第75話◆携帯できる護身用武器
バーソルト商会での商談から約一月ほどが過ぎ、暑い季節もそろそろ終わりに近づいていた。
あの襲撃事件以降、件の商会やその関係者らしき者からの接触は特になかったので、このままフェードアウトかと気が緩み始めた頃だった。
パッセロ商店でマニキュアを売ってる日に、ガラの悪い男が二人ほど開店前から店の前を、うろうろしていた。
開店と同時に買い占めに来たので、断ると難癖をつけて居座ってお客さんに絡み始めた為、雇い主の名前教えてくれたら、後日改めて商業ギルドの運送サービスで届ける、と言ったら諦めて出て行った。
なんだよ、飼い主は知られたくないのかよ。
前回の商談の直後から、バーソルト商会が貴族向けにマニキュアを売り出し、それに少し遅れて王都の本店で平民向けにも販売を少しずつ開始しているので、そろそろこちらにも王都の噂が流れて来ててもおかしくない時期だ。
でも、パッセロ商店でマニキュア取り扱ってる事を知っている人は、そんな多くないと思うんだけどなぁ。しかも売ってるのは週に一回だけだし。
そんなわけで、どうみても一般の買い物客とは思えない男達を店から追い払って、それで終わったかと思いきや、今度は店の前でお店に来るお客さんに絡み始めた。営業の邪魔だったので、ちょっと肩を叩いてみたら暴れ始めたから、手首を掴んで営業スマイルで「冒険者ギルドの一室借りてお話しようか?」って言ったら帰って行った。
営業妨害よくない。しかし、ちょっと話せばわかってくれる奴らで良かった。もう二度と来るなよ。
ちなみに冒険者ギルドに登録していると、有料ではあるが、冒険者ギルドの部屋を借りることができる。
冒険者の絡むトラブルの事後処理や、冒険者と個人的に取引きしたいなどと言った時に、冒険者ギルドの一室を借りて話し合いの場を設けることがよくある。
更に、冒険者ギルドに立会人を頼むことも出来る。もちろん有料だけど。
金はかかるが、第三者を証人に立てれるので、後々にめんどくさいトラブルが残りそうな話し合いの時に、よく利用される。
そんなトラブルがあった数日後。その日は、冒険者ギルドの依頼中に、ワイルドペーラという果物の木が自生しているのを見つけて生っていた実を採ってきたので、冒険者ギルドの依頼の完了報告を済ませた後、お裾分けにパッセロ商店に立ち寄る事にした。
ワイルドペーラを採るのに夢中になり、町に戻って来るのが遅れてしまってすでに夕方だが、この時間ならまだパッセロ商店は営業しているはずだ。
余談だが、ワイルドペーラとは前世のナシに似た果物で、晩夏の今頃が丁度旬の時期だ。
襲撃から暫く何もなかったが、先日ガラの悪い男が店に現れ、再び雲行きが怪しくなってきたので、それからはほぼ毎日パッセロ商店に顔を出すようにしている。
原因は俺にあるので、パッセロ商会を巻き込んでしまって、非常に申し訳ない。
バーソルト商会とアベルの協力で、近いうちに解決する予定なので、それまでなんとかキルシェ達に被害が及ばないようにしたい。
そう思っていたのだが。
ちょうどパッセロ商店の前に到着した時、店の扉が開いて中から慌てた様子のアリシアと、町の警備の兵士らしき男が出て来て、鉢合わせする感じになった。
「グランさん!」
「アリシア、どうした? 何かあったのか?」
アリシアの様子といい、兵士が一緒に出て来た事といい、何かあったのだろうか?
「それがキルシェが! キルシェが!!」
「とりあえず落ち着いて話すんだ!」
慌てるアリシアを落ち着かせようと声を掛けたところで、アリシアと一緒に出て来た兵士に俺が声を掛けられた。
「君は先日のパッセロ商店の馬車が賊に襲撃された時に、一緒にいた冒険者だったな?」
「ああ、そうだけど、キルシェに何かあったのか!?」
アリシアの慌てようからして、キルシェに何かあった事には間違いないようだ。
俺のせいでよからぬ輩がパッセロ商店に近づくようになってしまったので、キルシェに何かあれば俺の責任だ。
俺もつい声を荒らげてしまった。
「落ち着いてくれ、キルシェ君は詰め所で保護して、事情を聴いている」
「保護って何かあったのか!?」
やはり何かよからぬことに巻き込まれたのか!?
