第71話◆閑話:王都の冒険者ギルドにいた二人の子供
あれは俺がまだ、ユーラティア王国の王都ロンブスブルクの冒険者ギルドで、冒険者として活動していた頃だった。
今から六年程前、どこからかやって来て冒険者となった田舎者の赤毛の子供は、メキメキと頭角を現し一年程でCランクの冒険者となった。
ある程度の経験がある大人が、一気に上のランクまで上がる事はあまり珍しくない。しかし、冒険者ギルドに登録出来る年齢になったばかりの子供が、一年程でCランクになると言うことなど滅多にない。
滅多にないだけでたまにある。
その子供が現れる約二年程前、同じように冒険者ギルドに登録したばかりのお坊ちゃん風の銀髪の子供が、一年程でBランクになり、王都の冒険者ギルドは、その小綺麗なお坊ちゃん風の子供の話題で騒がしくなった。
先にその子供がいたせいで、後から現れた赤毛の子供が一年でCランクになった時は「またすごい子供が現れたな」という空気になって、お坊ちゃん風の子供の時ほど盛り上がらなかった。
しかし、登録して一年の子供がBランクまで上がった事が異常過ぎただけで、一年でCランクとなった子供も普通ではない。
その赤毛の子供が、先日五人で襲撃した俺達をあっさりと返り討ちにした冒険者で、グランという奴だ。
俺が王都を離れた時は確かBランクだった。当時の実力でも限りなくAに近いBだと思われた。あれからずっと冒険者として活動しているなら、今はAランクになっていてもおかしくない実力者だ。
まさしく、天才という奴だと思った。
そんな天才同士惹かれ合うのか、グランは、奴より先に現れた天才――お坊ちゃん風の銀髪の子供と一緒に行動しているのを、よく見かけるようになった。
王都の冒険者ギルドに立て続けに現れた二人の天才児。当時王都付近で活動する冒険者で、彼らを知らない者はほとんどいない程だった。
そんな二人の子供をよくパーティーに誘って面倒を見ていたのが、ドリーと呼ばれる大剣使いの大男だ。
いずれSランクになるのではと囁かれたこの男、古くからの冒険者の間ではよく知られた話だが、その正体は前オルタ辺境伯の四男である。
そんな、上級貴族の関係者が、あの二人の子供を保護者のように面倒を見ていた。
つまり、フォルトビッチ商会が手を出そうとしてる相手の後ろには、オルタ辺境伯の身内がいるという事だ。そして、ソーリスのあるソートレル子爵領の寄親はオルタ辺境伯である。
フォルトビッチ商会の番頭にも警告したが、あの赤毛の冒険者――グランに手を出すのは得策ではない。
藪をつつけば出て来るのは蛇では済まない。
それにもう一人、あの銀髪のお坊ちゃん――アベルという魔導士。
あれは、化け物だ。
あの日、俺は当時パーティーを組んでいた仲間と、王都近くのダンジョンに来ていた。
王都から日帰りでも行けるそのダンジョンは、中ランクの敵が多く非常に実入りのいい狩場で、王都の冒険者ギルドに所属する冒険者に人気のあるダンジョンだった。
そのダンジョンの草原エリアのコカトリスの生息地で、一人で狩りをしている赤毛の少年を見かけた。
コカトリスは大きな雄鶏の体に、尻尾がヘビの尾というCランクの魔物だ。
その目は石化効果のある魔眼で、その魔眼から発せられる魔力を浴びると、その部分が石化してしまう。そして、尻尾の蛇の尾にも猛毒を持っている、Cランクの中でもBランクに近い危険な魔物だ。
このコカトリス、石化効果のある魔眼と尻尾の毒に気を付ければ、単体ならあまり脅威のない魔物だ。
しかし、コカトリスという魔物は群れで暮らしている事が多い。単体ならよけやすい魔眼による攻撃も、複数になるとそれは非常に厳しくなる。
そんな、コカトリスが群れをなしている草原で、赤毛の少年――グランは一人で黙々とコカトリスを狩っていた。
いや、よく見るとコカトリスを狩っているのではない、コカトリスが抱いている卵だけを掠め取っていた。
それはとても異様な光景だった。
コカトリスのすぐ近くを堂々と歩くグランに、コカトリスが全く反応することなく、のんびりと寛いでいた。
隠密のスキルかと思ったが、常人の隠密スキルならば、あそこまで魔物の至近距離で動けば気付かれるものだ。それに隠密のスキルだとしたら、たまたま通りかかった俺達も、グランには気づかないはずだ。
隠密というスキルは、使用者が周りから認識され難くなるスキルだが、それは使用者の存在に気付いてない者にしか効果を発揮しない。
この草原エリアを訪れた俺達は、コカトリスの卵をひたすら掠め取っている少年を偶然目にした。
たまたま通り掛かった俺達がそこにグランがいる事を認識できたということ、それはグランが隠密スキルを使ってないということだ。
