第80話◆辺境からの使者
結局、午後からもゴスロリ調のエプロン付のワンピースで過ごす事になったよね。解せぬ。
奥様やお嬢さん達に混ざって、キャッキャウフフするのは楽しかったけど、なんだか納得いかない。
夕方が近くなると、夕飯の支度がある女性達は家へと帰るので、マニキュアの販売ターゲットとなる女性達の姿は疎らになる。
午後になってからも盛況だったマニキュアコーナーも、人が引いて閑散としてきていた。
途中めんどくさいおっさんが来たけど、ソーリスでの初売りは順調だった。
「そろそろ着替えて来ていい?」
今日はこの後予定があるので、いつまでもこの格好でいるわけにはいかない。
というか、今日はずっとこの格好だったので、なんとなく口調が女性っぽくなってしまっている気がする。
黒歴史なんて前世だけで十分なのに、今世でも黒歴史が出来てしまった。
この今世最大の黒歴史を、知り合いに見られるわけにはいかない。
キルシェとレオンとポラール商会の人は、もうしょうがないよね。ポラール商会の人の視線がすごく生暖かったよ。辛い。
はー、さっさと着替えて来よう。
今日はこの後、オルタ辺境伯からの使者と会食の予定が入っている。
ポラール商会でバーソルト商会の商品を取り扱うにあたって、王都からソーリスまでマニキュアを運送する為に、オルタ辺境伯領の主都オルタ・クルイローの転移魔法陣を定期的に使わせて貰う事になっている。
その繋がりで、オルタ・クルイローにネイルサロンを出す話も進んでいて、その件の話し合いも兼ねている。
その辺の交渉はアベルとバーソルト商会がやってくれたのだが、先方が一度製作者と会いたいとかで、今夜の会食の場が設けられた。この話は、つい二、三日前にアベルから聞かされた為、詳しい事はほとんど聞いてない。
貴族は苦手なのだけど、転移魔法陣の件もあるし、初売りに合わせてソーリスまでオルタ辺境伯の代理の使者が来ると言うので、断るわけにもいかず今夜の会食となった。
はー、気が重い。
その会食には、俺とレオンで出席する事になっている。
公な場ではないし、ラフな格好で気負わなくていいと言われているのだが、相手は辺境伯という上位の貴族の使者だ、緊張しないわけがない。
辺境伯なんて、上から数えた方が早い爵位だよ? そんな偉い人の使者と、ぺーぺーの平民の俺が会食なんてして大丈夫なの? マナーなんてさっぱりだよ!! 今世の事だから前世の記憶では何ともならないから困る。
どうしよう、フォークとナイフいっぱいあったら、外側から使えばいいんだっけ? いや、でもそれは前世の記憶にあるマナーだし、今世も同じとは限らない。
あー、もうアベルに聞いとくべきだった。
最近アベルは忙しくしていて、うちには戻ってこない日もあったり、戻って来ても夜遅い時間だったりすることが多くて、ゆっくり話す時間があまりなかった。
アベルが忙しかったの多分俺のせいだよね? 落ち着いたらちゃんとお礼を言わないとな。
なんてことを思いながら売り場から離れようとした時、店の中に入って来た神々しいまでのイケメンと目が合った。
「…………」
「…………」
どうして、アベルがいるんですかーーーー!!!!
暫く忙しいから、ソーリスの件は俺に任せるって、言ってたじゃないですかああ!!!
これ、気づいてるよな? アベルの肩がプルプル震えてるし、絶対笑うの我慢してるよな。
いや、今なら完璧な女装中だし、声もタイヨウダケのポーションの効果で変わってるし、シラを切り通せるかもしれない。
「い、いらっしゃいませ~?」
引き攣る笑顔で、何とか声を出した。
「ぷっ! あっはははははははははは! グラン何やってるの? 声まで変えてしかもその胸、いつか露店で売ってたネックレス? あははははははははは!! 似合いすぎ!! 面白すぎて息できない」
ダメだ、やっぱりバレてた。
「え? グラン? 久しぶり……ぶはっ!!」
なっ!? どどどどどどどうしてえええええ!?!?