「ああ、商品の配達の際に誘拐されそうになった」
はあああああ!?
「商業ギルドの職員を名乗る男達が、キルシェ君を馬車に乗せようとして、本人が怪しんで拒否したら強引に馬車に乗せられて」
何!? 馬車に連れ込まれたのか!?
「しかしその後、馬車を走行不能にして自力で脱出して来たところを保護して、詰め所で事情を聴いている」
自力で脱出したのか、さすがはキルシェだな!
ん? 今、走行不能って言った?
「走行不能ってどういうことだ?」
「我々が駆け付けた時は、馬車の屋根から丸太が飛び出して、馬車周りが水浸しになっていた」
丸太。水。
「詳しい事は、詰め所で話そう」
「グランさん、一緒に詰め所に来てもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
アリシアに頼まれるまでもなく、同行するつもりだった。
キルシェが誘拐されそうになった原因は、おそらく俺にある。
しかし、丸太と水。
うん、ものすごく心当たりがある。教えたの俺だもん。確かに岩より丸太の方が、傾斜のある場所ではよく転がりそうだし、狭い場所でだしたら今回みたいに薄い壁や天井なら突き破れるしな。水は……うん、便利だもんな。
いや、そうじゃなくて。
俺が教えたことが、早速役に立ったのは良かったのだが、無関係のキルシェまで巻き込んだのは、許せないな。
「それで、犯人は?」
「馬車が破壊された時点で逃げたようだ」
「そうか」
ともあれキルシェが無事なのはよかった。
事情を説明してくれた兵士について、アリシアと共に兵団の詰め所へと向かった。
「ねーちゃん! それにグランさんも!」
「キルシェ!」
兵団の詰め所に行くと、椅子に座って事情聴取をされていたキルシェがこちらに気付き、駆け寄って来てアリシアと抱き合った。
うむ、麗しき姉妹愛。キルシェが無事でよかった。
キルシェの話によると、町の外れの辺りにある得意先に、商品を届けに行った帰りに商業ギルドの職員を名乗る二人組の男達に、商業ギルドまで来るように言われ、馬車に乗せられそうになったらしい。
ピエモンはそんな大きな街ではない。商業ギルドまでは、わざわざ馬車に乗るほどの距離でもないのに、馬車で迎えに来たことを訝しく思い、歩いて行くと言うと無理やり馬車に乗せられ、猿轡を噛まされ、手足を縛られたらしい。
キルシェは、以前俺が教えた事を実践して、毎日魔力切れ直前まで魔力を使うようにして、仕入れの為に町の外に出た際には、道中の川で水を収納したり、大きな岩を収納して、魔力と収納スキルを鍛えていたそうだ。
おかげで収納スキルに余裕が出来たので、護身用にその辺で水や岩を収納しておいた他に、丸太を購入して入れていたらしい。
しかし、丸太。いや、確かに俺が水とか丸太を薦めたのだが。
馬車で連れ去られそうになった際、隙を見て手足を縛っていた縄を収納して、入れ替わりで収納から丸太を出して馬車の天井と床をぶち抜いて馬車を停め、馬車の中にいた見張りの男は収納から水を出して御者席に押し流したらしい。
うん、豪快。
収納スキル使いこなしてて、お兄さんびっくりだよ。
天井じゃなくて御者台の方向にぶち抜けば、多分犯人には逃げられなかっただろうけど、年頃の女の子にはトラウマになりそうなグロい事案発生する可能性高かったから、床と天井ぶち抜く方向で正解だったと思うよ、うん。
……キルシェを迂闊に怒らせないようにしとこ。
「無理に抵抗しない方がいいかなって思ったんですけど、馬車の中にいた方の人はよそ見してたし、町の外に向かってるようだったので、思い切ってやっちゃいました」
やっちゃって正解だったけど、無事でよかった。誘拐犯が迂闊だったのも幸いしたな。
「それで、そのキルシェを攫おうとした男の顔は覚えてるのか?」
「ええ、変装して口元隠して眼鏡も掛けてましたが、多分、先日うちに来て営業妨害して、グランさんが追い返したガラの悪い人達ですね」
「あー……、あれか。キルシェ、アリシア、巻き込んですまない。奴らの目的は俺だろう」
近いうちに片を付ける予定だったのだが、思ったよりあからさまに手を出して来る奴らだ。
ピエモンは小さな町で住民はほとんど顔見知り状態の為、怪しい部外者がいれば目立つ。それ故に、町の中なら強引な事はしてこないだろう、と思っていた俺の見通しが甘かった事を、申し訳なく思う。
だが、何回も同じ人間を使うなんて杜撰すぎる。これなら、案外すぐに尻尾を掴めるかもしれない。
キルシェを連れ去ろうとしたのは、キルシェを盾に俺にレシピと利権を要求するつもりだったのだろう。
たかが週に両手で数えれるくらいの数しか売ってなく、単価もさほど高くない物の為に、わざわざ人を雇って襲撃したり、攫ったりはしないだろう。
だが、レシピとなれば話は別だ。レシピの利権を手に入れれば、動く金額も大きくなってくる。
レシピを商業ギルドに登録して、その使用の許可をバーソルト商会のみという契約を結んではいるが、レシピ利権自体を譲ってしまえば、レシピの使用料は譲った先に入る事となる。
最初の襲撃の時といい、マニキュアよりそのレシピのほうが本命なのは間違いないだろう。
先日の商談で、ティグリスさんとアベルは、わりと本気でフォルドビッチ商会を干す計画を立てていたが、俺はこのまま何も無ければほどほどでいいと思っていた。
だが、俺以外の無関係の者を巻き込むのなら話は別だ。
無事だったとは言え、キルシェに手を出したのは、落とし前付けてもらう。
仕返しはほどほどで済ますつもりだったが、決めた。
泣かす! 絶対泣かす!!
どの道、買い占めは潰すつもりで準備はしていたので、その仕込みが終われば、あとは掃除をするだけだ。
「そういえば、馬車の持ち主はわかってるのか? 盗まれた馬車とかだったら、壊してしまったから事後処理がめんどくさいだろう?」
「ああ、それなのだが、あの馬車は商業ギルドの貸し出し用の馬車だった」
俺の疑問に答えたのは、俺達を詰め所に案内した兵士だった。
「ということは、借りたのは商業ギルドの会員になるよな?」
ギルドで貸し出される物は、基本的にギルド所属者しか借りれない。
しかし、キルシェの言う通りキルシェを攫おうとしたのが、先日のガラの悪い男達だとしたら、どう見ても商業ギルドに所属してる商人には見えない。
え? 俺も商業ギルド登録してるようには見えない? 俺はめちゃくちゃ生産者だし?
「それがまだ調査中なのだが、その馬車を借りに来た者を見た職員が、今のところ手続きをした職員のみなのだ」
「ん? 馬車の貸し出しって普通はギルドの窓口でやるもんだよな?」
窓口で手続きした際に、複数の職員に見られててもおかしくないと思うのだが。それに、先にも言ったが、小さな町なので住民はほぼ顔見知り、町の外の者ならば目立つ。
「そうだ。書類はきっちり作成されていて、書類上の貸出先はソーリスの小さな商店の店主になっているのだが、手続きをした職員以外その人物を見た職員がいない。それに手続きをした職員も、顔はよく覚えてないと言っている」
「馬車を借りたとなると、馬車を管理している部署の職員に見られれても、おかしくないのにな」
「その職員が手続き後、馬車をギルドの外で借主に引き渡したと言っているのだが、その借主をその職員以外見ていないのはやはり不自然だ。まだ調査中なので、とりあえず今は言えるのはここまでだな」
「なるほど、また何かわかったら教えてほしい」
まぁ相手は商業ギルドで、この町の支部は小さいとは言え、母体はデカイからな。迂闊なことは言えないのだろう。
しかし、商業ギルドか。
ピエモンに来てから、この町の商業ギルドにあんまいいイメージないんだよなぁ。
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