では何故あんな近くで、コカトリスに気付かれる事なく、卵を掠め取り続けれるのか。
「ありゃ、最近Cランクなったガキだよなぁ。どうなってんだ? コカトリスに全然気づかれてねぇ」
「隠密スキルか?」
「いや、隠密スキルなら俺達も気づかないだろ?」
パーティーメンバー達も俺と同じ疑問を口にする。
そんな俺達の視線に気付いたのか、ひたすら卵を集めていたグランはこちらの存在に気付いて、コカトリス達の隙間を縫って群れから抜け、俺達の所までやって来た。
「すみません、コカトリス狩りの方ですか? そうでしたら、俺コカトリスじゃなくていいので別のとこ行きますね」
俺達の前にやって来たグランは、ペコリと頭を下げて、変声期前の高い声で話しかけてきた。
「いや、たまたま通りかかっただけだから気にすんな。しかし、お前を何やったんだ? どうしてコカトリスはお前に気付いてなかったんだ? 隠密スキルじゃないよな?」
「ああ、それはですね、これです」
そう言ってポーチから取り出したのは、彼の手に収まるくらいの琥珀色の液体が入った、少し大きめのポーション用の瓶だった。
「これをですね、こうするんです」
手に持ったその瓶をコカトリスの群れの上空へと放り投げ、左手に装着したクロスボウと一体化したガントレットから、放り投げた瓶に矢を放った。
矢は瓶を貫き、空中に撒き散らされた瓶の中の液体は、一瞬で霧状になってコカトリスの群れへと降り注いだ。
「これで約十分程度の間、コカトリスはこちらに気付きにくくなります」
「は?」
言っている意味が解らない。気づきにくくなる?
「この液体がかかると、強い酩酊状態になって、感覚が麻痺するんです。だから少々近づいたり、そっと触れたりしても、気付かれないんです。あ、でも強い刺激を与えると効果が切れるので、攻撃したり大きな音を出すと気付かれます」
などと、にわかには信じがたい事を言っている。
そんな液体があったら、群れている魔物を気づかれずに、一匹ずつ安全に狩れるじゃないか。
いや、まさにさっきまで群れているコカトリスの中で、卵だけ取ってたのを見た。
「ええと、グラン君だっけ? 王都の冒険者の?」
「あ、はい」
パーティーメンバーの一人が、グランの名を確認すると、キョトンとした顔で返事をした。
「その、液体はどこで買えるのかな?」
「えっと、これは俺が……」
ドドドドドドドドドドドドドドッ!!
パーティーメンバーの質問にグランが答えようとした時、コカトリスの群れの方から地響きのような音が聞こえてきた。
「なんだ!?」
音の方向を見れば、コカトリスの群れの向こうに砂煙と十数匹の魔物の姿が見えた。
それを見たグランが唸るのが聞こえた。
「あんの野郎……」
「やばい、あれこっちに来てるぞ!」
「何だって、いきなり魔物の群れがこっち来てるんだ!?」
「ありゃ、コカトリスの群れに突っ込むぞ。撤退した方がいいかも」
魔物の群れを目視したパーティーメンバーが、撤退を提案した。
「あんなのに巻き込まれたらただじゃすまないな、撤退だ! お前も行くぞ!」
パーティーメンバーに撤退を促し、グランも連れて一つ前の階層まで下がろうとしたのだが。
「すみません、おにーさん達先に下がってください。あのトレインの原因たぶん俺の友達なんで」
トレインとは、複数の魔物を引き連れて走り回る迷惑行為のことだ。
ちなみに、語源は子供向けの物語に出てくる、いくつもの箱が長く連なって走る空想上の乗り物だ。
「は? それでもこんなとこ残ってたら、魔物の群れに轢かれるぞ!」
残ろうとするグランの手を取って下がろうしたが、その手をひらりと躱された。
「もう毎度のことなんで、ホントすみません。でも、このままだと他の人も巻き込みそうなので、足止めを仕込んでから下がります。おにーさん達は先に下がっててください」
「は? 子供だけ残して逃げれるわけねーだろ!」
「え? でもこのままだと、あのバカ野郎のトレインにみなさんを巻き込むんで」
「あーもう! じゃあ俺がグランと残るから、お前ら先下がってろ!」
押し問答をしている時間はなさそうなので、仲間を下がらせて自分はグランと一緒にその場に残る事にした。
「で、どうすんだ? まさかあれ正面から全部倒すとか言わないよなぁ?」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか」
「じゃあどうすんだ?」
「地面に砂場を作るので、下がっててください」
「は?」
このガキまた意味の解らない事を言いだしたぞ!
