第58話◆王都の商会

「えー、まだやるのー?」

「当たり前でしょ、女性向けの商品の商談行くんだから、綺麗にしないと!」

「いや、それにしてもやりすぎだろー、俺平民だよ?」

「いーの! 俺がやりたいの!」

「結局それじゃないか!!」






 俺は今朝からアベルによって、王都のアベルの遠縁というお貴族様の家に連れて来られている。

 何でかって? 爪に塗るポーションことマニキュアの商談で、アベルの知り合いの商会に行く為である。

 平民の上に冒険者なので畏まった服など持っているわけもなく、適当に小綺麗な服を見繕って行こうとしたらアベルにダメ出しされて、彼の親戚だというお貴族様の屋敷で、かわいいメイドさん達に取り囲まれた。

 え? 何? この上位の魔物に囲まれたような威圧感は!?



 うん、俺も前世では仕事で商談によく行ってたから、見た目の第一印象大切だから身だしなみ重要なのわかるよ?

 でも俺平民なんだから、そんなお貴族様が着るような高級服じゃなくてもいいんじゃないかな? 相手の商家さんも、貴族御用達とはいえ平民でしょ? あ、ちょっと? メイドさん?? え? 湯浴み? 風呂のこと?? え? 自分で入れるから!! 手伝わなくていいから!!!

 いやあああああああああああああ!! 脱がさないでえええええ!!!!!


 商談は昼からだというのに、朝早くに叩き起こされ王都まで転移魔法で連れて来られ、気づいたら風呂で丸洗いされて、現在進行形で着せ替え人形にされている。

 いやいや、俺みたいな平民がお貴族様の服借りるとか、申し訳ないでしょ? えぇ? ランドタートルの血液で作った例のポーションを買ってくれているお得意様? 俺が例のポーションの制作者って言ったら、御子息の服を気前良く貸してくれた? いやいや、おかしいでしょ?

 あ、ちょっと待って、メイドさん? ズボンくらい自分で履きます。ていうか、さっきからどさくさで腹筋ペタペタ触ってませんか? あっ! 脇腹はやめて脇腹は! くすぐったいから!! や、っちょっと!?



 午前中いっぱいかけて、磨かれ、着せ替え人形にされて、もうダンジョンに半月近く籠ってた時くらい疲れたんですが!?



「やー、すごいすごい。思ったより化けたね? グランが良いとこの子息みたい」

「お前が言う!?」

 いつものローブ姿ではなく貴族らしい服装で、どこの貴公子だよってくらいキラッキラのアベルが、目の前でニヤニヤとした笑顔で俺を見ている。

「面白そうだから、一回くらい夜会行ってみる?」

「断る」

 礼服着るだけでも疲れるのに、夜会なんて絶対ありえないよ。


 いつもは無造作にしている髪の毛は、かっちりと後ろに撫で付けられ、真っ白なウイングカラーシャツに、濃い灰色のトラウザーズとベスト、その上に同じく濃い灰色のジャケットを羽織らされ、髪の毛の色に合わせて少し暗めの赤いアスコットタイを締められた。

 黒々とした装いだが、髪の毛の色が派手な赤のせいで、赤いタイと合わせて妙に派手に見える。というか暑い季節に、シャツのボタンを一番上まで留めた上にタイまで締めて黒に近い上着なんて、正装に慣れてない俺にはキツすぎる。許されるなら、氷の魔石使ったタイピンに冷却機能でも付与して、それを着けておきたい。


 ちなみにアベルはやや薄い鼠色のトラウザーズとベストに、濃い紺色のジャケットを羽織っている。俺より涼しそうに見えるのでなんかズルい。




 すっかり小綺麗に仕立て上げられた後は、如何にもお貴族様っと言った感じの馬車にアベルと一緒に詰め込まれ、アベルの知り合いだという商会へと向かった。

 そして、この馬車の中が暑い。暑さ対策に馬車の中に、冷却効果が付与された魔道具が設置されてるが、ベストに、上着にと着こんでいるので暑いもんは暑い。

 汗かいて借り物の衣装を汗臭くするのも嫌なので収納空間から、小さな魔法銀の塊を取り出して魔力を通して薄い長方形の板状にして、尖っている角を滑らかなカーブに変形させた後、クルリと指に巻付けるように丸めて、隙間のあるリング状に変形させた。

 シンプルなイヤーカフスである。

 そして小さな氷の魔石を取り出して、まだ魔力が定着する前の少し柔らかい魔法銀のイヤーカフスに、その魔石を埋め込んだ。

 最後にちょいちょいと"冷却"の付与をして完成。

 魔石のサイズが小さいので、気休め程度の効果だが、何もしないよりはマシだ。


「何やってるの……?」

「あまりに暑いから気休め程度の"冷却"効果付与したイヤーカフス作ってた。これくらいなら目立たないから着けててもいいだろ? ていうかアベルよく暑くないよね?」

 訝しむアベルに答えながら、出来上がったイヤーカフスを左の耳に嵌めた。

「いや、暑いよ? 一応貴族の出身だからね、これくらい我慢できるよ。あ、でも俺もそのイヤーカフス欲しいから、俺のも作って? まだ到着までかかるから時間あるよね?」

「はいはい」


 できるなら、首元の辺りに着けるアクセサリーでやりたいところだったが、タイピンとかネックレスとかの丁度良い在庫がないから仕方ない。むしろもうスカーフとか服その物に付与しときたいよね。

 というか馬車その物に"冷却"付与したくなるな? 冬は"保温"欲しくなるから、氷と炎の魔石両方使って切り替えできるようにすれば、快適にならないかな? ピエモンに戻ったらキルシェのとこの馬車弄らせて貰って試してみよう。






 気休め程度の冷却効果の付与をしたイヤカフスの効果があって、多少快適になった馬車に揺られて到着したのが、今日の商談相手となるアベルの知り合いの商会"バーソルト商会"が経営する、上流階級の女性向けの服飾品や美容品を扱う"ヴィオラ・トリコロル"と言う店だ。

 王都の金持ち階級の女性向けの服飾雑貨店の中で、一、二を争う人気店らしい。


 この"ヴィオラ・トリコロル"を経営する"バーソルト商会"は王都に本店を構え、王都以外にも各地に支店を持ち、幅広い商品の取り扱い、レストランやホテルの経営もしている大手総合商社である。

 俺もその名前はよく知っているし、王都にいた頃にはバーソルト商会系列の庶民向けの店にはお世話になっていた。

 ちなみにバーソルトという名前は、商会の創設者の名前らしい。

 

 貴族服飾雑貨屋の"ヴィオラ・トリコロル"の店舗は、一階が衣料品、二階が装飾品、三階が美容品を取り扱っていて、俺達が通されたのは四階の商談用の応接室だった。

 王都の中でも、富裕層が暮らす地区にあるお金持ちの女性向けの店なので、もちろん入るのは初めてだ。平民の冒険者の俺には、場違い感半端ない。

 







「はじめまして、バーソルト商会の会長を務めさせてもらってます、ティグリスと申します」

 え? いきなり大商会の会長出て来たんだけど!? どういうこと!? 商談ってその部門の担当者とじゃなくて、いきなり会長なの!?

 思わずアベルの方を見ると、ニッコリとすごく胡散臭い笑顔をされた。


 案内された応接室で俺達を出迎えたのは、金髪青目でオールバックのめちゃくちゃイケメンでビシっとスーツを着こなした、いかにも"仕事出来ます!!!"って雰囲気の壮年の男性だった。


「はじめまして、グランと申します。本日はお忙しいところ、お時間をお取り頂きありがとうございます」

 前世で学んだ営業スマイル全開で挨拶をした。

「これはこれは、ご丁寧に、とりあえずお掛けなって楽にして下さい」

 促されてソファーに腰を下ろすと、控えていたメイドが紅茶と茶菓子をテーブルに並べた。上流階級のマナーとか全くわからないし、今世ではこんなガチガチの商談とか初めてだし、めちゃくちゃ緊張する。


「アベル様、この度はグラン様をご紹介いただきまして、ありがとうございます」

「こっちとしても、よくわからない商会とか貴族に目付けられる前に、信頼できるとこと取引して欲しかったしね」

「こちらこそ、漸くアベル様がずっと隠してらした職人様を紹介して貰えて、嬉しい限りです。どうぞよしなに」

「今までも時々俺経由でティグリスのとこに、グランの作った物をまわしてたけど、これからはグランと直接契約結んだらどうかなって。さしあたっては、先日サンプルを渡した爪に塗るポーションの話から入るのでいいよね?」


 今までも時々アベルが、ポーションやらアクセサリーを買い上げて、どっか持って行ってたけど、こんな大手商会に持ち込んでたのか。まぁ、俺自身が適当な値段付けて売るより、信頼できるプロに任せるほうがいいよな。


「はい。爪に塗るポーションは、取り扱わさせていただくなら化粧品部門になります。サンプルの方を、担当責任者と店舗の者で試したところ非常に好評で、私としてもこのような商品は、女性に高い人気が出ると見込んでおります。ときに、容器の方の量産が難しく製造に限界があると伺っているのですが」


「そうですね、中身の方は材料も入手しやすい物で、薬調合のスキルがあれば作れます。容器の方が手間が掛かる為、今のところ地元の取引のある商店で、僅かな数を売っているだけです」


「蓋に刷毛が付いている瓶ですね? それでしたら、こちらの下請けのガラス工房に依頼して量産することも可能です。薬師の方も専門の部門がありますので、レシピを使用させていただけるなら、そちらで製造可能だと思います」


「それでしたら、レシピの使用権をそちらにお貸しする感じでよろしいですか?」


「はい、そのようにしていただけるなら。レシピの使用料は、利益の三割でよろしいですか?」


「三割はさすがに貰いすぎな気がするのですが」


「いえいえ、これまでにない商品の上に、まずは貴族向けの販売になるので利潤も多くなりますので」


「なるほど、貴族向けからですか。王都からかなり離れているのですが、ピエモンの方で庶民向けですが"マニキュア"という名称で、毎週五~十本程度ですが売りに出していて、できればこのまま続けたいのですが、大丈夫ですかね?」


「なるほど"マニキュア"ですね。王都から離れてますし、庶民向けの物と貴族向けの物は差別化するつもりですし、そのまま続けて頂いて問題ありませんよ。それに元から販売している商店から商品を取り上げてしまうのは、わたくし共も本意ではありませんですしね。して、それは如何ほどで販売されているのです?」


「大銀貨二枚ほどで販売して、購入した方には、希望があれば爪に模様を描くサービスをしてますね。」


「ほう、爪に模様を?」


「ええ。ポーションを爪に塗って色を付けるだけではなく、その上に絵というか模様を描いたり、小さな色ガラスを張り付けたりしてます」


「なるほど。その技術の習得は時間かかりますか?」


「うーん、そうですね……練習次第で習得できると思います。自分も最近始めたばかりなので、あまり複雑な物は出来ませんが、実演して見せましょうか?」


「よろしければ、ぜひお願いします。化粧品の担当者を呼んで来てもよろしいですか?」


「はい、お願いします」





 思ったよりぽんぽんと話が進んで拍子抜けである。

 ティグリスさんが、化粧品担当者を呼びに行っている間に、少し肩の力を抜いておく。アベルが出されていた紅茶を、口に運ぶのを見て俺も紅茶を口にした。


「俺が出る幕が全くなかったね」

「ん?」

「グランが交渉で困るようなら、俺が代わりに纏めようと思ってたけど、全然必要ないみたいだね。ずいぶん交渉慣れしてる感じだからびっくりしたよ」

 それは、前世で働いていた時の経験のおかげだ……なんて言えない。

「あぁ、うん、まぁね? いつかは職人とか商人の真似事してみたかったし、前々からある程度の予習をしてたんだ。それにアベルが、先方にあらかじめあらましを伝えてくれてたんだろ?」

「まぁ、そうだけど」


 アベルと雑談をしていると、ドアをノックする音がしてティグリスさんが戻って来た。

「お待たせしました、化粧品部門の担当のレオンを連れて参りました。レオン入りなさい」

 ん? レオン? 化粧品の担当は男性なのか?

「やだわ兄さん、レオンじゃなくてレオーネよ?」

 ティグリスさんの後方から聞こえた声に、営業用の表情が崩れそうになった。


 ティグリスさんの後方から野太い声と共に部屋に入って来たのは、俺より二回りくらい上も横も大きい、隆々とした筋肉の大男だった。


 ただし身に纏っているのは、露出の多い鮮やかな赤をベースとしたワンピースで、長いストロベリーブロンドがツインテールに結い上げられている。

 胸元が大きく開いたノースリーブのワンピースから見える胸筋と上腕二頭筋も、太ももまで入ったスリットから覗く大腿四頭筋も、冒険者として鍛えた俺より立派な筋肉である。




 こ、これは、もしや……オネエってやつか!?!?


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