第74話◆商人の情報網
「っいた! やめ! アイアンクローやめて! 痛い! こんなことに身体強化使わないで! とりあえず落ち着いて!!」
マニキュアとネイルアートの講習会が終わり、この後ティグリスさんとの商談をする前に、いったん休憩時間を挟む為に通された応接室で、アベルにガッチリと片手で顔面を掴まれている。
超笑顔で身体強化まで使ってアイアンクローするのヤメテ!! っていうか、魔導師なんだからそんな物理攻撃やめよ? いや魔法攻撃も困るけど!? あ、これこないだやった筋肉アップの付与の効果も乗ってるよね!? 案外長持ちだなぁ……じゃなくて!!
いた!! いたたたたたたたたっ!!!
「どうして! グランは! いつも! そうなの!? 義姉上にホイホイ乗せられて何やってるの!?」
超キレてるううううう!!!!
「いや、せっかくだしと思って! クルに神代文字を教えてもらったからつい……いた! いたたたたたたた!! 潰れる! 頭潰れる!!」
「は? 神代文字? どういう事!? 神代文字って、語学や魔道具技師の専門家が習得するような言語だよ!? 君達、家にいる時何やってるの? それ、俺も教えてもらいたいから、クルに教えてもらう時は俺も呼んで!!」
やばい、めっちゃ藪から大蛇出て来た。大蛇どころかシーサーペントかケツァルコアトルかもしれない。
「わ、わかった! クルに一緒に教えてもらお? だから落ち着いて!?」
そして、クルに一緒に神代文字を教えてもらおう計画を提案して、やっとアイアンクローから解放された。
余談だが、シーサーペントは海にいる巨大な蛇のような魔物で、ケツァルコアトルは翼の生えた蛇だ。どっちもSランクの魔物である。
講習会でモデル役をやってくれたプリムラ様に言われるがまま、つい調子に乗って爪にちょいちょいと付与をしてしまい、講習会が終わってから用意された応接室に戻った途端、とてもいい笑顔をしたアベルにアイアンクローをされ今に至る。
ちなみにプリムラ様の希望により、両手の爪全て護身用の弱い電撃効果を付与した。弱いけど両手の爪全てに付与したから、魔力に耐性が低い人には結構強烈に効果出そうだけど、両手で掴んで使わないと両手分は発動しないから多分大丈夫。多分。
――コンコン。
ノック音に返事をすると「失礼します」と入って来たのはティグリスさんだった。
「グラン様、講習会お疲れさまでした」
「こちらこそ、お世話になります。それと俺は平民なんで様付けいらないですよ」
「それなら、グランさんとお呼びさせていただきます」
商人らしい人好きのする笑みを浮かべるティグリスさんと挨拶を交わして、アベルも入れて三人でテーブルを囲むように、ソファーに腰を下ろした。
「では、早速。マニキュアの容器の発注先が決まって、大量生産の目途も立ちました。貴族向けの高級ガラス製の容器の発注先の工房はすでに決まって、生産が開始されています。こちらは平民向けの物より一足先に販売を開始する予定です。マニキュアの材料の仕入れ先との契約も終わってます。後はマニキュアの除去液の生産を発注するスライムの養殖場は、レシピ上の機密事項が含まれますのでうちの傘下の養殖場でやります。魔石の破片が入っている新製品の方もすでにアベル様に伺っているので、そちらもグランさんがよろしければすぐに生産に取り掛かれます」
「俺としては新しい方をメインに展開できないかなって思ってますね。光と水の魔石の破片入ってるから光耐性と水耐性がわずかながらありますから、日焼け防止と水による手荒れの防止になって、そっちの方がご婦人方に人気出るんじゃないでしょうか」
「そうですね、ではそのようにしましょう」
俺ほとんど何もしてなのに、何から何まで準備してもらって、しかも販売も丸投げで、それで利益の三割貰えるからなんか申し訳ない気がしてくる。
「そういえばグランさん、マニキュアの販売の件でどこぞの商会に絡まれたと、アベル様から伺いましたが」
「あー……」
マニキュアの販売の話を詰め終わったところで、ティグリスさんが切り出して来た。
そういえばそんな事もあったな。
「確かフォルトビッチ商会でしたか? こちらで対応しときますか?」
「めんどくさかったら、潰しちゃう?」
アベルがさらりと恐ろしい事を言っている。その"潰す"って物理的な話じゃないよね? ね?
