第63話◆異世界食い歩き料理

 ポラール商会に馬車を預けて、ソーリス観光に繰り出した俺とキルシェは、屋台が並ぶ広場へと来ていた。商店街も回る予定だが、先に腹ごしらえをしようと思い、買い食いの出来る屋台を求めて、町の中心部にある広場へと足を運んだ。

 ソーリスの町は人口も多く、街道沿いの町という事もあって、町のメイン広場は人で賑わっており、屋台も多く出店されていた。


 俺の作る料理は前世の記憶を参考にした物が多い。もちろん、前世に無かった料理も今世に多く存在している。前世の世界には魔法や魔物、魔力に関連する物が全く存在しなかった為、それらが存在する今世では、前世では存在しなかった物が多く存在し、とても好奇心を搔き立てられる。


 今世は前世に比べて、文明レベルや文化のレベルがやや劣っているような感じもするが、発展する方向性が違うだけだとも言える。

 魔法が存在する事で、魔法で解決できる事が多いので"科学"の分野が発達していないのはおかしな事ではない。

 科学という概念がない代わりに魔法学が存在し、前世では不可能だったが今世では当たり前のように出来る事もあり、前世より便利な面は多く存在する。


 そんなわけで、前世では体験できなかった事を今世で体験するのが好きだ。

 つまり、知らない料理を食べたい。初めて訪れる町で買い食いをして回るのは、今世での俺の楽しみの一つである。それに、その土地の食を知ることは、その土地の風土や経済を知る事にも繋がるので、別にただ食べ歩きをしているわけではないのだ。別にただ美味しい物を食べてるだけではない、いいね?


「せっかくだから色々食べたいし、量の多い物は半分こしよう」

「いいですけど、どんだけ食べるつもりなんですか!?」

「食べれるだけ? 受け取る時、二人で分けれるように包んでもらえば問題ないよな? キルシェが食べきれないなら俺が食べるし、最悪でも収納スキルでお持ち帰りもできるから」



 最初に立ち寄った屋台では、ポーの葉という厚みのある葉っぱに包まれた、手のひらサイズの"イッピョン"という料理を売っていた。品質の高い紙が高価な今世では、食品の包装には植物の葉が使われるのが一般的だ。その中でも、表面がツルツルして厚みと強度のあるポーの葉が使われる事が多い。


 イッピョンとは、イッヒという植物の白い粘着質な果肉で中身の具材を包んで楕円形に握り、ポーの葉っぱで包んで蒸し焼きにした料理だ。手のひらサイズで食べ歩きにはちょうどいい。

 イッヒの果肉は前世の記憶にある"餅"に似ているので、具の入った餅と言った感じだ。

 手のひらサイズなので自分のとキルシェのを一つずつ買って食べる事にした。


 食べ歩きしていると喉も乾くので、近くの飲み物を売ってる屋台で飲み物も買った。飲み物の容器が陶器なので値段は少し高めだが、飲み終わった後に容器を返却すれば、容器代は返金される。また、容器を持参すれば容器代を差し引いた値段で、飲み物を買う事が出来る。


 ポーの葉を剥がして、イッピョンにかぶりつくと、中から具材の挽肉と一緒に肉汁が溢れて口の中に広がった。調味料にアンバーランバーという、干した貝と柑橘類の皮と岩塩と一緒に酒に漬けた調味料を使っているようで、甘辛い味の中に少し酸味のある爽やかな口当たりがした。その酸味が脂っこい肉汁と相性がよくて美味い。


 熱々のイッピョンをはふはふと咀嚼しながら味わう。

「ソーリスのイッピョンの中身は、ワイルドボアの挽肉がメインかな?」

「ですねー、この辺はワイルドボアが多くて、農地もよく荒らされますからね、冒険者も狩人もワイルドボアを狩る機会が多いんですよ」


 イッピョンの具材や味付けは、地方によってまちまちだ。ソーリス付近は、ブラックバッファローやワイルドボアが多いせいか、ソーリスのイッピョンの中身はワイルドボアの挽肉と、周囲の森や山で捕れるキノコ類や山菜のようだ。場所によっては中身がフルーツのジャムだったり、クリームやチーズが入ってることもある。




 イッピョンの次に屋台で買ったのは"ナチプ"という硬貨ほどのサイズで少し厚みのある揚げ物だ。大きなポーの葉の両端に切り込みを入れ、皿状に折った物にこんもりと盛られている。

