第56話◆冒険者の午後

 キルシェ達との昼食を終えた後は、パッセロ商店を出て冒険者ギルドへ。

 毎週パッセロ商会に商品を納品した日の午後は、冒険者ギルドに立ち寄って、高ランクで残ってる依頼を受けるようにしている。と言ってもあまり時間を取られないものしか受けないけど。


 護衛系は中~高ランクのものが多く、報酬も良い案件が多いのだが、長時間拘束で日を跨ぐ依頼が多いので、基本的にスルーだ。護衛対象ほっぽって途中で好き勝手狩りできないしな。護衛対象や一緒に行動する他の冒険者と相性悪いと、めんどくさい事この上ないし、護衛の仕事はあまり好きではない。もちろん依頼主がよく知ってる仲の人だと、その限りじゃないけど。




「どうもー」

「あ、グランさんこんにちはー」

 昼下がりの閑散とした冒険者ギルドの受付で、暇そうにしているギルド嬢に話しかけた。

「こないだの依頼の品と、討伐報告持って来たよ」

 マジックバッグから先週受けた収集系の依頼の品と、討伐系の依頼の討伐証明用の魔物の部位を、取り出してカウンターに並べる。


 期限付きの依頼や急ぎの依頼ではない限り、ギルドを訪れた時にまとめて報告している。週に一度は立ち寄るようにしているので、そんなに間は空かないので問題ない、というかそのペースで問題なさそうな依頼しか受けてない。

 常時募集系の収集依頼や、魔物の間引き系の討伐依頼がマイペースに消化できるので、そういったものを中心に受けている。


「はい、すぐ確認して報酬を精算しますので、少々お待ちください。振込みと手渡しどちらにしますか?」

「うーん、そんなに金額大きくないから手渡しで。依頼掲示板見ながら待ってるから、終わったら呼んでくれ。あとこれ差し入れ、よかったらみんなで食べてくれ」

 そう言って、ドライフルーツが入ったパウンドケーキの包みを渡した。

「わぁ、いつもありがとうございます! では用意して来ますので少々お待ちください」


 ランドタートルの件以来、週一ペースで冒険者ギルドに顔を出すようになり、ちょこちょこ依頼も消化してるので、ギルドの職員と上手くやっていく上での賄賂みたいな感じで、時々おやつを差し入れている。

 田舎って、外部から来た者に風当たり強いイメージあるしね。まずは受付の女性陣から、甘い物で攻略しておこうかなって。


 王都にいた頃も、時々手作りの焼き菓子差し入れていたのが好評で、よく細かい便宜を図って貰ってた。受付事務の職員とは顔を合わせる機会が多いし、ギルド内で一番接点があるので、仲良くしておいたほうがスムーズに事が運ぶ事が多い。

 書類の記入ミスとか、報告ミスとか、その処理を行う事務職の人に嫌われちゃってると、これでもかってくらい嫌味言われる事あるし、前世からの記憶で、事務職の女性陣には逆らってはいけないと本能が言ってる。

 よい環境で仕事をする為にも、事務職の方々への日々の感謝を、忘れてはならない。




 精算を待つ間、依頼が貼り出してある掲示板を物色して、残っているCランク以上の依頼で期限が長い物を選んで剥がしていく。この掲示板に貼られている依頼用紙を剥がして受付に持って行くことで、依頼の受注の手続きをしてもらえる。

 ピエモンの冒険者ギルドにある依頼は、低ランクの町の中でのお手伝い程度の物と、中ランク程度の町の周辺の弱い魔物の間引きや、薬草や鉱石などの素材採取の物が多い。ここら辺の依頼はF~Dランクの冒険者向けで、俺のようなBランクの冒険者が手を出すのは、あまりいい顔をされないのでスルーだ。


 なぜなら、低いランク帯の依頼を高ランクの冒険者がやってしまうと、そのランクの依頼が適正な冒険者達の仕事がなくなるからだ。よって受ける依頼は、基本的に自分のランクと同等の物か前後一ランクくらいの物を受けるのが普通だ。なお、討伐はもちろん、採取系の依頼も命の危険が伴うので、自分のランクより上の依頼を受けるには制限がつく事が多い。もしくは、依頼の受注条件を十分に満たしている他の冒険者とパーティを組んで受注することになる。


 ピエモンの冒険者ギルドにあるCランク以上の依頼は、護衛を除くとピエモンの南側にある森に関する依頼が多い。俺の家の近くの森はピエモンの北側の森なのだが、こちらの森の依頼はほとんどないか、あっても入口付近で事足りる薬草採取などの簡単な依頼ばかりだ。

 そんな感じなので最近冒険者ギルドの依頼で、南の森に行く事が多い。

 こちらの森は、北の森ことアルテューマの森と違って、森の浅い部分からD~Cランク程度の魔物を見かける。つまり、俺の家の近くの森よりやや強い魔物が、人間の生活圏に近い場所にいるということだ。

 Cランク以上の依頼はだいたいこういった魔物の討伐である。放っておいても森の外に出て来ることの少ない魔物は、積極的には討伐しなくていいが、増えすぎた魔物や、好戦的で危険性の高い魔物は、討伐しておかなければいけない。


 ラト曰く、アルテューマの森は、奥地には強い魔物はいるものの、人間が森を荒らさない代わりに、魔物も積極的に人間側に立ち入らないという契約が、遥か昔にピエモン周辺の領主のソートレル家の当主と交わされ、今もその契約は続いてるらしい。

 あんな大きな森の主と不可侵の契約を結ぶなんて、ソートレル子爵家ってもしかしてすごい?


