第60話◆男の浪漫

「グランさん、何もそこまでやらなくても」

「え? どうせなら旅は快適な方がいいだろ? というか俺が快適な旅をしたくて勝手にやってるだけだから、何も気にすることなく俺に任せてくれ!」

「旅じゃないですよ! 仕入れですよ仕入れ! 日帰りですよ!! というか気にしますよ!! 絶対やり過ぎますよね!?」

「日帰り旅行みたいなもんだな。よし! これでDランクくらいの魔物なら、キルシェでも対応できるぞ!!」

「ちょっと何ですかその武器!? これ荷馬車ですよね? 戦車じゃないですよね!?」

「安全で快適で合理的に荷物運べるように改造したんだけど? 空間魔法系の付与はまだ勉強中だから、馬車内部をマジックバッグみたいにするのは、俺にはちょっと無理だったからこれくらいで許してくれ。できれば生き物も入れるようにしたいんだよね? 移動式宿屋みたいな?」

「いやいや、空間魔法の付与で作った仮想空間に生き物突っ込もうとか、どんだけ高度な付与なんですか!? 空間魔法の付与された馬車なんて、いったいどれだけの価値があると思うんですか!? うちにそんな物を置いとくのは怖いですよ!!」

「いいかキルシェ、男とは時に浪漫を追求したくなる時がある生き物なんだ」

「意味がわかりませんから!!」


 キルシェに同行して、ソートレル子爵領の領都ソーリスへ仕入れに向かう日の前日に、パッセロ商会を訪れ、仕入れ用の幌馬車を丸一日かけてリフォームして、翌日のソーリスまでのプチ旅行を思い描いて、俺は満足していた。

 欲を言えば、幌の内部に空間魔法を付与して、荷物以外にも人間も入れる広々とした空間を作りたかったが、勉強不足のスキル不足で無理無理すぎた。


 先日、アベルに渡すペンダントを作った時に、付与のスキルが不安だったので、付与のスキル上げがしたくて、キルシェ達に頼み込んでパッセロ商会の馬車で付与の練習をさせてもらったので、今回はその続きと仕上げだ。


 骨組みをエンシェントトレントと魔法鉄で補強して、軽量化と衝撃吸収と魔物避けを付与し、防水効果を付与した幌を取り付け、万が一魔物に襲われた時に備えて、荷台と御者台に衝撃吸収と物理耐性と魔法耐性上昇効果と攻撃に対する反撃として吹き飛ばし効果を付与しておいた。

 ついでに御者台の左右に、旋回可能な"バリスタ"と言う据え置き型の弓を取り付けておいた。小柄なキルシェでも取り扱えるように小型にしておいたし、戦闘慣れしてない非力な女性でも取り扱えるように、攻撃補助と命中補助系の付与もばっちりだ。

 後ろからの追撃にも対応できるように、御者台横のスイッチで噴射する催涙ガスを馬車の後部に仕込んでおいた。

 これくらいやっておけば、魔物や野盗に襲われても大丈夫だろう。


 後は揺れ防止に、バネを使ったサスペンションを付けたかったが、あまり前世の記憶に頼り過ぎて、こないだみたいに黒歴史を思い出して悶絶するのは、暫くご遠慮したいので、今回は前世の知識には頼らず、衝撃吸収の付与と御者台に衝撃吸収効果を付与したクッションを敷いた。サスペンションがあれば更に快適になりそうだが、俺の知識も技術も足りなさそうなので今回は見送りだ。

 衝撃吸収の付与なら、外部からの衝突にも強くなって、馬車の揺れも緩和できるから一石二鳥だよな? 付与って便利!!


 幌の内部には氷と炎と風の魔石を使った、温度管理の魔道具を取り付けて、内部の空調も問題ない。暑い季節だから空調大事。

 ついでに、馬車を引く馬の蹄鉄も魔法鉄で作り直して、身体強化の付与をしておいた。野盗の飛び道具対策の馬用の防具もバッチリだ。きっとこれで快適な移動が出来るはずだ。


 頑張れば馬なしの馬車――いや、馬がないなら車だな? も作れそうだけど、前世の知識を用いすぎたオーバーテクノロジーな物はあまり作らないほうがいいと思ってるし、転生開花の反動は怖い。

 前世の知識は便利だけど、世界観を破壊するような物は作りすぎない方がいいだろうと思う。それに俺しか作れない物を作っても仕方ないし、世に出すなら俺じゃなくても作れる物にしておきたい。


