第67話◆爪に塗るポーション
「とまぁ、証拠は全くないんだけどな。ソーリスでポラール商会出る時に、見張られてたのと、賊の会話から俺達を、てか俺が狙われてたっていう事くらいかな。多分レシピとその権利が狙いじゃないかな。一人は無傷で帰したから、このまま手を引くなら、仕返しする気もないし、捕まえた奴らが飼い主の情報ゲロって、公で処罰して貰えるならそれはそれでいいし。被害自体はないからね」
先日パッセロ商会に現れた男が働いてる商会を特定した事と、帰り道での出来事をアベル達にサラリと説明した。
「証拠らしい証拠がないから仕方なくはあるけど、グランは少しあまくない?」
「ほぼ確信しているけど証拠がないからな。今日捕まえた連中も依頼主の素性を知らない可能性もある。もし次また何かあったら、きっちりカタつけるよ。だけど俺んとこに来る分には問題ないが、キルシェ達を巻き込む事は避けたいんだよなぁ。窓口がパッセロ商会だから、あっちに行く可能性も高いんだよなぁ」
ならず者に仕事を依頼する際は、お互いの素性を明かさず、金だけでやり取りする事が多い。故に依頼主まで辿り着けない可能性の方が高い。一度失敗して諦めて手を引くのなら、深追いするのはめんどくさいし、ピエモンとソーリスは離れているし、一旦は様子を見ようと思ってる。だが、次があるようなら容赦はしない。
俺の自宅はバレてないと思うが、窓口になっているパッセロ商店はバレているので、店に顔出す頻度は上げるつもりだ。
「買い占め対策の方はさっさと流通量増やすのが良さそうだね。出回ってしまえば、買い占めの意味なくなるからね。ティグリスに相談しておくよ。それと、キルシェちゃんの取引先の商会って金物屋だっけ? マニキュアの取引持ち掛けるにはちょっと毛色が違うかな? 商売の事はよくわからないけど」
「金物雑貨とか生活魔道具とかの店だね。店の外からチラっとみただけだから何となくしかわからないけど、客層的には中流階級が多そうだったかな、調理器具も取り扱ってたから女性の姿も目についたな。……んん? 調理器具……あぁ、商談してみないとなんともだなぁ」
あー、もしかしたらイケるかもしれない。
「どうしたの?」
「マニキュアを本当に爪に塗るポーションにしてしまえばいいかなって」
「どういうこと? 詳しく」
「マニキュアにポーションみたいに効果付けて、ポラール商会の客――家事をする女性向けのマニキュア作って、取引をお願いしてみようと思う。バーソルト商会からマニキュアの容器の仕入れが始まってからになるけど」
容器の問題だけはどうにもならないからな。この容器の問題さえクリアしたら量産出来るし、買い占めに対処できるはずだ。
「なるほど、だったら間にバーソルト商会挟んで取引したらどうかな? 商会同士のほうが話は早いし、数の擦り合わせもやり易いはずだ」
「んー、でも王都からソーリスまでは遠くないか? さすがにバーソルト商会とはいえ、転移系の魔法で輸送はしてないだろ?」
「ソーリスには支店ないけど、隣のオルタ辺境伯領の領都のオルタ・クルイローには、大きな支店があるよ。そこからなら、ソーリスまで二、三日だし、なによりオルタ・クルイローと王都は転移魔法陣で繋がってる」
「なるほど、それならバーソルト商会に任せちゃおうかなぁ」
転移魔法陣とは、その名の通り遠距離を転移できる魔法陣だ。大きな街や防衛の要になる町に設置されており、王家やその地を治める貴族が管理している。その一部は一般にも開放されており、利用料を払う事で利用する事ができる。しかし利用料が高い上に、利用するにははっきりとした身元が証明されてなければいけないので、一般に開放されているとはいえ、庶民が利用する事はあまりない。
利用料が高いが移動に何週間もかかるような距離を馬車で移動するよりは、転移魔法陣を利用する方が安上がりで安全なこともあり、大手の商会は転移魔法陣を利用するところもある。
余談だが、比較的安価で身元の審査も緩めで、手紙や荷物のみの転送も取り扱われている。まぁ、安価といえど一般的な庶民にはお高めの値段なので、もっぱら上流階級や貴族向けのサービスである。
「ところで先程から話に上がっている、まにきゅあ?という物、爪に塗るポーションとやらに私も興味がある」
「えぇ!?」
俺とアベルの話を、酒を飲みながら黙って聞いていたラトが、話が一段落したところで、そんなことを言い出した。
