第69話◆チャレンジ! アレンジ!! ……は絶対に阻止

 今日はアベルが昼過ぎには帰ってくると言っていたので、午後のおやつタイムを、がっつりめにすることにした。その為、お昼は軽めで済ませて、午後からはパッセロ商会に納品する為のポーションの作成をしつつ、光耐性と水耐性の効果のあるマニキュアの試作品をいくつか作ってみた。

 庭では幼女三姉妹が、遊んでいる声が聞こえてくる。おそらく新しく作った的に、弾を撃ち込んでいるのだろう。時々、バキッ!とかゴツッ!とか不穏な音がするのは気にしないでおこう。




 ポーション作りが一段落したところで、そろそろ午後のおやつの準備に取り掛からなければいけない時間になっていたので、調合作業をしていた倉庫のキッチンを片付けて、母屋の方のキッチンに戻って来た。


 収納スキルで保存していたイッヒペーパーこと、イッヒの実の果肉を乾燥させて粉状に挽いた物を、水と塩を混ぜて捏ね薄く伸ばして正方形のシート状にして、蒸した後に乾燥させたものを取り出す。前世の記憶にある"ライスペーパー"を模した物だ。

 乾燥した状態から水分を含ませて戻すと、独特のもっちもちの食感になり、薄いシート状なので中身が透けて見えるので、カラフルな食材を使う事により見た目も楽しめる。

 今日のおやつは、前世の記憶にある"生春巻き"という料理の中身をフルーツに替えた物だ。


 裏の森にちょっと踏み込めば、野生のヤマモモやアンズ、イチジク、スモモといった、旬のフルーツが簡単に手に入るし、収納スキルでリンゴやオレンジなども保存しているので、材料には困らない。

 せっかくなので見た目にもこだわりたくなって、星型やハート型にカットしてみたり、花のように並べてみようかな。


 片栗粉で打ち粉をした、木製の板の上にイッヒペーパーを広げて、霧吹きで水をシュッシュと吹き付ける。イッヒーペーパーが戻ったら、その上に生クリームを載せて、更にその上に色とりどりのフルーツを飾っていく。星型やハート型にカットしたフルーツがイッヒペーパーから透けて見えるように、小さいフルーツは花形に見えるように並べ終えたら、折りたたむようにイッヒペーパーで包む。

 水でもどして半透明になったイッヒペーパーから、中身の色とりどりのフルーツが模様として透けてかわいい。


 同じ要領で次々とフルーツの生春巻きを作っていると、ドアが開いて幼女三姉妹がキッチンに入って来た。

「グラン~、おなかすいた~おやつまだぁ?」

「おなかがすきましたわ! おやつを所望しますわ!」

「お昼ご飯が少なかったから、おなかがすきましたぁ」


 うんうん、お昼は軽めだったしな。

「アベルとラトが帰ってきたらおやつにしような?」

「え~? いつ帰って来るかわからないじゃない」

 ヴェルがぷうっと頬を膨らます。

「じゃあ、テーブルの隅によけてある、果物の切れ端ならつまみ食いしてもいいぞ。あんまり食べすぎると、本番が入らなくなるから食べすぎるなよ? あとちゃんと手も綺麗にしてから摘むんだぞ」

「「「はーい」」」 


 休憩用にキッチンの隅に置いてある丸椅子を三つ持って来て並べてやると、幼女達はその上に乗ってテーブルの上に置いてある果物の残りを摘み始めた。


「このカラフルなのが今日のおやつですの?」

 テーブルの上には、出来上がった生春巻きと、まだ包んでないイッヒペーパーと果物も置いてあり、それにウルが気づいた。

「そうだよ、それはアベルとラトが帰って来てから、みんなで食べような?」

「わかってますわ。それより、これはこの白い皮で果物を包むのですの?」

「そうそう、この白い皮に霧吹きで少し水分を含ませて、その上に生クリームを絞って、更にその上にこうやって果物を乗せて、皮で包んだら出来上がりだ」

 幼女達の目の前で、説明しながら一つ作って見せた。

「私もやってみたい!」

「私もやってみたいですぅ!」

「わたくしもぉ!」

「よし、じゃあ生クリーム絞るところまでやるから、好きな果物を選んで並べて包むの手伝ってもらおうかな」

 幼女達が興味津々でやる気を見せているので、そう難しくない作業を手伝って貰う事にした。

「まっかせなさい!」

「果物を並べるだけならわたくしにもできそうですわ」

「お料理は初めてなのですぅ」


 え? なんか不穏な言葉が聞こえたけど?