 木の実を石臼で挽いた粉と、ふかして潰したパタイモと小麦粉、ヤギのチーズを混ぜて練った後に、炎の魔石を使った魔道具で表面を炙り、更にそれに溶き卵を絡め、油を多めでカリカリになるまで炒めて塩を振りかけた物だ。カリカリとした食感で、塩味の効いた料理なので、エールが欲しくなる。トマトソースがポーの葉の皿の隅に添えられていて、それを付けて食べてもおいしい。

 わりとどこの街でも見かける料理だが、出す店によって添えられてるソースはまちまちだ。使用されてる木の実も地域によって異なる為その地によって風味も違うので、添えられるソースも変わってくるのだ。


 ちなみにパタイモとは丸くてゴツゴツした茶色い芋で、前世のジャガイモによく似ている。というかだいたいジャガイモである。

 余談だがこのパタイモには、メイクーンという細長い形をした亜種が存在する。なんとなく、俺と前世と同じ世界の出身者の気配を感じるのだが、語源が芋なのか猫なのかはっきりしてほしくてモヤっとする。


 片手が飲み物の入ったコップで埋まっているので、近くのベンチにキルシェと並んで腰を下ろし、ポリポリとナチプを食べる。

「あー、これ一度食べだすと止まらなくなるんですよねー」

「わかる、この塩味のせいで、飲み物と交互でつい延々と食べてしまう」

 つい食べる事に夢中になって無言になってしまい、ポリポリという音だけがしている。そして、気が付けばポーの葉の皿が、空になっていた。




「次は何にしようか?」

「え? まだ食べるんですか?」

「まだって? まだイッピョンとナチプしか食べてないよ? それに今日は長距離移動して体も動かしてるから、いくら食べてもカロリーは発生していないのと同然だ」

「カロ…?」

「あぁ、いや、今日はいっぱい食べてもその分動いてるから平気ってこと」

「なるほど?」

 あぶない、うっかり前世の単語が出て来た。

「よし、次はあそこの屋台行こう」


 次に覗いた屋台は、一口大の丸いコロッケのような料理を売ってる屋台だった。コロッケと違うのは、ころもがパン粉ではなく荒く砕いた木の実というところだ。"コロット"という料理で、魔物の内臓と野菜類をワインで煮詰めたソースを掛けて食べるらしい。一つの値段が安く、大きさも小さいので四つほど買ってキルシェと二つずつ食べることにした。


「中身は魔物の肉を色々混ぜた物かな?」

「ええ、中身は安い魔物のくず肉を色々混ぜ合わせて、叩いて潰して丸めた物ですね。それに木の実を砕いたものを卵でくっつけて、油で揚げた物です。今は街道が出来て色々な食材が入ってきますが、それより以前はあまり豊かな土地ではなかったので、当時の肉料理の名残らしいです。手に入り易い魔物の肉と近くで採れる木の実を使った庶民料理で、今は油で揚げてますが、昔は油も貴重だったので網焼きだったらしいです」

 キルシェがコロットについて解説をしてくれた。料理一つを取ってみてもその地域の歴史が垣間見れるのは面白い。

「へー、網焼きかー。それはそれで美味しそうだな」

 そして、コロットにかかっているソースが、魔物の内臓とは思えないくらいに臭みがなく、それでいてこってりとした濃厚な味でとても美味しい。しかも小さいのに意外と腹に溜まる。物流が乏しい時代からある料理なら、コスト優先で腹にたまるのは納得できる。ソースも内臓なので、通常は捨てる部位を利用した物が始まりなのかもしれないな。

 あー、この濃厚ソース、米に掛けてもいける気がする。俺の作る料理は前世の記憶にある物が多いので、こういう前世ではなかったソースとかも作って、色々試してみたいな。



「キルシェは何か食べたい物とかおすすめとかないのか?」

「えー? もう結構おなかいっぱいなんですけど……。あー、ソーリス名物といったらワイルドボア料理ですね。ワイルドボアとアッポのトロ煮焼きがとくに有名ですかねぇ」

「よっしじゃあそれにしよう」

「あそこに屋台ありますよ」


 キルシェにおすすめされた、ワイルドボアとアッポのトロ煮焼きという料理は、ワイルドボアの軟骨とアッポという細長い茎のようなちょっと辛みのある野菜を、スライスしたワイルドボアの肉でぐるぐる巻きにして、それを一度外側だけ火で炙った後に、おろしタマネギと赤ワインとトマトで煮込み、更にその後炭火で表面をカリっと焼いて、それを輪切りにした物らしい。それに煮込んだ時の汁を掛けて食べるようだ。

