第65話◆フラグは回収するもの

 あと少しでピエモンに到着するだろうというところまで戻って来た。右手には広大なアルテューマの森も見えている。

 荷馬車を引いている馬は、長時間馬車を引く為の馬で、足の速さより持久力に特化した種の馬で、人を背に乗せて走る為の馬に比べれば足が遅い。いくら馬具に身体強化の付与をしていたとしても、やはり人を二人乗せた馬車を引きながらだと、その速度は人一人乗せて走る馬には遠く及ばない。


 だんだんと近づいて来る馬に乗った人間の複数の気配。まだ、遠く離れているが、暗く入り組んだダンジョン内で気配を消して潜む魔物すら発見できる"察知"のスキルの前では、大きな足音を立てて近づいてくる馬の気配など、多少距離があろうとも気づかないはずはない。

 ソーリスを出てから周囲に気を配ってはいたが、ここまで戻って来た頃になって、辺りが騒がしくなった。何となくそんな気がして準備はしていたが、思った以上に距離は稼げたし問題はないだろう。

 近づいてきている複数の気配は、かなり殺気立っているように感じる。ただの思い過ごしなら良いのだが。夕暮れも近くなり、町から出発する者も減る時間、大きな街道とは言えもうしばらくの間誰ともすれ違っていない。ここからピエモンまでの間に他の者とすれ違う確率はかなり低いだろう。


「キルシェ、御者を交代してくれないか?」

「あ、疲れました? 行きもずっとでしたしね? ピエモンまでもう少しだし、残りは僕がやりますよ」





 ほんっと、思い過ごしなら良いんだけどな!!

 キルシェと御者を交代した後、察知のスキルで近づいて来る殺気立った気配を捕捉し続けていた。こちらは馬一頭が引いている馬車、相手は人一人乗せているだけの馬、すぐに追い付いて来るだろう。

 かといって、俺達を追って来ているかどうかまでは不明である。身体強化のスキルで上がった聴力で、すでに複数の馬の足音ははっきりと聞こえているが、馬上の人物達の会話まではまだ拾えてない。チラリと後方を確認するが、まだ目視はできない。

 馬の足音は聞こえても、重い金属の擦れるような音はなく、馬の足音も重い音ではないので、大型の軍馬ではない。つまり、騎士や兵士といった重量のある鎧を着けている者ではないのは明らかだ。馬に乗った軽装備の冒険者や旅人の類、もしくは野盗かそれに準ずる者の可能性が高い。


 ポラール商会から出る時に、こちらの様子を窺っていた者がいたのは気づいていた。地元の老舗商店同士、お互いの取引相手の情報を持っていても何らおかしくはない。

 おそらく、目的は製造者である俺だろうが、直接面識のあるあの男が来ているわけではないだろうから、パッセロ商店の馬車と商人のと護衛という風貌を目印にしている可能性が高い。キルシェだけ先に行かせて、俺が街道で待ち伏せてても、ただの冒険者として素通りされ、その後キルシェだけが乗った馬車が襲撃されるのはまずい。それに、まだ確信はないので、先に手を出してこない限り、こちらから手を出すわけにはいかない。

 できれば、キルシェを巻き込みたくはないのだが、難しいようだ。




 

 馬の足音が徐々に大きく聞こえるようになり、御者台の横から後ろを振り返れば、砂煙と馬に乗った人の姿が見えた。馬の足音の隙間から、男の声も拾えた。

「馬車が見えるぞ!」

「あれか? ボロい馬車のくせに進むの速くないか? もうすぐピエモンだぞ?」

「だが、他にそれらしき馬車はいなかったぞ」

「ガキと冒険者風の赤毛の男が乗ってたらソレだ」

「赤毛の男の方だよな? ガキには用はないが抵抗するならガキを人質にすればいい」

「ガキを先に捕まえて脅せば、大人しく従うだろ。ガキも一緒に連れて行くぞ」

「男の方は本命だから絶対殺すなよ」


 おいおい、物騒な会話聞こえてくるけど? ガキと冒険者風の男って俺らのことだよなぁ? ていうーか俺が一生懸命、改造した馬車をボロいとか失礼だな? 馬車に付けてるバリスタちゃんぶちかましたろか? いや、あれは中型以上の魔物用だから人間に使うと、トラウマレベルの絵面になるかもしれないから、キルシェの前で人に使うのはやめとこう。俺としてもスプラッタ状態は勘弁願いたい。


 とはいえ、やっぱり目的は俺か。全部で五人かな?

