第66話◆慣れたくない事もある
「グランさん!!」
捕獲した覆面男達を、ピエモンから来た兵士に引き渡して、状況を説明していると、遅れてやってきた冒険者ギルドの紋章の入った馬車からキルシェが飛び出して来た。
ピエモンのように小さな町だと、常駐している兵の数が少ない為、治安維持を地元の冒険者ギルドと共同で行っている事は珍しくない。
今回のような、町の外で賊の捕縛や移送は、町に駐在する兵士の人数を割きすぎない為に、冒険者が駆り出される事はよくある。
「怪我は? 怪我はないですか!?」
馬車から出て来たキルシェが、不安そうな顔で駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ、あれから捕まえて縛っただけだから。キルシェこそ怖かっただろ? 町で待ってても良かったのに」
「心配で町で待ってるなんて無理ですよ! 馬車が出るみたいだったので、乗せてもらってついて来ました」
「俺は大丈夫だよ。心配してくれてありがとな。疲れてるだろ? もうちょっと事情聴取と現場検証でかかりそうだから、馬車で待ってな?」
「大丈夫です! 僕も当事者ですし、一緒に事情説明します」
「そうか、でも疲れたなら無理しないで休んでてくれ」
「はい、無理はしてません」
無傷だったとはいえ、よく使う街道でいきなり複数の賊に襲われたら怖いよなぁ。しかも、至近距離での戦闘だったし、片付いた後でも、恐怖は残るよな。
「待ってる間これでも食べててくれ」
不安そうなキルシェの気を紛らわす為に、綺麗な水で育てたスライムのゼリーと、ハチミツを混ぜ合わせて作った飴をマジックバッグから取り出して渡した。飴の中には、小さなピンクの花を丸ごと入れて固めてあるので、ガラスの中に花が入ってるようで見た目も可愛い。そして、この花は精神安定の効果のある薬草の花なので、舐めてるうちに少しは落ち着くはずだ。
「食べるのがもったいないくらい可愛いですね」
「気に入ったなら、まだいっぱいあるよ」
「そういう事ならいただいちゃいます、ほわぁ、ハチミツの味がする~」
甘い物を口に入れたら、強張っていたキルシェの表情が緩んだので、少しは落ち着けたのなら良かった。
襲撃者達は覆面を着けたまま捕縛して転がしておいた。こちらが無傷なので、あちらから手を出した事をすっとぼけられたとしても、どう見ても賊に見えるようにだ。それに、荷台に乗り込んで来た奴の靴の裏には、マキビシが刺さったままなので"覆面付けて抜き身の武器を持って商人の馬車に乗り込んで来た"という状況証拠はしっかり残っている。問題なくこちらの正当防衛が成り立つはずだ。
それに、こちらはある程度の実績のあるBランクの冒険者なので、ギルドカード出したらわりとあっさり信用されるはずだ。
高ランクの冒険者のギルドカードの信用度は高いからな。持っててよかったBランクの冒険者ギルドカード。
賊どもが犬なのかトカゲの尻尾なのかはわからないが、襲撃直前に拾った会話からして、けしかけた奴は十中八九フォルトビッチ商会だろう。証拠はないので、余計な事は言えないが、商人の馬車を襲ったんだから、厳しく詰められて賊として罰せられるだろう。
ちょっとお粗末な装備と手際だったので、おそらく金で雇われた破落戸か低ランクの冒険者くずれだと思ってる。
逃げた奴が飼い主に報告するかそのまま逃げたかはわからないが、俺を捕まえそびれた事はすぐにわかるはずだ。
というか何ともお粗末な計画だよなぁ。俺を捕まえて、マニキュアのレシピとその権利を要求するつもりだったのかもしれないが、その日のうちに追いかけて襲撃とか、短絡すぎる。
しかし、キルシェが人質にされてたら、渡さざるを得なかったかもしれないな。
一通り襲撃時の説明と現場検証を終えて、ピエモンに戻って来た頃には辺りはすでに薄暗くなっていた。しかも荷台の荷物を収納に収めて、荷台はマキビシだらけだったから、町に戻ってその事の説明もすることになり更に時間を食った。
収納スキルはばれたくなかったので、大容量のマジックバッグに入れたという事にしたので、大容量のマジックバッグ持ちのBランク冒険者として、聴取を担当した兵士に覚えられてしまった。そして、荷台にばらまいたマキビシは、証拠品として持って行かれてしまったので、捜査終了後に返却されるのを回収しに来ないといけない。めんどくさい。
一通り事情聴取を終えて、キルシェと共に衛兵の詰め所から解放され外に出ると、すでに日は落ちて暗くなっていた。
詰め所から出て馬車を回収に行くと、アリシアとアベルがいた。
アリシアはわかるけど、何でアベルまで!?!?
