第62話◆ポラール商会

『ポラール商会』


 そう書かれた看板が掲げられた店が、今日の目的の商店だ。いかにも老舗と言った感じの、地方の商店にしては立派な構えの商店だった。

 キルシェ曰く「母方の祖母の兄の奥さんの実家」だそうだ。つまり、キルシェとは直接の血縁はない、遠い親戚が営んでいる店らしい。ちなみに「ポラール」とは母方の祖母の兄嫁の父の名前だそうだ。三歩も歩いたら確実に忘れる。


 余談だが、この国の商店や商会の名前の由来は、その店を興した者、または大きく業績を伸ばした当主の名前を、代々引き継いで使っている事が多い。つまり、ポラール商会の名前は、キルシェの曽祖父くらいの世代からの名前になるので、それなりの老舗ということになる。


 ポラール商会は主に調理器具とか農具と言った、一般家庭向けの金物雑貨や生活魔道具を中心に取り扱う店らしい。

 ピエモンは街の規模が小さく商店の数も少ないので、パッセロ商店のように一つの店で、あれこれと多岐にわたって品物を取り扱ってるのが一般的だが、ソーリスのような大きな街になると専門店が多くなってくる。




「おはようございますー!」

 商店の裏の広い荷降ろし場に馬車を駐め、キルシェが敷地内で作業してる人に声をかける。

「やぁキルシェちゃん、よく来たね。注文の荷物用意してあるよ、荷物馬車まで運んでおくから、兄貴のとこで納品の手続きしてきな」

 いかにも「力仕事してます!」って感じの、日焼けした体格の良い茶髪の男が、大きな木箱を運びながらキルシェに返事をした。


「オルロさんおはようございます! いつもお世話になります、じゃあお言葉に甘えてジョルノさんのとこ行ってきますね」

「お? キルシェちゃん今日は男連れかい? もしかして彼氏かい?」

 オルロと呼ばれた男と目が合い、俺の存在に気付いて、人好きのする笑顔を向けられた。

 いやいや、俺みたいなむさ苦しい冒険者なんて、どう見ても彼氏って雰囲気じゃないだろ!? 良くて護衛か保護者だろ。

「ちょ!? 違いますよ! 最近取引して貰ってる職人さんで冒険者さんのグランさんです! 今日は観光と護衛を兼ねて一緒にソーリスまで来て貰ったんです」

「なるほど? まぁピエモンからこっちまで結構な距離あるし、女の子一人で往復はちょっと心配だもんな。冒険者の兄ちゃんに護衛してもらえるなら安心だな!」

 オルロの言う通り、ピエモンからソーリスまで結構な距離があったし、街道沿いで道は整備されてて魔物はほとんどいないとはいえ、先日の空からランドタートル事件もあるし、絶対安全とは言えない。

 まぁ、頭上にいきなりランドタートルが降って来たら、俺だってどうしようもないな。あれはまさに天災みたいな出来事だったな。落下場所で巻き込まれた人がいなかったようでよかったと思う。


「んじゃ、キルシェが手続きに行ってる間に、俺が荷物を馬車に積んどくよ」

「え? そんな、悪いですよ、あとから僕も一緒にやりますよ」

「どうせ待ってる間は暇だし、体動かしてた方が時間潰しになるし、それに早く終わらせてソーリスの町を見て回りたいしな」

「わかりました、そういう事ならお願いします。じゃあちょっと行ってきますね」

 裏口から商店の建物の中へ入って行くキルシェを見送って、馬車に積み込む荷物をオルロに尋ねた。

「どの荷物運べばいいのかな?」

「パッセロさんとこのは向こうの倉庫にまとめて置いてある。そっちに弟がいるはずだから、後はそいつに聞いてくれ」

「了解ー」



 オルロに言われた倉庫に行くと、キルシェと同じくらいの歳に見える茶髪の少年が、倉庫の中に積み上げられている荷物の仕分けをしていたので、その少年に声をかけた。

「パッセロ商店の荷物受け取りに来たけど、どれを運べばいいのかな?」

「ん? あれ? 今日はキルシェじゃないのか? パッセロさんちの荷物ならそこにまとめて積んであるやつだよ。そこの納品書に書いてある数と合ってるか確認して持って行ってくれ、って初めて見るにーちゃんだな? パッセロさんとこ、配達人雇ったの?」

