第81話◆頭と尻尾
オルタ辺境伯の使者ことドリーとの会食は、高級そうなレストランの個室で行われる予定だ。
本当だったら俺とドリーとレオンの三人の予定だったらしいが、ドリーと一緒にやって来たアベルも加わって四人になった。
ドリーは普段王都の冒険者ギルドで活動していて、今回の事で転移魔法陣でオルタ・クルイローまで飛んで、そこから馬でソーリスに来る予定だったが、会食にひっぱり込むことでアベルを足に使ったらしい。
予約の人数を突然変えたら、レストランの人も困るでしょ!? って思ったが前日には連絡いれてたらしい。前日でも大変だったんじゃないだろうか。
そんな面子だから、ドリー的には気楽な食事会のつもりだったらしい。
俺は全くそんな話聞いてなかったので、上位のお貴族様の使者と会食だと思って、めちゃくちゃ緊張してたよ。
見知った顔四人で気楽なお食事会になるはずが、昼間のおっさんのせいでそうもいかなくなった。
そして、レストランの個室に入り、その食事会が始まる前の時間、俺達の座るテーブルの前で、おっさんが三人、立ったまま頭を下げている。
うち二人は恰幅のいいおっさん、着ている物も上等な物だとわかる。ただちょっと派手であまり俺の趣味ではない。もう一人は、他の二人のおっさんに比べて貧相な体型のおっさん――今まで何度か顔を合わせたフォルトビッチ商会のおっさんである。どうやら小番頭という立場だったらしい。
恰幅のいいおっさん二人は会頭と副会頭らしい。
俺はアベルやドリーが貴族と知っていても、本人たちの了承もあって普通に接しているが、この国では貴族と平民の身分差は絶対だ。
三人のおっさん達が頭を下げたままなのもその為だ。
この場を仕切っているドリーが、未だに発言どころか頭を上げる事すら許していないからだ。
「さて、後援している商売の場で騒ぎを起こしてくれたようだが、その件に関して言いたい事があれば聞こう」
冒険者としてのドリーの威圧は、正面から受けると俺でも余裕で怯むが、貴族としてのドリーの威圧も別の意味で恐ろしい圧を放っている。上位の貴族こえぇ。
「当商会からは何も申し開きする事はございません。つきましては謝罪を……」
おっさん達は発言は許されたが、頭を上げる事は許されていないので、未だ頭を下げたままだ。
「謝罪は必要ない」
うわぁ。
謝罪は必要ない。
それは謝らなくていいという意味だ。しかしそれは許したという意味ではなく、謝罪の機会を与えない――つまり許さないという事だ。
えげつない。
「グラン、レオン、お前達はどうしたい?」
え? 俺に振るの!? この雰囲気でやめて?
「俺としては、俺と俺の関係者にこれ以上関わらないと言うのならそれでいい」
「そうねぇ、営業妨害はされたけど、人の少ない時間帯だったし、あれくらいで評判が落ちるような商売はしてないわ。金輪際、うちとうちの関係する所に関わらなければそれでいいわ」
俺は場の空気の飲まれないにように答えるのが精いっぱいなのだが、レオンはいつものレオンだった。オネェ強すぎでは!?
というかこの場もやっぱりドレスなんだ。昼間に来ていたロリータ系のワンピースとは雰囲気の違う、イブニングドレスを着ている。
そしてレオンも地味にエグい事を言っている気がするが、商人のことはよくわからないので聞かなかった事にしよう。
「なるほど。グランもレオンも特に謝罪も賠償もいらないと言うのだな?」
「ああ」
「ええ、必要ないわ」
迷惑料ならこないだ巻き上げたし、今日のポラール商会での騒動はフォルトビッチ商会の評判をかなり下げるだろう。
何せ、服飾装飾店という女性客が多い商会の小番頭が、よその店の女性店員に掴みかかったのだ。女性からの評判は悪くなるのは当然だ。
襲撃やら誘拐未遂はあったが被害はゼロだったし、これ以上手を出してこないなら賠償には興味はないし、許すつもりもないから謝罪もいらない。法に触れた行いに関しては、関わった奴全員然るべき場所で、きっちりと裁きを受けさせたい。
「当事者がそう言うのなら、こちらも本日の件に関してはこれ以上は追及しない、賠償も必要ない」
「寛容な配慮感謝いたします」
頭を下げたままのフォルトビッチ商会の会頭が、更に深く頭を下げた。
不意にその横から強い視線を感じた。
小番頭のおっさんが頭を下げたままこちらを睨んでおり、バッチリと目があった。
その目には不満がありありと浮かんでいた。
「わ、私は悪くない! その詐欺師に騙されて粗悪品をぼったくりで買わされたんだ!! ポラール商会での件も私はそいつに嵌められたんだ!! そいつは詐欺師だ!!」
小番頭のおっさんが、ガバリと頭を上げて俺を指差して叫んだ。
うわぁ……、折角話まとまりかけてたのに、何なのこのおっさん、というか、このおっさんある意味すげー根性だな。
