第57話◆たまには冒険者として活動

 冒険者ギルドを後にした俺は、ピエモンの南の森に来ていた。

 こちらの森は、俺の家の近所の森ほど深くないが、遭遇する魔物の数は多い。


 ピエモン周辺から森の入口辺りには、駆け出しの冒険者でも対応できるホーンラビットや、雑草を食べて育ったグリーンスライムのような弱い魔物が多く、森に少し踏み込んだあたりからはフォレストウルフやフォレストスネークと言った、D~Cランクのやや強めの魔物が生息している。またゴブリンやオークと言った、亜人種系の魔物も見られる。


 俺が引き受けている依頼は、少しばかり森の奥へ踏み込んだ辺りで見かける植物の採取や、その周辺で見られるCランク以上の魔物の間引き討伐が主だ。

 いくら魔物で人間を害する可能性があるとはいえ、人間の居住区と離れている場所に住んでる個体まで根こそぎ狩るのは、生態系を考えると悪手だ。森の浅い位置に近い辺りでうろうろしている個体を、定期的に間引く程度でちょうどいい。

 俺の場合、採取の依頼をこなしつつ、遭遇した個体を狩るという感じで、採取と討伐の依頼を並行してこなすようにしている。






 そんなわけで、ちょっと森の奥まで踏み込んだ辺りで、シュガーラゴラというマンドレイクの亜種の植物系の魔物を、狩るというか収穫しながら、時々飛び出してくる魔物を斬り伏せていた。


 シュガーラゴラは、大根のような根菜の姿をした魔物で、根の部分が途中から二股に割れ、足のように機能して自分で土から出て来て走り回る。

 普段は土に埋まって、頭にあたる根の最上部と、葉っぱの部分だけを地上に出しているが、無理やり抜くと他のマンドレイク種同様に、精神汚染効果のある悲鳴を上げる。

 口がないのに、どこから声が出ているのか非常に不思議だが、引き抜くと悲鳴のような鳴き声を上げるのだ。

 この悲鳴は非常に煩く、魔力に耐性が低い者や、精神が弱い者が効くと、激しい恐慌状態になったり、時にはショックで命を落としたりすることもある。


 そんな感じでシュガーラゴラは危険な魔物ではあるが、砂糖の原料にもなるのでとても需要が高い。引き抜く時の悲鳴と、時々吐いて来る催眠効果のある甘い香りの吐息に気を付ければ、ランクが低い冒険者でもそう苦労することなく倒す事ができる。

 ちなみに、根と茎の付け根の魔石部分を残して根を刈り取って、植物を挿し木する要領で、残した部分を地面に挿しておけば、根の下の部分は時間と共に再生して、再び根の部分を刈り取る事が出来るようになる。こうして挿し木をしておくと、シュガーラゴラを狩り尽くすことにはならない。

 マンドレイク系の魔物は根と茎の付け根に魔石がある、これを破壊しなければ、ある程度根や葉を採っても再生する。


 ニトロラゴラ? 奴もマンドレイク系の魔物だから、魔石を残した状態で挿し木すると再生はするよ。眠らせてたら爆発はしないけど、根を切り取ってしまうと植え直した後の安定が悪くなるのか、切り取る前より些細な振動で爆発するようになる。

 爆薬部分は根の部分なので根を切り取ってしまえば、残りの部分はそんなに激しく爆発しないが、ニトロラゴラは密集して生えてる事が多いので、一つ爆発すれば連鎖して爆発する。

 よって、さっさと魔石を抜いて倒してしまったほうがいい。

 ニトロラゴラはダンジョンでしか見かけないので、繁殖ではなくダンジョンが生み出してる系の魔物だと思われるので少々狩りすぎても、いつの間にかダンジョンによって生み出され増えている。

 そもそもこんな、何やっても爆発するような生き物なんて、普通に考えて種として成り立たないよな!? というかダンジョンはどうして、こんな魔物産み出しちゃったの!?



 催眠効果のある香を焚いて、シュガーラゴラが眠っているのを確認して引っこ抜く。シュガーラゴラの根の最上部の部分より少し下で切断し、根の部分だけを回収して、上の部分は元の場所に戻して埋めておいた。

 状態異常耐性を付与した装備を着けているので、そのまま引き抜いても問題ないのだが、周りの小動物や近くに冒険者が居た場合、シュガーラゴラの悲鳴の被害に巻き込む危険があるので、眠らせてから収穫する。


 シュガーラゴラは、ギルドの依頼で収穫に来たけど、砂糖の原料になるので半分はギルドに渡して、半分は自分で使う予定だ。最近甘いもの好きな奴らが多くて、砂糖の減り方が光の速さの如くである。

 先日リュネ酒を作った時に、手持ちのシュガーラゴラをほとんど使い切ってしまった為、ストックを増やしておきたい。

 シュガーラゴラを自分の家で栽培できないかとも思ったけど、悲鳴が危険だし、奴らは勝手に歩き回るので、野菜を植えている畑の方に勝手に埋まりに行って、うっかり引き抜いて大惨事になっても困るので、自宅の畑に植えるのはやめておく事にした。



 そこまで高ランクの魔物が出ないとは言え、視界の悪い森の中で奇襲されれば命に関わるので、"察知"のスキルで回りの気配に気を張りつつ、シュガーラゴラを収穫していると、遠くから大きめの気配がこちらに近づいて来ている事に気付いた。

