第二章
第53話◆スキルが足りません
「うーーーーーーーーーーん……材料が足らない、俺のスキルも足らない、知識も足らない、ムリゲーーーーー!!!!」
自室に籠って作っていたペンダントを、ポイッっと作業机の上に投げ出して、大きく背伸びをした。
キルシェ達をうちに招いてランチパーティーをした日から、ひと月が過ぎようとしていた。
季節は初夏から夏に変わり始める前の、雨の多い時期になっていた。この国の気候も季節の移ろいも、前世で住んでいた国のそれに非常によくにていて過ごしやすい。
あのランチパーティーの後から、ラトと幼女三姉妹が頻繁にうちに来るようになり、ほぼ毎日夕食は共にしている。
キルシェ達の店との取引も順調で、今まで買い取ってもらっていたポーションの他に、五日市で作っていた防毒効果を付与したミサンガや、手の手入れ用のクリームも買い取ってもらうようになって収入も増えた。
五日市の方も、前回の女の子達がリピーターになってくれて、友達も連れて来てくれたおかげで、売り上げは上々だった。
そうそう、森の地下で会ったモールとも、週に一回くらいのペースで住処を訪れて交流している。ランドタートル料理お裾分けしたら喜んでくれたよ。小動物かわいい。
畑で育ててる作物は幼女三姉妹のおかげでスクスク育つし、フローラちゃんが毎日手入れと収穫手伝ってくれるから非常に楽だ。
そういえば、ピエモンの冒険者ギルドのギルド長に、ランドタートルの血を差し入れて、飲み方と効果を教えたら苦笑いしながらもとても感謝された。あれから時々、ランドタートルの血液で作ったポーションを買ってくれている。やっぱ男性であの世代には需要あると思うんだ。
そんな感じで、わりと念願のスローなライフを送れている。
今日は、天気が悪く朝からしとしとと小雨が降っているので自室に籠って、以前からアベルに頼まれていた、状態異常耐性てんこ盛りのアクセサリーを作っていたのだが、色々詰め込みすぎて中々上手くいかない。
材料はほぼアベル持ちなのだが、高級素材ばかりで俺のスキルでは力不足な気がしてる。
アベルに頼んで、付与や魔術の本を借りて自分なりに勉強はしているのだが、いかんせん独学なのでなかなか納得がいく結果にならない。というか、装飾の技術も足りてないので、土台も上手く作れない。
アベルの依頼という事は、貴族の手に渡る事も考えられるので、見た目もそれなりの物じゃないと駄目出しされそうだしなぁ、困った。
うん、無理しないで他人を頼ろう。装飾細工と言えば彼らの力を借りよう、そうしよう。
机の上に広げていたアクセサリーの材料を片付けて収納空間に放り込み、雨避けの外套を羽織って部屋から出る。アベルもどこか出かけてるし、まだ昼前なので今から出かけても、夕食の準備の時間までには帰って来られるだろう。
玄関から外に出て、いったん倉庫に寄ってあれこれと食材を取り出して収納スキルに収めて門へとむかう。門のところでフローラちゃんにお留守番をお願いして、森へと入った。
フローラちゃん見た目は、ちょっと迫力のある植物系の魔物みたいだけど、話しかけるとゆらゆら揺れて返事してくれるし、こちらの言葉も通じてるみたいで頼み事もやってくれる。無理な事だったら、微妙に違う反応して「無理ー!」って意思表示をしてくれる。
最近ではすっかり見慣れて、その動きがなんだか可愛く見えてきている。
ヴェル曰く、十四歳の女の子らしくいろいろと難しい年頃らしいが、俺には素直で可愛い子に見える。
植物なので光合成と肥料でいいと聞いているのだが、他の物も普通に"食べる"ので時々食材をあげている。肉をあげると妙に反応がいいので、きっと肉が好きなのだろう。
ちなみに肥料とか水は根から吸収するようだが、"食事"は花の中心部にある口から食べる。
確かにヴェルの言う通り難しい年頃なのか、その食事風景をまじまじと見ていると、くるりと背中を向けられるので、そこは年頃の女の子っぽい気もする。
「助けてタルバーーーーーー!!! 付与の土台のペンダントが上手く作れないよーーーーー!!!」
「なななななんだもーーーーっ!?!?」
そんなわけで雨の中、森の地中にあるモール達の集落に向かい、何度か訪れるうちにすっかり仲良くなった、モールの青年タルバに縋りついた。
地面の中に穴を掘りそこに暮らすモグラの獣人のモールは、とても指先が器用な種族で、装飾や細工の高い技術を持っている。彼らの作る繊細な細工の美しいアクセサリーは、人間の間でも高い人気がある。また、魔法金属にも精通しており、魔法付与に関しても高い技術と知識を持っている。
しかも、モールは人間とあまり交流がない為、モールが細工した装飾品は出回ってない。モールの細工の技術と稀少性ならアベルも納得してくれるはずだ。
「あ、これ差し入れね。グレートボアの生ハムの原木と氷菓子。氷保存して置ける場所ある? 氷菓子はすぐ溶けちゃうから氷が溶けない場所に保存して」
「ありがとも! 氷菓子なんてはじめてだも! 細工の事なら何でも聞くといいも!!」
「ありがとう! ありがとう!!」
生ハムの原木とでっかい容器に入ったアイスクリームを差し入れに渡した。
「で、どんな物を作るつもりも?」
「うーん、頼まれたのが状態異常全般に高い耐性がある小型のアクセサリーかな? 多分あまり目立たせなくないんだと思う、それでいて細工も丁寧な物がいいかなって、たぶん人間のお貴族様に渡す物なんだ。素材はユニコーンの角の他に、魔法白金とミスリルの合金がある。あとSランクの魔物の魔石もあるよ」
「も!?!? 白金とミスリルの合金なんてどうやって手に入れたも!? 割合はわかるも!?!?」
「火山地帯で住んでるスライム捕まえて来てもらって、ミスリルと魔法白金と強い酸性の液体を食べさせてみたら、魔法白金とミスリルの合金を吐き出したんだ。割合は魔法白金四のミスリル一くらいだ」
アベルにこのアクセサリーを頼まれた時、必要な物は用意すると言われたので、火山地帯でたっぷりと噴出物や火山性のガスを取り込んで育った、とても臭くて強い酸を吐くスライムを捕まえて来て貰った。それにミスリルと魔法白金と、重曹を作る時に副産物で出来る強酸の液体を食べさせてみたら、ミスリルと魔法白金の合金を排せつ物として吐き出してくれた。
ちなみに、このスライムの捕獲をアベルに頼んだら、超強力なやばい酸吐くわ、めちゃくちゃ臭いわで、アベルですら結構苦労したらしい。
うん、だってこんなんアベルじゃないと捕まえられないでしょ?
魔法白金は合金として加工しにくい金属で、魔力を使って素材を加工することを得意とする、錬金術師と呼ばれる者の間でも、魔法白金の合金を作り出せる者は珍しいそうだ。故に、魔法白金の合金はほぼ天然物になってしまい、品質のいい物はほとんど見つからない。
しかし魔法白金系の合金は、魔力容量が多いので付与素材として大変人気があるし、魔法白金の合金を使った装備品は効果も高い。
その分値段も高いけど、アベルの実家は金持ち貴族っぽいし、アベル自身もAランクの冒険者でめちゃくちゃ稼いでそうだし、少々高い素材をぶっ込んでも効果優先の方がいいだろう。
「これならたくさん魔力詰め込んだ強力な付与いけるかなって思ったんだけど、どうも加工が上手くいかないというか、アクセサリーのセンスも足りなくて、お金でも物々交換でも対価は出すので、これをペンダントトップとチェーンに加工してほしいんだ。男性用と女性用に一つずつで、これだけあったら足りる?」
薄く紫がかった銀色に光る、人間の子どもの拳より一回り小さいくらいのサイズの、魔法白金とミスリルの合金を取り出すと、タルバに手渡した。