 上手く食べないと崩れてしまうのが難点だ。しかも熱いので食べにくい。煮汁の付いた焼けた肉の香ばしい香りと、アッポ特有の癖のある香りが食欲をそそる。


「あっふっ!」

 ポーの葉に包まれた、ワイルドボアとアッポのトロ煮焼きにかぶり付くと、外側はパリっとしているが口の中で肉と野菜と軟骨がとろけた。ワイルドボアの肉は元々少し硬い物なので、煮込んでも煮崩れするほどは柔らかくならない。それが程よい固さで。口の中でいい具合に崩れて、脂身とソースの旨味が広がる。そこにアッポ独特の辛みがアクセントになって美味しい。

 香辛料が高価な分、こういった癖の強い味の野菜をアクセントにした料理は、いかにも庶民向けの下町料理と言った感じだ。


「うぅっ……」

 食べ終わったところで、キルシェが胃の辺りをさすりながらため息ついた。

「食べ過ぎた? 無理に付き合わせてしまって、ごめん」

 揚げ物とかも食べた後だし、トロ煮焼きは味も濃いし脂身も多かったから、女の子の食べる量には多かったのかもしれない。

 前世からずっと女性と食事する機会少なかったし、冒険者時代に知り合った女性冒険者は魔法にしろ物理にしろ体力使う分腹も減るから、男顔負けな量を食べる人が多かった。彼女達と同じ感覚で誘ってしまったのはまずかったと今更気づいた。


「ちょっと食べすぎただけだから大丈夫です。少し休めばすぐなおるので気にしないでください」

 苦しいなら背中さすったほうがいいのかな? いや、おなかいっぱいの時に背中さするのは逆にまずいか?

 あ、そういえば食べ過ぎにちょうどいい薬草あったよな? ふと思い出して"収納"から小さな薬草の葉っぱを取り出した。

「キルシェ、ちょっと苦いけどこれ噛んでみて? 苦みが消えるまでそのまま口の中いれておいて、そしたら少しは楽になると思う?」

 取り出した薬草をキルシェに渡して、口に含むように促す。

「にっがぃぃ……」

 キルシェの口が前世で見たことのあるウサギのマスコットのようになる。わかる、その薬草は噛んだ瞬間ちょっと苦いんだ。でも食べ過ぎとか胃もたれにはよく効くんだよな。


「苦みが消えたらその葉っぱそのまま飲み込んじゃっても捨てても大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます。何かすごくすっきりしました」

 キルシェがゴクゴクと、屋台で買った飲み物の残りを飲み干した。どうやら薬草の葉っぱも一緒に飲み込んだようだ。

「水いる?」

「大丈夫そうです。今の葉っぱは何の薬草ですか? 鑑定したらエクウスラエラって見えたのですが」

「エクウスラエラは毒消し系の薬草だね。毒消し草だけど消化促進の効果もあるんだ。ケンタウルス達が住んでる場所に生えてる薬草だね。お酒の好きな彼らが胃薬代わりにしてる薬草だよ」

 そう言うと横でキルシェが突然むせた。

「ゴホッ! ケケケケケンタウルス? ケンタウルスってすごく好戦的な、馬と人間が合体したような種族ですよね?」

「おー、良く知ってるな。まぁケンタウルスも機嫌損ねなければ、薬草採るくらいならいきなり襲って来たりしないよ。彼らは魔物じゃないし知能も高いからね」

 ケンタウルスとは上半身が人間で下半身が馬という半人半獣の種族だ。人間とは異なる姿をしている生き物を一纏めに魔物と呼ぶ者もいるが、知能も高く人間の言葉を理解し会話も成り立つので、俺的にはケンタウルスは魔物というより亜人とか獣人という感覚だ。


「ケンタウルスはかなり好戦的な上に、排他的で気難しい種族だって聞いたことあるんですけど」

「まぁ、気性は荒いけど酒と酒の肴の大好きな連中だからな。飲み屋で飲んだくれてるガラの悪い冒険者がちょっとひねくれたくらい? 以前森で出くわした時に、酒とツマミで交渉したらその辺に生えてる雑草だからって、採らせてもらえたんだ」