「そういえば、俺も実際に使ってみた事ないんだよね? 俺も試してみたい」
「私も試してみたい」
「じゃあ準備してくるからちょっと待ってて」
なんで野郎の爪にと思いつつも、どうせ塗るなら思いついた爪に塗るポーションの実験台にしてやることにした。
自分の部屋に戻り、ストックしているマニキュアの中に、粉状に細かく砕いた魔石を入れると、魔石その物が光を反射しやすいので、そのマニキュアを塗った爪が、キラキラと光を反射してとても見栄えがいい。
今までは深く考えず、使い物にならない小さな魔石やあまり品質の良くない魔石を、マニキュアの色に合わせて選んで入れていたが、今回はそこそこの品質の水属性の魔石と光属性の魔石を選んでマニキュアの中に混ぜてみた物を用意した。
属性の関係で水色がかった魔石と白味がかった魔石だ。元にしたマニキュアの色が薄いピンクなので、その中に薄い水色がキラキラする感じになる。
そして、魔石には特に付与をしなくても、元からその属性に応じた耐性が備わっている。つまり水と光の魔石を砕いた物なら、弱いながら水と光の耐性があるということだ。今回は、耐性の効果を体感できるくらい発生させる為に、ただキラキラさせるだけの為に魔石の粉を入れる時より、質のいい魔石を選んだ。
【マニキュア】
レアリティ:D
品質:上
効果:水耐性E/光耐性E
爪の保護効果のあるポーション
水と光に微弱な耐性がある
副作用なし
俺がマニキュアと名付けたので、鑑定結果もマニキュアになってしまっている。そしてちゃんと水と光の耐性もあるようだ。
微弱な水耐性と光耐性は、戦闘にはほとんど役に立たないが日常生活なら十分恩恵がある。
マニキュアの販売のメインターゲットは女性だ。
"浄化"や"洗浄"と呼ばれる生活魔法が存在し、掃除や洗濯、洗い物が魔法で出来るとは言え、家事から水仕事が全くなくなるわけでもないし、俺のように生活魔法すら使えない者もいる。
生活魔法が使えても魔力の保有量によっては、家事の全てを魔法で片づけるというわけにもいかない。
水仕事をすれば手が荒れる。ポーションで手荒れは回復するが、それでも手荒れは女性にとっては悩みの種だ。パッセロ商店でマニキュアを売りながら、その場で塗る時に女性の手を取るが、やはり手荒れで悩んでる人は多い。
マニキュアに水属性の魔石を細かく砕いて入れれば、弱いながら水耐性が発生する。大した効果ではないが、水仕事でのお肌のダメージを軽減する程度の効果なら十分ある。冬場の水の冷たさも多少は緩和できるはずだ。
そして、光耐性。手の悩みと言えば手荒れ以外に日焼けもある。長袖の服を着ていても露出してしまう手は、日焼けしやすい。日焼け対策をしていても、手は他の部位に比べて太陽の光に晒されやすい。光属性の魔石を砕いた物を加えたマニキュアなら、光耐性で多少は日焼けを軽減できる。
魔力も含んでて、弱いながら属性耐性アップの効果もあるから、立派なポーションだよね。
そこそこの品質の魔石を使うので、普通のマニキュアよりは割高になってしまうが、おしゃれと実用を兼ねているので、ちょっとお金に余裕のある女性にならきっと需要があるはずだ。
即席で作った、水耐性と光耐性のあるマニキュアを持って、リビングに戻ってアベルとラトに見せながら耐性についても説明した。リビングの明るい照明の下だと、マニキュアの中に入っている砕いた魔石が、薄暗い自分の部屋にいた時よりも、鮮やかに光を反射して思ったよりキラキラした。
「へー、水耐性に光耐性かー。確かに手荒れと日焼け防止効果あるなら、女性は喜びそうだね。ちょっといいとこの使用人とかなら、多少値段が張っても飛びつきそうだ」
「でしょ? でもまだどれくらい効果あるか試してないから、アベル達にマニキュア塗るついでに試させてほしい。あとで効果教えて貰えれば嬉しいな」
「俺、水仕事とかしないよ? だいたい浄化と洗浄の魔法で事足りるし? 日焼けも、手袋付けてるからほとんどないよ?」
「あっ」
言われてみると当たり前の事だった。
そしてアベルの手は女性もびっくりなくらい綺麗だ。こないだのレオンといい、なんか悔しい。
「ラトは?」
ラトは色白で、というかこれはもうアルビノというやつではないだろうか? アルビノなら日焼けは天敵のはずだけどどうかな?
