第72話◆閑話:藪をつついて出て来るのは

「まっことに申し訳ありませんでした!!!」

「お、おう」


 目の前でガバリと赤毛の少年が頭を下げている。


「ほら! お前も!」

「はーい。お騒がせしてすみませんでした!」

 赤毛の少年――グランが、横にいる銀髪の少年アベルの頭を押さえて、無理やり下げさせてた。


 俺がグランを連れて前の階層に繋がる通路付近に戻り、パーティーメンバーと合流した後しばらくして、アベルがふわふわとした足取りで戻って来た。

 そして二人揃ったところで、グランがアベルの頭を押さえつけて、謝罪をしてきた。


「お、おう。お前ら、いくら自信があるっつっても、あんま無茶すんなよ。それに、魔物を引っ張り回すのは危険だって、ギルドでも言われだろ?」

「はい、ホントすみませんでした」

「まとめて狩った方が楽なのに……いたっ!」

「人のいるとこではやめろって言ってるだろ!」

 不満そうなアベルの頭にグランが拳を落とした。


「今回は特に被害もなかったし、俺達だけだったからよかったけど、ガラの悪い連中もいるからな。いくら自分らだけで魔物の処理ができても、そういう奴らを巻き込んじまって、絡まれるとめんどくせーからな? それに、無茶な事をすれば事故も起こる、命は一つしかないんだ、どんなに自信があっても無茶なことするんじゃねーぞ」

 まぁ、俺らもそんな素行の良い方ではないのだが、グランの素直さに少し絆された感がある。

「はい!」

「はぁい」

 グランはずっと申し訳なさそうな顔をしているが、アベルは淡々とグランに従っているという感じだ。

「アベルは後で、ドリーに怒られるといいよ」

「え? ドリーに告げ口はやめてよ、めんどくさい」

「じゃあ、ちゃんと反省しろ」

「わかったよ」


 子供らしいやり取りではあるが、先ほど何度も感じたアベルからの威圧感、そして魔物の群れに使っていた強大な魔法。

 子供の皮を被った、得体の知れない何かにしか思えない少年。

 そして、それを知ってか知らずか、その少年の頭を平気で押さえつけて、御している少年。


 どちらも、普通じゃない。


「まぁ、今回は大事にならなかったからな。じゃあ、もう無茶苦茶な事するんじゃねーぞ」


 そう言って、彼らと別れた。

 別れ際、アベルと目があって、意味有りげにニッコリと微笑まれた。





 あのダンジョンでの出来事以降、冒険者ギルドや狩場で会うと挨拶を交わして、他愛のない会話をするようになった。

 グランとは一度くらい同じパーティーで行動してみたいと思ったが、グランはだいたいアベルと一緒にいるか、ドリーのパーティーに参加しており、パーティーに誘う機会が全くなかった。

 それでも時々冒険者ギルドで会えば、挨拶をして会話をする。そして、たまにお裾分けと言って、手作りのお菓子を渡されたり、防具のほころびを見つければ、その場で簡単な処置をしてくれたりする事があった。

 器用な子だなと思った。





 おかしいと気づいたのは、あの少年達と会ってから数か月後だった。





 その日は知り合いの冒険者達と集まって、飲み屋で盛り上がっていた。

 その飲みの席の話題に上がったのが、グランの話だった。

 顔見知り程度だが、好感度の高い少年の話題が、飲みの席で上がれば当然のように食いつく。


 赤毛で目立つ上に、若くしてトントンとランクを上げたグランを、嫉妬の目で見る者もいたが、社交的で人当たりの良い彼を、王都の冒険者ギルドに出入りする大人達の多くは好意的に見ていた。


 一緒に飲んでいた冒険者仲間達が、それぞれグランとの逸話を語っていく。

 ダンジョン内で飯を分けてもらった、武器を直してくれた、防具に付与をしてくれた、オリジナルのポーションを貰った、そんな話を皆口々に語っていた。

 俺も負けじと、あのダンジョンでの出来事を話そうとした時。


 ピリッ!


 首筋に軽い刺激が走って、言葉が出て来ず口をパクパクとする事になった。


「どうした?」

「え? あ、あー、あ? 何でもない」


 仲間が訝しげに掛けた言葉には、普通に答える事ができた。


 そして、再びあの日の話をしようとすると、やはりピリッと刺激が走り、言葉が出なくなる。




『内緒ね?』




 張り付けたような笑顔で、そう言っていた銀髪の少年を思い出した。



 まさか"契約魔法"?



 契約魔法とは、契約を結んだ相手が約束を違えないように、魔力で縛る魔法だ。

 しかし契約魔法は通常、お互いの同意を示す血判状を用いた上で、お互いの魔力による契約が必要なはずだ。


 確かにあの時、アベルに口止めをされて同意はした。しかし、あくまで口約束だ。それだけで契約魔法が成立するなど聞いた事も無い。

 そんな事が出来るなら、言質を取るだけで契約魔法が成立してしまう。


『グランのここで見た能力の事、誰にも言っちゃダメ。いいね?』

『ああ』


 あの時の会話を思い出す。

 確かあの時……、先ほどグランの話をしようとした時と同じような刺激が、首筋に走ったのを思い出した。


 まさか、あの口約束だけで、契約魔法が成立したというのか? 馬鹿な!


 つまり、あのアベルという魔導士の少年、手順を踏まなくても相手の言質さえ取れば、契約魔法を成立させてしまうということか?


 それはあの少年に、うっかりとした事を言えば、契約魔法で縛られる可能性があるという事だ。


 一瞬で酔いが醒めた。




 その後からは、何を話していたかあまり覚えてない。

 店を出て解散して、人も疎らになった夜の道を、常宿へと向かう。


 その俺の目の前に、何も無いところから突然、銀髪の少年――アベルが現れた。


「な……!?」


 一体どこから!? まさか転移魔法? この歳で、転移魔法まで使えるというのか?

 そういえばダンジョンで出会った日も、魔物の群れの前から突然消えて、俺の後ろにいた。

 驚きを通り越して、恐怖さえ覚える。


「こんばんは、おにーさん。お久しぶり」

「ああ、久しぶりだ」

 相変わらず張り付けたような笑顔だった。


「ねぇ、俺との約束守ってる? グランの話、誰かにしてない?」

「……っ」


 ゾクリ。


 寒気と共に、背中を冷たい汗がつたう。

 まさか、グランの事を口にしようとしたのが、バレてるのか?


「ああ、してない」

「だよね。そっか、よかった。そんな警戒しないで大丈夫だよ。約束守ってくれればいいだけだから、ね?」

 コテンと首を傾げる姿はあざとくも見えるが、張り付いたような笑顔のせいで薄気味悪さを感じた。

「わかった」

「おにーさんは、グランに危害加えたりはしなさそうだしね」

「顔見知り程度だが、同じ王都の冒険者だしな。奴には色々世話にもなってる、そんな事はしない」


 ピリッ!


 首筋に静電気のような刺激が走った。

「な……!?」

 また、何か契約魔法を掛けられたのか!?


「うんうん。そんなびっくりしなくても大丈夫だよ。おにーさん、根は悪い人じゃなさそうだし? グランに危害を加えることはないよね?」

「ああ、それは絶対ない」


 契約内容をそこで理解した。

 さらっと言わされた感はあるが、同じ冒険者同士、ましてや好印象の相手を傷つけるようなことはまずない。


「ありがと。じゃあこれからもグランと仲良くしてね」

「……ああ」

 迂闊に返事をするのが恐ろしく感じた。


「ふふ、大丈夫だよ。俺はグランが困るような事がなければいいだけだから。じゃあね、おにーさん」


 そういって、銀髪の少年魔導士はかき消すようにその場から消えた。




 まるで、明らかに格上の魔物と遭遇した後のような疲労感が俺を襲った。















 そんなやり取りがあったしばらく後、俺は大きな怪我をして冒険者ランクを落とす事になった。

 傷が癒えるまでろくに仕事も出来ず、治療費も嵩んだ為、物価の安い田舎へと移った。


 傷が癒えるまで時間がかかった為に、さらに冒険者のランクが下がり、貯金もほとんどなくなった。怪我の後遺症もあり再びランクを戻す事が厳しくなった俺は、冒険者としての仕事はそこそこにして、手軽で稼ぎの良い後ろ暗い仕事に手を出すようになった。

 その取引相手がフォルトビッチ商会だった。

 一度転がり落ちてしまえば戻るのは厳しい世界で、楽な仕事にどっぷりと浸かるようになるまで、そう時間はかからなかった。



 まさか、その仕事でグランに遭遇するとは思わなかった。




 アベルに掛けられた契約魔法がある為、グランには手が出せない。

 いや、それがなくてもグランに手を出して、勝てる気がしない。


 それに、短い間のただの顔見知り程度の付き合いとはいえ、あの人懐っこい少年の好感度は今でも高い。



 俺はこの件にはもう関わらない。ソーリスからも離れるつもりだ。


 グランをつついたら出て来るであろう、あの銀髪の魔導士には関わりたくない。



 警告はした。

 情報の手がかりも与えた。

 だがフォルトビッチ商会の奴らが、グランの事を調べた上で手を出すと言うのなら、後の事はもう俺には関係ない。







 あの藪をつついて出て来るのは、蛇は蛇でもヨルムンガンド級の蛇だ。

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