アベルの後から店に入って来た黒髪の大男が、俺を見るなり吹き出した。
俺はその大男をよく知っている。
俺が王都を出る前、最後に組んだパーティーのリーダーの大剣使いの男――ドリー。
どうしてドリーまでここにいるんですかーーーー!?!?
「どうして、グランはあんな恰好してたの?」
「うるせぇ、聞くな」
「まぁ、だいたいレオンの仕業だと思うけど、それに付き合うグランもグランだよね。あー、可笑し」
くっ、反論できねぇ。
「そんな事よりどうしてアベルとドリーがソーリスにいるんだ?」
無駄にかわいいゴスロリ系のワンピースから、今夜の会食に行く為の小綺麗なスーツに着替えて、ドサリと音を立てて椅子に座った。
今世最大の黒歴史をアベルとドリーに盛大に見られてしまった後、バーソルト商会が控室用に借りているポラール商会の一室に、三人で集まっていた。
「ん? 俺か? 何言ってんだ、今日はこの後グラン達と飯食いに行く約束じゃねーか」
「は?」
俺はこの後、辺境伯様の使者とかいう人と会食なんだけど?
「俺は漸く時間出来たから、ついて来ちゃった」
ついて来ちゃった、じゃねーよ。
「俺は今日はこの後、辺境伯様の使者って人との会食の予定入ってるから無理だよ」
「オルタ辺境伯の使者なら俺だけど?」
「はい?」
黒髪黒目の熊みたいな大男が、きょとんとした表情で自分を指差しながら言った。
って、ちょっと待て、辺境伯様からの使者がドリー!?
「アベルから聞いてなかったのか?」
「アベル? っていうかなんでドリーが辺境伯様の使者なんだ?」
全く状況が掴めなくて、アベルの方を見るとアベルが悪びれる様子もなくサラリと言った。
「最近忙しくて、グランとゆっくり話せなかったから、会食がある事しか伝えてなかった」
そこはちゃんと伝えてくれよ!!
男のくせにちょっとあざとい仕草で、コテンと首を傾げながら、アベルが更なる爆弾発言をした。
「ドリーはオルタ辺境伯の弟だよ」
「は? はあああああああああああああああああ!?」
「お前らつるんでる事が多かったから、アベルから聞いてるもんだと思ってたよ」
「ドリーも冒険者としてグランと付き合ってるし、余計な事言わないほうがいいかなって?」
俺にとっては衝撃の事実を知らされた驚きから立ち直るまでには、暫く時間がかかった。
アベルさん、そこは教えといて欲しかったよ。
辺境伯ってあれだろ? 国境を守る軍事の要で、地位的には上から数えた方が早い爵位だろ?
国境の守護を任されてるから、独自で軍を有する権限を持ってるとかそんなんだったよな?
そんなめっちゃすごいお貴族様の関係者に、めちゃくちゃタメ口で話して、パーティーの誘いも蹴りまくってたよ!! やばくない!?
ドリーには冒険者になった頃から随分と面倒を見てもらって世話になった。
豪胆な人物で、人を惹きつける魅力と、Aランクの冒険者という高い実力、そして何よりパーティーリーダーとして、パーティーのメンバーを纏める能力が恐ろしく高かった。
今になって思えば、軍事に携わる辺境伯家の出身なら、それも全て納得がいく。
豪快で人当たりの良い性格と、その実力と面倒見の良さで、王都の冒険者ギルドでは多くの冒険者から慕われていた。
俺のように初心者の頃に、ドリーに冒険者としてのノウハウを教えてもらい、無事独り立ちした冒険者は少なくない。確かアベルも、冒険者になったばかりの頃は、ドリーの世話になったと言っていた。
見た目は熊のように大きく迫力があるが、話してみれば非常に話しやすく気さくな人物で、とても貴族のように見えなかった。
まさか、辺境伯なんて言う上位の貴族の関係者だったなんで、思いもよらなかった。
「全く、聞いてませんでした。申し訳ありません」
ガバっと頭を下げて謝った。
アベルとは付き合いは長く、冒険者の時は平民だと本人が言ってるのもあって気安い関係だが、この国では平民と貴族の身分差は絶対だ。
辺境伯様の関係者なんて、平民の俺から見たら雲の上の人物だよ!!
