第73話◆女神降臨

「あら~? あらあらあらあら? 相変わらず、グランちゃんは素敵ね~? アベル様も素敵だけど、グランちゃんはそれとは別の方向性のイケメンね~♪」

 部屋に通されるなり目の前にいた、フリルもりもりでパステルカラーのメルヘンチックなドレスを身に纏った、ツインテールの俺よりデカくて筋肉質なマッチョマンを避け切れず、がっつりとハグられて俺の自慢の営業スマイルがどこかへ旅立ってしまった。


「やめないか、レオン。グラン様が困っている」

「え~? ただの挨拶よぉ? ね? グランちゃん」

 ね? じゃねえええ!!

「レオーネ、そろそろグランを解放してくれないかい? 今日は爪に模様を描く……えぇと、ねいるあーと? だっけ? の講習会をやるんだろ?」

 アベル、よく言った!

「そうだったわぁ~、名残惜しいけど仕方ないわねぇ」

 アベルのおかげでようやく、むさ苦しいマッチョオネェから解放された。




 今日はアベルと一緒に、バーソルト商会に来ていた。マニキュアの商談とネイルアートの講習の為だ。

 前回と同様に、アベルの知り合いという貴族様の家に連れて行かれ、若くて可愛いメイドさん達に服を強引に脱がされて、風呂で丸洗いされて、借り物の高そうな服に着替えさせられた。

 それにしても貴族のお屋敷で働くメイドさん達は、その辺の肉食獣より強いんじゃないだろうか。今回も抵抗虚しく、秒で服を奪い取られて、風呂場で体の隅々まで磨かれた。

 ええ……文字通り隅々まで……お婿に行けなくなっちゃう。



 というわけで、今日は以前の商談の時に話に上がった、マニキュアで爪に模様を描く講習会の為に、アベルの転移魔法で王都に連れて来てもらった。

 アベルにはバーソルト商会との連絡役もやってもらってるし、Aランクの冒険者をパシリと足にしてる俺は、傍から見たらいい身分だな。

 講習会が終わった後は商談もあるので、今日はずっとバーソルト商会に居る事になる予定だ。

 アベルはそれにずっと付き合ってくれているので、ちょっとめんどくさい性格だけど、なんだかんだで面倒見が良すぎる奴だ。



 講習会の為に通された会議室のような部屋には、おそらくバーソルト商会の経営する女性向けの服飾品と美容品の専門店"ヴィオラ・トリコロル"の従業員だと思われる、綺麗なお嬢さん方が集まっていた。

 その綺麗なお嬢さん達以外にも、護衛の男が数名部屋の中にいる。さすが、大手商会、警備も厳重だなぁ。

 そういえば、ここに来るまでの通路にも、一見、従業員風だけどよく見るとすごくガッチリした護衛っぽい人は何人かいたな。

 前回はそんなに厳重じゃなかったような気がするけど、今日は講習会で人が集まってるから警備が厚いのかもしれない。


 そして、綺麗な女性達の中でも飛びぬけて美人で、巨乳の……いやもうこれは爆乳の域かもしれない、金髪のお姉さん、いやお姉様がいた。

 俺の偏見だが、女神という者が存在するのなら、こういう人に違いない。

 恐ろしく存在感がある、その爆乳美女に目が釘付けになった。


 決して乳に釘付けになったのではない、その美女の存在自体に目を奪われたのだ。


「あ、義姉上!! 何故ここにおられるのですか!?」


 目の前の美女に目を奪われ、しっかり停止してしまっていた俺の思考を、現実に引き戻したのはアベルの声だった。

 いつも、飄々として作ったような感情しか表に出さないアベルが、珍しく素で驚いてるのがわかる声だった。


 っていうか、姉!?!?!?