そう思った直後、グランが地面に手を付いた。
その時、魔物の群れの方から、声が聞こえて来た。
「グラーーーーン!連れて来たよおおおおおーーーー!!」
迫り来る魔物の群れの先頭を、異様なまでに整った顔をした銀髪の少年が、こちらに向かって手を振りながら走って来ているのが見えた。
「ふざけんな、バカ! 人がいるとこでやるの、やめろって言ってんだろ!! 早くこっちこい!!」
「了解~!」
銀髪の少年が返事をするのが聞こえたと思うと、その姿が忽然と消えた。
「おまたせ」
次の瞬間後ろから声が聞こえた。
振り返ると張り付けたような笑顔の、綺麗な顔をした銀髪の少年が立っていた。
その少年と目が合うと、少年は目を細め笑みを深めた。
ゾクリ。
相手は自分より年下の、まだ子供と言っていいような少年相手に、何とも言えない寒気を感じた。
「おにーさん、グランと一緒にいたの?」
「たまたま、通りかかって話してたら、魔物の群れが来たから一緒に下がろうしたが、下がらねーって言うから、子供一人残して行くわけにはいかないし、一緒に残っただけだ」
「そう、おにーさん優しいんだね」
終始笑顔だが、どこか得体の知れなさのある子供だった――それが、バケモノ魔導士アベルとの初めての会話だった。
「じゃあ、今ここで見た事内緒にしててね」
アベルが俺の耳元に顔を近づけ、俺にしか聞こえない声で囁いた。
「ん? ああ、わかった」
故意にトレインなんてしてたことが、ギルドにばれたら厳重注意ものだ。いたずら好きの子供の言う事らしいなと思い返事をした。
その瞬間、ピリッとするような感覚が首筋を走った。
「何を!」
思わず身構えた。
「グランのここで見た能力の事、誰にも言っちゃダメ。いいね?」
「ああ」
ただ、同意を求められただけなのに、気圧されて頷くしかなかった。
その直後地響きのような音がした。
ズズズズズズズズズズズ……ッ!
音の方を見ると、地面に手を突いたグランの先の地面が、崩れるように陥没していった。
いや、固い地面の土が急にバラバラに分解されて、細かい粒子の砂になったように見えた。
そして、こちらに向かって来ていた魔物がそこで次々と足を取られ、自分の体重で砂の中に沈んで動けなくなった。
なんだ、それは!?
土属性の魔法か? ダンジョンの床を広範囲に砂地に変えるなど、どれだけの魔力と魔法のスキルなんだ?
「内緒ね?」
アベルがもう一度言った。
俺は無意識にその言葉に頷いていた。
「あーもう! アベルのバカ! もう、魔力すっからかんだよ!!」
地面から手を離したグランが、フラフラとこちらに寄って来た。
「いーじゃん、後はやっとくから、下がってていーよ。おにーさん、グランと一緒に下がってて」
「ああ」
アベルに言われるがままに、グランを連れて前の階層へ戻る階段の方へと向かった。
途中で振り返ると、先ほど魔物の群れが嵌った砂地に、無数の氷の矢が降り注いでいるのが見えた。
ベテランと呼ばれる域になる俺は、今までの冒険者生活で自分より強い冒険者を幾人も目にしてきた。しかし、これほどまでに"格が違う"と感じたのは初めてだった。
しかもそれは自分より年下の、少年と言われる歳の頃の者達だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます