第59話◆かわいいはマッシブ

 落ち着け、俺。今は商談中だ、平静を装うんだ。"美"に特化した人は個性的な人が多いのは、前世でもよくあったじゃないか。


「アベル様ぁ! ご機嫌麗しゅう、今日も神々しい美しさであらせられますわね」

 野太い声。

「はは、久しぶりだねレオーネ、息災のようでなにより」

 ちらりとアベルを横目で見ると、いつもの胡散臭い笑顔は全く崩れてない。

「レオン、場をわきまえなさい」

「んもう~、兄さんったら、レオーネだって言ってるでしょ?」


 野太い声。


 ティグリスが小さくため息をついたのが見えた。

「こちらの素敵な彼が、あの爪用のポーションの彼かしら?」


 うわ、ロックオンされた!


「あ、はい、グランです」

「やだ~! か~わ~い~い~~!!」


 そう言いながら、レオン?レオーネ?は両手を広げてこちらに突っ込んできた。

 Sランクの魔物の殺気より、生理的に恐ろしい物を感じて、思わずソファーから立ち上がって横に避けた。

 レオンが俺が元いたソファーに突っ込んで、豪華で重そうなソファーがズリズリと動いた。俺の隣に座っていたアベルも、危険を察知して俺とは逆側に避けたようだ。

 

「んもう、素早いわね」

「レオン、いい加減にしなさい。爪に模様を描く作業の実演の見学を、別の者に替わらせるぞ」

「は~い、ごめんなさぁい」

 いや、そんなムキムキマッチョマンが口とがらせても可愛くない。


 

 動いたソファーを元に戻して座りなおし、話の続きを始めた。

「それでは、よろしければさっそく実演させて貰いますが、どなたか爪に装飾を施してもよいという方はいらっしゃいますか?」

 ソファーに座っているのは男しかいないので、後ろで控えているメイドさんでもいいのだけど……。


「はいは~い、あたしの爪にやって~」


 ですよね~。

 レオーネことレオンが手を上げた。彼は化粧品部門の責任者らしいし、彼が立候補するのは当たり前だ。そうだ、これは仕事だ。どうせなら、後ろに控えてる綺麗なメイドさんが良かったとか、言ってる場合じゃない。





「それでは手を出してください」

 レオンとテーブルを挟んで向かい合って座り、彼に手を出してもらった。筋肉隆々の見た目に反して、さすが女性向けの化粧品部門の責任者というか、手入れの行き届いた綺麗な手と爪だ。

 マニキュアのような、爪に塗って艶を出すような物は存在してなかったようだが、爪を磨いて艶を出す類のネイルケア用品は今世でも存在しており、裕福な者の間で流通しているそうだ。


「や~ん、そんな他人行儀な話し方しないで~? グランちゃんはアベル様と同じ冒険者なんでしょ~? いつも通りでいいのよぉ?」

 "ちゃん"はやめろ"ちゃん"は。

 思わず表情が引き攣りそうになるが、営業スマイルを維持する。商談で来てるんだから、前世の感覚でどうしても丁寧な口調になってしまう。

「猫被ってるグランもそろそろ飽きたし、何だか別人みたいで気持ち悪いし、いつも通りでいいんじゃないかな?」

 気持ち悪いってなんだ! 気持ち悪いって!! まぁ、猫被るのめんどくさいし、先方がいいなら少し砕けるくらいならいいか。


「では、少し楽にさせて貰いますね」

 ティグリスさんの方をチラリと見ると、諦めの入ったような表情になっている。少し目が虚ろなのは気のせいだろうか。


「それでは、始めるよ。爪に塗るポーションのことは"ネイルカラー"もしくは"マニキュア"と言う名でピエモンの商店で販売している。"マニキュア"とは遠い国の古い言葉で"手の手入れ"と言う意味だ。今回は色を塗る為の物以外に、塗る前の下地や塗ったあとの保護の為の、透明なマニキュアも使う予定だ」