「料理したことないのか?」

「うん、ここに来るまではラトが用意してたの」

「ラトが料理してたのか」

「いえ、森の民からのお裾分けや、森の実りですわ」

「時々、ヒトの町の物もラトが調達して来てましたぁ」


「森の民?」

 んんん? 森に住んでる者がいるのか? ってそういえばモールの集落もあったし、あれだけ広い森なら知られてないだけで、原住民はいてもおかしくないよな。


「私達が森に加護を与えて豊かにして、ラトが森を護っているかわりに、その庇護下にある森に暮らす者達が、色々くれるのよ」

「もしかして、君達とラトって結構すごい?」

 以前ラトが幼女達の事を"森の主"と言ってた記憶があるが、ヴェルの発言から察するに森に暮らす者達の信仰の対象なのではなかろうか? 森を豊かにして守る代わりに貢物を貰ってる感じなのだろうか。


「何を今さら」

 えっへんとヴェルが胸を張る。

「森の民とは持ちつ持たれつ関係なのですぅ」

「グランなら森の奥の私達の領域に招待してもよろしくてよ」

「あ、いいわねそれ! グランを招待して美味しい物いっぱい作って貰ってパーティーね!」

 そこはやっぱり料理係なんだ。森の奥には興味あるから、料理を代償にして招待されるのは全然構わないけど。


 まぁ、それより今は目の前の生春巻きだ。


「よし、じゃあ取り掛かろうか。俺がシートの上に生クリームを絞るから、その上に好きな果物を並べるんだ。あんまりいっぱい並べ過ぎると、包んだとき不格好になったり、破れやすくなったりするからほどほどにだ」

「「「はーい」」」


 幼女三人がキャッキャッとはしゃぎながら、イッヒペーパーの上に敷いた生クリームの上に、カットフルーツを並べている。俺はそれを横目に、彼女達がフルーツを並べ終わった物から順に、クルクルとイッヒペーパーをたたむように包んでいく。






「この白い皮で包む中身は、食べれる物なら何でもいいのですかぁ?」

 何個か作り終えて、手つきも慣れてきたクルがこてんと首を傾げた。ロリコンじゃないけど幼女のその仕草はかわいい。


「そうだな、肉とか魚とか野菜にすれば、おやつじゃなくておかずになるな。水分多い物じゃなければだいたいいけるかな。何か入れてみたい物ある?」

「うーん、私は氷菓子が好きですぅ」

 なるほど、アイスを入れるのもいいな。アベルが氷菓子が好きなので、たくさん作り置きもある。

「じゃあ、氷菓子入れたのも作ろうか。でも溶けやすいから作るなら最後にしよう」


「はいはい! 私はあのプルプルしたプリン?っていうやつが好きー!!」

 ヴェルが横から元気よく手を上げる。ロリコンじゃないけど幼女かわいい。だけどプリンはちょっと難しいかな? やるなら水分少なめの硬いプリンでやらないと皮が破れそうだ。

「プリンはちょっと包むのには向いてないからやめた方がいいかな? プリンはちょっと水分多くて難しいから、チョコレートソース入れてみようか」

「チョコレートって、黒くてあまいやつ? 私、アレも好きー!」


「ソースなら、わたくしはマヨネーズっていうソースが好きですわ」

 頬に手を立てて考えるポーズは可愛いけど、それはソースでも調味料の類だよウル。

「マヨネーズは野菜とか肉とか魚巻く時にしような?」

「果物にマヨネーズ合うと思うんですの」


 まさかのマヨラー発言。


「そうだな、マヨネーズは何にでも合わせやすいからな。でも今日は生クリームあるからマヨネーズはやめとこうか?」

「えー? せっかくだから色々作ってラトをびっくりさせたいなー」

「そうですわ、わたくしたちの初めての手料理なので、ラトが驚くものを作りたいですわ」


 それは味覚的な意味でびっくりする未来しか見えない。


「ラトの好きな物いっぱい入れるのはどうですかぁ?」


 方向性が怪しくなって来たぞ!?!?!?