「十分足りるも、この三分の二くらいでもあまりそうだも」
「じゃあ、あまった分は、加工の手数料として受け取ってくれ」
「!!!!!! 本当も!?!?!? 魔法白金とミスリルの合金なんて貴重すぎるも!?!? あとでダメって言っても返さないも???」
「あぁ、俺ではアクセサリーに綺麗に加工できそうにないから、タルバにお願いする依頼料の一部だよ。それとは別にちゃんと依頼料も払うよ。これで足りる? 金貨でいい?」
金貨の入った袋をタルバの前に出した。
「足りるも! でもやっぱり金貨より氷菓子と肉と甘い物がいいも! ドワーフと取引で使うから金貨もありがたいも、でも金貨減らして氷菓子とお肉がいいも! 人間のお貴族様向けのアクセサリーなら、ドワーフに頼まれて作ったことあるも! 任せるも! 張り切ってやるも!」
「ああ、わかった。じゃあ金貨減らして代わりに、次に来るときに氷菓子と肉と甘い物を追加で持ってこよう。それで、できれば作業してるとこ見せて貰ってもいいかな? 土台作って貰っても、最終的に付与用の魔法陣と文言も書き込まないといけないし、参考にさせて欲しい」
「わかったも! 工房に来るも! 完成まで一週間くらいかかると思うも、いつでも見に来るといいも!」
「ありがとう、助かるよ」
それから一週間、行ける日は毎日タルバの元に通ってタルバの作業を見学した。それと同時に、他のモール達が付与について色々教えてくれたので、積極的に付与について学んで、帰宅してからもモール達に教えて貰った事の復習を兼ねて、五日市の為の商品をどんどん作った。やりすぎて、魔法銀の在庫かなり減ったし、アクセサリーの在庫の山になったよね。
ついでにパッセロ商店に顔出した時に、付与の練習にパッセロ商店の馬車を、エンシェントトレント素材と魔法鉄でリフォームして、魔物よけと守護と軽量化と耐久度上昇と衝撃吸収を付与したら、アベルにばれて生暖かい目で見られた。
だってキルシェは毎週一人で、大きな町まで仕入れに行ってるから、用心に越したことはないかなって。
そういえば、キルシェ達のお父さんの体調はかなり回復したらしく、もう少ししたら現場復帰できそうだとかなんとか。
出前に便利な時間魔法の停滞が付与してあるオカモチもあるから、時々体に良さそうなスープを差し入れしてるけど、お父さんにも美味しく召し上がって貰えてるようでよかった。
魔物の肉は魔力が多く含まれる分、滋養強壮効果もあるから、実は病気の人にはとても良い食材だ。
「できたもーーー!!!」
タルバの元に通い詰めること一週間、一週間くらいかかると言っていたのに、本当に一週間ちょっきしで完成させてくれたので、急かしてしまったのではないかと申し訳なくなる。
俺の親指の爪の倍ほどの大きさで、薔薇をモチーフにした、薄っすらと紫みを帯びた金色のペンダントトップと同じく薄く紫みのある金色のチェーンを二組手渡された。男性用と女性用ということで微妙にサイズとデザインが違う。
ペンダントトップは、薔薇の花びらの細かいところまで作り込まれ、透かし彫りされた花弁に、宝石を嵌め込めるようになっており、中心部分にはユニコーンの角の素材を嵌め込む台座がある。
「さすがだ、ありがとう。あとはこれに俺が、状態異常耐性を付与した魔石とユニコーンの角を、嵌め込んで完成か……緊張して手がぷるぷるする」
「ペンダントトップだけだと足りないかも? って思ってチェーンの留め具にも、魔石嵌めれるようになってるも。留め具にすこし幅があるも、そこに付与の術式書けるも。あとチェーンには強い"停滞"と"非破壊"が付与してあるも。壊れにくくて劣化しにくいも。魔法白金とミスリルの合金だからチェーンだけでも、強力な付与ができたも」
さすがモール!! 細工の腕も付与の技術も俺より全然上だな!!
