第76話◆商人の戦い方
「アンタもしつこいな」
「はて、こちらに来るのは二回目ですが?」
「そうかい?」
キルシェの誘拐未遂事件の翌週、アリシアとキルシェの替わりにパッセロ商店で店番をしていると、開店直後の店に見覚えのある中年男が店に入って来た。
フォルトビッチ商会のおっさんだ。
そろそろ来る頃かと思っていたが、どの面下げて来たのかと思うと、思わず嫌味の一つも言いたくなる。というかソーリスからわざわざご苦労な事である。
「爪に塗るポーションを有るだけ売って欲しい」
またそれか、いい加減めんどくさい。
「またそれか。いいよ、売ってやる。ただし、一個大銀貨八枚だ」
ちょうど店には客もおらず、キルシェとアリシアは奥に引っ込んでるので、店内は俺一人だ。
ぼったくってやろう、そうしよう。
「な!? 高くないか? 普段売っているのは大銀貨二枚と聞いているが」
チッ、ちゃんと値段調べてやがる。腐っても商人か。だが、足元の見方くらい俺も知ってるぞ!!
「アンタもここに来たって事は知ってるんだろ? 王都でも売りに出してるから手元に在庫がほとんど無いんだ。別に俺は売らなくても構わないけど? 今日なら最後の在庫が二十個だけあるんだけどな」
「く……大銀貨四枚にならないか?」
「大銀貨五枚でなら二十個全部売ってもいいよ。どうせお貴族様とか金持ちの奴らに高値で売る気だろ? こんだけあれば元も取れるだろ?」
「ぐぬぬぬぬ……、レシピも一緒に売ってもらえないか? できればソーリスの商会で会頭を交えて話したいのだが」
何だ、今日は大人しいじゃないか。だが、今さら過ぎる。
「レシピはダメだな。もう王都のバーソルト商会と契約してる。飼い主にも諦めろと言っとけ」
「バーソルト商会だと!?」
流石にバーソルト商会の事は知ってるようだなぁ。さすが、王国各地に支店のある大手商会だ。
「で、こっちはどうすんの? 俺は売っても売らなくてもどっちでもいいし」
マニキュアの入った瓶を、おっさんの目の前で振ってみせる。
「ぐぬぬぬ……王都のバーソルト商会か、王都で噂になっていたのはそういうことか。しかし、王都からこっちに入ってくるのはまだ先のはず……わかった、一個大銀貨五枚で全部買う」
「まいど! 二十個だから大銀貨百枚――金貨十枚だな」
ちなみに一般的な平民の成人男性の一ヵ月の稼ぎは、大銀貨二~三十枚くらいだ。
フォルトビッチ商会のおっさんが、マジックバッグタイプの財布から出した金貨十枚を受け取って、交換でマニキュアを二十個渡した。
さすが商人、大金持ち歩いてんなぁとか、マジックバッグタイプの小銭入れは便利そうだなとか、どうでもいい事を考えながら、マニキュアを受け取ったあと足早に店から出て行ったおっさんの背中を見送った。
「以上! 在庫処分完了!! どうだった? 俺、商人っぽかった?」
フォルトビッチ商会のおっさんの姿が完全に見えなくなったのを確認して、店の奥を振り返って声を掛けた。
「最初に高めの値段振って、その後相手の希望価格に近付ける。ばっちりです」
「今しか売ってない感もばっちりです! というか、あのおじさんホントに商人? チョロすぎですよ」
アリシアとキルシェが店の奥から売り場に出て来た。
今日は本来ならば、パッセロ商店でマニキュアを売りつつ、ネイルアートコーナーを構えてる日だった。
だが、バーソルト商会からマニキュアの容器を大量購入できる目途が立ったので、今週は商品入れ替えの為マニキュアの販売とネイルアートコーナーはお休みと、常連さんには伝えていたのだ。
そして、もしかしたらまたガラの悪い奴が、店に現れるかもしれないと、客が増えるまでは俺が店番をしていたのだ。
先週キルシェを誘拐しようとした男が来たら、ちょっとお話でもしようかと思っていたのが、まさかのフォルトビッチ商会のおっさんがやって来た。
そこまでして欲しいんかい!? って思ったけど、多分アベルとティグリスさんが王都で宣伝頑張ってくれたのだろう。
というわけで、近いうちにバーソルト商会に量産してもらった容器を使ったものに、商品を入れ替える予定なので、俺の手作りの可愛くない容器に入ったものは不良在庫になる予定だった。
買い占めてくれてありがとう!!!
