第79話◆嘘はついてない
ロベルト君はフォルトビッチ商会から、グラスグラスを原料とした強壮剤を購入しており、その使い道も把握されていた為、フォルトビッチ商会からのお願いを断れなかったそうだ。
お友達になったら、洗いざらい吐いてくれたよ。
そんなわけで、ロベルト君とお友達になったので、俺もロベルト君にお願いする事にしたんだ。
『近いうちに暫くピエモンから離れる予定だから、パッセロ商店で俺のマニキュアを売るのは来週が最後になるので、その時在庫を全部売りに出す』
と、フォルトビッチ商会に伝えるようにお願いしたんだ。
俺のお願い聞いてくれたら、パッセロさんの所に謝罪行く時と自首する時は一緒に行くよ、と言ったら快く引き受けてくれたよ。
いや~、おっさんまんまと釣れたよね。マジでフィッシング。
まぁ、ロベルト君はちょっとは反省したみたいで、謝って自首する気あるようだし、フォルトビッチ商会の件片付いたらゆっくりお話ししようかな?
そういえば、ロベルト君の実家ソーリスなんだって、聞いたら快く教えてくれたよ。もしピエモンで会えなかったら、ソーリス行く時に会いに行っちゃおうかな?
「これは、爪に塗るポーションなのか?」
フォルトビッチ商会のおっさんが、奥様方やお嬢様方が集まっている、マニキュアコーナーまでやって来て俺に声を掛けた。
このおっさん、俺に気付いてないな? 気づいてたらもっと騒いでそうだし。
まぁ、この格好だから気づかなくて当然か。ぱっと見、綺麗なおねーさんだし?
「そうですよ、おひとつ大銀貨二枚ですけど、奥様にいかがですか?」
女装のおかげもあって開店後から奥様やお嬢様方に囲まれ、商品の説明をしながらキャッキャウフフの女子トークに紛れ込んでしまったせいで、すっかり女性向けの売り場に馴染んでしまっている。まさかこれも、器用貧乏のギフトのせいじゃないよね? てか変なスキルとか称号増えてないよね?
「ぐぬぬぬぬぬ……、在庫はたくさんあるのか?」
「たくさんありますよ? もし売り切れても、オルタ・クルイローにあるバーソルト商会の支店から、取り寄せれますからね? 今日売り切れても、数日後には入ってきますよ」
市場に安定して供給されるなら、転売する意味はない。供給が遅く市場に出る数が少なければ、自らが人気のある商品を買い占めて、市場から商品を消してしまえば値段は吊り上げ放題だが、供給が間に合っているのならそれは出来ない。
バーソルト商会と提携しているポーション屋や、ガラス工房が超頑張ってくれたのと、何だか悪い笑顔のティグリスさんが、オルタ・クルイローの支店に多めにマニキュアを回してくれたのだ。商人怖い。
オルタ・クルイローは、ピエモンやソーリスのあるソートレル子爵領の隣のオルタ辺境伯領の領都で、ユーラティア王国東部では最も栄えてる部類の巨大地方都市だ。
ソーリスからは馬車で二、三日はかかる。整備された街道でソーリスと繋がっているが、途中に山越えがあるので少し時間がかかり、天候によってもかかる時間が大幅に変わる。
「王都では人気があって品薄と聞いていたのに……いやそんなことより、バーソルト商会から取り寄せてるだと!? いつの間にバーソルト商会とポラール商会が……」
そりゃー王都は人が多いから、供給が多くても需要もその分多い。それにこちらまでの距離を考えれば噂にタイムラグがあるのは当たり前だ。
ポラール商会でマニキュア売るって話に関しては、内密に進めて初売りの宣伝すらしてなかったし。当日まで情報を隠蔽してたのは、フォルトビッチ商会に知られない為だ。
まぁ、ポラール商会とバーソルト商会繋いだのは俺だけどな。ソーリスのポラール商会にガッツリ売ってもらえば、買い占めによる価格操作は潰せるし。
ちなみに王都ではマニキュアは化粧品コーナーの定番入りをして、ネイルアートの方も順調にお客さんを掴んでいるらしい。
おかげで、俺の不労所得が増えて嬉しい。
「どうして、こんな遠くの地方都市にバーソルト商会が乗り出して来たのだ……」
買い占め価格操作はもう無理だとそろそろ理解できたかな? 俺と気づかれる前に飼い主の所に帰ってもらおう……と思い始めた時。
「グランさーん、お客さん落ち着いたし、そろそろお昼休憩まわしましょー?」
おまっ!?
ひどいタイミングで、キルシェが売り場にやって来た。というか、今その名前呼ぶのやめて?
グランってどう聞いても男の名前だし? しまった源氏名くらい決めておけばよかったな。
「あっ!」
キルシェがフォルトビッチ商会のおっさんに気付いて、声を上げた。
ちょっと、キルシェちゃん? 商人ならそこはポーカーフェイスで気付かないふりして?