 少年が俺の顔を見て訝し気に首をかしげる。

「パッセロ商店と最近取引始めたグランだ。今日はキルシェの護衛を兼ねて、ソーリスを案内してもらう為に付いてきたんだ。そのついでに荷物持ちみたいなもんだ、よろしく」

 初見なので、身元がわからなくて怪しまれるだろうと、身分証明書に冒険者ギルドのギルドカードを見せた。

「ぎ、銀色!? にーちゃんBランクの冒険者なのか!?」


 各ギルドの発行するギルドカードは、身分証明書替わりになる。ランクが高ければ高いほど信用度は高く、危険な仕事が多い冒険者ギルドのカードは、高ランクだと所持者の強さ的な意味でも信用を得やすい。

 冒険者の中には気性の荒い者も多くトラブルも多いのだが、高ランクになると人格面や日ごろの素行もランクの査定の対象となるので、ランクが高ければそれだけ信用されやすい。

 冒険者になる者の大半はCランクまで上がればいい方で、よくてBランク、Aランクまで行く者の数は多くなく、Sランクともなるとこの大陸で十人といない程である。そしてBランク以上の冒険者は、ダンジョンがあったり、魔物が多く稼ぎの良い地域や、王都、地方の大型都市に集中しているので、領都とはいえ魔物の少ないソーリス周辺ではBランクの冒険者はちょっと珍しいと思われる。


 少年がキラキラした表情でこちらを見ている。十代半ばくらいの男の子にとって、冒険者は人気の職業でもある。しかし、実力主義で危険と隣り合わせで命の保証もないので、実際に冒険者ギルドに登録した後に、E~Dランク程度で諦める者は少なくない。


「まー、一応Bランクの冒険者かな? ちょっと前にピエモンの近くに越して来て、職人の真似事しながら、パッセロ商店に商品置かせてもらってるんだ。今日はその縁で、キルシェの護衛がてらソーリスの町を見に来たんだ」

「Bランクの冒険者なのに職人!? どっか怪我したのか?」


 冒険者として活動中に重傷を負って、冒険者を引退して他の仕事に就く者も多くいる。ランクが上がるほど、命の危険も増え、重傷を負う可能性も高くなるので、ランクの高い冒険者が、負傷して冒険者をやめて生産職になるというのは、そこまで珍しい話でもない。


「いやいや、田舎に引き籠ってスローライフしたくなったから?」

「あー……、ごめん、冒険者の人の身の上を聞くの失礼だったよな」

「え? ああ、いや、別にただ単に冒険者しながら職人もしてみたくなっただけだ。時間がある時は冒険者としての仕事もしてるよ」


 冒険者が転職する理由は、負傷や加齢によるものばかりではなく、対人トラブル――主に貴族とのトラブルや、不祥事であったりすることもある。特に負傷したわけでもなく、冒険者から職人になったと言うと、そっちの方を連想されるのは仕方なかった。


「え? じゃあBランクなのに、職人なっちゃったの?」

「まぁ、冒険者と半々ってとこかな?」

「へー、あっと、冒険者の話もっと聞きたかったけど、サボってると兄貴たちに怒られる。俺、ベクスって言うんだ。親父がポラール商会の頭で、いつも倉庫の荷分け手伝ってるんだ。また、来る事あったら冒険者の話聞かせてくれよ」