 とはいえ、自分が乗る乗り物にはこだわりたくなるものだ。

「うーん……バリスタだけだと矢が切れたら困るな? 投石機も付けた方がいいかな?」

「いえ! 大丈夫ですから!! 基本的に街道沿いは安全ですから!!」

「備えあれば憂いなしってな遠い国のことわざがあるんだ。もしものことを考えて備えるのは大切なことだよ」

「アベルさんが見てないと、グランさんがどこまでも暴走してしまう……」

「ん? なんか言った?」

「いえ! なんにも!?」






 翌日の早朝、まだ暗いうちにパッセロ商店を訪れ、キルシェと共にソーリスへと向かって出発した。ピエモンからソーリスまでは馬車で四時間ほどの距離らしい。帰りは仕入れた商品分の積荷が増えるので更に時間がかかる。


 キルシェは週に一回ピエモン近郊の町へ仕入れに行っている。色々な町へ行くらしいが、領都のソーリスで遠い親戚が商会を営んでいるそうで、そこへは月に一度の割合で仕入れに行ってるらしい。

 今回はその仕入れに同行させてもらったのだ。


 夜明け前の朝靄の中、街道を東へと馬車を走らせソーリスを目指す。俺が御者をして、キルシェが横に座っている。

「揺れない! お尻痛くない! 快適!」

 馬車にサスペンションを取り付けるのは諦めたが、衝撃吸収の付与は効果があって馬車の揺れはひどくなく、御者台に敷いたクッションのおかげでずっと座っていても尻も腰も痛くならない。

 横でキルシェが喜んでくれていて、がんばった甲斐あって嬉しい。


「このクッションは衝撃吸収効果が付与されてるんですね」

「そうだよ。いくら馬車本体に衝撃吸収系の付与をしてあっても揺れるし、座ってる場所が硬いと結局体が痛くなるしな」

 キルシェが御者台に敷いてあるクッションを鑑定して、その効果に気付いたようだ。そして、何か考えるように顎に手を当てている。

「このクッションって何か珍しい素材使ってます?」

「いんや? ポラーチョの実の繊維で作った緩衝材に、衝撃吸収効果付与をして、防水効果付与した布で作ったカバーをかけてあるだけだよ」


 先日リュネ酒を作るためにポラーチョの酒を取って来た時に、一緒に取って来たポラーチョの実を水に浸けて、皮と果肉部分を腐らせて取り除き、残った繊維部分を乾かしてクッションの中身にしたのだ。

 ポラーチョの実の繊維で作った緩衝材に、カバーを掛けただけの簡単なクッションなので、材料費も手間もあまりかかっていない。


「このカバーを可愛い刺繍入りとかパッチワークにして携帯用クッションにしたら、馬車移動する女性に需要あるかなって。乗合馬車で隣町に行くだけでも結構体痛くなりますし。ポラーチョなら家の庭先でも育てられるし成長も速いですしね」

「あー、そうだなぁ。でもパッチワークとか刺繍とかは、俺はやったことないから、俺が作れるのは中身の緩衝材と、飾り気のないカバーくらいだな。刺繍とかパッチワークは練習すれば出来るかもしれないけど、それなりに時間かかるから沢山は作れないと思うぞ?」

 クリエイトロードのギフトがあるから、おそらく練習すれば刺繍もパッチワークも出来るようになると思うが、どちらも結構作業に時間を取られそうな気がする。


「もし数を作るのなら、カバーは内職として町の女性に依頼してもいいかもしれませんね、それで中身だけグランさんに作って貰ったらどうかな?」

「ああ、それならポーションの片手間に作れそうだな」

「じゃあ、一度お試しに作ってみましょうか? 試作品は僕がパッチワークでカバー作ってみます」

「キルシェは裁縫できるのか!?」

「たしなみ程度ですができますよ」

「それなら帰ったらサイズとか決めて、試作品作るか。携帯用だから少し小さめにした方がいいよな? かさばらないように薄めにしないとな? キルシェもなんかいい案あったら言ってくれ、女性向けなら俺よりキルシェの方が着眼点よさそうだし。というか合作で商品作るのも何だか楽しいな?」

「そうですね!」

 今までぼっちの物作りばっかりだったから、他人と意見出し合いながら何か作るのが新鮮で楽しいな!