 商品のネーミングセンスがなくて、いい商品名を思いつかないから、前世での呼び方そのまま使わせてもらっている。

 語源は前世の外国語だから決して嘘はいってない。アベルの視線がチクチクするが気にしない。


 実演することになると思い、用意しておいた小道具とマニキュアを、マジックバッグから取り出した。

 レオンは、日頃から爪の手入れをこまめにしているようで、爪の付け根の甘皮の部分はすでに綺麗に整えられており、爪の形もとても良い。筋肉ムキムキマッチョマンなのに、なんか悔しい気分になる。


 俺の手より大きく分厚いレオンの手を取り、爪を磨く用に植物繊維から作ったヤスリで、爪を一つ一つ丁寧に磨いて凹凸を無くしていく。

「レオンさんは、日頃から爪の手入れをしてるようだから、甘皮の処理は省くけど、甘皮の処理は美容部門の人なら、やり方省略してもわかるよね?」

「レオーネ」

「え?」

「レオンじゃなくてレオーネよ」

「ア、ハイ」

 俺よりでかい男にウインクされても嬉しくねぇ!!!!

「一色で塗るだけなら大まかでも大丈夫だけど、装飾を施す場合は丁寧に爪の凹凸が無くなるように磨いておいた方が、出来上がった時に綺麗に見える。でも磨きすぎると爪が薄くなるので、そこは注意してくれ」

 この爪を磨いて整える段階だけでも、ある程度は爪の見栄えは良くなる。そして、この作業次第で仕上がった時の見栄えも変わるので、地味ではあるが重要な工程だ。


「爪が整ったら次はマニキュアを塗る番だけど、今回はより綺麗に見えるように、下地も塗るよ。下地なしでも問題はないけど、下地を塗った方が仕上がりも良くなるし、爪に色が残りにくくなるから、俺としてはできれば下地は塗って欲しい」

「あ~ん、イケメンに手握られるって、ドキドキするわぁ~」

「…………」

 やっぱりメイドさんで実演したかった。


「コホン。下塗に使うのはこの透明な下地用のポーション。これは爪を保護する役割も兼ねているので、色のついたマニキュアとは少し成分が違うので、こちらは後でレシピを渡すよ」

 マニキュアを売り込んで、本格的にネイルアートをやるなら必要になると思って、用意しておいたのだ。


 レオンが何か言っているが、気にしない。これは仕事、これは、仕事。

「根元から先端に向けて手早く塗って、最後に爪の先端に沿うように塗っておくと、この後塗るマニキュアが、塗らない場合より剥がれにくくなる」

「なるほど~、以前お試し品使った時に、先端の方が剥がれやすかったのよねぇ~」

「一色だけなら塗りなおしも楽だから、剥がれても塗りなおしにそれほど手間はかからないけど、装飾を施すなら長持ちさせたいからね。今回は剥がれにくくするために下地と最後のコーティングは念入りにやる予定だよ」


 下地が塗り終わったら、ベースになる色を塗って、それが乾いた上から別の色で模様を描いていく。俺はあまり絵心がないので複雑な物は無理だ。多少は"美術"のスキルがあるが、スキル値が低いのでたいした物は描けない。

 今回はサンプルの意味合いもあるので両手の爪、十か所にそれぞれ違う趣向で装飾を施すことにした。




「いいわね、これ。爪にアクセサリーを付けてるみたいだわ、間違いなく流行るわ」

 完成に近づいた爪に描いた模様を、レオーネが見入っている。

「アクセサリーと違って、時間が経てば剥がれて来るし、爪も伸びるので消耗品だと思ったほうがいいかな」

「そうね。でもそれなら定期的に塗りなおさないといけないから、常連を掴みやすいわね。そうしたらお店に専用のコーナーを作って……そうね、絵の得意な子を雇って専門でやらせるのがよさそうね」

「俺は絵心なくて複雑な物は描けないから、心得のある人に専門でやってもらうほうが、より完成度が高くなるはずだ」

 俺がやってるのは前世の記憶の真似事だからね。専門の職人育てれるならその方が絶対いい。

「そうしたら、職人育てないといけないし、その時はグランちゃんにお願いできるかしら? もちろん報酬も出すわ」

「えーと、俺は住んでるとこが王都から離れているので……」

「ん? それなら俺が転移魔法で送迎するよ。どうせほぼ毎日、グランの家から王都まで来てるしね。それに今後ティグリスの所と取引することになったら、グランも王都に来る機会も増えるだろう?」

「俺の田舎のスローライフ計画は……」

「何か言った?」

「いや、何も」


 俺は田舎に引き籠りたいのに、やることがまた増えてない!?