「おう、キルシェの仕入れに便乗してまたソーリス来ると思うから、その時な」

「やった!」




 荷物を倉庫から馬車に運び終える頃に、ちょうどキルシェが戻ってきた。

「全部運んでもらったみたいで、ありがとうございます」

「ただ待ってるだけなのも暇だったし、気にすることはないさ。それより、まだ昼前だし時間あるならソーリスの町見て回りたいんだけど、案内してくれないか?」

「いいですよー、グランさんのおかげですごく早く終わっちゃいましたし」

「町回って来るなら、馬車はうちで預かっておこうか?」

 馬車の前でキルシェと町を回る話をしていると、オルロが馬車を預かっておいてくれると申し出てくれた。

「それは助かります。じゃあお言葉に甘えて馬車しばらく置かせて貰いますね」

「おう、いいって事よ。それにしても、馬車が新しくなったんだな? よく見たら武装もしてるのか?」

「はい、そうなんです。グランさんが、ソーリスに同行するのに改造してくれたんです」

「へー、中々いい出来だなぁー。お? バリスタなんて積んでるのか、いいねぇ。仕事の合間にゆっくり見せてもらっていいかい?」

 おお、もしかしてこの馬車に詰め込んだ男の浪漫をわかってくれる人か!?

 頑張って改造したから褒められると嬉しいな!! そのバリスタはチャームポイントだしな!!


「ええ、どうぞー。グランさん付与も得意で、快適になるように色々付与してくれたんです。グランさんは冒険者だけど、職人としての腕もいいんですよ」

 真似事で始めたとはいえ、褒められると嬉しいし照れる。今日はなんだか褒められてばっかりだな。

「付与もできるのか、兄ちゃんすげーな。お、後ろにも何か付いてるな? 後方からの乗り込み対策か?」

「そうそう、御者台のボタンと連動してて、催涙スプレーが吹き出すようになってる。冒険者やってると自分の装備弄る事も多いから、つい付与にハマって装備弄ってるうちに色々出来るようなったんだ」

「なるほど、そりゃいいな。本体は防御系の付与のみかい? しかしここまでガッツリ本体の防御固めてると、ついでにサイドに格納式で小型のカタパルトとかつけたくなるな。横からこう、シュッと出て来るかんじのやつ、それなら町に入る時の検問にも引っかからないだろ」

 お、この人はわかってくれる人か!?

「それなら、幌を天井から左右に開閉式にして、御者台をカタパルトに変形可能にすれば、少々大型のカタパルトを積んでも検問で止められないな?」

「おお、天井が開くのはかっこいいな? 兄ちゃんもしかしてイケる口かい?」

「そういうオルロさんこそ」

「やっぱり、武装馬車は男の浪漫だよなぁ!」

「わかる! 隠し武器とか、変形する馬車とか憧れる!」

 思わずガシッとオルロと熱い握手を交わした。


「グランさん!? オルロさん!?」

 オルロと盛り上がっていると、キルシェが呆れたような顔をしていた。

「悪い、趣味の合う人に会えたから、熱くなってしまった」

「おお、悪い悪い。乗り物の事になるとついな? にしても、馬車改造するほどの腕なのはすげーな。時間ある時に兄貴も交えてゆっくり話してみたいな」

「お、もしかしてお兄さんもイケる感じか?」

「ああ、でも兄貴はどちらかというと、スピードと取り回し重視の人だな」

「なるほど、一度ゆっくり話してみたいな。ついでに馬車も見せてもらえたら……」

「もーグランさん! アベルさんに言いつけますよ! オルロさんもお店の馬車をグランさんに魔改造されたら、奥さんに怒られますよ!!」

 魔改造ってひどい言われようだ。でもアベルにチクられるのは、ちょっとめんどくさい。


「ほら、グランさんソーリスの町見て回るんですよね? 行きますよ!」

「お、おう。じゃあオルロさんまた後でー。今度また話そう」

「はいよー、気を付けてなー」


 そんなわけで、ポラール商会で馬車を預かってもらってキルシェとソーリス観光へと繰り出した。

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