「あら、アベルさん、ごきげんよう」

「義姉上におかれましては、ご機嫌麗しく……じゃなくて、ここにいること兄上は知ってるんですか!? まさか、勝手に抜けて来たとかじゃないですよね?」

「大丈夫よ~、ちゃんと許可は頂いて来てますわ」

「確かに、警備の数が妙に多いなとは思いましたけど」

 はぁ……、とげっそり顔のアベルが溜息をついている。

 普段アベルに振り回されてる俺としては、その様子は何だか新鮮でちょっと楽しい。

 というか、アベルがお貴族様みたいな話し方してる。めちゃめちゃ違和感!


 それにしても、この神々しい乳の女神様、いや巨乳美人のお姉様はアベルの親族なのか。


「アベルさんがいる場所なら、護衛なんて必要ない気もしますけど」

「たしかにそうかもしれませんが、そういう問題では……」

 コテンと首を傾げる美人のおねーさまに、げっそりしているアベル。乳の女神様強い。


「それより、今日は噂のマニキュアという物の講習会なのでしょう? アベルさんは付き添いでしょ? 邪魔をしたらだめよ? 早く始めましょう?」

「そ、そうですよ、なんでその講習会に義姉上がいるんですか!?」

「わたくし、そのマニキュアの講習会のモデル役で来てますの。爪の美しさなら自信ありましてよ?」

「は? ちょっとレオンどういうこと?」

 乳の女神様のお言葉にアベルがキッっと、レオーネことレオンを睨んだ。

「んもぉ、レオンじゃなくてレオーネよ。えっと、プリムラ様はうちの一番のお得意様だしぃ? 新製品をお試しいただいた時に今日の講習会のお話をしたら、協力してくださるっておっしゃったの」

 神々しい乳の女神様と、その傍で頬に手を当ててクネクネしながらしゃべるゴリマッチョオネェの落差は、まさに天国と地獄。

 その横でアベルが額に手を当てて俯いている。なんだかすごくレアなアベルを見た気がする。


「うふふ、だってアベルさんったら、一向にグランさんの事紹介してくれないじゃない? わたくしとてもペンダントのお礼を言いたかったのよ」

 ペンダント? 

 あ! もしかして!?


 乳の女神様のお言葉で、胸元に掛かっているペンダントが、非常に見覚えがある物だと気が付いた。


「ふふ、お気づきになられまして?」

「は、はい」

「では、改めて。わたくし、アベルさんの兄の妻、プリムラと申します。グランさん、素敵なペンダントをありがとう。わたくしも夫もとても感謝しておりますのよ」

「いえ! お気に召して頂けたのなら職人冥利に尽きます!」

 えへへ~、乳の女神様にお礼言われちゃった。

「グラン、デレデレしすぎ」

 アベルに肘で小突かれた。


「ふふ、いつまでも講習会を始められないのは悪いわ。わたくしに構わずお始めになって? わたくしの爪が必要な時にはお声を掛けてくださいね」

「はい!」

 元気よく返事をすれば、横でアベルの溜息が聞こえた。


 俺は健全な十八歳男子なんだ、目の前にこんな神々しい爆乳美人いたら、ついデレデレするのは当たり前の事なんだよ!!











 さすが、都会の大手の商会だなー、便利な魔道具もあるもんだ。


 ……と俺が感心しているのは、俺が模様を描く作業をしている手元を撮影している、カメラのような魔道具と、その作業を空中に立体的に映し出している魔道具である。

 そうやって、進行形で作業を投影してそれを解説しながら、講習会に集まった人達に爪に模様を描く方法を説明している。

 確かにこれなら、手元の細かい作業を、集まった人全員に見てもらいながら説明できる。

 ちなみに、爪のモデルさんは乳の女神様こと、アベルの兄嫁の綺麗なお姉様だ。


 それにしてもすごい魔道具だな、こんなの初めて見た。さすが、プロの魔道具技師の作る物はレベルが違う。

 こんなん見せられると、俺の作ったなんちゃって魔道具とか、玩具だよオモチャ!

