第68話◆筋肉ましましデコピン

「これは、わたくしの髪の毛の色と目の色と同じですわ」

 爪の先から藤色から白のグラデーションに塗られ、水色のラメがキラキラとしている自分の爪を、うっとりした表情でウルが見つめている。

 幼女にあまりゴテゴテした模様は合わないと思い、細かく砕いた水の魔石を入れた、水色のラメ入りのシンプルなグラデーションに、ワンポイントで小さな花柄を爪の付け根辺りに描いてみた。

 あっちこっちで他人の爪を飾っているうちに、だんだん作業に慣れて技術も上がって来た。ありがとう、器用貧乏さん!!


「ウルばっかりずーるーいー! 私も私もー!」

「私もですぅ」

「ヴェルとクルも順番にやるから待ってくれ」


 朝食の席でアベルとラトの爪に気付いた幼女達に強請られて、朝食後に幼女達の爪にマニキュアを塗ってやっている。

 アベルはいつものように、朝食後に出かけて行き、ラトも幼女の面倒を俺に任せて森の方へと出かけていった。まぁ、今日は家で調合したり、畑弄ったりする予定だったから別にいいけど。


 彼女達の爪に模様を描くついでに、昨夜アベルやラトにやったように、何か付与効果でもつけてみようかと思ったけど、思えば彼女達は女神の末裔らしいので、俺のような平々凡々な人間が、人間の庶民感覚のレベルの便利効果を付与することなんてないよなぁ、というか烏滸がましい?と思い至って、結局普通に彼女達の色とイメージに合わせた色に塗ってみた。


「アベルやラトにやってたみたいに、何か効果付与したのもやってみてー!」

 ヴェルの爪にマニキュアを塗っていると、効果付与を強請られた。

「付与の土台が爪に塗っている薬剤に入ってる魔石の粉と、爪に飾る魔石の破片とだけになるから、あまり大した効果は付与できないぞ?」

「ちなみにラトとアベルの爪には、どのような効果を付与なさったのですか?」

「ラトには魅了の効果かな、たぶん今頃、小動物にモテモテになってると思う。アベルは体力とか筋力が上昇する身体強化かな。といっても、デコピンの威力がちょっと上がる程度だよ」

 それほど大きくは強化されてないと思うけど、それでも手足合わせて二十の爪に付与をしているので、変化を体感できるくらいの効果を発揮するはずだ。大幅な強化ではなくても、今の状態のアベルにデコピンされるのは、ちょっと遠慮しときたい。


「デコピンってなんですの?」

「ああ、デコピンっていうのは……」

 実際に当てると痛いので、おでこの前で指を丸めて空振りをして、デコピンを説明する。

「私それがいい!! デコピンやってみたい!」

 ヴェルがデコピンに興味を示してしまった。幼女とはいえ身体強化乗せた状態で、俺で試されたらたまったもんじゃないので、他の事を提案しよう。

「デコピンは結構痛いからね? そうだデコピンじゃなくてこうしよう」

 ヴェルの右手の爪に描いてある、ワンポイントの花柄の真ん中に小さな魔石の破片を張り付け、親指には軽い物理耐性、他の爪には身体強化を付与した。そして収納から魔物の皮をなめした物と、品質の悪くて使いどころのない樹脂を、小石くらいのサイズに固めた物を何個か取り出した。魔物のなめし革を壁に吊るして、樹脂の塊をいくつかヴェルに渡す。

「これは何をするものなの?」

「これは弾だよ、それであの魔物のなめし革が的。拳を作って、こうやって人差し指の腹で弾を挟んで、親指で弾いて飛ばすんだ」

 樹脂で作った弾を親指で弾いて、魔物のなめし革の的に向けて飛ばすと、弾はなめし革に当たってパツンッ!という音を立ててそのまま床に落ちた。


 少々コツと指の力が必要だが、爪に軽い身体強化を付与したので、幼女の力でもそれなりに飛ぶはずだ。

 ちなみに、がっつりと身体強化乗せて飛ばすとそれなりの威力は出るので、小型の生命力の低い魔物や小動物にはそれなりのダメージを与える事ができる。

 まぁ、実戦だとこんなことするくらいなら、投擲用のナイフでも投げたほうが手っ取り早いのだが、収納スキルと合わせれば前動作ほとんどなしで撃てるので、不意打ちや注意を逸らす為にたまに使うくらいだ。弾は今回みたいなクズ樹脂や小石でいいので、弾のコストがほぼゼロなのがいいところだ。

 後でなめし革に的を描いて、得点を競うゲームにしてみてもいいかもしれない。

 

「弾を指で飛ばして、あの革に当てるのね? 簡単そうじゃない?」

 そういってヴェルが、俺がやったのと同じように、樹脂で作った弾を右手の人差し指の腹で挟んで、親指で弾いた。


 コロン


「あ…」

 ポロリとヴェルの指の間から、弾が落ちた。

「い、今のは練習だから! 次はちゃんと飛ばせるわ!」

「わたくしもやってみたいですわ!」

 ウルも興味を示し始めてしまった。

「じゃあ、身体強化と爪が傷つかないように親指に物理耐性付与するよ。クル、悪いけどちょっと待ってくれな?」

「はぁい。私は付与を自分でやってみたいですぅ。まにきゅあ?も自分で塗ってみたいですぅ」

「わかった、じゃあウルの終わったら、クルのは一緒に塗ってみような」

「はぁい」










「なるほどー、花柄の中心の魔石の破片に身体強化を付与してるんですねぇ~、でしたらこの花柄を身体強化の文言にしてみたらどうですかぁ?」

「んー? それだとちょっと物々しくならないか?」

「文字の向きを変えると花びらっぽく見えますよぉ? 文字の向きは効果に関係ないですからねぇ~あと上位古代語じゃなくて上位神代語でやれば文字数減らせるので、文字の周りに装飾書き込むスペースもできますねぇ」