「頭を上げてくれ。畏まらないで、今まで通りでいいぞ。俺もあえて、話してもなかったしな」
ドリーに言われて頭を上げた。そういう重要情報はちゃんと話しといてよ!!
「王都のギルドだと知ってる人は知ってる話だったけど、グランは全く他人の噂話とか興味なかったからねぇ」
そーだよ、他人の個人情報とか噂話にはめちゃくちゃ疎かったよ!!
「ドリアングルム・オックス・サンドリエ・オルタだ。改めてよろしく頼む。俺の事は今まで通りドリーと呼んでくれ。敬称も敬語も不要だ」
ドリーが右手で握手を求めて来たので、少しビビりながらその手を握り返した。
「改めて……よろしく」
ホントにタメ口でいいのかビクビクする。ほら、お貴族様特有の言い回しとかマナーとか全然しらないし。
恐る恐るドリーの手を握り返すと、ドリーはニカッっと人好きのする笑いを浮かべた。
「グランに畏まられたら泣きたくなるからな」
「お、おう」
まだ少しびびってはいるけど、ドリーがそう言うのなら今まで通りでいいのかなと、納得する事にした。
「ところでよぉ、今日はグランとゆっくり飯を食うつもりだったのに、昼間に一悶着あったんだって?」
少し和やかな空気になりかけたところで、ドリーが真顔になった。
「あー、もしかしてフォルトビッチ商会の事聞いてる?」
「ああ、実は昨日の夜にはこっちに到着してて、アベルと同じ宿に泊まってた。昼過ぎにバーソルト商会の使いが来て、だいたいの話は聞いた。まさかグランが、あんなことになってるとは思わなかったが……ぷっ」
思い出し笑いやめろ!!
ていうか、レオンもドリーの事知ってたってことか? もしかして、何もしらなかったの俺だけ!?
「ホント、めんどくさい商会だよね。潰しちゃおっか?」
その潰しちゃおっかは、物理的な話じゃないよな?
「アベルは落ち着け。今日はオルタ辺境伯の使者としてグランと会う予定で、俺達だけなら気楽に飯食って状況確認して終わりの予定だったんだ。だが、何やらうるさい小物がうろちょろしてるみたいだから、飼い主に少し文句を言っといた。この辺りでのバーソルト商会の事業は、オルタ辺境伯も一枚噛んでるからな」
あー、なるほど。
この辺り一帯を治めているソートレル子爵は、オルタ辺境伯の寄子である。
そのソートレル子爵領の領都に、寄親であるオルタ辺境伯がバックアップしている商会が進出してきた。
その初売りの場に来て、そこの売り子を詐欺師呼ばわりして掴みかかり、大騒ぎをして帰れば、立派な営業妨害だしオルタ辺境伯の顔に泥を塗るようなもんである。
まぁ、ちょっとズルい事をしたのは否定はしないけど。
で、ソーリスのあるソートレル子爵領の領主を飛び越して、その寄親であるオルタ辺境伯の使者が、フォルトビッチ商会に苦情を入れたわけだ。
どこからがあのおっさんの独断で、どこまでが商会ぐるみかは知らないけど、辺境伯なんて大貴族から苦情入れられたら、流石に手を引かざるを得ないよなぁ。
「というわけだから、今日の会食の場に、フォルトビッチ商会の会頭と副会頭が顔を出す」
「ご飯まずくなるからやめて欲しいよね」
全く以ってアベルの言う通りである。
「まぁ、そう言うな。謝りに来るだけだから、一緒に食事をするわけじゃない。釘を刺したらすぐ帰ってもらうさ」
辺境伯の弟が平民に刺す釘なんてもう、釘どころじゃなくてグングニルじゃないか。
グングニルとは伝説上のすごぉーーい槍の事である。
それにしても、やっとフォルトビッチ商会のトップの顔を拝めるな。
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