第78話◆毒には毒を

 開店後暫くしたくらいから、奥様ネットワークやキルシェ達の宣伝のおかげで、マニキュア目的の女性方がやって来てくれるようになって、ちょっとお高いけど順調に売れていた。さすが商人の奥様ネットワーク、お金持ちの奥様達がすでに王都でのマニキュアの噂も耳にしている人もいた。そっちはきっと、アベルとティグリスさんががんばったのだろう。


 ソーリスの若奥様方に囲まれて商品の説明をしながら、奥様トークに参加しているうちにだんだん楽しくなってきて、最初はやけくそだったはずなのに、わりとノリノリで女装プレイを楽しんでいた。これがハイってやつか!!

 多分俺が男だって気づかれてない!! というか気づかれてたらすげーつらい、確実に今世最大級の黒歴史になる。

 


 そんなわけでゴスロリ系おねーさんを演じながら接客をしていたのだが、開店からかなり時間が経った昼前にあのおっさんが現れた。

 うわぁ、テンションさがるぅ~。


「こ、これはどういうことだ!?」


 店頭のマニキュアコーナーで、お店に来た奥様やお嬢様方を相手に、マニキュアを売りつつ希望があれば実際にその場で塗っていると、見覚えのあるおっさんが大声を出しながら店に入って来た。

 おっさん、商人だよなぁ? そんなんでいいのか!?


 まぁ、気持ちはわからなくもない。

 昨日俺が大銀貨五枚で売りつけた物より、見た目も質も良い物を、大銀貨二枚で売っている。しかも、俺がおっさんに売りつけた物より種類も多く、こちらは魔石を砕いて粉にした物が入っていてキラキラとしている。昨日おっさんに売りつけたのは、魔石の破片の入っていないやつだ。

 つまり、ポラール商会の店頭で売ってる物の、完全なる劣化版である。それを倍以上の値段で売りつけたのだ。

 我ながらひどいとは思うけど、ちょっと鬱陶しかったし、本人はすっとぼけてたけどキルシェを攫おうとした男達の飼い主だという事も、既に証拠を掴んでいる。



 どこで証拠掴んだかって? ピエモンの商業ギルドだよ。

 キルシェを攫おうとした男が使ってた馬車が商業ギルドの馬車だったのは、ピエモンの兵士さんが教えてくれたことだ。

 当日はまだ調査中だったことを、後日再びあの時の兵士さんに聞きに行った。

 後で知ったのだがあの兵士さん、役職持ちの人だったらしい。以前冒険者ギルドでランドタートルの件で揉めた兵士は、この人の部下だったらしく、それでその詫びも兼ねてこっそりと、調査中の話を教えてくれたのだ。


 今回の件に関しては、商業ギルドの職員が絡んでいた事で、商業ギルドはできるだけその不祥事を隠そうと、商業ギルド側はあくまで職員が誘拐犯に騙されたという体であまり情報を出そうとせず、調査は手詰まり状態になったらしい。

 未遂だった事もあって商業ギルド側はあまり協力的ではなく、おそらくその職員を切って終わらせるつもりではないかと、兵士さんは眉をひそめていた。

 それで、その兵士さんがここから先は内緒の話だがと、教えてくれたのはあの馬車が貸し出された経緯だ。


 あの馬車は、あの日とある商業ギルドの職員が貸し出しの手続きをしていた。貸し出し相手は、別の町の商業ギルドの会員で、返却予定は翌日だったそうだ。

 しかし、商業ギルドでの貸し出し手続きの現場の目撃証言が非常に曖昧で、手続きの事実はあっても、借主の姿を見た者が手続きをした職員しかわかってない状況だと言う。

 商業ギルドで馬車の貸し出し相手の目撃がないのは、その職員が別の町の商業ギルドの会員のカードで、書類だけ作成して馬車を持ち出したからではないかと、兵士さんは推測していた。


 そして、その手続きを行った職員は、俺も顔見知り程度に知ってる男だった。

 ――ロベルトという茶髪の男だ。


 人当たりの良さそうな雰囲気で真面目そうに見えるが、決して俺と目を合わせようとしない、どこかおどおどした男。

 パッセロ商店で何度か見かけたが、そんな印象だった。


 確たる証拠もないし、パッセロさんとその男がどういう関係なのかも俺はよく知らない。悪意なのか、善意なのか俺には判断しかねたので、一度は見逃した。



 だが、今回は違うよな?



 というわけで、ちょっとお話しに行ったんだ。

 いやー、商業ギルドって前世の俺もびっくりなくらいの、ブラック職場なんだな。


 彼――ロベルトが仕事を終えて、商業ギルドから出て来たのは、すっかり夜になってからだった。

 ピエモンみたいな小さな町は、夜の店の数が少ないから、日が暮れると営業している店はほとんどなくなり、人通りもかなり減るからな。こっそりお話するには丁度よかったよ。

 まさか、ちょっと声かけて肩叩いだだけで、腰抜かされるとは思わなかったけど。何で、そんなにびびってんの?