「料理は味の相性が重要だから、好きな物を入れればいいってもんじゃないからね?」

「ふむぅ?」

「今日初めて料理をするんだろ? だったら失敗しないで完成するだけでもすごいことだから、それだけでラトは驚くんじゃないかな?」

「そうかなぁ?」

 ヴェルが納得いかない風に首をかしげる。


「料理はレシピ通り作れば、失敗はすることはあまりないんだ。でもアレンジしようとすると急に難易度があがるんだ。薬の調合だってそうだろ? いきなりアレンジした難しい物作ろうとすると失敗するだろ? それと同じだ」

「なるほどぉ、そうですねぇ。私達は今日初めて料理するのだから、基本からってことですねぇ」

「そういうことならわかりましたわ。初めてなので基本に忠実にするべきですわね」

「仕方ないわね、色々な物を入れてみたいけど、今日は我慢するわ」

 クルとウルは納得してくれたけど、ヴェルはなんか不満そうだな? まぁでもアレンジチャレンジ大惨事は回避できたようだ。

 時々いるんだよな、本能の赴くままにアレンジと称した魔改造料理を作る料理アレンジャーが。


 せっかく料理に興味を持ち始めた幼女達を、メシマズの使徒アレンジャーにするわけにはいかない。むしろ自分の食の安全の為にも、俺の目の届く範囲で、アレンジャーを爆誕させるような事は回避しないといけない。メシマズ絶対ダメ。








 フルーツ春巻きをあらかた作り終え、三姉妹と一緒にリビングのテーブルに、出来上がったフルーツ春巻きを並べて、お茶の準備をしていると、アベルとラトがほぼ同時に帰って来た。

 ラトは何だか頭のてっぺんの髪の毛がボサボサになってるな。


「ただいまー、外に穴だらけの板みたいなの置いてあるけど、何アレ?」

 あ、やべ、三姉妹用に作った的を片づけるの忘れてた。

「あ、あぁ、昼間に三姉妹がダーツみたいな遊びするのに作ったやつだな」

「ふーん……、また何かおかしな物作ったわけじゃないよね?」

「お、おう」

 おかしな物じゃないと思うけど、アベルの視線が痛い。


「ラトー! アベルー! おかえりなさいですぅ!」

「おやつの準備が出来てますの」

「今日のおやつは私達も一緒に作ったのよ!!」

 パタパタと三姉妹がラトとアベルを出迎える。

「一緒に作った? グランとか? 今まで料理なんてしたことなかっただろう?」

 幼女達に手を引かれて、ソファーに腰を下ろしたラトが目を泳がせてこちらを見たので、大丈夫だと頷いた。




「へぇ、皮の中身が透けててすごくカラフルだね」

 テーブルの上に並ぶカラフルな生春巻きに、アベルがほうっと息を漏らした。

「皿に取り分けるから席に座っててくれ」


 フルーツ生春巻きを種類毎に、一つずつ小皿に取り分けて並べる。幼女達は大人勢より少食なので、いろんな種類をちょっとずつ食べれるように、一つを三等分に切り分けて、それぞれの皿にわけてやる。


「こっちがフルーツと生クリームで、こっちのはフルーツと生クリームの他にアイスクリームが入ってて、こっちはフルーツと一緒にチョコレートのソースが入ってるよ」

「へえ、外暑かったから氷菓子は嬉しいな」

 相変わらずアイス系が大好きなアベル。

「そう思って、お茶はアイスティーにしておいたよ」

 今日のお茶は、フルーツ春巻きに使ったフルーツの切れ端を、再利用したフルーツティーだ。



「これを作ったのか?」

「そうですわ!」

「こっちも食べて! これも私達が作ったのよ!」

「お料理楽しかったですぅ」

 幼女三人がラトを囲んで、自分たちが作ったフルーツ春巻きを、せっせとラトに取り分けている光景は、とても微笑ましい。ラトはどんだけ食べさせられるのかな?