「俺はお前に面を上げる事を許した覚えはないが? まぁいいだろう、それでグラン、この男はこう言っているが、どうなんだ?」
やばい、ドリーとアベルにはこのおっさんから金貨十枚巻き上げた事を話してなかった。
「昼にも言ったけど、俺は売らなくていいと言ったのを、アンタが全部買うって言ったんじゃないか。ポラール商会で今日から新製品を売る事は、契約上の秘密で言えなかっただけだ」
「しかしあの値段はおかしいだろう!」
「売りたくないから高い値段を提示しただけだ。それに迷惑料だと思えば安いだろう」
「なっ!? さきほど賠償はいらないと言ったではないが」
「ああ、言ったよ。迷惑料はすでに貰ったからな」
めんどくさくなって、言葉も荒くなってくるがもう気にしない。
どちらかというと、ドリーの視線のほうが気になる。ドリーの説教はアベルの説教とは別の意味でめんどくさい。
「アンタがやった事を全部挙げたら、あの程度の金額の賠償じゃすまないだろ」
「ぐ……」
やましい事は俺以上にたくさんあるだろう。おっさんが言葉に詰まる。
「話がついたなら、もう下がっていい」
「しかし……」
小番頭のおっさんがまだ食い下がろうとしたが、副会頭が小番頭のおっさんの頭を無理やり抑えて下げさせ「失礼いたしました」と言って、引きずるようにして部屋から出て行った。
「部下が大変失礼をいたしました」
「もういい、それで今回の件、商会としてはどこまで関わっていた?」
小番頭と副会頭が部屋から出て行き、残された会頭にドリーが尋ねた。
「今回の件は小番頭が独断で行った事ですが、それを御せなかったのは会頭である私の落ち度でございます」
「ほう、では今回の事は全て、部下の独断だったと? 聞いた話によると今日の件以外にもまだあるようだが、全く関与していないと?」
ドリーの声は淡々としている。
「はい。恥ずかしながら、全く把握しておりませんでした。部下から詳細を聞き取り次第、法に触れる行為があったならば速やかに出頭させ、商会としても今回の件にお咎めがある場合、受け入れるつもりでございます」
そう言って、深々と頭を下げるフォルトビッチ商会の会頭は、いかにも商会の経営者と言った感じだ。
その恰幅のいい容姿も合わせて"狸"という言葉を思い出した。
「ねえ、会頭さん、本当に部下の独断?」
それまで黙って話を聞いていたアベルが突然口を開いた。
「は、はい」
「そう、じゃあ会頭さん、本当の事だけ教えてくれる?」
「アベル、お前は黙ってろ」
「ええー」
「お前が入って来ると、めんどくさくなるから黙ってろ」
「仕方ないな。じゃあドリーが後腐れないようにしっかりやってよね」
アベルがフォルトビッチ商会の会頭に何か聞こうとしていたが、ドリーが遮ってそのままアベルは再び静観の構えになった。
あのマイペース男をあっさり引き下がらせるドリーはさすがである。
「で、今回の件は商会ではなく小番頭の独断だったというのだな?」
「はい」
「わかった。では当事者も今後、関りを持たないならそれでいいと言っているので、今日の件はここまでにする」
「はい、感謝いたします」
「それ以外の件に関しては追って沙汰がある。それまで飼い犬が外で粗相をしないように、確りと繋いでおくように。万が一、次があれば、容赦はしない、いいな?」
「はっ、心しておきます」
「そうか、わかった。下がっていい」
結局フォルトビッチ商会の会頭は、一度も頭を上げる事を許されず、そのまま退室していった。
思えばずっとあの体勢って、結構しんどそうだよな。
貴族相手には絶対やらかさないようにしよう。
「おい、グランお前俺に話してないことあるな? "迷惑料"ってなんだ? 正直に言え」
げぇー、やっぱそれスルーしてくれないの? あんなの、簡単に口車に乗せられたおっさんが悪いんじゃん。法に触れる事は何もしていない。
「アベルもだ。お前さっき契約魔法掛けようとしただろう?」
「んー? なんのことー?」
すっとぼけてるけど、アベルは何やってんだ。
「このクソガキどもが!」
冒険者になったばっかの頃、よくアベルとつるんでやらかして、ドリーにくっそ痛いゲンコツ貰いまくったようなぁ。
ドリーの今の顔まさにその時の、説教する時の顔だ。
この後、小番頭のおっさんから金貨十枚ほど巻き上げた事をドリーに話す羽目になり、ゲンコツはなかったが、デコピンはされた。地味に痛い。
アベルはアベルで、会話の流れでフォルトビッチ商会の会頭にこっそり契約魔法を掛けようとして、それにドリーが気づいて止めたようだ。
そしてアベルは、めちゃくちゃ痛そうなゲンコツを貰っていた。
そして、やっと頭が出て来たが、やはり尻尾を切るつもりのようだ。
だが、てめぇも逃がさねぇ。
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