「ありがとう、ありがとう。俺の腕だと、こんな細かくて繊細で美しい細工は無理だ、タルバに頼んで本当によかったよ、ありがとう」
モール族の本気を見た。
「感謝の気持ちは氷菓子とお肉で表すも! あとパイでもいいも!」
「わかった、また氷菓子持って来るよ。肉とパイも持ってこよう」
「約束だも!」
タルバからペンダントトップとチェーンを受け取り帰宅してからは、ご飯と睡眠と家事を挟みながら、ペンダントに嵌め込む宝石とユニコーンの角を加工、そして付与の作業に没頭した。失敗にビビりなら、何度も他の素材で付与の練習をした。
半泣きになりながら魔術の本を読んでると、アベルが古代竜の魔石の欠片を持って来て、更に泣きそうになった。
小指の先ほどの欠片とは言え、恐ろしいほどの魔力を噴き出してる、国宝級の魔石どこから持って来たの!? 犯罪犯して持って来たわけじゃないよね???
古代竜とは、世界の始まりから存在しているという伝説の最上級竜種で、神にも匹敵する存在だと言われていて、その姿を見る事はまずない。
不老不死の体を持ち、万とも億とも言う長い時を生きていると言われる存在で、その魔石は賢者の石とも呼ばれる。何でそんな物持ってるの????
冗談かと思って鑑定したら「古代竜(銀)の魔石の欠片」と見えて本物だったので、泡吹いて倒れるところだった。
「別に悪い事して持って来たわけじゃないよ。俺の実の母親が魔女でさ、その人が残した物なんだよ」
「え? じゃあお袋さんの形見?」
そう聞いて、疑った事に罪悪感を感じ始める。
「うん、まぁそんな感じだね。俺がずっと世話になってる人を守る物だから、母親の残した物を使ってでも、出来る限りの事をしておきたいんだ」
そんなこと言われると、全力を出して完成させないといけないと思うじゃないか。
「まぁ元はでっかい魔石を削っただけだから、まだ結構残ってるけどね? あと古代竜は魔石とっても死なないから、仲良くなったら分けてくれるって、ひいひいひいひいひいひいひいひいひいくらいの婆さんの日記に書いてあったよ」
「……」
どこまでがホントかわからないけど、こんな伝説レベルの素材持ってるって、アベル何者なんだ?
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
出来上がった時は思わず雄たけびを上げた。もうこれ、頑張ったご褒美に、細工と付与のスキルを、100まで引き上げてくれてもいいんじゃないのか??
タルバからペンダントトップ受け取ってから、更に一週間かかったよ!!!
【金月の薔薇】
レアリティ:SSS
品質:マスターグレード
素材:月金/ユニコーンの角/古代竜(銀)の魔石
状態:良好
耐久:17/17
魔石魔力:35/35
<付与効果>
全状態異常耐性Lv8
自然回復Lv3
魔力吸収Lv3
停滞Lv3
浄化Lv5
自動回復Lv5
劣化防止Lv5
非破壊Lv5
<特殊効果>
効果偽装
月金製の状態異常耐性に特化した首飾り
タルバに協力してもらったおかげで、色々といかつい効果が付いた首飾りが出来上がってしまった。
色々効果付きまくってるし、防具として使うなら他人から鑑定で見られない方がいいかと、鑑定に対する偽装効果も一応つけておいた。
状態異常耐性に特化するあまり、物理や魔法によるダイレクトな攻撃に対する効果は全くと言っていいほどない。直接的な攻撃への対処は、状態異常耐性が付与されている、ペンダントトップ部分が壊された時に、装備者に回復と浄化が掛かるようにしてあるくらいだ。
複雑で強力な付与するのにめちゃくちゃ魔力がすり減った、そしてそれ以上に精神もすり減った、悩みすぎて睡眠時間もすり減った。本気で禿げるんじゃないかってくらいのプレッシャーだった。
そんなの二個も作ったんだからね? もう、超褒めて欲しいよ。でもこれでアベルが米を探しに行ってくれる。米を安定して手に入れる代償と思えば、俺の魔力も精神も睡眠時間も安いもんだ。でも、髪の毛だけは大事にしたい。
髪の毛とはなが~~~~~いお友達でいたい。
さて、後は、アベルに確認してもらうだけだ。
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