「うーん……、確かにいけ好かなくはありますけど、どこまでが商会ぐるみなのか判断しかねるのでなんともかんとも」
「フォルドビッチ商会自体も、あまりいい噂を聞きませんね。といっても、地方の中堅商会と言ったところなので、私もあまり詳しくは知りませんが」
いやいや、王都に居てあんな遠くの町の商会知ってるって商人の情報網ってやつなのかな? すごくない?
「襲撃はされましたけど、フォルトビッチ商会が犯人っていう物的証拠はないし、実害もほとんどないので。でも、次やってきたら、容赦はしないつもりです。それに、買い占められて、値段を釣りあげられるのは、気分よくないですしね」
あの時捕縛した賊は、金で雇われた冒険者崩れの奴らで、依頼主は別の破落戸だったそうだ。
多分あの時一人逃がした奴かなぁ。アレが飼い主と繋がっていた可能性がある。
「そうですね。ああいった商売のやり方の輩は、己の利益の為に物流を滞らせて、市場を乱しますからね」
「やっぱ、潰しちゃう?」
アベルさん!? どうして今日はそんな好戦的なの!?
「いけ好かないけど、地方都市に根付いてる商会を潰すと、困るのは地元の人だから潰すのはナシ!」
「えー?」
アベルはなんか不満そうだけど、それくらいの事は商売に疎い俺でもわかる。
いくらお行儀が悪くても、地元の人が利用している店を排除してしまうと、困るのはそこを利用している地元の人だ。後の事を考えず、完全に排除という方法は、非常に無責任なやり方になる。
とはいえ、やはり買い占められて値段を操作されるのは気分が悪いので、何等かの対処をしておきたい。
「そうですね。地方の都市は、王都に比べて商店が少ない分、一つの商店の役割が大きいですからね。しかし、商会の体質の改善は必要だと思いますね」
ティグリスさんの笑顔が黒い。商人怖い。
「その商会への対策なんですけど、ソーリスにあるポラール商会とマニキュアの取引したいんですよ」
「ソーリスのポラール商会ですか? ええと、金物屋でしたっけ? 名前しか知りませんが」
名前だけでもしってるのかよ! 商人すげぇ!
「しかし何故金物屋で?」
「ピエモンで俺が取引している商店の親戚なんですよ。それで金物屋と生活魔道具の店なので、客層に家事に携わる女性が多いと思いまして、魔石の破片が入っている方のマニキュアを、日焼け防止と手荒れ防止の効果がある爪に塗るポーションとして売るのはどうかなと思ったんですよ」
「なるほど。まぁ、周知してしまえば、店の業種は気にしなくても大丈夫でしょう。その店では平民向けの展開をする予定で間違いないですか?」
「ええ。まだ商談も何もしてないので、考えてるだけですが」
「では、うちがそのポラール商会さんと取引しましょうか? グランさんは、商品開発に専念するほうがいいでしょ?」
商品開発じゃなくて、スローライフに専念したいんだけど!?
まぁ、新しい物色々考えるのは楽しいから、嫌いじゃないからいいけど。忙しくなりすぎないようにしたいところだ。
「それじゃあ、ポラール商会の事はお任せしますね」
「では、ソーリス方面はお任せください。オルタ辺境伯領の領都に支店がありますので、そこからソーリスまでなら二~三日ですので」
丸投げバンザイ!
「それならば、ソーリス方面の買い占め対策にもなりますね」
「その事でちょっと提案があるんですよ」
今すごく悪い顔になっている自信がある。
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