 しかし完全な不可侵は不可能なので、人間の領域と森の住人の領域の緩衝地帯になる森では、お互い何があっても保証しないという約束らしい。ちなみに森の奥地には迷いの結界が張られており、森の守護者――ラトや幼女三姉妹の加護がない者は、奥地まで踏み込む事は困難だと言う。

 アイツら、実はすごい奴らだったんだな?

 南側の森は、ラト達の勢力範囲外で、そちらの森には森の主らしき守護者がいないので、魔物も人間も制限なく出入りするので、アルテューマの森より魔物との遭遇率が高いという事だ。


 ところで、俺があの家買った時、そんな話があるなんて一言も聞いてなかったんだけど?

 ピエモンから遠く離れた王都で書類だけで決めた物件だから、伝言ゲームで細かい伝達事項が省かれてたのかもしれない。




「グランさん、お待たせしました」

 ギルド嬢に呼ばれて我に返り、受付カウンターへ向かう。

「では、これが今回精算した報酬ですね、受け取りのサインお願いします」

「ほい。次はこの依頼やるよ、一週間後くらいにまとめて持ってくるつもりだ」

 報酬を受け取り、書類にサインをして、掲示板から剥がしてきた次に受ける依頼を、ギルド嬢に渡した。

「はい、では手続きしますね。あ、それとギルド長が、Aランク昇格の試験受けないかと言ってましたが……」

「あー、うーん……それはまた今度で」


 ランクが上がれば、更に上にランクの依頼が受けれるようになって、報酬も上がるのだが、Aランク以上になると、国や領主からの指名で断れない強制依頼に、参加の義務が発生する。そうなると、めんどくさい依頼に駆り出されて、時間を取られる可能性が高くなるので、あまりAランクにはなりたくないのだ。

 Aランク以上になると、平民出身でも貴族――Aランクなら男爵相当、Sランクなら伯爵相当の身分を、書類上は保証されるのでメリットは大きいのだが、俺にとっては身分より自分の自由な時間のほうが大切だ。

 そして、あくまで書類上の話であって、貴族と同じ立場になるというわけではないし、やはり平民には変わりないので、男爵、伯爵相当と言っても、本物の貴族からは下に見られる。

 利点と言えば、指名依頼での報酬がBランク以下より桁違いで高い事とか、宿屋や商店や役所での扱いがとてもよくなることくらいだ。

 報酬が上がるのはいいけど、やっぱ強制的な依頼はめんどくさいから、BでいいよBで。




「おい、グランちょっとこっち来い」

 適当にお茶を濁して、依頼を受け終わったらさっさと帰ろうと思っていたら、奥から中年マッチョのゴリラ系ギルド長バルダーナが顔を出した。

 うわぁ……、めんどくさい。


 どうでもいい話だが、この世界の"ゴリラ"はムッキムキで超筋肉質で人間のような姿をした空想上の精霊を指す。もちろん男だけではなく女もいる。前世の記憶にある"ゴリラ"とはちょっと違う。でもなぜか、揶揄としての使い方が前世のゴリラと近い。

 時々、この世界に似つかわしくない、前世の記憶にある物や単語が存在するので、もしかすると俺のような転生者が持ち込んだ物じゃないかと疑っている。ゴリラとかまさにそんな気がするんだよなぁ。


「Aランクの昇格試験は受けませんヨ」

「何だ? 貴族相当の身分より、自由時間のが大事か。まぁいい、その話じゃないから、ちょっと奥までこい」

「ええ?」

 そしてゴリマッチョギルドマスターにガッチリと腕を掴まれ、引きずられるように奥の応接室に連れ込まれた。なんなの、もう。



「グラン、お前最近、パッセロ商店で爪に塗るポーション売ってるよな? というかあそこで売ってるポーションや、付与付きのアクセサリーはお前が作ったんだよな?」

 応接室のソファーに座らされそう切り出される。おっさん、詳しいな? まぁちょっと調べればわかる事か。

「あぁ、そうだけど? それが何か?」

「あの爪に塗るポーションをうちのカミさんが欲しがって、一つ売って欲しいんだが」

「あー……、商品用のは今在庫ないから、試作品の新色でよければ」

「おう、それでいい、ぜひ売ってくれ! カミさんがいつも売り切れで、なかなか手に入らないって言っててな、調べたらグランが製作者だっていうし」

「ああ、うん。容器作るのが手間かかるから、あまり沢山作れないんだ。もう少ししたらそれも解決すると思うから、そうしたらもうちょっと多めに市場に出せると思う」

「そうか、うちのカミさんが喜びそうだな。あと、アレ、こないだのアレ。アレ売って欲しいアレ」

「アレ?」

「ランドタートルのやつ」

「あー……」

 察し。やっぱり、このギルドマスターくらいの年齢だと、需要あると思ったんだ。マジックバッグから出すふりをして、収納空間からランドタートルの血液で作ったポーションをテーブルの上に置いた。

