第82話◆火の粉が降りかかるなら水ぶっかけて消火すればいいじゃない

 力で殴って解決するのは簡単である。

 だが、それでは理不尽なやり方を強いて来た連中と立場が入れ替わっただけで、やってる事は同じである。

 俺は知性のある人間である。だから、できればお話し合いで双方納得して解決したいし、罪は私刑ではなく然るべき場所で裁かれてほしい。


 かと言って、話し合いが成り立たない奴と話し合うのは、時間と労力の無駄である。

 言葉は通じても、話が通じない人間なんてごまんといる。そういう連中は、言葉の通じない獣より性質が悪い。







 最初におっさん達のトリプルつむじを拝む事にはなったが、その後のドリー達との会食は和やかな空気で終わった。

 ちょっと調子にのって、フォルトビッチのおっさんから詐欺まがいの事をしたのはドリーにデコピンを貰ったが、それ以外は穏やかな食事会だった。見知った面子だったので、会食というか食事会といった感じだった。

 さすがお貴族様が会食で使う高級レストラン、とても美味しかった。プロの料理人の作る料理はやっぱり美味しいね!!


 そんな会食こと食事会が終わってドリー達と別れ、俺はキルシェと一緒にポラール商会のオルロの家に泊めてもらっているので、徒歩でオルロの家へと向かった。





 以前バーソルト商会の会長のティグリスさんと話した際に、俺は転売対策にフォルトビッチ商会と同じソーリスにあるポラール商会でも、バーソルト商会を経由してマニキュアを販売する事を提案した。

 バーソルト商会としても、地方への足掛かりとして、地方都市の老舗と業務提携できるならと、ポラール商会との取引については前向きだった。


 そこで問題となる、バーソルト商会の本店のある王都とソーリスの距離については、バーソルト商会の支店があるオルタ・クルイローと王都と結ぶ転移魔法陣を利用する事で解決した。


 マニキュアの量産体制が整うまでは、まずは貴族向けに稀少価値を付けて、ネイルアートとネイルチップを合わせて展開したそうだ。

 お貴族様向けのネイルチップの試作品を見せてもらったのだが、本物の宝石が使ってあって値段を想像すると恐ろしかった。

 それでも新しい物好きの貴族女性の間で話題になり、高級ネイルチップの売り上げは上々らしい。

 この貴族への宣伝はアベルと、乳の女神様ことアベルの兄嫁のプリムラ様が頑張ってくれたそうだ。プリムラさまマジ女神。

 最近アベルの帰りが遅かったのも、宣伝の為に貴族の夜会に参加していたからだ。この事は、アベルに非常に感謝している。


 ちなみにアベル用には、アベルが持ち込んで来た高そうな素材を使って、これでもかっていうくらい魔石をギラギラと付けて、クルに教えてもらった神代文字を使って、魔力の消費軽減やら、威力上乗せやらの付与をしたネイルチップを作った。

 とても気に入ってくれたようだ。最近では嬉々としてそれを付けて出掛けている。男のくせにド派手な爪しやがって……それでも違和感なく似合う美形なのが何だか悔しい。


 そのアベルとプリムラ様の宣伝効果で釣れたのが、オルタ辺境伯だった。

 バーソルト商会の転移魔法陣の利用の優遇と引き換えに、オルタ・クルイローにネイルサロンを開店することになったそうだ。

 オルタ辺境伯の奥様や女兄弟がネイルサロンの開店に大変乗り気だったらしく、オルタ辺境伯の出資もあったと後から聞かされた。よくは知らないけど、オルタ辺境伯様は兄弟が多くて、その中には女性も多いらしい。

 まさかそのオルタ辺境伯様の兄弟に、俺が駆け出し冒険者の頃から世話になっていたドリーが混ざっているとは思いもよらなかった。

 この辺りのやり取りは、アベルとバーソルト商会が中心で動いていた為に詳しい事はほとんど聞いておらず、つい先ほどの会食で詳細を知る事となった。ネイルサロンやるとかいう話はチラっと聞いてたけど、まさかオルタ辺境伯の後援まであるとは思ってなかった。