 半眼でアベルを睨むが、いつもの胡散臭い笑顔でスルーをされた。



「はい、完成」

 模様を描き終わり、仕上げ用の透明なマニキュアでコーティングした上に、小さな色ガラスを散らして完成。

 パッセロ商店で間借りしてやってる時は、模様を描くだけがほとんどで、あまり手の込んだ事はしないので、緊張しながらやったが、やればできるもんだ。

「すごいわ、爪に宝石が付いてるみたい。こんなことできちゃう、グランちゃんホント素敵ぃ~!」

 レオーネがバッと腕を広げてこちらに迫って来たので、サッと横に移動して躱す。

「んもぉ! そんな照れなくてもいいじゃない!」

 常識的に考えて、ムキムキマッチョマンの抱擁を受け止めたいとは、思わないだろ。


「お気に召して頂けて何より」

 ニコリと営業スマイルをしておいた。

「グランちゃんつれないわねぇ~、そこも素敵なんだけど~」

 俺よりマッチョな男にグネグネされてウインクされても、これっぽっちも嬉しくない。


「水仕事をする女性だとすぐ剥がれたり、飾ってある色ガラスが取れたりすると思うから、そういう人は、樹脂で作った爪の形のチップにあらかじめ模様を描いたものを作って、爪を飾りたい時とそうでない時で、付けたり外したり出来るようしたらいいんじゃないかな? オシャレしたい時だけ爪を飾りたい人や、爪が伸ばせない人、爪の形が気になる人も、チップにしたら気軽に爪を飾って楽しめるはずだよ。爪用の接着剤はスライムに頑張ってもらったら、爪に優しい物が作れそうな気がする」

 ネイルチップだっけ? 前世にそんな物があった気がする。


「「え?」」

「え?」

「グラン様、その話を詳しくお願いします」


 ティグリスさんがものすごくいい笑顔だ。この笑顔知ってる。俺を詰めてる時の、アベルの笑顔と一緒だ。

 この後、めちゃめちゃティグリスさんとレオンとお話する事になった。

 

「これは、間違いなくご婦人方の間で話題になりますね。マニキュアも、チップの方も早めに量産体制を作って、職人も育成しましょう。グラン様どうですか? うちと専属の契約を結んでもらえるなら、専属の契約料を上乗せしますよ」

 ティグリスさんが目をギラギラとさせながら専属契約を持ち掛けてきた。専属契約料が入るのは嬉しいが、拠点が王都ではないし、あまり縛られたくもない。

「申し訳ないのですが、ピエモンの方で懇意にしてる商店があるので、専属の方はご遠慮させて頂きます」

「そうですか、それは残念ですね。今後も何か新しい商品があるようでしたら、ぜひ取引させて頂きたいです」

「はい、それはもちろん。こちらとしても有り難いです」

「それでは、今後の体制と細かい契約の方の話を詰めましょうか」

「お願いします」



 この話合いで、マニキュア関連のレシピはバーソルト商会だけ使用を許可することとなり、マニキュアとそれを落とす為の液体、そしてその容器を量産してもらう事になった。自分で作るには限界があった容器を安く売って貰える事になったので、非常にありがたい。

 ネイルチップの方は案だけ出して、バーソルト商会に丸投げする事にした。

 お金が入るのは嬉しいけど、忙しくなりすぎるのはご遠慮したい。


 また、マニキュアは富裕層向けと庶民向けを時間差で売り出す運びとなった。王都ではしばらく富裕層向けを中心に展開していくとの事。先日パッセロ商会に現れた転売目的らしい商人の存在をティグリスさんに話すと、転売潰しに早めに量産して、貴族向けとは品質と種類に差を付けて、富裕層向けと庶民向けに売り出そうという事となって、今日の話し合いは終了となった。





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