第70話◆閑話:手を出してはいけないアレ

「は? 失敗しただと? 五人がかりで? 相手は冒険者風の男と子供だけだったはずだろ? お前は元Bランクの冒険者じゃないのか?」

 目の前で、地方の田舎では比較的大手の部類に入る商会の小番頭の男が、ヒステリックに喚き散らしている。



 あまり良い噂のない無い商会で、実際に後ろ暗い事も多い商会なのだが、冒険者崩れの俺にとっては金払いの良い取引先だった。

 表向きは護衛、実際の仕事は後ろ暗い事の手助けや後始末だ。


 元Bランクの冒険者の俺にとって、一般市民に仕事は、なんともチョロい仕事だ。

 都会ほど強い奴はそうそういないし、領主とその周りの奴らにさえ気を付ければ、楽に仕事が出来る


 人が集まる街には、必ず日陰者達が集まる吹き溜まりが出来る。

 善とか悪とか、なりたいとかなりたくないとか関係ない、そういう場所でしか生きていけない人間なんていくらでもいる。

 そういう場所で生きる人間は、金さえもらえれば事情に立ち入る事なく仕事をする。俺もそういう場所で生きる人間の一人だ。

 そして、その俺の一番の得意先がソーリスの町にあるフォルトビッチ商会だった。




 そんなお得意先の商会から、その日もいつものように仕事を依頼された。


 『ボロイ幌馬車でピエモンへ向かっている、商人のガキと赤毛の冒険者風の男のうち、冒険者風の男を捕まえてこい』


 という仕事だった。

 その冒険者風の男は職人らしく、その男の持ってる何かが、強引な手段を使ってでも欲しい物だったのだろう。

 この商会からの依頼では、よくある類の話である。


 聞けばまだ若い冒険者の男らしい。冒険者にしてはやや細身だが、キャスター系という風貌でもないらしい。軽装で大型の武器も持っていないので、おそらく低ランクの冒険者だろうという話だった。

 ピエモンという小さな町の職人と兼業の冒険者なら、冒険者の少ない田舎ではよくいる、ランクの低い兼業冒険者なのだろう。

 しかし、殺すより生きて捕える方が難しい。しかも、相手が冒険者風の男となると、抵抗も予想されるので、念を入れて人数でゴリ押す事にした。

 その為に、ならず者の集まる酒場で荒い仕事に慣れている破落戸を四人ほど雇い、ピエモンへ向かっているというボロイ幌馬車を追って、馬で町を出た。

 五人もいれば、田舎によくいるようなDランク程度の冒険者を、取り押さえるには十分すぎる戦力だ。抵抗されるようなら、一緒にいるガキを人質にして従わせればいい、その時はその程度の楽な仕事だと思っていた。





 

「ああ、相手は冒険者の男とガキだったよ。だけど、アレは無理だ。冒険者は冒険者でも高ランクの現役冒険者だ。Bランク……いや、今はもうAランクかもしれないな。悪い事は言わねぇ、アレに手出すのはやめた方がいい」