 そんな感じでお貴族様へ広まった頃には、マニキュアの量産体制も整い、噂雀を使いつつ宣伝をした後に、ここで漸くバーソルト商会がソーリスに乗り出す事となった。

 そしてこの初売りは、フォルトビッチ商会に気付かれないようにする為に事前に宣伝を行わず、直前まで隠しておくこととなっていた。


 しかし、ここまで漕ぎつけるにはそれなりに時間がかかるので、フォルトビッチ商会から再びなんらかのアクションはあると予想していた。

 王都での噂が耳に入れば、製品ではなくレシピまたは利権の譲渡を求めてくる可能性が考えられた。

 現に一度は襲撃に遭っている。その時耳に入った賊の会話からして、目的は拉致後にレシピまたは利権を奪うつもりだったのだろう。

 あの時捕まえた賊は雇い主の情報を持っておらず、この時点ではフォルトビッチ商会にまで辿り着けなかった。


 そしてもうすぐ準備も整う日という時期に、あの破落戸達がパッセロ商店にやってきたのだ。暫く何もなかったからそのまま終わればよかったのに、どうして後ちょっとってとこで来たのかなぁとも思ったよ。





『今回の件は小番頭が独断で行った事ですが、それを御せなかったのは会頭である私の落ち度でございます』

 あの狸みたいなおっさん――フォルトビッチ商会の会頭はそう言っていた。


 たかが田舎の小番頭が、個人で何人も破落戸を雇ってまでしつこくレシピや利権欲しがると思う?


 小遣い稼ぎの転売程度ならまだわかるが、破落戸を何人も雇うという事は、それだけの伝手と金が必要だ。

 初回の襲撃の時は、ソーリスで目撃された当日だった。あのおっさんはどう見ても仕事中だったにも関わらず、五人ほどの破落戸が追っかけて来た。

 キルシェの誘拐未遂の時は他人のギルドカードを用意してまで、商業ギルドで馬車を借りている。

 

 個人で出来る事じゃねーだろ。


 俺の持っているレシピとその利権を奪う、もしくは俺ごと囲い込むつもりだったのだろうが、俺は先にバーソルト商会と契約した。

 そして、そのバーソルト商会はフォルトビッチ商会とは"金輪際かかわらない"と言った。その場には辺境伯の弟が立会人としていた。

 今さら俺からレシピと利権を奪ったところで、フォルトビッチ商会とバーソルト商会が取引することはないだろう。

 バーソルト商会にはすでにレシピを渡しているので、改良を加え別商品としていくらでも売り出すことも出来るし、市場はすでにバーソルト商会が押えた後だ。オルタ辺境伯との共同事業も展開を始めている。今さらそこに水を差すなんてことは出来るわけがない。


 そして、今回奴らが俺にやったことについても把握していることを仄めかした。

 ここで大人しく引き下がれば、まだ尻尾を切って終われるタイミングだ。

 だが、負け続きの人間はそのタイミングを間違える。


 いいや、そうなるように道を残した。


 少し隙を残しておけば何かしら仕掛けてくると予想して、フォルトビッチ商会のトップが尻尾を切るような発言をすれば、あの場での追及は緩めで止めておくようにドリーに頼んでいた。


 ロベルト君の証言と、商業ギルドのカードを貸したソーリスの商人の証言があれば、フォルトビッチ商会までは辿り着ける。辿り着けるが、尻尾を掴むまでがせいぜいだ。

 あのおっさんは確かにむかつきはするけど、ほんの爪の先くらいだけ同情する。

 正しくは、その上の狸みたいなおっさんのやり口が気に入らないので、怒りの矛先が変わっただけだ。




 食事会の後、ソーリスの富裕層向けの住宅街にあるオルロ宅には帰らず、会食をした時のスーツ姿のままオルロの家の建物の屋根の上に登り、隠密スキルで気配を消して周囲を警戒していた。

 今日は帰るのが遅くなると、オルロ一家とキルシェには伝えてあった。こんなことにならなかったら、オルロと一緒に武装馬車談義ができたのに。

 電気という物が普及していないこの世界では、灯りは蝋燭の炎や魔道具である。故に、人々の寝静まる時間は早い。住宅地の中にあるオルロ邸も周辺も灯りが消え、町を照らすのは僅かに残っている窓から漏れる灯りと、西に落ちかけてる月だけだ。

 半分だけの月は西へと沈もうとしており、月が落ちればさらに暗さが増す時間だった。


「やっぱり来たか」

 灯りの無い道を足音を殺して、夜の住宅街を移動する人影を三つ確認した。

 夜間の行動も多い冒険者は暗闇にも慣れているので夜目が利く。たとえ見えずとも気配を察知する事も出来る。

 フードですっぽりと顔を隠した三人は箱を小脇に抱え、オルロ邸の周りをウロウロとしているのが、屋根の上からよく見える。めちゃくちゃ怪しい。

 裕福な商人であるオルロの自宅は、もちろん侵入者を警戒する魔道具が設置されている。不当に侵入すれば魔道具が反応するので、気づかれないように侵入するのは難しい。

 だが、外から物を投げ込む事はできる。

「他人を巻き込むなっつーの」


 隠密スキルを発動したまま、屋根の上から不審者三人がいる近くの塀の上へと移動した。

「そぉれ!」


 ザッバーーーーーーッ!!


 箱を持ってうろうろしている男三人の上に、収納空間に詰め込んでいた水を浴びせた。

 冷静になるには、頭を冷やすのがいいしな。


「ぶあっ!?」

「ぐふあっ!?」

「ひあああっ!!!」


 大量の水を頭から被った不審者三人が変な悲鳴をあげた。

 そして被っていたフードが、上から降って来た大量の水の勢いで取れ、不審者三人の顔が露になった。

 予想通りの三人――尻尾として切り捨てられた奴らだ。

 一人は来るだろうと確信はしていたが、もう二人は確信はなかった。来なければ、探して見つけ出すつもりだったけどな。


「いよう、頭は冷えたかい? 放火は火あぶりの刑だぜ?」

 塀の上にしゃがんで、見覚えのある顔の不審者三人がずぶ濡れになっているのを見下ろしながら、声を掛けた。

 フォルトビッチ商会の小番頭のおっさんと、パッセロ商店に来た破落戸達である。

「貴様どうしてここに!」

 おっさんが声を荒げるが、それはこっちのセリフである。

「どうしてと言われても、あんなガバガバの尾行に気付かないわけねーだろ」


 会食の帰りに後を付けられてるのは気づいていた。何かして来たら返り討ちにしてやろうと、人通りの少ない道を選んだが、付いて来るだけで手を出して来なかった。結局付いてきている気配は、俺がオルロ邸の門をくぐるまで感じられた。

 見張られてるのに気づいたので、玄関から入らず裏口方向へ回り、そこで隠密スキルを発動して気配を消して屋根へと上がった。

 尾行していた者は素人っぽかったので、これでおそらく俺が裏口からオルロ宅へ入ったように見えただろう。幸いにその時間まだ誰か起きていたようで、一階の明かりが灯っていた。

 俺を尾行していた者が帰っていくのを屋根の上から見ながら、暫くそこから周りを警戒する事にした。背格好からして、俺を尾行していたのは、小番頭のおっさんだろう。


「で、頭は冷えたかい? 家屋への放火は死者の有無にかかわらず火あぶりだぜ? 未遂でも悪質なら鉱山労働レベルなの知らないわけないだろう?」

 鑑定をしていないのでわからないが、こんな時間にこそこそと箱を持って、人の家の周りをうろうろするのは、放火しか考えられない。そしてその箱の中身は火薬だと思われる。俺が水をぶちまけたので使い物にならないと思うけど。

 おそらく、火事に見せかけて害すつもりだったのだろう。浅はかすぎるというか、無関係の人を巻き込む行為に心底腹が立つ。

 何かして来るとは思っていたが、まさか他人を巻き込む放火とは思わなかった。収納の中に水入れといてよかった。


 この国では人のいる家屋への放火の罪は非常に重い。特に夜間などの殺意を込められた放火は、死人が出なくても火あぶりの刑が待っている。

 放火は、放火にあった建物にいた者だけではなく、その周囲にいる者の命の危険すらあるからだ。そして、人が中にいる可能性のある家屋への放火による火事の被害を考慮すれば非常に重い罪となる。


「くそ!」

「逃げ……ぐひゃっ!」

 破落戸達が持っていた箱を捨てて逃げようと踵を返したので、身体強化スキルを発動しつつ塀の上からそのまま、破落戸の一人の背中に飛び蹴りを入れた。コイツはこれで暫く動けないだろう。

 そして、逃げるもう一人の破落戸の足にめがけて、いつぞや取って来たマンイーターモスの幼虫の糸を投げつけた。

「へぎゃっ!」

 粘着性のある糸が足に絡まった男は、そのまま頭から地面にスライディングしながら倒れた。


「さて、次はアンタだ。ゆっくり腹を割ってお話しをしようか」

 糸が絡まって倒れた男を片足で踏みつけて動きを封じた後、収納からクレージーアンヘルから作った自白ポーションを取り出して、威圧をしながらフォルトビッチ商会の小番頭に言った。

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