「皮のもちもちした食感と、チョコレートの相性がすごくいいね。クレープになんとなく似てるけど、クレープよりさっぱりした甘さに感じるね」

 甘い物大好きなアベルからの評価は悪くないようだ。

 この国に存在するクレープは、中身に少々違いはあるものの、俺の前世の記憶にあるクレープとそっくりだ。この世界の食文化から自然に生まれたのか、俺と同じような記憶を持った者が持ち込んだのかはよくわからない、

「クレープの皮は、砂糖が入ってるからちょっと甘いからかな? こっちはイッヒの果肉から作った皮で、皮には砂糖使ってないから、イッヒの風味だけだね。もちもちした食感はイッヒの果肉の食感だね」

「やっぱりチョコレートは甘いのが好きだな」


 この国で流通しているチョコレートは、菓子よりも気付け薬としての方が主流だ。甘くて滑らかなチョコレートは砂糖の値段や、原料となるカカオの品種、加工技術の関係で高級品だ。

 甘いもの好きのアベルは、甘いチョコレートが大好きだ。俺も、チョコレートは酸味より甘味が強い物が好きなので、自分で菓子作りに使う時は、市販の物を溶かして砂糖や粉乳を加えてやや甘めにする。

 しかし、やはり今世のチョコレートの加工技術が前世程ではない為、前世のチョコレートに比べると舌ざわりはあまり良くない。前世のチョコレートって偉大だったんだなと、今さら思う。

 お貴族様の食べるようなチョコレートなら、前世の記憶のような滑らかな舌触りのチョコレートかもしれない。


「見た目も綺麗だし、食感も癖になる、しかも皮がほのかな甘みで嫌味がないから、女性が好きそうだね」

 アベルの言う通り、カラフルになるように明るい色の果物を使ったので、味だけではなく見た目でも楽しめるので、女性が好きそうだ。

 クレープと違って、皮には砂糖やバターを使ってないので、あまりしつこい甘さもない。甘すぎる物が苦手な人にも、受け入れられそうだ。今度キルシェとアリシアのとこにも持って行こう。


「グランが王都からいなくなった時はびっくりしたけど、こうして王都にいる連中には内緒でグランの料理食べれるのはいいね。すごく優越感」

 アベルがすごく黒い笑みを浮かべている。

「あー、そういえば思い付きで引っ越したから、ドリーとかに何も言ってないや」

 冒険者になった頃からお世話になっている、大剣使いの大男を思い出した。

 パーティーによく誘ってもらってたから、いきなり音信不通になったのはまずかったかもしれない。近いうちに手紙でも出しとこう。

「ドリー達なら元気にやってるよ。グランの居場所は教えてないから安心して?」

「いや、別に教えてもいいけど」

「それはやめた方がいいと思うよ? アイツ、グランの居場所知ったら、パーティーで絶対押しかけてくるから」

「えー? こんな辺境まで?」

「アイツらなら絶対来るよ。あいつらめっちゃ食べるから俺の分減りそうだし、王都の奴らには教えないよ」

 この男、食い意地張り過ぎだろう。


「グランの料理の量が減るのは困りますわね」

「だったらもっとお野菜育てますぅ?」

「野菜はもう畑にいっぱいあるじゃない、私は果物の方がいいわ」


 俺とアベルの会話を聞いて、三姉妹が乱入して来た。

 その後ろでラトは何かもごもご言ってるが、口の中いっぱいに生春巻きを詰め込まれて喋れないようだ。


「まぁ多少人数増えるくらいなら大丈夫かな? 畑に加護もらってるし、フローラちゃんも手伝ってくれてるおかげで野菜もいっぱいあるから大丈夫だよ、果物も森に行けば採れるしな」

「そうやってグランはすぐ餌付けするんだから」

 まぁ、ラトは餌付けしてしまった感が凄くある。

「でもさすがに、ドリー達がパーティーでいきなり来たら困るな。来るならその前に連絡してほしいかも」

「だろ? あいつら遠慮ってものを知らないからね」

 お前が言うな。と思ったのは内緒だ。

 まぁ来たら来たで、おもてなしはするけど、来るなら事前に連絡して欲しい。

 それに、ラトや三姉妹と鉢合わせすると、色々めんどくさそうだ。



 押しかけてきたアベルもだが、ラトや三姉妹は、すっかりうちに居ついてしまった。

 ラト達は森に帰ってる日もあるが、だんだんうちに泊まる日も増えてきている。大きめの屋敷で良かった。






 田舎でひっそりスローライフを送るつもりが、すっかり賑やかになってしまった。

 王都にいた頃より、他人と話す機会が増えてるくらいだから、不思議なものだ。




 でも、案外こんな賑やかなスローライフも悪くないって思う。










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