 人間よりはるかに大きな気配で、ガサガサと耳障りな音も聞こえてくるので、ほぼ確実に魔物だと思われる。気配の感じから大型ではあるが、知性はあまり感じられず魔力も低そうだ、対応は可能そうだが狭い所では戦いたくない。


 シュガーラゴラの収穫をやめて、森の開けた場所に移動して、近づいてくる気配とは逆方向の木の上に登り、"隠密"のスキルで自分の気配を消す。隠密のスキルで気配を消しても移動の痕跡や周囲に着いた匂いは残ってしまうので、人間より嗅覚の鋭い生き物の追跡を振り切るのは難しい。


 さて、何が出て来るのか。


 どうせなら素材として有効活用できる奴がいいなとか思ってると、バキバキと木の枝の折れる音をさせながら、森の木の間から魔物が姿を現した。

「うわあああああああ…」


 イモムシだああああああああああああ!!!!


 見た目の気持ち悪さに思わず声がでた。俺の方に近づいて来ていたのは、体長3メートル程の、ピンクと紫とかいうグロテスクな色の芋虫のような魔物だった。たぶん何かの幼虫なんだろうなぁ……キモッ!

 どう見ても食材にはなりそうにない、いやしたくない。


 頭の辺りに目のようなものがいっぱいついてるのもキモいし、胴体に生えてる爪のような無数の足がうにょうにょしてるのキモいし、口の辺りから粘液を垂らしてるのもキモい。

 わかる、斬ったら返り血で汚れる。絶対キモい。

 大した素材にもならないし、弓で遠距離からちゃっちゃと倒してしまおう。


 収納空間から、最近新しく作り直したばかりの弓と、金属の矢を取り出して、木の上から芋虫の方に向かって狙いを定めて矢を放った。虫系の魔物は無駄に生命力が高いので、胴体を狙ってもなかなか死なないので頭を狙う。


 放った矢は、口の上の辺りの、目が密集してる位置に突き刺さった。芋虫の魔物は後ろにのけぞるが、致命傷ではないようだ。やっぱ虫系はしぶといな。

 次の矢を収納から取り出して番えると、先ほどの攻撃でこちらの位置に気付いたのか、芋虫が矢の刺さった頭を下げて地面につけて、尻の部分を持ち上げて頭の上からこちらに向けた。それを見て反射的に隣の木に飛び移ると、元いた場所に芋虫から吐き出された粘着質っぽい白い糸のような物が、ベットリと叩きつけられた。

 危ない。あんなものに当たると絶対気持ち悪い。


 再び矢を番え、芋虫に撃ち込む。今度は一発だけではなく、収納から連続して矢を取り出しながら複数撃ち込んだ。距離も離れてないしあんだけデカイと、適当に連射しても当たり前のように命中する。

 それでもまだ生きている芋虫は、再び俺の方に向けて粘着質の糸をケツから飛ばして来たので、隣の木へと飛び移って避ける。

 それを何度か繰り返したとこで、漸く芋虫が地面に倒れて動かなくなった。


 虫系はしぶといので、死んだと見えて生きている事がよくある。

 前世にもいたよな? 台所とかゴミ置き場にいた黒い奴――死んでると思って近づくと、突然起き上がって、こっちに向かって飛んでくる事があるアイツだ。

 ちなみに、その黒いアイツ、今世にもいるよ。ただし台所じゃなくて森とかダンジョンに。そしてデカイ。前世の記憶が有るせいで、遭遇したくない虫系の魔物ナンバーワンだよ!!

 料理のレシピを転生開花のギフトに頼りまくったせいで、アイツの事は早いうちに思い出しちゃったんだよ。


 そんなわけで、虫系の魔物は死んでるように見えても、生きている事も多く、油断してると反撃をくらうので、用心しながら近づいて鑑定すると"マンイーターモスの幼虫"と見えた。どうやらもう死んでいるようだ。

 俺の鑑定スキルは生きている物には効かないので、魔物が生きているか死んでいるか確認にも使える。


 それにしてもマンイーターモスって物騒だな。名前の通り、人間や亜人を捕食する類の蛾だ。確か成虫の蛾は、鱗粉に麻痺毒があり、毒薬の材料になる。

 幼虫のほうは、大した素材にもならないので、討伐証明用に顎に生えてる牙だけ取って、後はそのまま放置だ。死体は森に棲む魔物が、勝手に始末してくれるだろう。

 死体は放置するが、芋虫ことマンイーターモスの幼虫が、ケツから吐き出した糸は回収する。

 ベタベタしてて少々気持ち悪いが、芋虫系の魔物が吐き出す糸はちゃんと加工すれば、糸として使える。

 芋虫に向かって放った矢も、まだ使える物は回収しておく。折れたり、歪んだりして使い物にならなくなった物は、矢じりの金属の部分だけ回収する。

 矢は消耗品にするのはもったいないし、作るのも結構めんどくさい。俺の木工のスキルが無駄に上がってるのは、だいたい矢を作ったせいである。


 芋虫の糸と芋虫に撃ち込んだ矢の回収が終わって、木々の隙間から空を見上げると、陽も西に落ちる頃なのでそろそろ引き上げる時間だ。

 あまり遅くなると、夕飯が遅くなって食いしん坊達からブーイングを貰う事になるので、さっさとおうちに帰ろう。

 今日の夕飯は何にしようかなぁ。




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