「あー、すごくグランさんらしい話ですね。きっとそのお酒のおつまみグランさんの手料理だったんですね」

「おう、よくわかったな」

「やっぱり」

「まぁ、そういうことだから気にするな、まだいっぱいあるし、無くなったら酒のツマミと交換でまた分けてくれるって言ってたしな」

「もう、どこからつっこんでいいのか……」






 キルシェの胃もたれも落ち着いた後は、屋台で飲み物の容器を返却して、広場を離れ商店街をぶらぶらと歩いてみる事にした。

 ソーリスは今まで俺が見て来た地方都市の中でも人口が多く、街並みも整っており衛生面もよく行き届いていて、見るからに豊かな町だ。巡回している衛兵も住人との距離が近く、治安も悪くない事が伺える。領主の施政が成功しているのだろう。


 ピエモンより人口の多いソーリスは、商店街の規模もピエモンより大きい。王都ほどではないが専門店も多く、取り扱ってる物も充実している。むしろ、東の辺境伯領が近い為、東の隣国シランドル王国からの輸入品は王都より取扱が豊富である。

 シランドル王国には冒険者として何度か行ったことがあるが、俺が今住んでいるユーラティア王国に比べ湿度も気温も高めである。その為、特産物にも違いがあり、シランドル王国と隣接する国境の領地オルタ辺境伯領は、シランドル王国との交易が盛んである。

 そのオルタ辺境伯領と隣接し、なおかつ寄り子であるソートレル子爵領の領都ソーリスには、オルタ辺境伯領経由で、シランドル王国からの輸入品が多く流れ込んで来ているようだ。

 シランドル王国の西部は紡績、染織業が盛んで、ユーラティア王国では手に入らない植物から作られた、良質な付与素材になる布製品も多くあるので掘り出し物に期待が出来る。





「つい調子に乗って買いすぎてしまった」

 キルシェが案内してくれるのを良い事に、思わず繊維問屋をはしごしてしまった。

「布とか糸いっぱい買ってましたけど何か作るんですか?」

「布は今朝話してた衝撃吸収効果付与したクッションとかかな。糸はミサンガ作るのに結構使うんだ。それにシランドル産の繊維製品は良質で魔力付与をしやすいんだ。王都よりこっちの方が品物が豊富でびっくりしたよ」

「なるほど、そういうことですか。確かに王都よりシランドルに近いし、オルタ領はシランドルと交易盛んなので、シランドルの物はよく並んでますね」

「掘り出し物も結構買えたし、そろそろ馬車引き取ってピエモンに戻るとしようか? ああ、その前にソーリスの冒険者ギルドもちょっと見てみたいな」

「あ、それならあっち側の通りが富裕層向けの店舗が並んでるので、そっちを通って戻ります? そっちを経由しても冒険者ギルドの前は通りますよ」

「あー、そうだな、中入らなくてもどんな店があるか興味あるな」

「じゃあそっち通って帰りましょう」




 そして、キルシェと富裕層向けの店舗の並ぶ通りを経由して、ポラール商会へ向かう事にした。







 その途中で見覚えのある男を目撃することになる。


『フォルトビッチ商会』


 ソーリスの街並みの中でも、際立って豪華で目立つ建物の入り口には、そう書かれた金ピカの看板がかかっていた。どうやら、富裕層向けの、服飾や装飾品を中心に扱っている店らしい。

 そして、その店の入り口で、馬車から出て来た金持ちそうな客を、手もみしながら店内に招き入れている中年の男に俺は見覚えがあった。


「へぇ、ここが"領都ソーリスでも一、二を争う規模の商会"か」

「あー……あの人」


 美味しい物色々食べてすっかり忘れてたけど、先日パッセロ商店に押しかけて来た感じの悪いおっさん、見つけちゃったよ。


 キルシェもどうやらその男を覚えていたようだ。

 その見覚えのある男は、俺とキルシェの視線に気づいたのか、こちらを振り向き俺と目が合い、その目を見開いた。そしてすぐに目を逸らされ、そそくさと建物の中へと入って行ったので、キルシェと共にその場を後にした。

「グランさん、なんだか悪い顔になってますよ」

 何かあればいつでも"お礼"に行けるなと思ったので、薄っすら悪い笑みが浮かんでいたかもしれない。


 まぁ、先日のアレはちょっと気分を害したくらいだし、変なトラブルはご免だし、この先何もしてこないようなら、こちらから何かするまでもないかな? とりあえず店の名前は憶えたよ、感じの悪い転売ヤーさん?





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