、暫くの間はポラール商会に様子を見に来ようと思っている。

「お? じゃあまた泊りがけで来いよ、兄貴も交えてゆっくり酒飲みながら馬車の話しようぜ」

「おう、ぜひそうしよう」

 俺はニコニコと笑いながら返事をした。

「もー、グランさん、ポラール商会さんの馬車魔改造したらだめですよー」

 魔改造だなんて失礼な! 改造馬車は浪漫! そして魔改造ではなく防衛機能だ!


 面倒事に一区切りついた後なので、食卓の何気ない会話が妙に楽しい。

 やっぱり平和が一番だな。



 全部片付くまでもうちょっと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る