「キルシェ! グランさん!」
「ねーちゃん!!」
アリシアがキルシェに駆け寄って、キルシェをギュっと抱きしめた。
「キルシェもグランさんも怪我はないのですか? うちの馬車が盗賊に襲われたって知らせが来て……はぁ、無事で良かったわ、怪我は? 怪我はしてないの?」
「うん、大丈夫! グランさんが全部やっつけてくれたんだ」
「怪我はないのね? よかったぁ……、グランさんが一緒で本当によかったわ、ありがとうございます」
「いや、原因は俺だと思うし、結果無傷だったとはいえキルシェには怖い思いさせたからな、こちらこそすまなかった。ところでなんでアベルまでいるんだ?」
「グランがなかなか帰ってこないから、様子見にパッセロ商店行ったら、ちょうど兵士が来ててさ、事情聞いて一緒に来た」
「まぁ、詳しい事情は家に帰ってからにしよ、おなかすいたし、帰ろ帰ろ」
キルシェとアリシアを店まで送って、馬車の積荷を降ろした後は、アベルの転移魔法で家まで帰って来た。
「そういえばラト達は?」
アベルの転移魔法で玄関の前に到着して、ラト達の事を思い出した。
「夕方にやって来て、ラトがグランはたぶん帰って来るの遅くなるって言ってたから、作り置きしてあった料理出して、それで俺はピエモンに行った。おそらく、ラトは遠見のスキルか魔法が使えるんじゃないかな?」
だろうなぁ、飯時になるとフラっと現れるし。
「そっか、じゃあもう帰ったかな……うおっ!?」
玄関のドアを開けたところで、目の前に白い長身の男――ラトが立っていたので、びっくりして思わず声が出た。ホント、こいつ気配ないよあなぁ。察知のスキル使ってなくても玄関越しくらいなら、普通は気付くもんなのに。
「ただいま、遅くなってすまなかった」
「ん……、問題ない。飯の世話になってるのはこちらだからな」
「とりあえずこれから夕飯の支度するけど、ラトも食べる? 三姉妹はどうしてる?」
幼女達は、太陽の光が無くなる時間になると、力が弱まるらしく活動が鈍くなり、陽が落ちると寝てしまう事が多い。夜の間は月の光の影響も受けるらしく、満月に近い日は夜でも比較的元気で、新月が近くなると夜になるとすぐに休んでしまう。
「作るのなら頂こう。彼女達は先刻作り置きのミートパイとプリンを食べて、今は客間で寝ている」
ラトと一緒にうちで夕飯を食べるようになってから、ちょいちょい晩酌で夜遅くなるので、彼らが泊まれるように客間を整えてある。無駄に広い屋敷だから、部屋はあまりまくってるし、家具はアベルがどっからともなく持ち込んで来た物だ。
「遅くなっちゃったから、簡単な物でいいかな?」
「すぐ食べれる物で大丈夫だよ、でも野菜ばっかりじゃなくて肉か魚も入れてね」
無駄に付き合い長いだけあって、俺の行動パターンは読まれているようだ。
「ああ、野菜ばっかりだと夜中に腹減るしな」
「人と戦った日のグランの食事、いつも野菜だらけなんだもん。ちゃんと肉食べないと疲れが取れないよ?」
アベルの言う通り、肉や魚の気分じゃなくても、戦った後は腹が減るので食べないともたない。
死人こそなかったけど、やっぱ人と戦う事になった後は食欲が失せる。もう何年も冒険者やってて、人と戦う事も多いので慣れろと言われればそれまでなのだが、人を傷つける事に慣れる事にどうしても抵抗がある。故にどうしてもそういう事のあった日は、つい野菜中心のあっさりめのメニューになってしまうのだ。
今は前世より人の命が軽い。"郷に入れば郷に従え"と前世のことわざにもあった。仕方ないし、そういう状況の時のほとんどは、やらないとやられる状況なのもわかっているので、割り切ってはいる。だけど、その事に慣れてしまいたくはない。前世の平和な世界の記憶が残ってる俺の、ちょっとばかりの抵抗みたいなもんだ。
野菜だらけにしないとは言ったものの、やっぱりメニューは気分に釣られるもので、結局あっさりめのメニューになってしまった。
せっかくソーリスで魚買って来たのに、今日は魚の気分じゃなくなったよ。
途中で幼女達も起きてきていつもの賑やかな食事になったので、先程の襲撃事件でやや沈んでいた気持ちも少し晴れた。
やっぱり、楽しい食卓は心が癒されるな。一人暮らしだったら、沈んだ気分でもやもやしたまま、適当に野菜食って寝てただろうなぁ。
夕飯でおなかいっぱいなった幼女達が、リビングのソファーで寝落ちしてしまったので、客間のベッドに運んだ後は、リビングに戻って男三人で晩酌タイム。
「で、グラン? 何で町の目の前で野盗に襲われたりしたの?」
「あー、あれな、てか人間同士のしょうもない争い事の話とかラトは興味ないだろ? その話は別に今じゃなくてもよくない?」
「ん、構わん。私の森から視える範囲の話だしな」
「そっか」
思い出すとやっぱ気分いい話じゃないよなー、などと思いながら今日の出来事を話す事にした。
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