「やー、アリシアとキルシェが取引のコツ教えてくれたおかげだ」
「グランさん元々、交渉事は得意そうだったし、取引センスがあるんですよー」
何度もちょっかいかけられて、イラッと来た俺は、フォルトビッチ商会に仕返しをしようと思った。
どうせ、また買いに来るか、ちょっかい出しに来るかしそうだったので、来たら不良在庫になりそうな物を売りつけてやろうと思っていた。ぼったくったのはこれまでの迷惑料だ。
その為に、キルシェとアリシアに商売の駆け引きについて、教えを乞うたのだ。商売の話になるとこの姉妹、人が変わったようになる。まるで歴戦の猛者のような気迫を感じる時すらある。
おかげで商売に関してはペーペーの俺でも、ちょっとくらい押し売りができるようになった。
それで、また何かしに来るなら、いつもマニキュアを売ってる日だろうなぁと思って、朝から店番を替わってもらって俺が店にいたら、予想通りやってきたのだ。
その結果、上手い事在庫処分が成功した。
周りうろちょろして鬱陶しいくらいなら、在庫品押し付けて終わりにしてやったのだが、無関係のキルシェを誘拐しようとしたので、その分も上乗せしておかないとな。
「じゃあ、ソーリスまで行くか」
「はい! じゃあ馬車を表まで回してきますね」
声を掛けると、キルシェは馬車を置いてある店の裏へと走って行った。
「ほいじゃ、ちょっとキルシェ借りていくな」
「はい、気を付けて行って来てください」
アリシアに挨拶をして、店の表でキルシェを待つ。
これから、俺とキルシェはソーリスのポラール商会へ向かう。
さんざん貯まった借りを返しにいきますよっと。
パッセロ商店にのこのことやって来たフォルトビッチ商会のおっさんに、不良在庫になりそうなマニキュアをぼったくりで売りつけた後、俺はキルシェと一緒に馬車でソーリスにあるポラール商会へとやって来た。
明日のマニキュアの実演販売に向けて、前日から泊まり込みで手伝いに来たのだ。
そう、バーソルト商会とポラール商会が無事契約を結んで、ポラール商会がソーリスでのマニキュアの委託販売を引き受けてくれたのだ。
そして、明日はその初売りの日。
ちょうど、月に一度の仕入れの日が近かったので、仕入れついでにマニキュア初売りの手伝いに来たのだ。
バーソルト商会の伝手で量産してもらった、おしゃれな容器に入った、光と水の魔石の粉入りのやつだ。色も五色ほど、そして売り切れの心配が無いよう、多めに在庫が用意されている。
いやーーーー、古い在庫全部捌けてよかったなーーーーーー!!!
前日!!! 滑り込みで完売御礼!!! ホント運がよかったなあああああああ!!!!
パッセロ商店でマニキュアを売る予定だった日の翌日を、ポラール商会での初売りの日に決めたのに他意はないよ?
パッセロ商店の周りをガラが悪い男がうろうろしてたり、キルシェが誘拐されそうになったりしたことを、アベルとティグリスさんにちょっと相談したら、もうソーリスに乗り込む準備出来てるって言ってたから、出来るだけ早めで都合のいい日を選んだだけだよ。
ほら、早くしないとアベルが物理的に潰しに行きそうだし、パッセロ商店の人にまた被害が及んでも困るからね。
俺はポラール商店の初売りが決まったら、不良在庫処分して、それで済ませようと思ってたんだよ。
当初は俺の不良在庫売りつけて、それが迷惑料って事で手打ちにするつもりだったのになぁ。
というか、わざわざ買いに来なければ、何事もなかったんだよなあ?
お前がやるなら、俺もやる。
よろしい、ならば徹底的にやってやろうじゃないか。
と言うわけで、ポラール商会での初売りの日に仕入れのついでに店頭で実演販売をしようと、手伝いに来たのだ。そして、バーソルト商会からも実演販売の応援がくるらしい。
何せ、前もって全く宣伝してないので、当日がんばって呼び込んで売らなければならない。
その事もあって、この一週間キルシェとアリシアに、商人としての立ち回りをそりゃーもう、とても熱意いっぱいに教えてもらった。
うん、彼女らには逆らわないどこ。
そして当日の開店前、バーソルト商会からの応援が到着したと言うので、準備中の売り場のドアを開けた。
「やだぁ~! か~わ~い~い~~~~!! 冒険者姿のグランちゃんもか~わ~い~い~~~~~!!!」
開店前のポラール商会の店舗の扉を開けたら、目の前にフリル盛り盛りのドピンクワンピースを着たツインテールのゴリマッチョがいた。
避ける間もなく、ガッチリとホールドされてしまった。
解せぬ。
ちょっと前にも、似たようなことがあった気がする。
俺は一応Bランクの冒険者だぞ! なのにどうして! マッチョとは言え、ただの一般人の捕縛攻撃が躱せないのだ!! というか扉の向こうに全く気配感じなかったけど!! なんなのオネェ!? 最強キャラなの!?
初日は躱せてたのに、あれ以降全く躱せないんだけど、どうして!?
解せぬ。
というかこのマッチョオネェ、化粧品部門の責任者じゃないのか!? なんで、そんな立場の人物がこんな地方都市まで販売応援に来てるんだ!!
何もかも解せぬううううううう!!!!
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