「水浴びもすることもあるし、日にも当たるが、加護があるので水や陽の光と言った自然の物は、基本的に私を傷つける事はないな」
森の番人の加護は強かった。
「いいよ、もう。これはキルシェとアリシアに試して貰うから」
自分が失念してただけだが、ちょっと悔しい。そんなわかりきった事を失念していたことが悔しい。
「まぁまぁ、とりあえずその光耐性と水耐性のあるマニキュアは、ティグリスに売り込んでおくよ。それより、こないだバーソルト商会で、レオンにやってたみたいなの俺にもやって欲しいな」
「え? あんなキラキラに可愛くしていいのか?」
「いいよ、やってやって」
「アベルが終わった後は私も頼む」
「わかった。じゃあちょっと色々試したい事があるので、試していいかな?」
「危なくないことならいいよ」
「危なくはないと思う」
前々から、爪に模様描いたり、小さい魔石張り付けたりするなら、ついでに何かしら効果付与できないか、やってみたかったんだよね。爪なら両手合わせて十もあるし、細かい効果十も付けれるじゃん?
あぁー、付け爪を作ってしまえば、武器にもなるのか。でも、付け爪を用意するところからだからこれはまた今度だな。とりあえず、アベルとラト合わせて手だけで爪が二十もあるので、色々試せるな! 足も合わせたらその倍だ!!
こうして嬉々として、爪に細かい効果を付与しまくったら、思ったより効果が出る事が発覚した。
一ヶ所だけなら大したことないけど、全部で二十もやるとさすがに塵も積もればなんとやらだ。
これは付与付の装飾品代わりに使えそうだよなぁ。指輪だと武器を握る邪魔になるけど、爪に模様を描くだけなら邪魔にならないし、難点と言えば作業にちょっと時間がかかる事か。チップならその問題は解決しそうだけど、長さを考えないと指輪と同様に邪魔になるな?
改良は必要だけど冒険者の間でも男女問わず需要ありそうだなぁ。というか身体強化が乗せれるなら、騎士や兵士にも需要ありそう。何だかすごくお金の匂いがする。
そして思わず調子に乗って色々やってみたよね。
アベルは魔法には特化してるけど、なんでも魔法で解決してしまう分あまり体を鍛えてないので、冒険者にしては体力がない。ついでに筋肉もない。
体力と筋力が満ち溢れるように、そっち系の身体強化を施して、少し筋肉質な魔導士にしてやった。
筋肉は重要、筋肉は正義、筋肉は裏切らない。というかこれ以上アベルに魔力系の付与しても意味なさそうじゃん、だいたいの魔物はオーバーキルしてるし。
ラトには何をやっていいのかよくわからなかったので、とりあえず軽い魅了系の付与を試してみた。軽い魅了なのでちょっとでも魔力に抵抗がある者には効かないし、効いてもラトに対して少し好意的になるくらいで、突然惚れられたりとかはないはずだ。ちょっと小動物が寄って来るくらいだと思う。
そして、シャモアの姿になったら、効果はどうなるかは知らない。ぜひ後でどうなったか聞かせて欲しい。
今日は色々あって、鬱々とした気分で帰宅して来たけど、マニキュアで色々付与試してるうちに随分気分が晴れた。
そして、翌朝起きて来た幼女三姉妹が、カラフルに彩られたラトとアベルの爪を見て、自分達も塗って欲しいと言い出したので、彼女達の爪も可愛らしい模様と小さな魔石で飾る事になった。
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