第77話◆閲覧注意案件

「どうして……? どうしてこうなった……」

「やだぁ~超~似合う~~~~!!!」

「似合ってねええええええええ!!!」


 開店前のポラール商会の売り場で、キレ散らかしてるのは俺だ。

 なんで開店前からキレてるかって?


 そりゃー、いきなり着替えさせられたと思ったら、ワンピースなんて着せられて、キレない方がおかしいわ!!!!








 少しだけ時間を遡る。

 ポラール商会でマニキュアを販売開始するにあたって、王都のバーソルト商会の本店から販売応援の人員が来ていると聞いて、マニキュアの制作者として開店前に軽く打ち合わせをしておこうと、彼らが待機している売り場の方へと向かった。

 そこで、売り場に入った瞬間にゴリマッチョのおねぇに、ガッチリホールドされることになる。しかしそれだけでは終わらなかった。


 ゴリマッチョのオネェこと、レオーネいやレオンを何とかかんとか引き剝がした俺に、レオンは言った。

「冒険者ルックのグランちゃんもカッコよくて素敵だけどぉ~、でもその服でお店に出るのはちょっとダメねぇ。服貸してあげるから着替えちゃいましょ」

 町の中なので軽装とはいえ、普段の冒険者装備の俺の姿を見て、レオンが言った。

「いや、一応スーツ持って来てるから、売り場の準備が終わったら着替える予定だよ」

「や~ん、グランちゃんの為に接客用の服持って来てあるのよ~」

「お、おう、じゃあ借りようかな」


 一応スーツは用意してたのだが、ちょっとお固めな地味スーツなので、女性向けの商品の売り場に立つには少々華やかさに欠ける物だから、用意してくれてるならそっちを借りようかな。

 なんて思って何も考えず納得して、服を貸してもらう事にした俺が馬鹿だった。


 そーだよ、服を貸してくれると言ったのは、オネェのレオンだよ!!!


 自分で着替えると言ったのに、レオンに強引に更衣室に連れ込まれて、無理やり装備を剥がされ、レオンの持って来た服を着せられた。

 最近、この展開多くない!? もうやだ!! てか何なの!? 王都の裕福層の人って、他人の着せ替えできるのがデフォなの!?



 というわけで、レオンに無理やり赤と黒のちょっとゴスロリっぽい、エプロン付のワンピースを着せられたのである。



「いや、さすがにこれはない! 無しよりのなし!!」

 俺は男だ。しかも脳筋系の冒険者だ。当然体型もガッチリしてるし、筋肉もムキムキしてるし、身長もそこそこ高い。

 まぁ、俺よりレオンの方がムキムキで身長も高いのだが。このオネェ一般人だよな? なんで現役冒険者の俺よりムッキムキなの?


 ゴリマッチョではないが、細マッチョ程度にはムキムキしてる俺に、ゴスロリのワンピースなんか着せても、気持ち悪いだけだ。

 レオンくらい突き抜けてしまえば、もう悟りの境地なのだろうが、残念ながら俺はその辺にいる普通のおにーさんだ。

 ただの男の人にワンピース着せただけなので微妙すぎて、すごくいたたまれない。


「大丈夫よ!」

 レオンがパンパンと手を叩くと、レオンと一緒にバーソルト商会から派遣されて来た綺麗なおねーさん二人が、ずいっと俺の前に出て来た。

「やっておしまい!!」

「え? ちょ!?」

「ちょうどいいわ、今日のネイルアートの実演の練習もやっちゃいなさい!」

 やっちゃいなさい! じゃねええええええ!!


 そんな俺の抵抗虚しく、いつもは適当に流している(自称)無造作ヘアーはハーフアップにされ、毛先は緩く巻かれて、顔はペタペタと化粧をされ、爪もすっかりおしゃれに飾られて、なんとも逞しい体型のゴスロリ系女装男子が出来上がってしまった。

 アベルほどではないにしろ、平均よりちょっと整ってる自分の顔が憎い。



 そして、冒頭のアレである。



「普通の服はなかったのかよ、というかちょっと地味だけど自分のスーツでよかったじゃん?」

「あら? もうすぐ開店の時間よ? スタートダッシュは重要だから、今から着替えてる時間はないと思うわよ」

「畜生め」

 悪態をついたところで、もうすぐ開店時間という事には間違いない。


 くそ、こうなったら徹底的にやってやる。

 半分くらいやけくそになって、開き直ることにした。


 どうせやるなら徹底的にだ。


 というか、半端な状態だから恥ずかしいのであって、完璧に別人になってしまえば、俺だと分からなくなるので恥ずかしくない。気がする。

 

 まさかこれを、自分で使う事になるとは思わなかった。

 いつぞの五日市で売り物にしていた"おっぱいがでっかく見えるネックレス"を収納から取り出した。

 うむ、悩める女性を救うために再び作っていたのだ。


 ネックレスを掛けると、ボンッと胸が膨らんで見えるようになった。

 これでかなり女性らしく見えるはずだ。

 ちょっと、肩幅広くて腕が太いのは、露出の少ないワンピースだから、多少気になるくらいだろう。

 背が高いのは、女性でも背の高い人けっこういるしね?

 姿見の前で自分の姿を確認すると、ちょっと背は高いけど女性に見える。メイクをしてくれたおねーさん達すごい。

 そしておっぱい。

 いつもは胸板しかない場所に、メロンサイズのおっぱいが付いている。完璧だ。


「え? ちょっとグランちゃんそれどういう事!? どうしておっぱいあるの!? まさかグランちゃん女の子だったの!?」

「ちげーよ! 魔道具! おっぱいがでっかく見える魔道具!!」

 おっぱいでっかく見えるというか、もはやおっぱい作りだした状態だけど。巨乳じゃなくて虚乳。


「何それすごい」

「いるならレオンのも作ろうか?」

 悩める女性以外にも、変身願望ある人にもこのネックレス需要ありそうだなぁ。いやでも、女装に使われると泣かされる男が量産されそうだから、ガチな人の手には渡らない方が平和かもしれない。

「レオンじゃなくてレオーネよ。グランちゃんにアクセサリー貰えるのはときめくけど、おっぱいはいらないわ」

「え? 女装するならおっぱいあった方がいいんじゃないのか?」

「んふ~。わかってないわねぇ~。この可愛いお洋服から、あたしのこの磨き抜かれた素晴らしい筋肉がチラチラ見えるのがいいのよ。おっぱいなんかつけたら、この美しい大胸筋が見えなくなるじゃない。可愛いと筋肉の共演こそが私の追求する美なのよ」

 なるほど、わからん。

「でも~、グランちゃんのそれはそれで素敵ね~。まるで本当の女の子みたい。声と喋り方変えたら完璧ねぇ」

「声なら変えれるな」

 ゴソゴソとマジックバッグを漁るふりをして、収納から朱色液体の入ったポーションの瓶を取り出した。

「なるほどタイヨウダケのポーションね」

「ああ、知ってるのか」

「知り合いにも使ってる人いるわ」

 その知り合いってやっぱ、そっち系の人だよな。


 タイヨウダケとは手のひらほどのサイズ朱色のキノコで、食べるとしばらくの間声が変わるというか高い声になる。

 そのタイヨウダケから作ったポーションがこのポーションである。

 そのまま食べるより効果が高く、長時間声が変わった状態を保てるので、変装というか女装をする人に需要が高い。

 なんでそんな物持ってるかって? たまたまダンジョンでタイヨウダケ見つけたから、作ってみただけだ。そこに材料があったら、とりあえず加工してみたくなるじゃん?



 というわけで、ちょっと背は高いけど、見た目も声も完璧なゴスロリお姉さんが出来上がってしまった。


 いいよ、やるなら徹底的に!








「いらっしゃいませ~」

 お店に入って来たお客さんに、愛想よく笑顔で挨拶をした。やるなら徹底的にだ。

 

「うわぁ……」

 そしてそれを見たキルシェの反応がひどい。

「美人なのが悔しい。しかも僕よりおっぱいでっかい。ズルい。悔しい」

 キルシェはまだ発展途上だから。お姉ちゃんは巨乳だから、将来希望はあるぞ!!

 というかキルシェのエプロン付きのワンピースは普通に可愛いな。


 ポラール商会の店舗の入り口付近の目立つ場所に、マニキュアの特設コーナーを設けてもらい、そこでお買い上げしてくれた人に、使い方の説明も兼ねて希望者の爪に実際にマニキュアを塗っている。ついでに簡単な模様を描いたりもしている。


 今日こちらでマニキュアの初売りをすることを、フォルトビッチ商会には知られたくなかったので、先に宣伝や噂を流したりはしなかった。

 その為、客足に不安があったが、店の開店前に朝市でキルシェとポラール商会の四男のベクスが、宣伝に行ってくれた。

 あと、これはホント偶然なのだが、初めてポラール商会に来た時の帰り際に、奥さんにと次男のオルロに渡したマニキュアを、オルロの奥さんがいい感じにお友達に広めてくれたらしい。そして、今朝の朝一で今日からマニキュアを販売することを、奥様ネットワークで伝えてくれたそうだ。

 商人の奥様方すごいわ。



 そんなわけで、開店直後からちらほらと奥様やお嬢さん方が来てくれて、マニキュアコーナーはそこそこ賑わっていた。

 俺とレオンとレオンの連れて来たおねーさん二人の四人で、なんとか回せてる感じだ。


 今回売ってるのは、バーソルト商会が王都で売ってる物と同じ物だ。

 バーソルト商会がポラール商会と直接契約して、ポラール商会で委託販売する事になったのだ。

 バーソルト商会の契約先が作った可愛い容器に、光耐性と水耐性付きのマニキュアが入っている。そして、俺が作った物より色の種類も多い。

 つまり、今まで俺がピエモンでちまちまと売ってたマニキュアより、見た目もいいし種類も豊富なのだ。


 うん、昨日全部在庫処分出来てよかったな! 本当に!!










 そして、こうなるのも何となく予想していた。


「こ、これはどういうことだ!?」


 やっぱり出たな、フォルトビッチ商会のおっさん。




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