 あっさりと返り討ちに遭い、逃げ帰って来た俺は、依頼主にそう告げた。








 俺を含めた五人で襲撃し、たった数分で物の見事に返り討ちの目に遭わされた相手を思い返した。


 商人のガキと、それに同行してる冒険者風の男――小さな商会を護衛する、ランクの低い冒険者だと思っていた。

 おかしいと思い始めたのは、荷物を積んだ幌馬車で移動してるはずの相手に、一向に追いつかなかった時だ。

 馬一頭で引く馬車になら、馬で追えばピエモンまでの道のりの半分も行かない辺りで、追いつくと思っていた。

 それが、走っても走っても馬車の姿は見えない。どこか別の道へ進んだのかとも思ったが、ピエモンへのルートはこの大きな街道しか、馬車で走れる道はない。


 もしかしてどこかで追い抜いたのかと思い始めた頃、漸くそれらしき馬車が見えてきた。

 それはもうピエモンの直前。右手にはピエモンの北側に大きく広がる、アルテューマの森が見えていた。


 ただの幌馬車を馬で追いかけて、ここまで追いつけなかったことに、大きな違和感を覚えた。


 そして、その違和感の正体を襲撃を開始した直後に知る事となった。

 最初に攻撃を仕掛けようとした男が、弓を構えた瞬間にナイフを投げられ、その後"何か"の攻撃をくらって落馬したのが見えた。


 落馬した男とは反対側から、御者台に乗り移ろうとしていた男を援護しようと馬車に近づいた時、幌の陰から血のように赤い髪の男がチラリと見えた。

 その直後、御者台に乗り移ろうとしてた男が地面に落下した。

 今度は、攻撃を見る事が出来た。


 赤毛の男の左腕に装着されている、ガントレットと一体型のライトボウ。そこから発射される小型の矢が、二人の男を落馬させた原因だ。


 そして、その特徴的なライトボウと、それを使う赤毛の冒険者を俺は知っている。


 俺はすぐに馬のスピードを落とし、馬車の後方へと下がった。

 その頃にはすでに、馬車に後ろから乗り込もうとしていた男二人が、地面へと転がっていた。

 俺は、被っていたフードを更に深くかぶり、馬を反転させた。


 赤毛の若い冒険者風の職人、追いつけない幌馬車、気が付いた時にはすでに手遅れだった。


 アレは無理だ。アレに手を出してはいけない。


 アレは、俺が王都で冒険者をしていた頃から有名なガキだった。


 ここ五、六年で、王都の冒険者ギルドにいた事がある冒険者なら大抵の奴が知っている、赤毛の奇才冒険者――グラン。


 


 なんでそんな奴がこんな辺境で、商人のガキの護衛なんてやってるんだ!?




 アレはやばい! アレに手を出して無事に済むとは思えない。


 何故ならアイツ自身もさることながら、アレの後ろには、前辺境伯の四男、いや、それ以上の奴も付いている。


 奴がよくつるんでたAランクのパーティー――あのパーティーは、魔の巣窟過ぎるんだよおおおおおおお!!


 常人では扱う事が難しい程の巨大な大剣を振り回す男と、人間離れした美形の天才魔導士を思い出し身震いをして、ソーリスへと馬を走らせた。

 









「悪いが、アレに関わるのは御免だ。アレに関わる事になる仕事は俺はやらねえ」

「そんなに強い男なのか? ならば金は出す、昨日の奴らより強い奴らを雇って連れてこい」

 きっぱりと断ったが、番頭の男はしつこく食い下がった。


「そういう問題じゃない。アレは手を出したらダメな奴だ。Bランクの冒険者と同等な奴らを集めて、数でゴリ押せば捕える事はできるだろう。だが、それでも奴に有利な条件が揃うと、あっさりひっくり返される。アレはそういう奴だ。それに、捕まえたところで、その後の方がやっかいだ。それでもアレに手を出すと言うなら俺は、アンタ達と関わらない事にするぜ」


 いくら金を積まれても、命あっての物種だ。

 アレには関わってはいけない。俺の冒険者時代の記憶がそう言っている。


「そんなにヤバイ奴なのか?」

「ああ。どうしても気になるというなら、王都の冒険者ギルドの"グラン"という男について調べてみるといい。調べた上で手を出すと言うのなら勝手にするといいさ。俺はこの件から手を引かせてもらうけどな」


 俺はそう告げて、長い付き合いだった得意先を後にした。

 俺が雇った男達はピエモンで捕まっているだろう。

 その男達には、フォルトビッチ商会からの依頼だという事は言ってないが、俺の顔は見られているし、俺も奴らと同じ酒場に出入りしていた。

 俺の方にも手が回って来ても、いつもならフォルトビッチ商会に匿ってもらい、逃げ切っていた。しかし、アレに手を出すと言うのなら話は別だ。いや、すでに手を出してしまっている。


 引き時だな。

 ソーリスに特にこだわる必要のない俺は、すぐにソーリスを離れる決断をした。






 警告はした。

 フォルトビッチ商会――上の奴らは用心深く慎重だが、あの小番頭の男は少々浅はかなところがある。

 そして、自尊心と出世欲の強いあの小番頭の男を、商会の幹部達はいいように使っている。

 あの男がフォルトビッチ商会の幹部達に示唆されて、アレに手を出す可能性は捨てきれない。


「あの異常な連中に目を付けられるのは、まっぴら御免だぜ」


 こうして俺は、冒険者をやめて以来、長く滞在していたソーリスを後にした。

  

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