「上位神代文字? ごめん、それは俺わからないや」

「文法はだいたい上位古代語とほぼ同じで、文字形態が違うだけなので、文字を覚えてしまえば上位古代語とあまり変わらないと思いますよぉ。文字というか絵文字に近い感じなので一文字一文字が少し複雑ですが、古代語系列の文言より一つの文字が持つ強制力は強いんですぅ」

「なるほど、よかったら神代文字を教えて貰えるかな?」

「いいですよぉ~、グランにはいつも美味しいご飯頂いてますからねぇ。まずはこの部分、身体強化でも筋力強化は炎属性と相性いいのでこの文字ですねぇ」


 ウルの爪に付与を済ませて、クルと一緒にクルの爪にもマニキュアを塗っていたのだが、いつの間にか俺の方がクルに付与についてのアドバイスをして貰う側になっていた。

 見た目は幼女だけど流石女神の末裔!! 年の功!! 神代文字なんて初めて見たよ!!


 ウルのアドバイスをメモに残しながら、実際に神代文字を使った付与を試してみている。

 神代文字は、文字というか絵を記号化したような形態で、ものすごく文字の種類が多いらしいのでとりあえずよく使いそうなのだけ、文字の意味を合わせて教えてもらっている。


 言葉には"力"が籠る。強い意思が込められるほど、言葉の力は強くなり、魔力と相性のいい言語ほど、言葉の力は強力になる。それが魔法を使う時に使う"詠唱"であり、魔力付与で使われる魔法陣や文言で、魔術と呼ばれる分野になる。

 もちろん詠唱なしの魔力のみでの魔法の発動は可能だし、文言や魔法陣なしでも付与は出来るが、言葉の力を同時に使う事で、同じ魔力量でも威力を上げる事ができる。逆に言うと、自分の魔力が足りない部分を、言葉の力で補うという事だ。

 ただし、魔法を使う為に詠唱を挟めば、戦闘時なら隙ができてしまうし、詠唱の意味が分かればどんな魔法がくるかわかるので、対処もされやすくなる。また、装備品なら魔法陣や文言を書き込むスペースも必要となるので、小さい物には使いにくいし、劣化や破損で文字が消えてしまえば効果が無くなってしまう。


 神話時代の言語や、精霊や古代竜、幻獣と言った人間とはあまり交流のない長寿種族が、好んで使うという言葉は、魔力と相性が良く強い言葉の力を持っているらしい。だがその辺りの言葉は、現存する資料が少なく、未解明な部分が多い為、一般的に耳にすることはほぼない。

 そのような言葉ほどではないが、魔力と相性のいい古代語と呼ばれる言語が、魔法の詠唱や付与と言った魔術の分野で最もよく使われている言語である。ここら辺の言語は、教本も多く出回っており、各ギルドで付与や魔法使いの初歩的知識として、初心者向け講習会で学ぶことができる。

 俺も冒険者になった頃に、冒険者ギルドの魔術講習会に参加して、その後はアベルに教えてもらったり、本を読んだりして。下位と上位の古代語はある程度習得している。


 俺達が日常的に使う言葉も、意思と魔力の強さ次第では力を持つので、魔法の詠唱として使えなくはないし、魔術向けの言語を学んでないと、普段の常用語で詠唱を行う事も少なくない。初歩的な魔法や生活魔法ならそれでも全く問題ないが、魔力と相性はあまり良くないので付与に使うには向いてない。


 暴言や悪口や憎悪の籠った言葉を浴びせられて精神的に参ったり、温かい気持ちの籠った言葉や明るい話題で、気分が上向くのは言葉に力があるからだ。

 魔法の存在しなかった前世でも"言霊"と呼ばれ、言葉には力があると言われる事があった。




 そしてクルの指導の元、クルの爪に二人掛かりで上位神代語を絡めた模様を描いて、身体強化の付与を施した結果。


「アンタ達何やってるの」

「あー……、的を貫通して、壁に穴が空いてしまいましたわ」

「あららぁ? さすがグラン完璧ですぅ」

「いや、ほとんどクルが教えてくれた上位神代語のおかげだろ。てか、完璧というか、やり過ぎなんだが」


 爪にガッツリと身体強化を付与したクルが、樹脂弾を指で弾いて飛ばすと、なめし革の的に当たった弾は、それを貫通して後ろの壁にめり込んでしまった。

 あーこれ絶対に、遊びで人とか生き物に向けて撃ったらいけないやつだ。初めて覚えた文字がちょっと楽しくて、多少やり過ぎてもいいかと張り切った結果がこれだった。ウルとヴェルが呆れ顔でこちらを見ている。


「これは、家の中でやるのは危ないな! 頑丈な的作るから、外でやろうか!」

 壁の穴は適当な布でも掛けて隠しておこう。



 エンシェントトレントの材木を引っ張り出して、適当な魔物のなめし皮を張り付けて、チョークで簡単な目印を付けた的を作り終わる頃には、昼時になっていた。








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