 あー、やだやだ、対人は苦手なんだよ。


 この国では賊の類に襲撃された場合、反撃は許されている。前世ほど治安の良くないこの国では賊も少なからずいるので、そういった者に遭遇した場合、全力で自分を守らなければ命の保証はない。

 その際、相手の命を奪う事になっても、相手が襲撃して来た事が証明されれば、防衛側の罪は問われる事はない。


 ため息をついて、収納からフード付きのマントを取り出して、キルシェに被せた。物理攻撃に対する耐性を付与したマントなので、ちょろい弓の攻撃くらいなら弾いてくれる。

「うわ!? どうしたんですか?」

「ちょっと、よろしくない奴らがこっち来てるから、何があってもそのままピエモンまで馬車で駆け抜けてくれ」

「え? 魔物ですか?」

「盗賊かな?」

「えぇ!? もうピエモンの目の前なのに?」

「だから、もし攻撃されるようだったら、そのままピエモンまで逃げ込んでくれ」

「はい」

 話してるうちに、馬車のすぐ後ろまで馬に乗った覆面男達が迫って来ていた。このクソ暑い季節に覆面までして、ソーリスからここまで追いかけてくるとか、ご苦労なことだ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「まぁ、こないだのランドタートルよりは弱いんじゃないかな?」

 ランドタートル倒したのはアベルだけど、そう言っておけばキルシェも安心するだろう。

「基準がおかしい気がします」


 キルシェと話しているうちに、背後からの気配は馬車のすぐ傍まで来ていた。

 気持ちを引き締めた直後、御者台のすぐ横に馬の顔が見え、上に乗った覆面男がこちらの顔を確認するように覗き込んで来た。

 あからさますぎやしないか?


「いたぞ!」

 男がそう言って弓を馬車を引いている馬に向けて構えたので、すかさず腰から投擲用のダガーを抜いて、弓を持つ左手の二の腕を狙って投げた。

「ぐあっ」

 男の腕にダガーが刺さり、男が弓を落とす。男が怯むが、そのまま落馬しなかったのが惜しい。すぐに左手のライトクロスボウを展開して、男の右肩の付け根に撃ち込む。殺傷能力の低い小型のクロスボウとは言え、これだけ近い距離から撃てば、矢はかなり深く食い込む。男はそのままバランスを崩して落馬していく。

 まずは一人。

 馬は、可哀想だから敵の馬とは言え出来るだけ狙わないよ。馬無罪。


 そうしてるうちに反対側から現れた別の覆面男が、剣を抜いて馬を横付けして御者台に乗り移ろうとしたのが見えたので、その剣を持つ腕にライトクロスボウで矢を撃ち込んだ。付与もなんもしてないただの革防具なのかな? 距離が近い事もあって、矢は男の腕をあっさりと貫通したこれでもう右手で満足に剣は扱えない。

 男が剣を落とすのが見え、もう一発、今度は左の二の腕に矢を撃ち込んだら、バランスを崩して落下して視界から消えていった。これで二人目。


 二人目が落馬した辺りで荷台からうめき声が聞こえた。御者台から荷台の中を覗くと、覆面男が二人荷台の縁ギリギリにしがみつくような恰好で乗り込んで来ていた。

 荷台から乗り込んで来るとかわかり易いからな? 荷台の荷物片づけたついでに、トゲトゲのマキビシを荷台にびっしりばらまいといたんだ。靴底までちゃんとした防具じゃないと、そうとう痛かろう。荷台で膝をつけば膝にもマキビシが刺さるので、マキビシの無い、縁ギリギリの場所に男が二人取り付く形になっている。


 男達はマキビシのばら撒いてある荷台を越えるのを諦めたのか、投擲用のナイフを取り出したのが見えたので御者台の横のボタンを押すと、そのボタンと連動して馬車の後方に取り付けてある、催涙スプレーが吹き出した。ちなみに成分は、ラトが持って来た、ものすごく辛いトウガラシの一種だ。催涙スプレーというかトウガラシスプレーと言った方が正しい気がする。

 トウガラシスプレーを顔面にもろに浴びた男達が目を抑えた隙に、その二人に二発ずつライトクロスボウで左右の肩に矢を撃ち込むと、あっさりと荷台から落ちていった。

 これで、あと一人。


 ……だったのだが、最後の一人が馬の向きを変えて、元来た方向へと逃げて行くのが見えた。他に気配はないからこれで終わりかな?

 逃げていくのはわざわざ追わない。追いかける手段もないしな。身体強化で追いかければ追い付けない事もないけど、俺は帰って晩飯を作らないといけないのだ。


「終わりかな?」

「ひえ……こんな町の近くで」

 御者台に戻るとキルシェがカタカタと震えながら手綱を握りしめていた。手綱をいったん受け取り馬車を停めて、キルシェが落ち着くのを待った。

「怖い思いさせて悪かったな。あいつらの目的は俺だったようだ、巻き込んですまない。先にピエモンへ帰って、賊が出て取り押さえてるから回収してくれって、衛兵に伝えてくれないか? 襲って来た奴ら捕獲しとくよ」

「は、はい」

「大丈夫か? 行けそうか?」

「はい、行けます。グランさんこそ大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫だ。たぶん落馬した奴らはしばらく動けないだろうからな」

 ライトクロスボウの矢に麻痺性の毒塗っといたからな。

「じゃあ、頼んだよ。あ、荷台にマキビシ撒いてあるから、荷台上がる時は注意してくれ」

「え、ええ……気を付けます。じゃあ、行ってきますね」

 キルシェに手綱を戻し、馬車から降りて見送ると、街道に転がっている襲撃者の元に行く。



 麻痺毒が効いて、地面でぐったりしてる襲撃者達に覆面越しに睨まれながら、一人一人後ろ手に手かせを付けていく。縄だと、麻痺から回復して、切られたらめんどくさいので、前世の記憶を元に作った手錠だ。アダマンタイト合金だから、少々の魔法でも壊れない自信作だ。



「まぁ、あんま気持ちのいいもんじゃないよなぁ」


 盗賊と何度もやり合った事はあるので、人の命を奪うという行為には経験がある。

 しかし、平和すぎる前世の記憶のせいで、どうにも人を攻撃するという事が苦手だ。もちろん躊躇すれば、自分の命に関わってくるので、そういう場面では割り切ってはいるのだが、終わったあとにクる。

 前世では人は疎か、動物すら殺した事がなかった。せいぜい、部屋に入って来た虫を、殺す事があるくらいの平和な世界だった。

 前世の記憶が戻った時は、すでに生きる為に、小さな魔物や動物を狩る事を覚えた歳だったので、その行為に抵抗は感じる事はなかったが、冒険者になってからは、人と戦う状況もあり最初のうちはかなり戸惑った。そして、それは今でも苦手意識がある。


 今回は相手がこちらを舐めてかかって来たのか、それとも素人だっただけなのか、貧弱な装備だったおかげで戦闘不能にするだけですんだが、やはり気持ちのいい物ではない。

 飛び道具だけで戦ったのは、剣で人間の肉を斬る感触が、手に残るのが嫌だったからだ。


「晩飯前にホントやめてくれって思う」


 今夜は食欲がなさそうだなぁ……あっさりした野菜メインだな、せっかく魚いっぱい買って来たのにな。野菜嫌いのアベルには嫌がりそうだけど知らない、俺は悪くない。

 そんな事を思いながら、襲撃者達を縛り上げ、彼らの乗っていた馬を回収し終わった頃、馬に乗ってピエモンの衛兵がやって来るのが見えた。


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