第61話◆領都ソーリス
ピエモンからソーリスまでは、馬車で約四時間ほどの道のりだとキルシェが言っていたのだが、道中とても順調で予定より一時間近く早くソーリスに到着した。
予定より早く到着したおかげで、町の入口もまだ混み合っておらず、たいして並ぶこともなく身分証を提示して、町の中へと入った。
しかし、早く到着しすぎたせいで、まだ多くの商店は開店準備中で、仕入れに向かう予定だった商店もまだ開店前だった。
ソートレル子爵領の領都ソーリスは、ピエモンから東に位置する。ソーリス、ピエモン共に、王都から東の辺境伯領――オルタ辺境伯領を結ぶ、大きな街道沿いにある都市である。
王都とオルタ辺境伯領の中継都市であるソーリスは、王都やオルタ辺境伯領からの物資はもとより、オルタ辺境伯領から更に東の隣国シランドルからの輸入品も流通している、とキルシェが行きの馬車で言っていた。
「グランさんが馬車を改造して、馬の蹄鉄に身体強化付与したおかげですね。随分早く着いちゃったから、まだ時間ありますねぇ」
「道中トラブルもなくて平和だったしな、朝市とかやってないかな?」
「朝市ならやってると思います、行ってみます?」
「よし、行こう!」
即決である。
地方都市の市場を見て回るのはとても楽しい。その地域の特産物はもとより、領都ほどの規模の都市なら交易が盛んな地域の物も多く流れ込む。そしてその市場の活気でその町の、その領の治世者の手腕も垣間見れる。自分の住んでいる地域の領主のお膝元に、興味がないわけなどない。
ピエモンやソーリスのあるソートレル子爵領は、王都から離れているものの、広大な森と、肥沃な土地を切り開いた豊かな田園地帯を有した、栄えた領である。
移動手段のほとんどが徒歩と馬もしくは馬車というこの世界で、幹線街道沿いとは言え、王都から遠く離れた都市が発展しているのは、やはり領主の政治手腕なのだろう。
「おー結構賑わってるなー」
領都ソーリスの朝市は、王都の朝市の規模には敵わないものの、ピエモンのそれよりかなり大きな規模で、露店の出店数も買い物客も多く、商店街の方はまだ開店前の時間だが、こちらは活気に溢れていた。
「オルタ辺境伯領にダンジョンがいくつかあるので、そこから色々入って来るんですよー。最近は食材が豊富なダンジョンが見つかったとかで、香辛料や珍しい食材も結構並ぶようになったんですよ」
「そういえば、アベルがオルタ領の食材ダンジョンの調査に参加してたとか言ってたなぁ」
「アベルさんって王都の冒険者って言ってませんでしたっけ? 辺境伯領なんて遠い場所のダンジョンにも行くんですね」
「あぁ、オルタ領の食材ダンションは新しく見つかったダンジョンらしいから、新しいダンジョンの調査は、基本的に高ランクの冒険者が駆り出されるんだ。アベルはAランクだから、Aランク以上の冒険者の数は少なくて、国からの強制力ある依頼は基本的に断れないんだ。新しいダンジョンは、国やダンジョンのある領の領主が主導で調査を行うのが恒例で、その調査協力の依頼が冒険者ギルドにも来るんだ。確かあそこはAランク以上の冒険者を指定して調査を行ったとかで、アベルもそれに参加してたって聞いてる。それにアイツ転移魔法持ちの底なし魔力の規格外野郎で、一度行った事ある場所ならすぐに移動できるから、難易度高い依頼はよく指名されるんだ」
「アベルさんってそんなすごい人だったんですか」
「アベルは顔もいいし、背も高いし、強いし、魔法いっぱい使えるし、女にもモテるし完璧超人すぎ」
多少性格に難はあるが、外側は完璧超人である。
「僕から見たら、グランさんもかっこいいし、背も高いし、強いし、器用だし、料理上手だし、頼り甲斐のある超人に見えますよ」
「はは、そうかな? お世辞でもそう言われると照れるな」
「お世辞ではないんですけどぉ」
あまりはっきりと褒められる事に慣れてないので、たまに褒められると気恥ずかしくなる。
馬車を預かり所に預けて、キルシェと共にソーリスの朝市をブラブラと散策を始めた。
「魚に香辛料、ハーブに果物、ピエモンで見かけない食材多いなー。これも食材ダンジョンの産物かな?」
俺が住んでいるピエモンのあるソートレル子爵領の周辺はもとより、ユーラティア王国では香辛料の産出が少なく、国外からの輸入がほとんどで、香辛料は割高な上に庶民の市場に出回る量は少ない。
しかし、ソートレル子爵領に隣接するオルタ辺境伯領で、食材の産出が多いダンジョンが見つかったおかげか、ソートレル子爵領の領都ソーリスの市場には、王都ほどではなくとも香辛料が多く並んでいた。
また、ソートレル子爵領は山間部なので海洋性の魚介類は、ほぼ市場に並ぶ事は無いと思われるのだが、こちらも食材ダンジョンのおかげか、魚介類が売られているのが見られた。
ただ、暑い季節なので、水属性の上位の氷属性の魔道具を利用して保存運搬されているので、そこそこいい値段である。
最近肉ばっかりだから、たまには魚も食べたいから、少々高くても買っちゃうんだけどね。今日の夕飯は魚にしようかな。
白身の魚をフライにしてタルタルソースを掛けるのもいいな。幼女達が食べやすいように、パンに挟んでハンバーガーみたいにしてもいいかもしれない。アベルもラトも揚げ物系好きだから、多めに買っておくか。
おお! あれはサーモンの類の魚じゃないか!! 燻製窯もあるしスモークサーモンにしてもいいな! お買い上げ決定!