 馬車を走らせながら、キルシェと携帯用クッションの案を出し合っているうちに、陽が昇り辺りはすっかり明るくなり、夜明けのひんやりとした空気から、夏の蒸し暑い空気へと変わりつつあった。

 道中、先日ランドタートルと泥沼の戦いを繰り広げた場所も通ったが、完全に復旧したとは言えないまでも、ランドタートルの魔法でボコボコにされていた街道周辺は、ほとんど修復されて問題なく馬車で通れるようになっていた。

 さすがに、またランドタートルが降って来るとか無いと思いたい。




 しばらく進んだ後、馬を軽く休ませる為に、馬車を街道の脇の日陰に寄せて止めた。

 荷台に積んでいた桶を降ろして、水の魔石でたっぷりと水を注ぎ、疲労回復のポーションを混ぜて、馬の前に置いた。馬がそれを飲み始めるのを見て御者台に戻って腰を下ろし、収納空間から朝食用に作って来たホットドッグを、自分のとキルシェの分を取り出した。


 俺が収納スキル持ちである事は、あまり他人に教えないようにしているが、キルシェとは長い付き合いになりそうだし、悪意や私欲で俺を利用しようとするようなタイプの人物ではないので、知られても問題ないと判断した。


「グランさん収納スキル持ちだったんですか!?」

「あぁ、内緒にしててごめんな」

「いえいえ! 収納スキルなんて他人に知られないようにするのは当たり前ですよ! 実は僕もそんなに大きくないけど、収納スキル持ちなんです」

「え? そうなのか!?」

 意外といえば意外だけど、この歳で他の町まで一人で仕入れに行ってる事を思えば納得である。

「えぇ、でも魔力が少ないのでそんなたくさん入りませんけど。とーちゃんとねーちゃんも収納スキル持ちですよ」

「収納スキルって、結構レアなスキルだと聞いてるけど、家族で持ってるって事は、そういう家系なのか」

「たぶんそうですね、とーちゃん方のじーちゃんも収納持ちでした。一族で収納持ちってバレると、大手の商家から囲い込みされる可能性高いので、内緒にしてますけど」

「そうだよな、明らかに収納スキルが遺伝してる血筋だと、無理に婚姻迫られる可能性も高いしな」

「えぇ、商人だと収納スキルがあるとないとでは、商売の幅に雲泥の差が出ますからね」

「商人じゃなくても、収納スキル持ちの人材を欲しがるとこは多いからな」


 性能に個人差があるとは言え、荷物を別空間に収納して手ぶらで持ち運べる収納スキルを欲しがる者は多いが、収納スキルは先天的な物で、習得しようと思って習得できるようなスキルではない。

 アベルのように空間魔法で収納スキルと同等の事もできるが、空間魔法もまた使える者が少ない。


 収納スキルの代用品として、マジックバッグという空間魔法を付与した魔道具もあるが、空間魔法の使い手が少ない為これもまた高級品である。

 魔術でも空間魔法は再現できるが、魔術だけで空間魔法の付与を再現するのは非常に難しく、俺も勉強中だが習得できるのは、まだまだ先になりそうだ。


 収納系のスキルの有無は、商人だけではなく他の職業でも、活動の幅に大きな差が出来る。

 冒険者も然りで、収納スキルの有無で持ち帰れる素材の量に差が出る為、そのまま収入に直結する。その為、冒険者の多くは高くてもマジックバッグを持つか、ポーターと呼ばれる、収納スキル持ちと共に行動することが多い。


 そんな便利な収納スキル故に、金や身分に物を言わせ、収納スキル持ちを無理やりに囲い込む者も多い。また犯罪においても暗躍する為、収納スキル持ちが犯罪組織に拉致され、無理やり犯罪の片棒を担がされる案件は後を絶たない。

 故に、収納スキル持ちの多くは、そのスキルを隠している事も珍しくない。


「キルシェ、前に渡した指輪ちょっと貸してくれ」

「え? どうしたんですか?」


 以前渡した、護身用に色々と付与した指輪をキルシェが指から外して、こちらに差し出す。俺はその指輪を受け取り、収納から装飾細工用の道具と闇属性の小さな魔石を取り出して、その指輪をぱぱっと改造してキルシェに返した。

 他人のスキルまで見る事ができる鑑定スキルを持っている者は少ないとはいえ、もしもの事があるので対策をしておくことに越したことはない。

 俺も複数のギフト持ちで、レアスキルをいくつか持っているので、アベルに言われてスキルの隠蔽効果のあるアクセサリーを、身に着けるようにしている。そのおかげで隠蔽効果の付与のやり方は知っている。


「これでよしっと。隠蔽効果付与しといたから、たぶんこれで他人からスキル見られないと思う。俺の鑑定スキルだと、人のスキルは見れないから確認できないから、今度アベルに確認してもらおう。それで問題なかったら、アリシアとパッセロさんの指輪も直そう」

「隠蔽効果ってそんな簡単に付けれるものなんですか? いや、これ絶対グランさんの性能がおかしいだけですよね」

「ん? どした?」

 キルシェが嵌めなおした指輪を見ながらなにやらブツブツ言っている。

「いえ、独り言です! 指輪ありがとうございます!」

「気にしなくていいよ、何かあってからじゃ遅いからな」

「ええ、ありがとうございます」



「ええ!? グランさんの収納スキルは時間経過しないのですか?」

「ああ、時間経過しないというか、収納内の時間を、ある程度好きなように、加速したり減速したりできるかな? とはいえ加速しすぎると、魔力の消費も激しいし加減も難しい」

「料理する時に新鮮な食品をマジックバッグから出してるようだったから、空間魔法と時間魔法の両方が付与されてる高価なマジックバッグかと思ってましたが、そういうことだったんですね」

「アベルに言われて、普段はマジックバッグ使うか、マジックバッグから出してるふりしてるんだ」

「さすがアベルさん、正しい判断だと思います」

 御者台で朝食用のホットドッグを二人でかじりながら、他愛のない話をしていた。馬を休ませる為に、少し長めの休憩時間だ。


「僕の収納スキルは時間経過するので生ものの保存はできないんですよね」

「俺も最初は容量も少なくて、時間経過もしてたよ。使ってるうちに容量も増えて、時間経過の制御も出来るようになったから、限界まで収納スキル使う事を繰り返してみると、収納スキルが強化されるかもしれないな。収納スキルは魔力量にも依存してるから、魔力も増やした方がいいかな」


 スキルという物は基本的に、使えば使うほど成長して強化される。限界がある物なら、限界まで使えばより強化されやすい。魔力も然りで、魔力を消費すればするほど、魔力の保有量の上限は増えやすくなる。


「なるほど、収納スキルはたまに使いますが、僕の魔力量は少ないんですよね」

「だったら、簡単な生活魔法を寝る前にでも使って、魔力をたくさん使ってから寝ると、魔力を増やせるはずだ。やりすぎると魔力欠乏で倒れるから、それは気を付けてな?」

「それなら出来そうです。今夜から早速やってみます。ちなみにグランさんは、収納スキルを強化するのに、何かトレーニングしたりしたのですか?」

「うーん、スキルに気が付いた子供の頃は、興味本位で色々収納してみてたかな。その辺の土とか岩とか収納してたかなぁ。面白半分で川とか溜め池の水を収納で限界まで収納に入れてみて、めっちゃ怒られた事あるな。後は使ってるうちにいつの間にか?」

「溜め池の水は怒られるでしょう……でも、確かに限界まで出したり入れたりするには土や水は丁度いいですね」

「大きい物出し入れすると魔力の消費も大きくなるから、魔力量も増えやすいしね。ちなみに収納の中に大量の水をストックしておくと、大量の水をいっきに取り出して放水するだけで、細かい魔物なんか押し流せるから護身にもなる」

「それいいですねー、あまり魔物が居ないとは言え、たまに遭遇はしますからね。それに、魔物よけの煙幕とか爆弾ポーション使うと結構高くつくけど、川の水ならただですしね」

「坂道で丸太とか岩転がすのもいいぞぉ」

「えぇ……でもそれだと、他の人いたら巻き込んじゃいますよね?」

「まぁそうだな。 適当に岩の一個や二個でも常備しとけば、暴漢対策にもなるぞ? なんなら馬車に投石機付けておくよ?」

「馬車はもう十分武装して貰ってますから! やり過ぎると町に出入りする時に怪しまれますから!!」

「そうか……」

「しょんぼりしてもダメですよ!」

 乗り物をかっこよく改造したくなるのは男のロマンだと思うのだが、やはり女性に理解してもらうのは難しいようだ。





 そしてこの収納の話をした事で、この後キルシェが収納スキルを鍛えまくった事に気付くのは、もうちょっと先の話。


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