 てか、どういう仕組みなのか気になるな。画像を映し出してるのは幻影系だと思うけど、リアルタイムに動いてる物を撮影して、その情報を撮影してる魔道具から、映しだしてる魔道具に転送してるんだよな。情報を転送してるのは空間魔法の類なのかな? 撮影はどうなってるのだろう、何かに転写してるわけでもないしさっぱり仕組みがわからないな。


 おっといけない、今は自分の仕事に集中しないと。


 乳の女神様……じゃなくて、アベルの兄嫁様の爪に模様を描いて、小さな魔石でキラキラと飾っていく。

 白魚のような手に、手入れの行き届いた形の良い爪、正直作業の為に手を取るのはものすごく躊躇った。


 だって、ものすごく貴人オーラ出てるよね!?


 アベルは、実家を末端貴族って言ってたけど、末端って嘘だよな!? 絶対嘘だろ!! 全然末端じゃないよね!?

 そんな女性の手を、俺みたいな平民が触ってもいいものかとアベルを見ると、アベルも死んだ魚のような目をしていた。

 そして、その死んだ魚ような目で諦めたように頷きやがった。


 えぇ…。


 そしてプリムラさんというかプリムラ様の方がいいよな!?

 プリムラ様の方に視線をやると、神々しいばかりの笑顔で頷かれた。


 もう、どうにでもなぁれ。


 どうにでもなぁれのついでに、こないだクルに教えてもらった、上位神代文字をちょっとだけ使った模様にするか!!

 プリムラ様がいいって言ったら、何か付与しちゃうかなぁ。

 というわけで、開き直って作業をしている最中だ。


 とは言え神代文字は効果が強烈なので、その分付与する土台には負担がかかる。幼女達にやった時は、彼女達が"女神の末裔"という人間とは格の違う存在だった事もあって、あれだけの効果が出たし彼女達も平気な顔をしていた。

 流石に彼女達にやったレベルの付与をやると、プリムラ様に負担がかかってしまうので、やるとしてもほどほどにだ。

 付与頑張りすぎて、土台の爪に傷が入ったら意味ないもんね。


 それに三姉妹達にやったような物騒なのは、間違えなくアベルにめちゃくちゃ説教されるコースになるから、もっとこう女性が喜びそうな付与にしよう。

 うーん、うーん、なにがいいかなぁ。やっぱ、こういうのは本人の希望を聞くのが、無難かもしれない。


「プリムラ様」

「なぁに?」

「爪を飾るのに魔石を使用したので、簡単な付与ができますが何か付与しますか?」

「そんな事もできるの? どんな効果が付与できるのかしら?」

 おっとりと首を傾げる姿も神々しい。

「本日用意したマニキュアには、光の魔石と水の魔石を砕いた物が入ってるので、手のまわりだけですが日焼け防止と、手荒れ防止の効果があります。それ以外に使った魔石の属性によって付与できますね。そうですね、身体強化系で手が疲れにくくなるとかはどうでしょう? 護身用に雷系の付与で弱い電撃を出したりも出来ます。ああ、その電撃でご自分の手が傷つかないように、雷耐性も付けるので安全です。他には単純に物理耐性ですね。物理耐性と言っても、刺繍をしてる時にうっかり針が刺さらないとかその程度ですが。後は、うっかりお茶が零れても火傷しないように熱耐性とか……あー、常に清潔な手を保てるように浄化系を付与して防汚も出来ますね。パワー系の身体強化も出来ますが、身体強化系は使い慣れないと暴走しやすいので、あまりお勧めできませんね。それから……」

 ここまで言って、背筋がゾクリとした。


 あ……。


 その、気配の方にチラリと視線をやると、アベルがものすごいいい笑顔でこっちを見ていた。背後に、真っ黒いオーラが吹き出してる幻覚を見た気がした。


 やべぇ、あれはまずい時の笑顔だ。


 あ、なんか近くの警備のお兄さん達が、オロオロしながら変な汗かいてる。ごめんなさい。








 


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