「お前、どこかで……はっ!! ピエモンの町の……どうしてここに!? 確かポラール商会はピエモンの商店の親戚……まさか!!」
あー、気づかれちゃったよ。キルシェと会ったのは二回くらいだと思うのに、よく覚えてたな。その辺りはさすが商人と言ったとこなのか。
「グランさん!」
キルシェがささっと俺の後ろに隠れた。もう、手遅れかな?
てか、今はその名前で呼ばないで!!
「グラン……?」
俺、確かこのおっさんに名乗ってないよな? ならバレないかー。
おっさんとバッチリと目があったので、あざとさ重視でコテンと首を傾げてみた。
「何か?」
「お前はーーーー!!」
思いっきり指を差されて叫ばれた。あ、やっぱバレた?
人を指差すのは失礼だってならってないのかな? というか他所の店で騒ぐと迷惑だろ?
「あ、どうも」
おっさんの顔が怒りでみるみる赤くなり、肩がプルプルと震えている。
「女だと!? どういうことだ! って、そんな事より、貴様! 知っていて、昨日あの値段で私に売ったのか!? しかも、こちらの方がどう見ても良い物ではないか」
いや、ホントは男だし、そこ気にして欲しいとこなんだけど、この格好なら仕方ないよなぁ。
「フッフッフッ……バレちゃあ仕方ない」
「グランさんそれじゃあ、悪役ですよ」
キルシェは冷静だな! その冷静さ一分前に発揮して欲しかったよ。
「貴様騙したな!! この詐欺師が!! 金を返せ!!」
おっさんが叫びながら掴みかかって来た。避ける事は出来たが、あえて避けずにそのままおっさんに腕を掴まれた。
おいおい、お客さんがいる売り場で、人を詐欺師呼ばわりして、掴みかかって来るのはやめて欲しいなぁ。
「騙してはないよ。買いたいと言ったのはアンタだし、私は売らなくてもいいと言った。バーソルト商会との契約上、今日の話はできなかったからね。わざと黙っていたわけではない、話す事が出来なかっただけだよ」
俺の腕を掴んで怒鳴り散らすおっさんに、性別のわかりにくい口調で答える。この際だから利用出来る物は利用してやる。
今日の初売りを当日まで伏せておくのは、バーソルト商会とポラール商会の契約が結ばれた時から、決まっていた事だ。
「しかし、ではあの値段はどういうことだ!?」
「売る気がない物に高い値段を付けるのはよくある話だろう? それを買うと言ったのはアンタだよ。それにアレは売れなくても、他で使う予定もあったしね」
屁理屈に近いが間違った事は言ってない。俺は嘘はついてない。
旧作の売れ残りは、ネイルアートの模様を描く用に使っても良かった。売り物にしないなら容器に拘る必要はないし、模様を描くのに使うだけなら、魔石の破片が入ってると逆に使いにくい。
「ちょっと、おじさぁん? 営業妨害やめてくれなぁい? ていうか、うちの子に掴みかかって何なの?」
近くで接客していたが、昼時で客が切れて手の空いたレオンがこっちにやって来た。
そして今の状況は、傍からみるとおっさんが大声を上げながら、女性店員に掴みかかっている構図である。売り場にいるお客さんもヒソヒソ話しながらこっちを見てるなぁ。
レオンに無理やりさせられた女装が、こんな所で無駄に効果を発揮するとは思わなかった。なんというか、不幸な事故感すごい。
「ヒッ!? 何だお前は!?」
突然出て来たレオンに、フォルトビッチ商会のおっさんが、俺の腕から手を放して後ずさった。正しい反応だと思う。
だが、さっきからすぐ近くで奥様達の相手してて結構目立ってたと思うけど、この筋肉オネェの存在に気付いてなかったのか!?