 あんまりびっくりして過呼吸になりかけてるし、果実水と一緒に呼吸を落ち着かせる作用のある薬草で作った飴をあげて、通行の邪魔にならない、路地裏まで移動して休ませてあげたよね。

 これでも一応冒険者だからね、ちゃんと水筒持ち歩いてるし? 柑橘類系の飲み物は、喉乾いてる時にすっきりしていいよね。

 その効果もあって過呼吸も落ち着いたみたいだから、単刀直入に聞いてみたんだ。


「アンタが馬車貸した相手って、フォルトビッチ商会の関係者かい?」

「そうだよ、断れなかったんだ」

 ロベルトはすぐに答えてくれた。そしてハッとした表情で口を両手で押えた。


 急いで作った試作品だったけど、思ったよりよく効いたみたい、自白剤。

 クレージーアンヘルって薬草は、呼吸を整える効果があって、過呼吸や咳止め薬の材料として有名だ。そして、それと同時にちょっと気分が高揚して、口が滑らかになる。つまり自白剤の材料でもある。ちなみに大量に摂取すると麻痺とか幻覚といった副作用も出て来るので、用量には注意しなければいけない。

 シュガーラゴラを食べさせたスライムちゃんのスライムゼリーと、クレージーアンヘルを材料にした、四角い飴型ポーションの試作品? 思ったより効果でたなぁ。自白剤というか自白ポーション?

 飴は固形物で文字彫れるので、クルに教えてもらった神代文字ならいけるかなって思って試したら、弱い鑑定阻害の付与ができた。

 ロベルトの鑑定スキルあんまり高くないようで、バレなくてよかった。それとも鑑定しなかったのかな? ま、どっちでもいいか。


「そうかい。じゃあその馬車を貸した相手が、キルシェを誘拐するつもりだったのは知ってたのかい?」

「それは知らなかった! ただ実際に借りる人とは別人のギルドカードで、馬車を借りたいって言われただけなんだ」

「へぇ……」

 ロベルトは口を押えるが、クレージーアンへルの自白ポーションはなかなかいい効果らしい。ポーションの効果でしゃべっているので、嘘ではないはずだ。

「じゃあ、もう一つ聞くよ? どうして、断れなかったんだ?」

「フォルトビッチ商会から……っ、グラスグラスを使った薬を買って……いたんだ、それで断れなかった……っ」

 ロベルトは口を押えながら、喋らないようにしようとしているが、魔力に対しての抵抗力を鍛えてない一般人には、ポーション級の効果のある自白剤に抗うのは不可能だ。

 一発くらい殴ってやりたいところだが、冒険者の俺が無抵抗の一般人を殴ると、俺の冒険者の履歴に傷がつくからな。

 相手が犯罪者すれすれ、いや犯罪を犯していたとしても、無抵抗の状態なら私刑はアウトだ。裁きたければ、出すとこに突き出さなければならない。


「うっ……うぅ……」

 自白ポーションの効果に必死に抗ったせいか、涙と鼻水が酷い事になっている。そろそろクレイジーアンヘルの副作用の麻痺効果が出て来て、麻痺性の毒に慣れてない者には相当辛くなって来る頃だろう。

 これが綺麗なおねーさんなら、手心も加えていたが、いい年の男だからなぁ。


「なぁ、毒って苦しいだろう。毒……いや、ポーションの副作用だよ」

 私刑はアウトなのだが、これは過呼吸の治療薬の副作用だ。

「アンタがパッセロさんにやったのも同じ事だよ。グラスグラスは致死性の物ではないとは言え、パッセロさんは随分長い間苦しんでいたんだよ」

「ごめ……ん、なさい……ごめっ……なさ、い」

 よだれと鼻水と涙でドロドロになりながら

「謝るのは俺にじゃねーだろ?」

「うぅ……すび、ば……せん、でした」

 この程度の麻痺毒で謝るくらいなら、最初からすんなつーの。まぁ、謝るということは、自分が悪いと理解しているって事だから、更生の余地があるのが救いか。

 悪い事を悪いと思ってない奴は、罪悪感がないからな。自分は悪いと思ってない奴が最も性質が悪い。悪気のない悪ほど性質の悪い物はない。


「すび、ばせ……、ごめん、なさい」

「悪いと思ったなら、やった事の責任を取る気はあるかい?」

「ふぁ……いっ」

「絶対逃げんなよ?」

「ぁ……い」

 パッセロさんが毒で苦しんでいた期間よりはずっと短いが、見ていて綺麗な物じゃないので、頃合いを見て解毒薬を渡してやるつもりだ。しかしもう少しの間、毒の辛さを身をもって知っておけばいい。

 これで、パッセロさんが苦しんでいた分とトントンになるとは思っていないが、俺はあくまで部外者だ。コイツをどうするかは、パッセロ商店の人達に委ねるべきだろう。

 自白剤の効果まだあるし、洗いざらい全部吐かしてもいいんだけど、どうしてあんなことをしたのか、その理由は当事者がいる時に吐かせる事にしよう。口をつぐむようなら、またこの新作ポーション使えばいいしな。


 まぁ、事が済んだパッセロ商店の皆さまに謝罪させるのは確定として、その前に使えるもんは使うのも悪くないか。


「ねぇ、ロベルト君、俺と友達ならない?」

 ニッコリと特上の営業スマイルを浮かべた。

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