ぬ、あの腹に横向きの縞が入った魚も、なんか記憶にあるぞ! タタキにしてもいいし、出汁を取るのにも使える。米によく合うアイツだよな!! これはちょっと多めに買って帰ろう。おかかのおむすびいいよ、おかかのおむすび。
うおおおおおお!! あの長細い魚は!! 塩焼きにして大根おろしと醤油で食べると美味いやつ!! 旬は秋だった気がするけど見ると食べたくなるな!! 確か前世では、子供の頃は安かった記憶あるけど、記憶に残ってる最後の辺りだと、不漁続きで結構いい値段になってたんだよね。
へへ、ソーリスから帰ったらいっぱい魚料理作るんだ……。
なんか見覚えある魚みると欲しくなっちゃうな。どっかでやめておかないと、収納スキルのせいもあって、どんどん買い込んでしまうな。
魚にも旬はあるが、そんな物関係なしに色んな魚が並んでるのは、やはり食材ダンジョンのおかげなのかな。食材ダンジョン万歳!!
ただ単に前世と旬が違うだけかもしれないが、食べれる事には変わりない。
それにしても食材ダンジョンか……一度アベルに誘われて先延ばしにしたけど、やっぱり行ってみたいな。
そんな感じで朝市を回って買い込んだ物を、マジックバッグに入れる振りをしながら、ポイポイと収納スキルの中に放り込んでいく。見慣れない食材は鑑定スキルで見れば、なんとなくどういう物かわかるし、収納スキルで保存にも困らないので。美味しくいただけそうな物はついつい買ってしまう。
あんま買い込みすぎると、また整理が大変になって、アベルに小言を言われながら手伝って貰うことになるから、程々にしておこう。
ピエモンに比べて取り扱ってる食材がかなり豊富なので、キルシェがソーリスに行く時にまた同行させてもらいたいな。
「ずいぶん買い込みましたねー」
「ピエモンで見かけない物見たらつい。それに扶養家族増えたしな」
アベルとラトと幼女三人分の食を賄うとなると結構な量になるし、ピエモンの市場は、魚や果物といった遠方からの生鮮食品が少なく値段も割高なので、つい買い込んでしまった。
幼女達はともかく、ラトとアベルは本当によく食べる。あいつらヒョロヒョロしてるのにどこに入ってるんだ。
ラトもアベルもよく食材を持って来るが、持って来るものはどっちも偏ってるからなぁ。
アベルは肉系、解体前というか獲れたてほやほやの魔物。しかもだいたいデカイ。ラトは山菜、キノコ、ハーブといった植物系が多い。そしてラトの場合、ちゃんと鑑定で確認しないと、時々変な物が混ざってるからやばい。
あれ? 扶養家族というか俺が扶養されてない?
「扶養家族? 家族の方が来られてるんですか?」
「ああ、例えだよ。ラト達が時々夕飯食べに来るんだ」
時々どころかほぼ毎日だけど。
「なるほどー、アベルさんの親戚でしたっけ? やっぱりみなさんすごい魔法使いさんなんですか? 魔法で来られてるんですか?」
「そうだなー、みんなすごい魔法使いだなー」
アベルの親戚って事以外は、嘘は言ってない。
あまり突っ込まれるとボロがでそうだから、その前に話を変えよう、そうしよう。
「そ、それより、またソーリスに仕入れに行く時は、俺も一緒に行ってもいいかな?」
「もちろんですよー。グランさんが一緒だと道中安心だし、というかBランクの冒険者のグランさんに同行してもらえるとか、護衛の報酬払わないといけないくらいです。最近グランさんのおかげでお店の売り上げ好調だし、護衛代もちゃんと払えますよ」
「いやいや、俺がソーリスに買い出し来たいと思っただけだから。キルシェの馬車に乗せて貰う対価に、護衛ってことでいいんじゃないかな?」
「Bランクの冒険者に護衛してもらうには、対価として安すぎる気もしますが」
「市場見てたら、定期的に買い出し来たくなったんだ。でもピエモンからここまで、身体強化スキル使っても徒歩で来たくないし、俺としてもキルシェがソーリス来る時に便乗させてもらう方が楽だし、お互い様ってやつだ」
「そういうことでしたら一ヵ月に一回ほどソーリスに来てるので、その時にお願いしますね」
よし、これでピエモンでは手に入りにくい食材も、定期的に確保できる。月一でソーリス来るなら、ソーリスの冒険者ギルドちょっと覗いてみるのも悪くないなー。ピエモン周辺で手に入りにくい素材買い取り出しておくのもいいかもしれない。
そんな事を考えながら朝市を一通り見て回る頃には、ちょうどキルシェの取引先の商店が開店する時間になっていた。
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