レオンは、冒険者の俺より背も高く、筋肉質だ。あんなヒラヒラのメルヘンチックなワンピースを着てなければ、冒険者と言っても疑わないくらいに、とても良い体格をしている。横に立ってると俺がちっこくみえる。
多分この世界の"ゴリラ"という名の筋肉の妖精は、こんな感じなんだろう。
で、そんなゴリラみたいな筋肉ムッキムキの超絶マッチョ男が、メルヘンチックなフリル地獄ワンピースを着てると、フリルでボリュームアップしてかなり圧迫感がある。オネェ最強キャラ説ある。
「あたしは、バーソルト商会本店の美容部門の責任者よ? 今日は本店から、こちらに手伝いに来てるんだけど、営業妨害かしら? アナタ、フォルトビッチ商会の小番頭さんでしょ? 邪魔するなら、バーソルト商会として正式にフォルトビッチ商会に抗議にいくわよ?」
ニコォというかニタァっと笑う筋肉オネェの迫力やべぇ。
というか、レオンはこのおっさんのこと知ってるんだ。
「これから、乗り込む先の商会の情報集めとくなんて、当たり前よぉ?」
俺の疑問を察したのか、レオンがこちらを見て、バチンとウィンクをした。疑問に答えてくれたのはありがたいが、そのウィンクはいらない。
「しかし、王都の商会が何でいきなり、こんな地方都市に」
「王都とオルタ・クルイローは転移魔法陣で繋がってるから、転移魔法陣経由ならそんなに遠くないのよ? それにオルタ・クルイローにはバーソルト商会の支店もあるでしょ、だからこの機会にちょっと取引先を増やしただけよ?」
「転移魔法陣でオルタ・クルイロー経由で来たと言うのか!? 転移魔法陣を利用するなど、どれだけ輸送に金を掛けているのだ」
「あら? 商売は時間がお金になるのよ? 稼げる時に稼げる場所に行く。そして競合者より先に市場を押さえる。当たり前の事でしょ? まぁ、今回は相手がお粗末すぎて、競合にすらなり得ない相手だったけどぉ?」
うわぁ、このオネェ煽っていくなぁ。ていうか俺の出る幕がなくなった。
「それに、オルタ辺境伯様には懇意にしてもらってるから、マニキュアの輸送に関しては優先的に転移魔法陣使わせてもらえる事になったのよねー」
辺境伯様にまで売り込み済みなのは聞いていたが、便宜まで図ってもらっていたのか。王都随一の商会こえええ。
「オルタ辺境伯のお墨付きだと!?」
「ええ、辺境伯様の奥様とか、お姉様とか妹様もすでにご購入していただいて、気に入っていただいてるわ。そうそう、ソートレル子爵様にも先日ご挨拶したのよ。とーっても気に入っていただけたわ」
ソーリスから近場の貴族様の元には、既に新製品が届いてるという事をレオンが仄めかした。
つまり、貴族様に高額で売る道はすでに潰されているということだ。そして、この近辺で裕福層が集中している大きな地方都市のソーリスとオルタ・クルイローはすでにバーソルト商会が押さえている。
つまり、高額で販売しようと思えばソーリスからは離れた場所まで行かないといけなくなる。
そしてたぶんバーソルト商会の支店や、取引先のある町はほぼバーソルト商会が押さえてるんだろうな。はー、商人怖い。
うん、俺から旧製品をぼったで売りつけられて、更に遠くまで売りに行く経費考えると、相当高額にしないと元は取れない。しかも、俺にちょっかい出す為に人まで雇っているんだ、結構な額の金を使ってそうだ。
しかしもうここまでくると、さっさと損切りしてしまった方が労力がかからない分、損失は少なそうだ。
フォルトビッチのおっさんボッコボコだな。まぁ、キルシェを巻き込んだから同情なんかしないけどな。
でもめんどくさいから、そろそろお引き取り願おう。
「ところでおじさん、こないださ、うちの取引先の子が誘拐されかけたんだけど、その時に使われた馬車がピエモンの商業ギルドの物だったんだよねぇ」
首を傾げるとおっさんの肩がわかり易く揺れた。わかり易過ぎるだろ。
「それでさ、その馬車借りた人の商業ギルドのカードさ、アンタのとこの商会の取引先の人だったんだよね。昨日ちょっとその人とお話しして来たんだけど?」
ロベルト君がその人の情報もくれたからね、ソーリスに来たついでにちょっと会って来たんだ。いやー、ロベルト君いい仕事するね!
その人、フォルトビッチ商会の下請けらしくて、取引を盾に商業ギルドのカードを貸す事になったらしい。まさか、犯罪に使われるとは思ってもなかったそうだ。
ギルドカードは貸す事も、借りる事もアウトだからね。無理やり貸す事になった人は不運だとしか言いようがないけど、商業ギルドにばれるとどっちもペナルティあるんじゃないかな?
でもその人、商業ギルドのペナルティより、犯罪の片棒担いだ事にされる方が困るから、いざとなったら証言してくれるって。
「あ、まだその話は商業ギルドには話してないけど、どうする?」
ニッコリと営業スマイルで聞いてみてみた。
「く、くそ! おぼえてろ!」
おっさんはわかり易い捨て台詞を吐いて、ドスドスと足音を立てながら店から出て行った。
売り場のお客さん達はその様子を見て、ヒソヒソと話している。
うちも初売りに水を差される形になったが、それをやったフォルトビッチ商会のイメージは決して良くはないだろうな。
「で、グランちゃんあれどうするの? あの様子だと反省してなさそうだけど?」
隣でレオンが頬に手をあてて首を傾げてるけど、ゴリラオネェがやっても可愛くないというか、怖い。
でもまぁ、あと二人締めておかないといけない奴がいるし、ソーリスにいるうちにお片付けに行かないといけないな。
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