 以前、お試し品をこっそり渡してみたのだが、お気に入ってもらえたようだ。 


「おう、有り難い!!!」

「原液じゃなくて、五倍くらいに薄めて飲んでくれ。一回につきコップ一杯くらい目安で」


 アベルの伝手で無事にテストも終わった、ランドタートルの血液から作ったポーションである。ポーションにするとかなり効果が高くなるようで、アベル経由で試験してもらい、だいたいの服用量の目安もついて、商品として世間に出せるレベルになった。

 うん、テストに協力してくれた人がどうなったかは、聞かないことにしたよ。


「代金はいくらだ?」

「合わせて大銀貨三枚かな?」

 むしろ、これでもぼったくりと言っていい値段なんだけど。

「え? それはケタが一つ違わないか? 同じ効果があるオークの睾丸は加工前でも金貨三枚だぜ?」

「うーん、ランドタートルの血液は採れる量多いからなぁ。オークの睾丸に比べてポーションにしたらすげー増えるから」

「なるほど。じゃあ金貨一枚でどうだ?」

「いや、じゃあさっきのマニキュア――爪に塗るポーションの代金も含めて大銀貨五枚でどうかな?」

 なんだこの、逆値段交渉みたいな展開は。

「ふむ、安すぎるような気もするけど、グランがそう言うならそれで」

「まいど」

 バルダーナから大銀貨を受け取り財布にしまう。


 ちなみに、一般的な平民の収入は月に金貨二枚くらいだ。大銀貨が十枚で金貨一枚で、銀貨十枚で大銀貨一枚だ。

 バルダーナは、冒険者ギルドのギルドマスターなので、おそらく収入は平民の収入より段違いに多いと思われる。



「あ、そうだ。すっかり忘れてた。そういえば、領主様が、ランドタートルを二人で倒したっていう冒険者に会いたいって言ってるがどうする? これは別に強制ではない」

 爪に塗るポーションとか、ランドタートルの血液のポーションとかより、こっちの方が重要な話なのでは……。

「強制じゃないなら、あんま行きたくないかな。貴族の作法とかさっぱりしらないし」

「そうか、まぁ強制じゃないからな。領主様には適当に伝えとくよ。たぶんアルテューマの森のすぐ近くに、引っ越してきたのがどんな奴か気になったんだろ」


 んん?


「あぁ、気にすんな。それくらいの情報は、ギルドマスターしてるなら知ってて当然だし、場所が場所だけに、領主様も住んでる奴の人物像が知りたかっただけだろう」


 んんん? 気にすんなって言われても、町から離れた場所でひっそり暮らしてるのに、家バレは気になるだろ?


「そう、警戒すんな。ソートレル子爵はあまり貴族らしくない方だ、ご本人もA級の冒険者で冒険者には理解のある方だよ。お前の生活の邪魔をするような方ではないよ。あそこの森の主と領主様のご先祖様が不可侵の契約結んでる話は知ってるか?」

「あぁそれは何となく聞いたことある」


 何となくと言うかその主達が、毎晩うちで飯食ってるのは、ばれてるんだろうか。


「それで、森のそばに越してきた人間がどんな人間か気になったって事だ。まぁ、王都ギルドにいた頃の話と合わせても、グランが森の主相手に、問題起こすとは思えないからな。領主様にはそう伝えとくよ」


 王都ギルドにいた頃の話って何ぞ!? てか、このおっさん、どれくらい俺の事調べたんだ?


「王都ギルドのギルド長と旧知の仲だって話はしたよな? 王都にいた頃の話は、そいつからの情報だから、これ以上は根ほり葉ほり調べねぇから安心しろ」

「わかった」

「俺としても、Bランク……いや、実質Aランク以上の冒険者が、自分とこのギルドにいると、安心感が違うしな。お前が嫌がるようなことはしねぇよ。なんなら、賄賂渡してもいいくらいだ」

「賄賂?」

「あぁ、近いうちに解体施設の備品の入れ替えがあるんだが、中古でよければ安く払い下げるぞ?」

「なんだって?」

 あ、ものすごく釣られた気がするけど、解体用の道具が手に入るならとてもほしい。

「血抜き用の魔道具も新しい物に買い替えるからどうだ?」

「買った!!!」

「よし、じゃあ入れ替えが終わったら、払い下げるよ」

「ありがたい!」


 なんか、物に釣られて丸め込まれた気がするけどまぁいいか。それにしても、このおっさんの情報網侮れないな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る